第八話
「……まーぁ、大体のう、魔族が徒党を組んで襲撃してくること自体はきちんと予知できとったんじゃ。問題はそっからの対応よ。
自国の守りだけを固めて、ただ漫然と待ちぼうけとるだけだったんじゃぞ。しかもそれで敵が到達した途端に普ッ通ゥーに負けかかっとるんじゃから話にならんわ。
いや何、ショータら四人組はまごうこと無き救国の英雄じゃし、いくら感謝してもしきれんのは確かじゃがな。
ズダボロにやられとる所を突如やって来た外国人の助太刀でギリッギリ命拾いしとるのは、どう考えても帝国の運営体制っちゅーもんが根本的に間違っとった何よりの証左であろう。
今にして思えば、魔族の出現を予知できた時点で、ウオデッカやトコナッツにも呼びかけて共同戦線でも張るべきじゃった。然らば幾分かマシな状況になっとったんではないか?
分かるじゃろう? これが、導師様の未来予知に従っとけばウチの国は全部上手くいくんですゥ~他所は知りません~と盲目的に思考停止にダラダラやってきたユキマミレ帝国の限界よ。
歴代の導師には、生まれてから死ぬまでずっと神殿の中から一歩も外に出ず、ひたすら予知だけに人生を捧げて一生を終えた者もおると言うし、
他にも、たかだか40歳程度で早死にしてしもうたせいで導師不在期間が出来て、帝国を内乱状態に陥らせてもうた者もおったそうじゃ。
この通り、導師が帝国内で最も偉い役職だなどというのはただの詭弁じゃ。むしろ国内で最も国に縛り付けられとる人柱に過ぎぬ。
そしてもしも、わらわが貴様らと出会うこと無く、こうして外の広い世界を知ることも無いままでおったならば、
わらわも己がただの人柱として国に消費され続けるだけで一生を終えるということに、何の疑問も抱かないままでおったのかもしれん。なんとも寒気のする話じゃ。
ゆえにわらわは決めた。導師の未来予知なんぞに全部任せきっとるから帝国はここまで腐り果てたのならば、やるべきことは一つ。
わらわは導師なんぞ辞めてやる。もう予知は二度とやらん。やった所で意味が無い。どうせ帝国領内の未来しか見えんから意外と頼りにならんしな。
要するに未来っちゅーもんはのう、全ての臣民一人一人が各々の力でそれぞれ作ってゆくもんじゃ。
……という具合の話を皇城にて堂々言うてやったら、まぁ反発も確かに大きかったんじゃが、皇后や皇女を始めとする主に女子の面々がわらわの味方になってくれてのう……」
「もう本当に未来予知はしなくなったんですか?」
「それがなぁショータよ、せめて週一はやってくれと神殿関係者がせがんできおってのう。奴ら、ええ歳にもなってわらわの占いが無くば夜も眠れぬとばかりにな。幼子か?
わらわの何倍も生きてきたような老翁が土下座までしてきおったんじゃぞ? 普通に気色悪い以外の感想が湧いてこんわ。いっそ頭でも踏みつけてやれば良かったか?
結局わらわの味方についてくれた者達と共にどうにか言いくるめて、予知は月一回という所までは持って行ったんじゃが、
どうせその月一回ですら大した出来事など見えやせんに決まっとるわ。なんせ世界は、勇者ショータのおかげですっかり平和になったんじゃからな。
わらわの目標は導師という役職自体の完全撤廃じゃ。ゆくゆくは導師という言葉そのものを歴史の教科書の中でしか見ぬような過去の遺物に落とし込んでくれる。
こんな中途半端な所で妥協なんぞしておられん。わらわはまだまだ戦い続けようぞ」
「では、本当に導師が廃業になった後のオコッサさんはどうするんですか?」
「……ふんっ、その時は……自由に、やりたいように生きる!」
「僕はオコッサさんと結婚はできませんよ」
「ええい今に見ておれ! その言葉、いつか必ず真っ逆さまにひっくり返してくれるわ!」
* * * * * *
「……という感じの話でしたね、今日は」
「ありがとうセキーシ」
ショータ様は「女性と一対一のデート」は確実に拒否なさるが、セキーシとブトゥーカ殿とケンジャー殿も一緒についてくるならかろうじて許容できるらしい。
勿論、オコッサ殿はその条件設定に大層憤慨していたが。まぁそれでもショータ様と一緒に城下町を歩き回ること自体は十分お楽しみになったようだが。
……そういえば今回の来訪も従者としてコノウェ殿がついてきたのは、オコッサ殿も彼女に対して信頼を寄せているからなのだろうか?
