第五話:審査という名の裁き、そして決まった縁談
王都の神殿へ向かう馬車の中で、私は何度も深呼吸をしていた。
これから始まるのは、加護の再審査という名の“選別”。
表向きは穏やかでも、実態は異端を炙り出すための儀式に近い。
前の人生では、この審査がすべての破綻の序章だった。
隣でミリアが心配そうに私を見ていた。
「大丈夫ですか? 顔色が少し……」
「平気よ、ありがとう。あなたが傍にいてくれるから」
ミリアの表情がふっとほころぶ。
私はその笑顔を焼きつけた。
もしこの先、また彼女を“巻き込む”ようなことがあれば、私はもう二度と自分を許せない。
* * *
神殿の審査室は、白一色の広間だった。
外から見れば“聖なる空間”。
だが私は知っている。ここは、神の名を借りた裁きの場だ。
神官たちが並び、その中央に座すのは加護審問部長・ユルゲン。
灰色の目に、無表情の面。
前の人生で、彼は私を“黒神の影響を受けた者”として異端認定した張本人だった。
「ノエリア・エレイド嬢。前回審査から二年が経過しました。
本日は再審査と、加護の安定性を測定するための聖具適合検査を行います」
私は頷く。
感情を表に出さない。
疑念も恐れも、この場で晒すべきではない。
一つ目の試験は“聖水反応”。
指を浸すと、通常はうっすらと金の光が浮かぶ。
白神からの加護を持つ者なら、誰でも示す反応だ。
私は静かに指を聖水に沈めた。
――何も起きない。
部屋の空気が張り詰める。
「……反応がない、ということは?」
「加護が……非常に弱いか、存在しないか」
ざわざわと神官たちがざわめき始めた。
私は、それを予想していた。
私の加護は“分与”する力。
自分の中だけでは“示す”ことができない。
でも、それを言えば“黒の加護だ”と決めつけられるに違いない。
だから私は、言葉を選んだ。
「私の力は、他者と共にあるときに発現します」
「どうか、別の形で証明する機会を」
ユルゲンの瞳が細くなる。
「それは、“不完全な加護”であると認める発言と受け取ってよろしいか?」
「……私の力が未熟であることは、否定しません」
その瞬間、神官たちの中に“処分”を望む視線が生まれたのを感じた。
(だめ、ここで感情的になってはいけない)
私はあえて視線を逸らさず、ただ静かに耐えた。
今は、証明する手段がない。
けれど、彼らが“信じていないもの”を証明しても、信じる気などないことも分かっている。
そのとき――
「失礼いたします」
背後から、別の神官が走り込んできた。
「王家からの使者が……ノエリア嬢に関する縁談の件で」
空気が、がらりと変わった。
「縁談?」
ユルゲンの眉が動く。
神官たちが一斉に私を見た。
私は思わず一歩、後ずさった。
「……どういうことですか」
「南方・エストリア侯爵家からの正式な申し出とのことです。
家の立場と将来的な連携を見据えて……と」
私は口を閉ざした。
(もう?……父が動いたのね)
エストリア侯爵家。
表向きは善良な領主だが、実際には反王政的な動きを見せている一派。
私が嫁げば“王都からの異物”を処理しつつ、政略的にも得をする相手。
ユルゲンはゆっくりと立ち上がり、私を見据えた。
「ならばこの再審査の結果は、侯爵家への“備考”として提出しておきましょう。
“加護に不安あり”と、念のために」
(私を“政治の駒”として売るつもりだ)
息が詰まりそうだった。
でも私は、黙っていた。
ここで何を言っても無駄だとわかっていたから。
* * *
馬車に戻ると、ミリアが手を握ってくれた。
「お嬢様……」
「……大丈夫よ」
本当は大丈夫なんかじゃなかった。
このままでは、私はまた“誰かのために処分される存在”に逆戻りする。
今度は、自分を守るためにも、戦わなければならない。
その時、私の胸元に刻まれた契約印が、熱を帯びて脈打った。
私は空を見上げた。
この空の下に、まだレオンがいて、
私が救いたい人たちが生きている。
だから私は、諦めない。