2.剣奏隊
「目を覚ましましたか」
声のした方を向こうと思ったけど、首を傾けることすらできなかった。
僕はどこかの地面に寝かされているようだ。場所はよく分からない。
ああ、だんだん思い出してきた。
「なんで僕は、生きてるんだ?」
あの高所から落下して、生きていられるとは思えないけれど。
「大怪我を負ってはいましたが、元々生きていましたよ。魔法で治癒しました。しかし、肉体には大きな負荷がかかっているようですね」
ということは、今僕が動けないのは、その負荷とやらが原因らしい。
思い当たることはある。怪獣と戦っていた時、僕の中で煌く光から、力が溢れてきたんだ。
あれは魔法だったのだろうか。
「あれは、貴方が倒したのですか?」
「首が動かせないから、どれのことを言っているのか分からないよ」
「あの怪獣です」
声の主がそばにやってくる。
驚くほど綺麗な女の子だった。長い紫の髪にグレーの瞳。服装には金属が含まれていて、鎧のようにも見える。
彼女は僕の顔を掴んで、横を向かせてきた。
視界に入ったのは、僕が暮らしていたシェルター都市。そして、倒れているあの怪獣。
「……眉間の傷は僕だよ。でも倒したかどうかは分からない」
「怪獣の急所は頭部の脳核です。眉間へ攻撃したのが貴方なら、倒したのも貴方でしょう」
「じゃあ、僕かな」
「いいアビリティを持っているのですね」
今までの無感情な声音とは違って、その言葉には言いようのない感情が込められているようだった。
「アビリティ、って何?」
「知らないのですか?」
「うん」
「アビリティとは魔法の1種ですよ。魔法には基本的に誰でも使えるコモンスペルと、特定の者のみが保有しているアビリティの2つがあるのです」
「えっ、魔法って誰でも使えるの?」
「使い方を知らなければ、一生使えないでしょう……そろそろ起きれますか?」
「え、あ……」
気付けば、体が動くようになっていた。
「治癒してすぐに目を覚ましましたから、少しすれば動けるようになると思っていました」
上体を起こして、真っ直ぐ彼女を見る。やはり、とても綺麗な子だ。
「ありがとう、助けてくれて。僕はナオ。君は?」
「エミナです。剣奏隊に所属しています」
「剣奏隊……って何?」
「ハンタークランを知らないのですか?」
「うん、何それ」
僕が首を傾げると、エミナさんはすごく驚いていた。
「まあ、僻地のシェルターでしたからしょうがないのかもしれませんね」
確かに国の端だったけど、今の僕は常識すら分かっていないらしい。
「ハンタークランとは、源獣を倒し世界を救うことを目的とする組織のことです」
源獣とは、壊変時に一番最初に誕生した8体の怪獣のことだ。この世の怪獣全ての母体でもある。
「え、そんな組織が……」
「私の所属する剣奏隊はその1つ」
「へー。全然知らなかったよ」
流石にあのシェルターだけだとは思っていなかったけど、てっきりもう世界は怪獣のものになってしまったのだと思っていた。
「貴方、これから行く当てはあるのですか?」
「あ……いや」
考えが及んでいなかったけど、もう僕は家すらないんだ。
「よければ、剣奏隊に入りませんか?」
「え、いいの?」
「はい。実は結成したばかりのハンタークランで、仲間を絶賛募集しているところなんです」
「じゃあ、是非!」
源獣の討伐という目的に対して、今の僕は非常に意欲が湧いていた。
母さんを食らったあの1個体だけでなく、怪獣という存在全体に対して、僕は強い敵意を覚えていたんだ。
「ありがとうございます」
「……」
エミナさんは笑顔で感謝を口にしたけれど、その表情には僅かに陰りが見えたように思えた。
けれど僕は、それを指摘して剣奏隊に加入させてもらえなくなることを懸念して、何も言わなかった。
「今日はこのままここで休みましょう。明日、拠点へ帰ります」
「拠点って?」
「南に行ったところに、ナオさんのいたシェルターよりさらに大きいシェルターがあるんです。剣奏隊はそこに住んでいます。他のハンタークランもありますよ」
「他のシェルター都市がそんな近くに……」
物資回収隊は主に北を探索していて、南に行ったことはなかった。
「これを食べて、貴方は寝てください。まだ上手く動けないでしょう」
「これは……」
渡されたのは固く四角い食べ物だった。
「保存食です。味はよくないですが、栄養が詰め込まれている上に安いんです」
「へえ。ありがたく貰うね」
エミナさんの言う通り、あまり美味しくなかった。
◇◇◇
翌朝、僕とエミナさんは出発した。
夜でなくていいのかと聞けば、怪獣の嫌う香水をつけているから視界の効く昼間の方がいいとのことだった。
「エミナちゃ~ん!」
1時間ほど歩いた頃、エミナさんを呼ぶ声がした。
「誰?」
「剣奏隊の仲間です」
ビルの廃墟のそばに3人の女の子がいる。
エミナさんは手を振り返して、そちらに向かった。
「その人誰?」
真ん中にいた、少し身長が高くて明るい雰囲気の女の子が、僕を見てエミナさんに聞く。
「この人はナオさんです。北にあったシェルターを破壊した怪獣がおり、それを倒したらしいので剣奏隊に勧誘しました」
「ええっ! シェルターを壊すほどの怪獣を1人で倒したの!?」
「あ、うん……」
リアクションが大きくて、つい萎縮してしまった。
「ナオさん。彼女たちは左から、マイ、カナエ、ハイミーです」
マイさんは、長い黒髪の女の子。前髪が長くて目元がよく見えない。
暗い雰囲気で、僕と目を合わせてくれない。有り体に言うと根暗でコミュ障なのだろう。
カナエさんは、さっき僕のことを聞いた、少し高身長の明るい子だ。
高身長と言っても剣奏隊の4人の中での話で、同年代で男の僕よりはちょっとだけ低い。
明るい金髪のショートヘアで、綺麗な碧眼。堂々としていて、分かりやすく可愛い子だ。
ハイミーさんは、黄色みの強い黄緑の髪をした女の子。瞳は青色だ。一番身長が低くて、眼鏡をかけている。
カナエさんと同じく明るい雰囲気なのだが、同時に一歩引いたような距離間を感じる。
「それで、ナオさんを加入させてもいいですか?」
「もちろん! 歓迎だよ!」
エミナさんがカナエさんに聞く。剣奏隊というハンタークランのリーダーはカナエさんなのかもしれない。
「ナオです。よろしく」
「あたしはカナエ! 仲良くしようね!」
「ハイミーだよ」
「あ、マ、マイです」
「じゃああたしたちの家に──」
カナエさんが何か言おうとした時、ドシンと音がして地面が震えた。
廃墟の陰から、怪獣が姿を見せる。けれど、母さんを食った怪獣よりは大分小さくて、不思議と足が竦むような恐怖は感じなかった。
「あ、まだ残ってたんだ! エミナ、ナオくん、ちょっと待っててね! 倒してくるから!」
三人が武器を持って駆けていく。
残されたエミナさんは、とても寂しそうにしていた。