あの時はあんなに壮絶に怒鳴られて委縮していたのに。なんかそんなに好感が向上する出来事とかあったの?
少なくとも彼女のおかげで、オコッサ殿の短気さはそれとなく改善傾向にあるようには見られるけど。
ちなみにコノウェ殿はもう全身鎧は身に着けてこなくなった。他国に戦をしに行くわけでもない以上、あんなものは必要無いとのこと。それもそうよね。
「ショータも嬢ちゃんのこと、ぶっちゃけ割と好きだよな」
「あくまで割と、止まりですけどね」
ブトゥーカ殿とケンジャー殿のその感想は……まぁ、何と言うべきやら……。
……もういっそこのままオコッサ殿には全力で頑張っていただいて、ショータ様を見事口説き落としてくれないかしら、と思ってしまう自分もいる。
彼女は導師の職を辞めたがっているのに加え、そもそも帝国自体から抜けたがっている。
どうもそのきっかけが、我が国で食べた料理が美味しかったから、というのが冗談抜きにそこそこ大きいらしい。
あんな上等なフルコースは流石にもう毎日は振る舞ってはいないが、どうやら街中の屋台の串焼きなんかでも相当に喜んで食べているらしい。
……現在の彼女は、自身の協賛者となった皇族たちと共に、帝国と我が国の貿易関係を結ぶことを企画し始めているそうだ。
一応、我が国にしきりに来訪する理由としても、視察や交渉の下地作りのためという名目を掲げて帝国側の首脳部を説き伏せているそうで。
新しい風を取り入れることで鎖国を何としてでも打ち破り、国中に蔓延した事なかれ主義を改革し、もっと豊かな国にしていきたいのだという。
そうやって導師の未来予知など帝国の運営にはもう必要無いと知らしめることで、自身の自由をつかみ取りたいのだと。
……だから、そういう調子で、きっと彼女は最後には本当にウオデッカ王国に移住してきて、それでショータ様にもっと本格的に求婚していって……。
こういう流れだったら、ショータ様自身にはあくまで我が国に留まっていただいたまま、私と結婚したいなんて無茶な夢もお忘れになって……。
そうそう、これなら私の夫も最初に期待していた通りに、世界的な英雄たるショータ様がウオデッカ王国に定住なさったままで……。
……いやでも、ショータ様ご本人はもう剣なんか二度と取らないと……。
ショータ様はただの少年に戻ることをお望みになり、我々もそれに応えてショータ様の武力にはもう二度と甘えないと誓ったのだと……それこそを平和の証とするのだと……。
彼を英雄と持てはやすことなど、もうやめていくはずだったのではないかと……。
…………私は頭の中で何を延々ぐだぐだと呻いているのだろう。
とりあえず、結論はまぁ……将来ウオデッカ王国に移住したオコッサ殿がショータ様とくっついてくれたら全部丸く収まるのに、ってことで……一応……。
なんか……もう……ウチの娘二人はすっかり望み薄っぽいし……残念ながら……娘たちには魅力が無いと言われたようで母としては大変悔しいんだけど……。
……何だろうな。
私も結局何だかんだ言って……ゴチャゴチャと言い訳ばかりして……本当はただ単純にショータ様と離れたくないと思っているだけなのだろうか……。
…………可愛いし…………。
……………………いやいやいや。私の夫はヨイダンナー一人だけだから。
ところで末っ子のマッティーがオコッサ殿をやたら気にしている件はどう転ぶんだろうか。むしろどう転がしてあげるべきなのか。
本当に好きなの……? ああいう女の子が……? いや確かに相当の美少女なのは間違いないんだけど……普通にしていればだけど……。
「オコちゃま~どもども~」
「クロォッ! そのたわけた呼び名はいい加減やめいと言うとろうが!」
「アハハ、今日もお元気そうね」
「ショータの声のデカさには負けとれんからな、貴様はどうなんじゃ」
…………なんかすっかり仲良くなってきたなぁ、わざわざ南のトコナッツと北のユキマミレからそれぞれ足しげくショータ様に会いに来るこの二人。
さて、今回のクロギャール王女はどれぐらいで連れ戻されるやら……父親も若い頃はこうやってブラブラしてばかりいたのかしらねぇ。
「あーそれがまァ、アタシはさァ……どっちかってーとオコちゃまに会うことの方が目的になってきたよーなトコあるかもね」
……あら? 何事?
