表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

幼き日の記憶

王都を発った日の朝は、ひどく晴れていた。

皮肉なほどに、空は澄み渡り、雲ひとつなかった。


白神の象徴とされる光の色――

それがこれほどまでに眩しく、そして冷たく感じたのは、初めてだった。


 


「王都を離れる。数日で戻る」


その理由も、目的も、だれにも明かさなかった。



馬にまたがり、王都の門を越えたとき、

レオンは自分の胸の奥に沈んだ、たった一つの問いを抱え続けていた。


「俺がノメリアに差し出せるものは、何だ?」


 



十四歳のノエリアと十七歳のレオンは、金糸雀色に染まる噴水の縁で並んで座っていた。


レオンは、剣の柄をいじりながらぽつりと洩らす。

「加護の検定、受けたんだろう?」


「ええ。けれど――結果は“未適合”」

ノエリアは自嘲ぎみに笑った。「白神の光は、私を選ばなかったみたい」


「俺も同じだよ」


レオンは顔を伏せる。その表情を誰にも見られたくないかのように。


「王家はみんな強い加護を持つはずなのに、俺にはほとんど反応が出なかった。

 『第二王子殿下は“限界加護”だ』――神殿の連中は、そう囁いてる」


ノエリアは驚きで目を開いた。


「“限界加護”……発現値が測定器の最低域ぎりぎり、というレッテル……」


レオンが苦笑する。


「要するに“加護なしと同じ”ってことさ。

 白神の秤は“祝福の量”で人を計る。わずかでも光らなければ、価値はない――それが、今のこの国の制度だ」





「神に選ばれれば生きやすい。

 選ばれなければ、祈ることすら“贅沢”になる。

 ――そんな秤で、俺たちは測られている」





その姿に、どれほど惹かれても、

自分が“空っぽ”のままでは、その手を取ってはならないと思った。


レオンは加護を持たない。

王家に生まれながら、祝福の光に見放された存在だった。


“神に選ばれなかった王族”――

その烙印が、ずっと彼の心に影を落としていた。


 


「俺には、何もない。王子であること以外、彼女に与えられるものなんてない」


 


けれど、それだけで“ノメリアを支える”なんて、そんな傲慢が許されるはずがなかった。



* * * 


 


旅の途中で訪れた山あいの小さな祈祷所で、

レオンは古い聖文を見つけた。


そこには、こう記されていた。


 

――加護なき者は、祈りの形を学ばねばならぬ。

 祈りとは光ではなく、求める心の深さである。

 光なき者が、それでも差し出した手のぬくもりこそが、

 本来、神の最も愛する祈りである。


 

その言葉を読んだとき、レオンは初めて、

自分のなかに確かに宿る“祈り”を自覚した。


祝福の光ではない。

けれど、それでも――誰かを思い、救いたいと願う心が、自分にはあるのだと。



* * * 



数日後。王都へ戻った彼は、ノエリアの政略結婚の決定の報せを聞かされた。


神殿と名家との連携、王家の黙認。

それは、ただの少女を、“加護制度の生贄”として縛りつける契約だった。



「結婚を止めたければ、自ら名乗りを上げればいい」


そう言われたとき、レオンはほんの一瞬、手を伸ばしかけた。


けれど、やはり思いとどまった。


ノエリアに誇れる力も、王家を動かす確かな後ろ盾も、

彼女が“この人なら大丈夫”と思えるような、自信さえも。



「結婚は、“守る”という形を取る愛の一つだ。

 でも、俺は――“彼女を導ける誰か”になりたかった」


 

それが叶わない今は、まだ、彼女に手を差し伸べるべきではない。



* * * 


 

そして今日。

ノエリアが“未加護者の巡礼”として旅に出る朝。


誰も見送らない中、彼女の馬車の陰に、レオンは静かに立っていた。


見つからないように、ただ遠くから、その姿を見つめていた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