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第二話:やり直せる世界、何も知らない人たち

目覚めた世界はまだ平和だった。


柔らかな陽射しが、カーテン越しに差し込んでいる。

空気には乾いた木の香りと、淡く残った石鹸の香りが混じっていた。

私は、見慣れた天蓋付きのベッドにいた。


けれどそれは、“もう戻れない”と思っていた場所だった。


 


私の処刑が決まったあの日、すべてが終わったはずだった。

レオンは目の前で討たれ、ミリアは私のために命を落とし、

フィリップは神殿の手によって粛清された。


それなのに今、私は生きていて、息をしていて、

“なにも起こっていない”時間に戻っていた。


 


自分の手を見下ろす。

細くて、まだ傷も知らない指。

ベッド脇の姿見には、十四歳の頃の私が映っていた。

何も知らない顔。守られることにすら慣れていなかった頃の、無垢な瞳。


「……本当に、戻ったの?」


そう呟くと、喉が震えた。

涙が勝手にこぼれ、視界が滲む。


 


コン、コン。

ドアがノックされた。


「お嬢様、朝の支度のお時間です」


その声に、私は息を飲んだ。


 


ミリア。

処刑前、最後まで私を信じてくれた侍女。

あの牢の外で泣いていた、彼女の顔が脳裏によみがえる。


「ミリア……!」


ドアを開けると、そこにはまだあどけなさの残る少女の姿があった。

小柄で、髪を後ろでまとめた彼女が、驚いたように目を見開いた。


「お、お嬢様……!? ど、どうかなさいましたか?」


私は言葉にならず、ただ彼女を抱きしめた。

ミリアは最初は戸惑っていたが、やがてそっとその背中に手を回してくれる。


あたたかい。

この腕が、あの時、無残に引き裂かれたことを私は知っている。


 


「ミリア、ごめんなさい……ごめんなさい……」


泣いてはいけないと思ったのに、止まらなかった。


ミリアは何も問わず、ただ優しく背中をさすってくれた。


 


 


* * *


 


朝食の席に座ると、以前と同じように“あの家族”がそこにいた。


継母・セレスティアは、完璧な身なりで静かに紅茶を啜っている。

父・リカルドは書類に目を通しながら無言。

そして、あの子がいた。


アリシア。

私の義妹。


純白のドレスを着て、ふわりと笑う。

誰もが“天使のようだ”と口にする笑顔。


「おはようございます、姉様。今日もいいお天気ですね」


私はその声に、一瞬呼吸を忘れた。


この子は、私を処刑台に送った。

王太子に毒を盛ったと偽証し、神殿に泣きつき、

“姉は黒神に魅入られている”とさえ口にした。


でも――


今の彼女は、何も知らない。

まだ何もしていない。

ただ、家族の中で愛されて育った、ひとりの無垢な少女だった。


「……おはよう、アリシア」


私は微笑んだふりをした。

内心では、何もかもが引き裂かれるような痛みだった。


彼女は本当に私を憎んでいたのか?

それとも、ただ“誰かに操られていた”だけだったのか?


答えはまだ、私の中でも見つかっていない。


 


「ノエリア、お行儀が悪いわ。背筋を伸ばして」


継母の声が鋭く響く。

それも、何も変わっていなかった。

この家の中で、私は“持たざる者”だった。


けれど、もう泣きはしない。


私は知っている。

この先、何が起こるかを。


 


* * *


 


食後、私はひとりで庭に出た。


白いバラが咲いていた。

処刑の日、あの花は折れていた。

私の足元で、誰かの血に染まって。


それでも、今日はまだ何も壊れていない。

すべてが、やり直せる。


「ミリア、レオン、フィリップ……」


私は空を見上げて囁いた。


「今度こそ、あなたたちを守るから。今度こそ……」


その時、背後から誰かの足音がした。


「……こんな朝に、一人で庭に?」


低く、少しだけ困ったような声。

私は振り返る。


そこには、レオンがいた。


記憶の中より、少し若い。

まだ騎士としてではなく、王家の第二王子としての顔。


「お久しぶりですね、ノエリア嬢」


彼はそう言って、微笑んだ。


私の心臓が、ひときわ強く鼓動した。


この人も、まだ何も知らない。

私が祈った夜のことも、自分が私のために剣を抜いて死んだことも。


それでも、私は知っている。


 


「……また、会えて嬉しいです」


その言葉に、彼は少し不思議そうに瞬きをした。

でもすぐに笑って、「こちらこそ」と言ってくれた。


 


私はまたひとつ、決意を強くした。


この世界では、もう誰も死なせない。

誰も失わない。

そして、私自身も、あの日のまま終わらせはしない。


たとえこの命をすべて使っても——


 

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