「はぁ? 貴様もショータに会いに来おったはずではないのか? いやショータは渡さんが」
「…………うん、ソレ」
「なぬ?」
「いやアタシもショータサマ大好きだけど、なんか……アナタのガッツにはちょ~ッと、勝ち目薄かな……って最近思ってなくもないってか……。
どうせパパもアタシのコッチ方面はあんまり応援してくれてないし……」
「急に弱腰になりおって何じゃ、わらわとどちらが先にショータの心を掴むか勝負だなどと息巻いておったあの日の貴様はどうした?」
「……そだね、ゴメンゴメン、いきなりらしくないことなんかぼやいちゃって」
「……何じゃい、まったく」
…………クロ王女の心境がもしかしてちょっと変わってきてるっぽい?
この先どうなっていくのやら……。
* * * * * *
そうしてユキマミレ帝国との協議を水面下で細々と進めていた一方……。
元より我が国と活発に交流中のトコナッツ王国との親交関係を更に深めていくための計画として、交換留学を行うことが決まった。
我が国からは、私の次女イモトヒーメを中心とする学生たちに加え、ショータ様も参加していただくことになった。
決め手になったのは例によってケンジャー殿の「外国でも勉強すればより幅広い知見を得て、もっと立派な大人になれるでしょう」という主旨の発言である。
もうこの際だから今度こそ留学先で素敵な彼女さんでも見つけてくださらないかしら……いややっぱり無理かな……などと邪念にまみれながらショータ様たちを送り出す。
トコナッツ王国側からウチに来る学生は、クロギャール王女の妹である第二王女などが参加しているそうで。
そういえばそっちはどんな子だったかしら……いくらあの男の子供でも、流石に全員がクロ王女ほどアクが強い子ばかりじゃなかったと思うけど……。
留学期間は一年間。
つまり、私はこれから一年間に渡って……まぁ……静かに過ごせる……と言って良いのやら……。
オコッサ殿にもこの旨は手紙で伝えておいたので、ショータ様不在の我が国にわざわざ足を運ぶことも減るだろうし。トコナッツ側に通い始めるかもしれないが。
いやぁ……ほんと、静かに……なるわよね……そうよね……?
