幼き日の記憶
王都を発った日の朝は、ひどく晴れていた。
皮肉なほどに、空は澄み渡り、雲ひとつなかった。
白神の象徴とされる光の色――
それがこれほどまでに眩しく、そして冷たく感じたのは、初めてだった。
「王都を離れる。数日で戻る」
その理由も、目的も、だれにも明かさなかった。
馬にまたがり、王都の門を越えたとき、
レオンは自分の胸の奥に沈んだ、たった一つの問いを抱え続けていた。
「俺がノメリアに差し出せるものは、何だ?」
*
十四歳のノエリアと十七歳のレオンは、金糸雀色に染まる噴水の縁で並んで座っていた。
レオンは、剣の柄をいじりながらぽつりと洩らす。
「加護の検定、受けたんだろう?」
「ええ。けれど――結果は“未適合”」
ノエリアは自嘲ぎみに笑った。「白神の光は、私を選ばなかったみたい」
「俺も同じだよ」
レオンは顔を伏せる。その表情を誰にも見られたくないかのように。
「王家はみんな強い加護を持つはずなのに、俺にはほとんど反応が出なかった。
『第二王子殿下は“限界加護”だ』――神殿の連中は、そう囁いてる」
ノエリアは驚きで目を開いた。
「“限界加護”……発現値が測定器の最低域ぎりぎり、というレッテル……」
レオンが苦笑する。
「要するに“加護なしと同じ”ってことさ。
白神の秤は“祝福の量”で人を計る。わずかでも光らなければ、価値はない――それが、今のこの国の制度だ」
*
「神に選ばれれば生きやすい。
選ばれなければ、祈ることすら“贅沢”になる。
――そんな秤で、俺たちは測られている」
*
その姿に、どれほど惹かれても、
自分が“空っぽ”のままでは、その手を取ってはならないと思った。
レオンは加護を持たない。
王家に生まれながら、祝福の光に見放された存在だった。
“神に選ばれなかった王族”――
その烙印が、ずっと彼の心に影を落としていた。
「俺には、何もない。王子であること以外、彼女に与えられるものなんてない」
けれど、それだけで“ノメリアを支える”なんて、そんな傲慢が許されるはずがなかった。
* * *
旅の途中で訪れた山あいの小さな祈祷所で、
レオンは古い聖文を見つけた。
そこには、こう記されていた。
――加護なき者は、祈りの形を学ばねばならぬ。
祈りとは光ではなく、求める心の深さである。
光なき者が、それでも差し出した手のぬくもりこそが、
本来、神の最も愛する祈りである。
その言葉を読んだとき、レオンは初めて、
自分のなかに確かに宿る“祈り”を自覚した。
祝福の光ではない。
けれど、それでも――誰かを思い、救いたいと願う心が、自分にはあるのだと。
* * *
数日後。王都へ戻った彼は、ノエリアの政略結婚の決定の報せを聞かされた。
神殿と名家との連携、王家の黙認。
それは、ただの少女を、“加護制度の生贄”として縛りつける契約だった。
「結婚を止めたければ、自ら名乗りを上げればいい」
そう言われたとき、レオンはほんの一瞬、手を伸ばしかけた。
けれど、やはり思いとどまった。
ノエリアに誇れる力も、王家を動かす確かな後ろ盾も、
彼女が“この人なら大丈夫”と思えるような、自信さえも。
「結婚は、“守る”という形を取る愛の一つだ。
でも、俺は――“彼女を導ける誰か”になりたかった」
それが叶わない今は、まだ、彼女に手を差し伸べるべきではない。
* * *
そして今日。
ノエリアが“未加護者の巡礼”として旅に出る朝。
誰も見送らない中、彼女の馬車の陰に、レオンは静かに立っていた。
見つからないように、ただ遠くから、その姿を見つめていた。




