5. 巨獣討伐!
「〈アタックデクレ〉」
暗い雰囲気のマイさんが杖を巨獣へ向けて、呪文を唱えずに魔法を使う。
彼女のアビリティは<ノーティオアシスト>と言い、例えば防御力低下というような、ゲームでのバフデバフのような魔法を使えるらしい。
「〈ディフェンスデクレ〉〈スピードデクレ〉〈ライトミュータティオ〉」
最初の魔法が攻撃力低下。
その次が防御力低下、速度低下、軽量化の魔法だそうだ。
さらに、
「〈アタックアウゲーレ〉〈ディフェンスアウゲーレ〉〈スピードアウゲーレ〉〈マジックアウゲーレ〉〈リフレクスアウゲーレ〉」
僕たちの体が5度発光する。
攻撃力、防御力、速度、魔法の威力、反射神経=回避力のバフだ。
このアビリティは、単純で陳腐なものに聞こえるが、実際には非常に強力な魔法だ。
相手がどんなに固くても、脆くしてしまう。いくら剛腕でも、弱くしてしまう。
出力次第では赤ん坊でも怪獣に勝てるようになるし、致命的な攻撃がそうではなくなってしまうのだ。
まさに理を無視する、理不尽な能力。
「はあっ、はあっ」
けれど、消費するエネルギーはコモンスペルの比ではないらしい。
たった9つの魔法を使っただけで、マイさんは激しく呼気を乱してその場へ座り込んでしまった。
「小さい怪獣はアタシがやるね」
「任せたよ」
カナエさんとは対照的に2本の短剣を持ったハイミーさんが駆けていく。
彼女の動きは非常にコンパクトで、素早く、小回りが利く。
その理由はハイミーさんのアビリティ<プロパライズ>にある。
端的に言えば、プラスへの変化。
自身の能力を増幅させたり、斬撃を拡張させたり。
変化を多く、大きくするほど必要な魔力の量も大幅に増幅するため、普段は速度と斬撃威力の増加のみに絞って使用しているらしい。
現在は、速度と攻撃範囲の拡張だけを行っていた。
「さあ、あたしたちもやるよ!」
カナエさんが大剣の切っ先を頭上の巨獣へ向ける。
それに応えるように、巨獣は口を開いて光線を放とうとしてきた。
「ナオさん、先程の魔力の譲渡はまだできますか?」
「あ、うん」
僕はエミナさんと手を繋いで、光の力を受け渡す。この力は、エミナさんにとっては魔力であるようだ。
彼女と繋がる糸は、やはりカナエさんとのものより太かった。しっかりしている、と言った方が適切だろうか。
「ありがとうございます。これなら、私の魔力不足で使えなかった魔法を発動できます」
ふと、エミナさんの内側が垣間見えた。
大きな穴。
いや違う。空っぽの湖だ。底に僅かに水が張っている。
これが魔力の溜まる器なのだと直感的に理解した。
すなわち、彼女は魔力の上限──一度に扱える魔力が非常に大きいということ。
けれど僕には、この湖をいっぱいにしてあげることはできない。単純に、足りない。
悔しい思いを抱きながら、僕はありったけの魔力をエミナさんへ手渡した。
「大獄の冥焔よ、我が命によりこの現世の地にて巻き上がれ。その熱波で陸を溶かし、その火片で空を焦がし、その猛威で海さえも消し去って、天を穿ち焼き尽くせ! 〈インフェルノターボ〉!」
エミナさんが両手を巨獣へ向け、その先に巨大な魔法陣を出現させる。
呪文が完了すると、魔法陣から炎の竜巻が巻き起こり、巨獣の放った光線とぶつかりあった。
「きゃっ!」
「うわっ!」
魔法の熱と衝撃の余波で、カナエさんと僕まで吹き飛ばされてしまう。
「いけっ……!」
火炎の竜巻は巨獣の光線を真正面から打ち破り、威力の減衰した状態でゴォッと巨獣の頭を燃やした。
「ギャオオオオオオオッ!」
「あははっ、流石エミナ! あたしも負けていられないよ!」
カナエさんは強化された身体能力でビルの壁を駆け上がり、屋上からさらに跳躍した。