これから一年間、毎朝の「おはようございます女王様!」が聞けないのかぁ……うん……。
残念……でもないわよ……そうよ……仕事が捗るってものよ……こんなに静かなら……。
「……お母様」
「アーネ……?」
ある日、長女アーネヒーメが随分すっきりとした笑顔で、私に話を持ち掛けてきた。
「私、決めました。この人にします」
入って頂戴という呼び声に従って、一人の男性騎士が入室する。
……ああ、彼は……ショータ様が「もう剣は握りません」と宣言なさった際に「貴方がこの先二度と剣を取らないことこそが本当の平和の証なんですね」と答えて、
ショータ様を王国騎士として迎える予定を取り消す方向に持っていった人物だ。
「……えーっと、貴方、名前はなんといったかしら?」
「イーテッシュです、陛下」
……聞くところによると、騎士団内でも未だに「やっぱりショータ様には騎士になってほしい、あれだけの力があるのなら」という派閥が僅かばかりくすぶっているそうなのだが、
彼はそういう者達とも真剣に話し合い、「本当に平和な世界に英雄はもう必要ないのです、我々のような凡人だけで全部何とかできる世界こそが平和なんです」と説いているらしい。
勿論、あくまで彼自身はショータ様のことを英雄として深く尊敬しているのだという。
だからこそ「もう剣は取らない」というショータ様のご希望を最大限尊重し、剣とは無縁の普通の少年としての平和な生活を過ごしていただけるように、
自分達が平和維持に努めることこそが、世界を救っていただいたことに対する最大の恩返しになるはずなのだと、騎士団内で常々主張しているらしい。
そうして「凡人は凡人に出来る限りのことをやってこの国を守っていきます」と勇ましく断言しつつ、鍛錬に打ち込む彼の姿に……。
更にそこから「ひいては王女様もお守りします」と言ってのけた彼に……アーネはだんだんと惹かれていったのだという。
「お母様も、かつて一人の騎士だったというお父様に対して恋心が芽生えたきっかけは、おおよそこういったものだったのでしょうか?」
「まぁ……そうだったかしらね」
夫との馴れ初めか……そういえばあの頃はチャラウォッジにもそこそこ言い寄られてたのよね……あいつは一体どこまで本気だったのやらって感じだったけど。
いやまぁ、とりあえずあいつの方はどうでもいいか。
「さて……イーテッシュ」
「はい、陛下」
「……そんなに緊張しなくていいのよ。貴方が私の娘と今までどんな会話を交わしてきたのか、娘のどこに惹かれたのか、私にも教えてくださる?」
娘の彼氏の面接なんてする時がとうとうやって来たのか。アーネも21歳を過ぎてしばらく経つし、ちょっと遅いぐらいかもしれないが。
……そして一通りの和やかな会話の終わりに、アーネはこう残した。
「お母様、私はもうショータ様を諦めます。未練もありません。これからの私はイーテッシュのことを信じます」
この子が最初に話を持ってきた時から、何と言うか……吹っ切れたような笑顔を見せていたのは、こういうことだったのね。
「そうね。イモトたちが帰ってきたら、是非紹介してあげなさい」
……ところでイーテッシュから「お義母さん、娘さんを僕にください!」みたいな台詞はいつ飛び出すのかと期待と言うか警戒と言うかしてたんだけど、
現段階ではそこまで気の早い発言はまだ来なかった。そもそもアーネは次期女王だから婿入りしてもらうことになるし、とかそういうのはさておき。
…………という一幕も乗り越えて、いよいよイモトとショータ様たちが我が国まで帰って来る日。
「ただいま帰りました、お母様!」
「トコナッツ王国はとっても楽しかったです女王様!」
南方の日差しに焼けてすっかり肌の色が濃くなった彼らの傍らには……。
「ヴィマージョ様、ご無沙汰しております」
「あら、貴方は……」
チャラウォッジの三人目の息子、つまりクロギャール王女の一つ上の兄がついて来ていた。
何事?
