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魔剣ルル  作者: ユ坂
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06 ”決戦の乙女”


「……ほう、やはり連絡不備」ヴィンセントはボソリとひとりごちた。


「今までも何度も来店していて、ザオリーは珍しい客ではなかったんですが…。ただ昨日は出て行ったとき機嫌が悪かったので」

「何か揉め事が?」

「ちょっとした揉め事はよく起こしてたんですけど……。

 昨日はお店に来た女の子を揶揄ってました。それを一緒にいた青年に止められて苛々しながら出て行ったんです。

 そういうのに割って入る人ってあまりいないから。ザオリーは強くて怖いから」

「なるほど、くだらない諍いか」


 女の子と青年……、女の子…女……。


「その女の子の髪は黄緑色でしたか?」

「薄いピンクだったと思います、珍しいなって見てたんですよね」

「……ご協力ありがとうございます」


 ヴィンセントは肩の力が抜けたのを感じた。

 話をまとめてみても、それがどうこの事件に繋がっているのかいまいちわからない。


 昨日の朝、ザオリーは女にちょっかいをかけて非難され、苛々しながら出て行った。その深夜、自分の家とは逆方向の住宅街で謎の女に殺された。防具はほぼつけてないのに、得物だけ持っていた…。

 誰かと戦う予定があったなら、武装は万全にしているだろう。ザオリーしか気づいていない何らかの危機があり、住民のために未然に防ごうとして犠牲になった。あるいは急に気づいて慌てて駆けつけたため、防具も中途半端な状態になった。


 ザオリーを多少知っているヴィンセントは渋い顔をした。


「いや、あいつが誰のために犠牲になる可能性……ないだろう」

「知ったかぶっても見る目がなかった事実は消えませんヨ」

「急ぎだったんだよ、少しでも人材の穴埋めが欲しかった仕方ない」

「で、いばら姫サマが不機嫌になってしまった」

「ごちゃごちゃいうな」

「すいませんね」


 ザオリーの遺体は片付けるとして、それ以外——路面や家屋の損壊についてどう対応するか。

 夜明け社(DBC)は一方的に構成員を殺害された被害者だ。しかし、それはこちら側の意見であって、野次馬たちからはどう見えるだろうか。十把一絡げに関係者としか思われない。


 夜明け社(DBC)は人材派遣会社——実質的には民間軍事会社——としてツエドで名を轟かせている存在だ。客商売として印象は大事にしておきたい。ヴィンセントの理想とはずばり、強者ながらクリーンで弱者に寄り添う企業イメージである。


 こんな稼業だからこそ、仁義や優しさを一般市民に見せつけた方がいい場合はある。そして構成員を殺されておきながら放置したり、第三者に犯人の身柄の確保を委ねるのも印象に関わる。