彼女のアビリティ<オーバーマイト>は、必要な魔力量も他の2人より多いわりに、できることが1つしかない。
その不便さの代わり、一撃の威力は途方もない。
巨獣より高く跳んだカナエさんが大剣を構えると、そこへ眩いエネルギーが凝集し、巨獣にも匹敵するほど巨大な魔法の剣が現れた。
「〈エグゼキュート・ミソロジア〉ッ!!」
ズガァァンッ! と轟音がして、
カナエさんは巨獣の頭を縦に両断していた。
「おおおおっ!」
その壮大な光景に、僕はつい歓声を上げてしまう。
「あっ、いけません! ナオさん、カナエを受け止めてください!」
「えっ?」
カナエさんを見ると、脱力し、大剣を手離して、落下してきていた。
「あれほどの攻撃を放ったなら、確実にカナエは気絶しています!」
「えええっ!?」
エミナさんは大魔法を使ったことによる脱力感で動けない。
僕は慌てて走った。
落下地点に来て、カナエさんを見上げる。
その時、巨獣の死骸も同時に目に入り、僕はそこで異様な光景を見た。
ぐったりと開かれた巨獣の口。そこから押し出されるようにして、ポンと少女が飛び出してきたのだ。
「なっ!?」
怪獣に食べられていた犠牲者!? 生きているのか!?
どちらにせよ、僕1人では2人は受け止められない!
「そうだ、影の力!」
エミナさんにありったけの力を譲渡したから、もうほとんど残っていないが、それでも最後の1欠片まで絞り出す。
僕は巨獣の影から、まるでコピーするような格好で影の力を浮き上がらせ、それを柔らかく弾性の強いクッションとした。
ドスン、ドスンと2人が落ちてくる。なんとか無事なようだ。
「カナエさん!」
呼びかけても返事は無いが、呼吸はしているようだ。エミナさんの言った通り、気絶しているらしい。
「それで……君は?」
巨獣の口から落ちてきた少女。彼女は目を覚ましていた。
外見年齢は、小学生高学年から中学生くらい。髪は引きずるほど長い。
近くで見て分かった。この少女は人間ではない。どうみても、肌の質などが怪獣と酷似している。
人型の怪獣、といったところか。
「ゥア」
ぱくぱくと口を開閉させているが、言葉は出てこない。喋れはしないようだ。
攻撃してくる様子はない。
手を伸ばしてみると、応えるように握り返してきた。
(痛い……)
傷つけられているわけではなく、単に力が強い。
「ァ、ォ、二ィ」
「うわっ」
少女が僕をぐいと引っ張る。
僕を受け止めた少女は、全身でしがみついて来た。
怪獣の肌は一見硬質で冷たそうに見えるが、この子は体温がとても高い。
「ねえ、その子何?」
「先程、巨獣の口から出てきたように見えましたが……」
「ひ、人の姿をした怪獣……? 新種だよね? 捕まえた方がいいのかな?」
怪獣の少女に抱き着かれている僕の後ろに、気絶しているカナエさん以外の3人が集まってくる。
その時、僕は感じ取った。
この怪獣の少女の、純粋な害意を。
「ダメだ!!」
怪獣の少女は、指先を鋭利な刃に変形させ、腕を柔らかく伸長させて、3人を無造作に殺そうとした。
その前に、僕が彼女の腕を掴んで押さえ込む。
ズガァン!
狙いの逸れた指刃は地面に当たり、衝撃波で周辺を吹き飛ばしながら深い5本の斬れ込みを入れた。
「ッ……!」
怪獣の少女の心をどうしてか感じ取った僕には分かる。
あれは、特別な技じゃない。人が虫を叩いて殺すように、ただ腕を振るっただけ。
「何を──」
「ゥ?」
問い詰めようとした僕に、少女は不思議そうに首を傾げる。
まるで、『どうして邪魔をするの?』とでも言わんばかりに。
(そういうことか)
この少女──いや、この怪獣にとって、人間は食料なのだ。
木に生った果実を収穫して食らうように、純粋に食べ物を調達しようとしただけ。
「皆……この子は、怪獣だ」
僕の言葉で、後ろの3人が戦闘態勢をとった。