「お母様聞いてください!」
なんかテンション高いじゃないのイモト、もしかしてこれは……と思っていたら。
「私、彼にします!」
トコナッツ王国第三王子殿の右腕に意気揚々と抱きつきながら、それはもう高らかに宣言してくれた。
あらあら……そっちもそんなに進んでたんかい。母さんビックリよ。子供って親が見てない所で勝手にどんどん成長するものね……。
その熱烈ぶりを見る限り、貴女もショータ様への未練なんて綺麗さっぱり消し飛んでそうね……姉妹揃ってヤケクソになって風呂にまで誘った時のことなんて記憶の彼方かしら。
いやしかし、チャラウォッジの息子かぁ……そうかぁ……あいつの息子の一人が私の娘とかぁ……そうなのかぁ……。
「イモト、とりあえず思い出話でもたっぷり聞かせてもらいましょうか。彼も交えてね」
「はい!」
「アーネの方も色々と話さなきゃいけないことが出来てね、この一年間で」
「姉上が? 何でしょうか?」
「後で話すわ」
なんかもう私の知らない所で色んなことがどんどん進展してるわね最近……娘たちの成長は喜ぶべきことだけど。
「ショータ様は今回の留学はいかがでしたか?」
「一年も女王様に会えないのは寂しかったですが、ようやく再会できて今すごく元気が湧いてきました!」
……とりあえずそのご返答に笑いは噴き出たんだけど……留学の成果は?
あとその口ぶりからして新しい彼女なんて作って……くださるわけがないか……そりゃあ……ショータ様はね……。
「そういえばクロギャール王女はお元気でしたか?」
「勿論です!」
「あ、クロのことなんですけど、お母様」
イモトが横から割り込んできた。
「クロも……最初の一か月ぐらいはまぁそれなりにショータ様にベッタリだったんですけど、もう全然脈が無いもんで……だんだん……」
「あら……」
後で詳しく聞いた所によると、トコナッツ滞在中は最初から最後まで、あくまで「友達」としてクロギャール王女とは相応に親しくしていたと言うのだが。
かつて「自分が側室でも構わないからショータサマと結婚したい」と涙声で訴えていたのは、もうすっかり終わった話になってしまったらしい。
なんなら彼女は彼女で、ショータ様への想いに見切りをつけるなり、気づいたら新しい恋人をさっさと作っていたという話も。
……要するに、ショータ様争奪戦は、アーネヒーメもイモトヒーメもクロギャール王女も三人まとめて脱落に終わった……ということである。
争奪戦とか表現するのが正しいかどうかはさておいて。
故に……残るは……。
「ショータよぉ! 日焼けしてもいい男じゃなぁ!」
「オコッサさんもお元気でしたか!?」
「当ったり前じゃ! 次はユキマミレ帝国に留学に来させてやろうか!?」
「ええー、また一年もウオデッカから離れないといけないんですか!?」
「わらわは大歓迎するがな!」
もうオコッサ殿しかいない。
尚、当たり前のように彼女もここに居るのは、ショータ様たちの帰国日を事前に伝えておいたからである。
もう日常のほとんどをユキマミレとウオデッカの往復で消費してそうな勢いじゃないのか、この子。
……さて……そんなこんなで。
アーネヒーメ22歳、騎士イーテッシュとの結婚式が執り行われた。
「おめでとうアーネ。これで私も安心して、いつでも引退して席を譲れるわね」
「あらいけませんよお母様。この先、孫は当然として、ひ孫ぐらいまで見届けていただけるぐらい、お母様には長生きしていただかないと」
「陛下、これだけ世界が平和になったのです。暗い未来などもう来ませんよ」
そして私の夫からも、義理の息子となった部下に対して賞賛の言葉が贈られた。
「君のような素晴らしい部下に恵まれたことを誇りに思う。どうかこれからは……娘を、よく支えてやってくれ」
「お任せください、将軍」
「……何なら、父上……と呼んでくれても、な……」
「い、いえいえ、それはっ……」
「ははっ、冗談……あ、いや、結構本気でそっちでも構わないと言うか……」
「ちょっ……将軍っ!」
賑やかな家族になってくれそうなことで……。
……それで、これぐらいの頃だったか。
城下町の間でも「勇者ショータ様は王女様と結婚するんじゃなかったの?」という話が持ち上がってきたのは。
