7.怪人
少女を片腕で抱えた怪獣──怪人の男が、反対の手を僕たちへ向ける。
そこに、巨獣や少女が口から放った光線の光が集まった。そして、10の光球に分かれる。
剣奏隊5人と、オリゴメータ5人。この場にいる人間の数だ。
「皆逃げ──」
「アィア!」
怪人の男の光線を妨げたのは、抱えられている少女だった。
「ガキが、何するんだ」
「アガッ!」
男が少女のうなじを強く叩き、気絶させた。
……何故だろう、あの子が傷付けられるところを見て、強い怒りが湧くのは。
「とっとと死にな、人間ども」
男が光球を放つ。
僕は咄嗟に、意識の無いカナエさんを庇った。
「ぐあっ!」
直後、背中を熱が抉っていく。
「きゃああっ!」
「あああああああッ!」
同時に、周りからも悲鳴が聞こえてきた。
「み、皆……」
痛みを堪えながら振り向けば、後ろには凄惨な光景が広がっていた。
誰も立っていない。全員が体のどこかしらに欠損レベルの損傷を負い、血を流して倒れていた。
「……」
グツグツと頭が沸騰する。
人生で感じたことがないほどの凄まじい怒りが頭を埋め尽くすが、もう光が尽きている実感が僕を冷静にさせた。
(何か、ないのか……!)
巡る思考は、あの怪人の男から逃げるためのものではない。
(あいつをやっつけられる方法が、何か……ッ!)
僕は内に秘める光の力をよく観察する。
すると、新しく見えたものがあった。
今まで感じていた鮮烈な光は、言うなればオーラのようなもので、そのオーラである光を纏っていた本体が見えたのだ。
それは、紋章だった。
3節ある無色の翼が、6枚ある。そんな紋章。
そのうち、上から2枚の翼のそれぞれ根元の1節が、無色から変化し桃色と黒に染まっていた。
見た途端、直感する。
これは、僕の力の解放段階を示したものだ。
黒は、ついさっき覚醒した、影を──闇を操る力。
桃色は恐らく、他者の心を感じ取る力だ。エミナさんの怪獣に怯える心に気付いた時や、怪人の少女の価値観に気付いた時などに発揮されていた。
そして。
僕がこの紋章に気付いたことをきっかけにしたように、3枚目の第1節へ光が灯る。赤、青、緑の3色だ。
意味することは、新たな力の覚醒。
足下からバキバキと音がした。見れば、地面に僕を中心とする罅が入り、下から押し上げられるように盛り上がっている。
罅からは緑とオレンジの光が漏れ出し、僕の体へ吸い込まれていっていた。
力が回復し、傷が癒える。光のオーラ──烈明が再び溢れ出し、紋章を覆い隠した。
「貫通力が高すぎたか……慣れないな。もう少し弱めなくては」
宙に浮きながら呟いた怪人が、再度光球を放つ。
僕は手を空に向けて前へ伸ばし、何かを呼び寄せるように手首をくいと上へ曲げた。
すると、ズガンと轟音を上げながら地面が壁の形に隆起し、怪人の放った光球を防いだ。
「何!? 誰が……貴様か」
一瞬狼狽えた怪人が、鋭い視線で僕を捉える。
心の桃色、闇の黒。では赤青緑の色だったこの力は、何なのか。
これは星の力を借りる能力だ。大地、大海、自然を操る。
「死ね!」
芸も無く同じ光球を放たれるが、再び大地の壁を生やして防御する。
「ぐっ……」
全身が痛んだ。
この、足下の罅から流れ込む星のエネルギー──星精。
慣れない僕には、吸入量の調節が上手くできない。最低限に抑えても、限界を超えてしまって体が悲鳴を上げる。
影の刃で巨獣の光線を相殺した時と同じだ。
だが、苦痛に喘いでいる暇はない。
星精を得た時、傷が癒えた。なので、早く皆も治してあげたい。けれど、戦闘しながらエネルギーを放出し分配するような器用な操作はできない。
一刻も早く、あの怪人を撃退する!
光球からの盾となってガラガラと崩れていた岩の壁の瓦礫を掌握し、怪人へ放った。
「ふん! こんなものが通用するわけないだろ」
怪人はその場を動かず、鬱陶し気に腕を振るって礫を防ぐ。
その体が、ガクンと下に引っ張られた。
「むっ!? 影が触手に……!」
僕は怪人の影を操って、死角から彼を足を捕らえた。
その隙に、僕は両手を地面につけ、地下深くまで力を届かせていく。
「おおおおおおおおおおおおおおッ!!」
ドバァァッと地面を大きく突き破って現れたのは、岩盤の鱗を纏った溶岩の竜だった。
「何ッ!?」
怪人の顔に焦りが浮かぶ。
彼が力を入れれば、影の拘束は簡単にちぎられてしまった。
けれどその一瞬の力みは怪人に硬直を強い、溶岩の竜が直撃する。
「ぐああああッ!」
このまま燃え尽きてくれ、と僕は願った。
しかし、溶岩竜の腹が膨らみ、中から破裂する。
「だああああああっ! クソッ! 人間ごときがっ!」
脱出した怪人たちは、傷を負っているものの致命傷にはほど遠かった。
怪人の男が腕を天へ掲げ、頭上に巨大な光球を作り出す。直撃してしまえば、そのまま消滅すること確実だ。
だがそれが投げつけられる前に、僕の後ろから飛び出した人影があった。
「〈エグゼキュート・ミソロジア〉!!」
振るわれたのは極光の大剣。
僕はついさっき目覚めたカナエさんへ、星精を渡していたのだ。
彼女の魔法刃は、怪人の男の体を上下に斬断した。
「ぎゃあああああああああああああああッ!!!」
下半身だけが地面へ落ちていく。上半身は宙へ浮いたまま悶えていた。
「あっ、怪獣だから頭が弱点なのか、ミスった!」
「あとは僕が──!」
「くっ! 貴重な怪人を失うわけにはいかない! 人間ども、貴様ら2人はいつか殺すからな!」
僕が手を向けるのを見た怪人の男が、上半身だけの格好のまま飛び去っていく。
その姿が完全に見えなくなってから、僕は地面へ倒れ伏した。
「ナオくん! 大丈夫!?」
「だい……じょうぶ……」
全身が痛む。
溶岩の竜を作り出すのに必要な星精の量は、僕の体の許容量を大幅に超過していた。
その反動で、全身が裂けそうな痛みに襲われている。
だが、悠長にしてはいられない。皆を治療しないと……
「くっ……」
「ほら、肩貸すよ!」
「ありがとう、カナエさん」
僕はフラフラと歩いて、苦しんでいるエミナさんの下へ行く。
「あの強力な怪人を追い払ったのですね……すごいです、ナオさん」
エミナさんは右腕がちぎれかけ、脇腹を抉られている。脇の下を光球が通過したようだ。
僕は自分の体に星精を取り込み、それを慎重に調整しながらエミナさんへ注いでいく。
「ぐ……うぅ……!」
さっきも言った通り、星精の吸入量は最小限でも負荷がかかる。
反動に苦しむ今の僕には拷問のようだが、皆を助けないという選択肢はなかった。
「ナオさん……無理はしないでください」
「大丈夫だよ……別になんてことないから」
そうして僕は他の皆も癒やしていった。一度僕の体を経由させ量を調整したことで、僕と同じように負荷で苦しむ人はいなかったようだ。
後回しにしていたテルトさんを治したところで、僕は気力を失った。
「わわっ、ナオくん! 平気!?」
「う、ん……」
肯定しておきながら、僕は疲労と苦痛に耐えかねて気絶してしまった。