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魔剣ルル  作者: ユ坂
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05 不穏な事件


 街灯はあるが間隔が遠い。寝静まっているからか民家から漏れる光は少ない。道を淡く照らす遥かな星月にも彼は思いを馳せたことはない。だからそんなものは存在しない。


 しかし、一つ向こうの街灯の下、佇む人影。

 女がいる。

 街灯の下に経っている女は綺麗な髪をしていた。緑がかった黄色い髪。括らず流している。

 向こう側を向いているので顔はわからないが、女にしては背が高めなようだ。裾の長い暗い色のコートを羽織っている。


 まずはこいつでも殺してみるか。感覚を思い出すのも大事だろう。単純なことだ。結局バレなければいいのだ。もしバレても追い返せるほどの強さがあればいい。


 ザオリーは欠伸をしながら、左腰に手を伸ばして柄を握る。緊張感もなくズルリと刀身を抜く。

 片手剣。癖がなく扱いやすいという点だけで使い続けている。

 見た目にもクセはない。柄頭とガードの装飾に紫色が使われているが、それだって特筆するほどではない。わかりやすい汚れはなかったが、小さな刃こぼれが数カ所目に入った。


「あー、しくったな。抜ける前に整備させりゃ良かった。無料(タダ)だったのに」


 思ったよりも大きい声が出た。

 さっきまで寝ていたから、まだ少し寝ぼけているのかもしれない。


 視線の先の女にも声が届いたのだろう、あからさまな反応を示した。ぐるんと勢いよくザオリーを振り返る。後ろ髪と同じ長さの前髪が顔にかかっている。

 街頭の真下なのに髪に邪魔されて唇と顎先しか顔がわからないが、ザオリーの嗅覚は良い女だろうと判断した。


 刃物を掲げているのを見られたので逃げられるかと思っていた。

 が、女はそこに立ったまま動かなかった。

 恐怖で足がすくんでいるのだろうか。悲鳴もあげないのはこちらとしても大変ありがたい。刃先を下げて向かう。ザオリーはわざとらしい陽気さで無手の左手を振った。


「オネーさん、こんな真夜中にお一人なんて危ねーよ」


 一度安心させた方が面白いかもしれない。


「俺は怪しいもんじゃない。”夜明(デイブレイク)け社(・カンパニー)”はご存知で? 」


 命運を弄ぶのは強者の特権だ。予行練習といこう。


「有名でしょ? 俺はそこに所属してるザオリーってんだ、確認してくれたっていい。送っていくよ、この街は物騒だからな」


 近寄ると、女のぶつぶつと呟く声が聞こえていた。


「——しい、…ら——い」

「おーい?」


 何を言っているかわからなかったが、だんだん明瞭になってくる。


「悍ましい穢らしい煩わしいお前は臭い」


 女の顎がガクンと上がる。長い前髪の奥に見える蛍光色の双眸が、反して洞穴のような暗いイメージを纏っている。


「あ”?」

「視えているぞ…視えているぞ…。良く視える……。お前は今から、無辜の民を殺しに行くだろう。こんな静かな夜更けにはケダモノの形がよくわかる…」


 そしてまた俯く。はぁはぁと苦しそうな呼吸の音。額を抑えている手がいつしか髪をギリギリと引っ張っている。


「——しかし。それよりも私は罪深い。

 出自という名の原罪は。今世完全に清められることはないのでしょうか」


 黄緑の目がザオリーを捉えた。どろりとした瞳。

 怖気が走った。

 長年積み重ねられた経験からの勘というべきか、ザオリーは咄嗟に剣を構えた。

 女はどこからか取り出したのか、いつの間にか細剣を持っていた。魔力反応を起こしているのか、女を中心に燐光が粒子のように舞い始めた。


 息切れの後の掠れた声で、女は言葉を紡ぐ。

 迫害に耐え忍ぶ無力で敬虔な教徒のように。

 祈りというより許しを乞うような悲壮さで。


「————を、雪いでください。

 私のからだを燃やしてください。

 窓に映る影に気づかないでください。

 腕に合う杭を探してください。

 ワーズワーズの鍵盤を叩かないでください。

 四角い部屋を破いてください……」


 燐光が強くなる。

 目を見開いたままのザオリーは、無意識に歯を食いしばっていたことに気づいた。


「クソッタレふざけやがって…」


 女は細剣を両手で握り、大上段に構えた。

 そして——






 翌朝。

 ヴィンセント・コールマンは一度目を瞑って深まる眉間の皺を揉み解した。

 象牙色のスリーピース。短い茶髪はワックスで丁寧に後ろに流している。その下、細い銀縁眼鏡の奥のヘーゼルは神経質そうに眇められている。


 自分の会社に所属しているザオリーの死体が、ツエド南の住宅街で発見された。


 その知らせを受けて来てみれば、朝一で見るには重たい事件現場が広がっている。

 冷たくなったザオリーに大きな傷は一つだけ、右肩から斜め下に袈裟懸けに切られていた。それによって体は二分されていた。構えていたであろう得物は遥か後方に転がっており、刃の上半分が消し飛んでいる。