 特に同業者に舐められたら終わりな業界だ。必ず、黄緑の女にはケジメをつけさせねばならない。


「とりあえずこの女の情報収集と、」


 今まで背を向けていた野次馬に振り返る。被害にあった家の住民がいることを確認して、ヴィンセントは意識して口の両端を釣り上げた。さも親しげに肩を抱く。


「修繕費用は私たちが持ちましょう。これから寒くなってきます。辛い思いをしてほしくない。

 私は仲間を殺され、あなたは家を壊された。私たちは悪党に害された哀れな被害者です。同志の心の安寧のためにも、夜明け社(DBC)は全力を上げて犯人を見つけ出します」


 ウェイトレスの女も家の持ち主も野次馬も、腕利きをまとめあげている社長の宣言を心強そうに聞いていた。調子っ外れな口笛が聞こえる。

 財布は痛いし、面倒ごとだがやらないという選択肢はない。犯人を見つけて骨まで叩けば何かしらは出てくるだろう。


 さて、どこから探せばいいのか。情報屋筋をあたるべきか。乗ってきた車に戻ろうとしたら背後から声がかかる。


「あの」


 振り向くと、さっき話を聞いた女がいる。


「黄緑の女って、言いました?」






 魔動力車の中。

 運転席に座った糸目の部下がわざとらしく頭を掻いている。


「聖女教……。なるほどなるほどあれは紺色のコート、じゃなくて修道服(ローブ)ですか。いやぁ裾が長いと思ってたんですヨね〜」

「それぐらい気づけ。バックが国なら話が変わってくるぞ面倒だな」


 後部座席のヴィンセントは腕を組みながら目を閉じている。思考に耽っているようだ。


「てっきりどこぞの凄腕の傭兵か兵士か何かだと。まさか修道女とは……」

「聖女教の戦力に”決戦の乙女(ヴァルキュリア)”と呼ばれる修道騎士たちが存在する」

「有名ですね、今まで見たことはありませんが」

「おそらくその内の一人だろう。ただの女がザオリーを容易く殺せるはずがない。聖女教かハレルー公国かしらんが、何かしらの用事でこの街に出張ってきた…」

「穏やかじゃないですね」


「さらには、”不敬罪”と言って、聖女と同じ名前の羊人族の男を連行していた。

 そんな法律を大真面目に制定しているのは、聖女教を国教と定めている神聖ハレルー公国及びその従属国ぐらいだろう。

 ツエドにはあらゆる国家権力の介入は許されない。それがこの街にある唯一の法だ。やつらは無法を定められた街に外の法を持ち込んだ」


 大通りを北に向かって走っていた車は、とある大きな門のほど近くで停止した。

 城壁の一部を四角く切り抜いたような城門。アイギスの紋章を刻印された鎧と剣を装備した門衛たちが、それぞれ両側を守っている。

 ヴィンセントは狭い車内から外に出た。人がはけたのを見計らって門衛に軽く挨拶をして本題に入る。


「昨日、若い男女の二人組がこちらにこなかったか?」

「それだけだと何とも。特徴は?」


 門衛はのっそりと対応した。


「黒髪と薄ピンクの髪の二人組だ」

「名前は?」

「……」


 ウェイトレスを名乗った女も知らないと言っていた。初めて見た顔だと。


「……さてな、これから聞く予定だった。

 私がしばらく二人の面倒を見る手はずになっていたんだが、頼んできたやつ、シーラが”特区”に逗留している聖女教の関係者に不正に連れて行かれたんだよ」

「…証拠はあるのか?」

「証拠ねえ、大体、お前たちは積荷の中まで確認しないからな。そちらが見逃している可能性のだがそれを追っかけて二人組がこっちに来たはずだ。

 とりあえず確認させてくれ。おかげで面倒被ってるんだ」


 若い方の門衛が言い返そうとするのを年嵩の門衛が止めた。


「まあいいだろう。言ってることは大体あってる。来い」


 軽い所持品検査を済ませて、5メルトルほどの厚さの城壁を超えると”特区”の中だ。中に入ってすぐ、左に小さな建物がある。横にはそれよりも大きい細長い建物。城門の正面には目隠しのためか大きな常緑樹が一列に並んで植えられている。


 門衛室である小さな建物に入り座って待っていると、年嵩の門衛が紙束を持ってきた。何枚かめくって、そのうちの2枚を目の前のローテーブルに提示される。

 ヴィンセントは眼鏡を掛け直した後、とりあえず一枚を手に取って記入された文字列を読んでみた。


”ルルアプラ・ロナロウィンドウ”

”女”

”20歳? より下ぐらいかなって思います”

”最近ツエドに来ました! あの、面倒を見てくれてる人が特区に連れて行かれたって聞いて来ちゃいました。ちょっと焦っちゃって…お手数おかけしてすみません…”


「奇怪な名前の頭の弱そうな女だな」


 眉根を寄せたヴィンセントの横で糸目の部下が噴いた。

 年嵩の門衛は不満げに言い返した。


「ルルちゃんはただ…いい子なだけだ…。この街で暮らしていけそうにはないけど…」


 よくわからない反応は置いておいて、2枚目にも目を通す。


”カイエ・イースターデイ”

”男”

”多分20前後ぐらいっぽいですよね”

”一緒に来ました”


 2枚とも世界共通言語としてよく使われる協商語で書かれていて、筆跡も同じに見える。


「ルルアプラの方が書いたのか?」

「男の方が文字書けないらしくてな、代わりに書いてた。優しいんだあの子は…」

「戦災孤児とか生まれにもよるし…色々事情があったら正確な年齢なんかわかんねぇからな」

「自分の年齢がわかってるっていうのは恵まれているやつの指標かもしれん…」


 さっきからよくわからない湿度を感じる。他の門衛もわらわらと集まってきてはボソボソと追随してくる。


「とりあえず二人に会わせてくれ」

「そりゃ無理だな。もう解放した後だ」

「は?」

「財布、ハンカチ、ちり紙。使用済みの『ゲート』往復入場券。持っているものはそれだけだった。丸腰、武力行使をしようとした素振りもない。

 どう怪しめって言うんだ? 昨今の一般市民の方がもっと危ないもん持ってるよ」


 年嵩の門衛はわざとらしく窓の外を見た。


「そうだな……。真っ暗になる前には家に帰れたんじゃないか?」



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