そしてこれも同じぐらいの頃だったか。
ウチの城の中でも一部の使用人などが「実を言うと私はショータ様の女王陛下への恋をちょっと応援したくなってきている」などと言い出すようになってきたのは。
そしてこれも後から知ったことなのだが、トコナッツ王国側から我が国に留学していた第二王女殿が、さり気なくブトゥーカ殿とすっかり親密になっていたらしい。
ブトゥーカ殿本人は実家の格闘術道場を受け継ぐ準備を着々と進めていた所だったそうだが。
……そういえばセキーシが「彼女はブトゥーカに気がある」とか、どこかで茶化していたような覚えが……。
そこからまた着実に時は過ぎ……つまり「ショータ様が結婚できるご年齢になるまで」という「先延ばしの有効期限」が粛々と迫り続ける中……。
アーネヒーメは23歳となり、娘を出産した。チャラウォッジに引き続いて、私も43歳にしてとうとう立派な「おばあちゃん」になったのである。
待望の初孫の名はマーゴキャワに決まった。家族内での抱っこの順番回しがそれはもう盛んなことになったのだが。
「ショータ様もお抱きになりませんか?」
と、アーネがショータ様に振ってみた時である。
「……僕は遠慮します」
「えっ……」
「落としたりしたら、怖いので……」
……そう仰る割にはなかなか残念そうな表情なのだが。まさか女性には決して触らないという誓いは赤ちゃん相手ですら適用なさるおつもりなのか。
そんなにまで意固地にならなくても……。
「……では、言い方を変えましょう」
仕方がないので私は一つ作戦を考えてみた。
「これは女王命令です。私の孫娘マーゴキャワを抱き上げ、その誕生を祝福なさい。勇者ショータよ」
……これならどうだろうか。
「……うぅん……」
…………めちゃくちゃ迷ってらっしゃるし。
「……わかりました。謹んでお受け致します」
ようやく、物凄く照れた表情ながらも両腕を差し出してくださった。
「では、よろしくお願いします」
アーネから娘を受け渡されたショータ様は……。
「……とっても軽いですね……」
今まで見たこともないぐらい柔和な笑顔をなさっていた。
うん、まぁ……普段のショータ様ってお元気過ぎて勢いが有り余ってらっしゃるから……。
柔らかほっぺをぷにぷにとつつかれたり……良かった、ちゃんと嬉しそうに抱いてくださったわ……とか人が和んでる所にアーネが横から一言。
「ショータ様がお母様とご結婚なさったら、ショータ様はマーゴの義理の祖父になってしまいますねぇ」
「……アーネ?」
いやちょっと待ちなさいアーネ。そういうことを言うのは。
「私より年下ですのに、うふふ」
「僕がおじいちゃんですか?」
「あくまで名目上の話ですけどね」
「なんだか笑っちゃいますね!」
いやいや待って、本当に待って。アーネ? どういうつもり? 貴女まさかそっちを応援する側に回っちゃうの?
「ショータおじいちゃん……っ!」
「いやショータおじいちゃん、て……っ!」
隣でイモトとマッティーがぷるぷる震えて笑いをこらえている。こらこら。
「あの、ショータ様、まだそうなると決まったわけではありませんからね? ……ね?」
私一人だけ必死になっている。いやいやこの流れを私が受け入れるわけにはいかないでしょ。だって……ねぇ?
「ほらあなた、それにイーテッシュも何か言ってやって」
反対側を見やると……私の夫とアーネの夫まで必死に笑いを押さえていた。いやいやいや、貴方達ねぇ……?
……などと微笑ましい……ものとして恐らく第三者には扱われてしまうのだろうが、私自身にとってはなかなか不本意な一幕などもありつつ……。
「くははっ、赤子の取り扱いならばわらわとて手慣れたものよ!
帝国首都を出歩いておれば、そこらの若い母親に『生まれたての我が子をご祝福ください導師様』などと頼み込まれることもしょっちゅうでな。
いやまぁ導師なんぞどうせ辞める予定じゃが」
「ぶぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「ふぉっ!?!? な、泣くでないっ、よしよし……っ!」
なんかもう当たり前のようにウチの城に入り浸りに来るオコッサ殿にも孫を抱いてもらったりもしつつ。