 そして、斬撃の大きさと被害はザオリーの身体を大きく越していた。

 どれほどの衝撃だったのか、通りに面した塀と路面は大きく抉られている。塀にいたっては完全に衝撃で崩壊している。


 斬撃によって誕生した地面の亀裂に、ザオリーのどす黒い血の一部が溜まっていた。連れてきた部下の一人が溝の側で屈んでいる。


「はあー」ヴィンセントは雲ひとつない空に相応しくない、大仰なため息を吐いた。


「昨日の朝帰ってきたはずなのに報告も顔も見せないからまた何かやらかしたのかと思ってはいたがまさか死体になっておでましとはな確かにそれでは報告もできまい」

「殺されたのは今日になってからですヨ」

「…わかっているとも。で、どうだ?」

「……社長はせっかちだなァ。死体だから時間がかかるんですヨ」


 溝の前にしゃがみ込んでいる糸目の部下は、黒いスーツの袖を捲って右手をザオリーの血に浸していた。


「もう染み込んでるし乾いてるし、おっさんだし最悪ですヨ。……あーあー、来た来た」

「ようやくか」


 周囲の野次馬を気にせず、会話を続ける。


「うわ眩し! うわー、無理無理無理」

「真面目にやれよ」

「えっ、それを? どこから……」

「……」


 少し後、部下は立ち上がった。

 開けているのか閉じているのかわからない目でヴィンセントを見る。


「ちょっとだけわかりましたヨ。一撃です」


 舌打ちが出た。


「それぐらい見てもわかる。

 ザオリーはそこそこなベテランだった。なのにこいつを一撃で殺した挙句、民家に甚大な被害を及ぼした化け物がいるってことだ。

 この街の住民の仕業かもしれないが……住民だったら俺たちに喧嘩を売るのがどういう意味かわかってるはずだからな…抗争でもしたいのか。もしくは、そんな化け物が我々の預かり知らぬ間に街に入り込んでいた可能性もある」


「うーん、穏やかじゃないですね、最近も正体のわからない化け物を調査したばかりなのに」

「その調査団の一人がザオリーだった」

「おや、点と点が結びつきそうですヨ」

「冗談吐かせ、大陸の西の端にいた奴がなんで数日後にツエドで暴れているんだ」

「『ゲート』を使えばすぐでしょう。結構近いんですヨね?」


 少しおしゃべりが止まる。ヴィンセントは一瞬顎に手を当てた。


「いや、それもなくはないが…。『ゲート』を使用するには手続きが必要だし最低でも数日待つことを考えると…、ツエドに来たとして暴れた理由はなんだ?

 そもそも今回とアレはやり方が違う。いまいち噛み合わないな…」


 自分の軽い反論を真剣に受け取る社長に少しばつが悪くなったのか、ハンカチで汚れた手を拭いながら、部下は苦笑いをした。


「おそらく女ですヨ。紺色のコートに黄緑色の髪をした女です」

「女……?」

「武器は細剣」

「じゃあなんでこんな大きな斬撃になっているんだ」


 細剣どころか大剣でも刃渡りは圧倒的に足りない。


「魔力反応っぽい光が見えましたヨ。魔術式の使用があったのか、細剣自体に仕掛けがあるのかも」

「何か声…、いや何でもない」

「すみませんね、音声が拾える仕様じゃないんですヨ」

「わかってる。

 というか、なんで夜中にザオリーがこの住宅街にいたんだ。なんの用事があったんだ」


 目を見開いたまま死んでいるザオリーに問いかけても、当然答えは返ってこない。

 彼の武装は全身鎧に片手剣、鉄の盾のはずだが、盾は見当たらない。鎧も胸当てぐらいしか着込んではいない。戦闘に赴くには不自然なほど軽装だった。


「ざ、ザオリーの家が近くにあるんじゃないんですか…?」


 事件現場を見て口に手を当てていた女性が、部下の一人に声をかけてきた。


「? 正反対だが」

「うそ……」


 事情を少しでも知っていそうなその女性はヴィンセントの前に案内された。ヴィンセントは気難しい印象を与える顔立ちを意識して和らげた。


「お嬢さん、話を伺っても?」

「”夜明け社(DBC)”の社長さんです…よね?」

「ええ」

「私は下の食堂……マイネケンでウェイトレスとして働いているのですが、ザオリーは昨日の午前中食堂に来ていました」



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