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第七話



 ……ショータ様は後ろを振り向いて私の方に目配せなさった。まぁ……結局そうなるわよね、とばかりに、私も一つ頷くしかない。

 今、自分の眉間にシワが寄って渋い表情をしていることは十分自覚しているが。


「じゃあ約束してください。僕が誰のことを愛していると言っても、その人に対して絶対に怒ったり恨んだりしないと」


「いちいちまどろっこしいわ! もうそういうのはええわい! よもや王女じゃのうて女王の方が好みなどと言うまいな!?」


 あ。


「えっ、そうですよ?」


「は?」


 あー…………。


「僕が愛してるのは女王様です。結婚したいぐらい好きです。女王様は既に将軍さんと結婚しているので僕は側室にしてもらうのが夢なんです」


 ……………………。


 …………隣の護衛隊長殿もあれ、恐らく兜の下で呆気に取られてるわね、などと現実逃避思考が頭の中を通り過ぎていく。


「…………ぬォァァァァァァァァァァァアアッッッッッッ!!!!!」


 オコッサ殿は再び大きく右手を掲げて床に叩きつけようとするが。


「させませんよ!!」


 ケンジャー殿がそれよりも一瞬早く右手の指で床を突くと、彼女の足元に向かって魔力光が鋭く伸びていき、例の防御障壁魔法の発動を阻止してしまった。


「うおォォォォァァァァ何さらしてくれとんのじゃァァァァァァァァッッッ!!」


「構成はさっきの一回でおおよそ見切りましたからね。完成する前に潰すのならまだ簡単です」


 そんな器用なこと出来るんだ……。


「ケンジャーすごッ!?」


「むしろお前の魔法に出来ないこととかあんのか!?」


 セキーシとブトゥーカ殿も揃ってケンジャー殿の絶技を賞賛している。


「ショォォォォタァァァァァァアッ!! どういうことじゃァァァァァァァァッ!!」


「僕がどう答えても怒らないって約束したじゃないですか」


「わらわはまだ約束しとらんかったわァァァァァァァァァッッ!!」


 ……ああ、うん。そこは確かに約束するって言う前に答え出されちゃってたけど。


「導師様」


「じゃかぁしいッッッ!!」


 護衛隊長殿の兜に向かって再び拳を突き出そうとするが、今度は当たる前に手でつかみ取られてしまった。


「導師様の負けです」


「うるさい!!」


 もう片方の手でも殴ろうとするが、結果は全く同じだった。


「これはもう完全敗北です。貴女はショータ殿に負けたのです」


「うるさいうるさいッ!!」


「まだこれ以上食い下がるようであれば、やはり昼食もお断りして無理矢理担いで帰りますよ」


「うるさいうるさいッッうるさァァァァァァいッッッッ!!! なんであんなオバサンにわらわが」


「ッッるッせェのはテメェだッこのクソガキッッッ!!!!!!!!!」


「ほひッ!?!?!?」


 ッ!?


 ……え、今のすごい罵声は何……? 本当に護衛隊長殿が言ったの?


「……失礼致しました」


「…………はい…………」


 ……あまりの迫力に部屋中の全員が凍り付いてしまった。オコッサ殿自身は完全に放心状態で尻もちをついている。


「さて、申し訳ありませんでした皆様。今のはどうか見なかったことにしていただけると幸いです。我が国の皇家に見られていたらその場で私の首が飛んでますね、ははっ」


「いや……そこで笑われましても……」


 この人……なんかもう、本当に一体何なの? ……まぁ何というか、今度こそオコッサ殿を静かにしてくれたことは間違いなくありがたいけど……。


「……とりあえず、昼食に致しませんか? ウチの料理人と使用人たちがそろそろ待ちかねている頃かと思われますので」


 ひとまず話の主題を戻していく。これで決着がついたことにして良いのかどうかはともかく、あんまり遅刻するのもね。


「ありがとうございます。ほら行きますよ導師様」


「…………ショータ、腰が抜けたからわらわを抱っこ」


「ど・う・し・さ・ま」


「はいッッ自分で歩きましゅッッ!!」


 …………ごめんなさいオコッサ殿。正直言って大声で騒ぎ散らしてる時よりも今の貴女の方がすごく可愛いわ。

 一番最初に「彼女の周囲だけ太陽光が集中的に降り注いでキラキラ輝いてる」とか思ってたのは完全に過去になってしまったけれど。


 ……自分から絶世の美少女を自称していた程のオコッサ殿がこんなおばさんに負けたという屈辱は、察するに余りある……なんて、その勝ったおばさん本人が言うのもなんだけど。

 と言うか別に勝ちたいわけでもないんだけど。もういっそ本当に既成事実を差し上げて勝ちを譲るのも一つの手かしら、なんて最悪の邪念まで思い浮かんでくる始末なんだけど。


「……ところで、ケンジャー殿、でしたっけ? 導師様の魔法を発動阻止するとは見事な手腕ですね。貴方ほどの方ならユキマミレ帝国に引き抜きたいぐらいです」


「ははは、買いかぶり過ぎですよ」


 思ったよりよく喋るのねこの人……と言うか、未だに名前も教えてもらってないんだけど。後で聞いておくべきかしら。なんなら兜の下の素顔だって見せてもらいたいし。


「……私達は結局何を見せられてたの?」


「さぁなぁ……」


 セキーシ、ブトゥーカ殿、その辺は私も全くもって同感だわ……。


「……騒がしい方だったな」


 そういえば今回は私の夫に出番が無かったわね。


「…………ショータばっかりずるいな、あんなに綺麗な子に言い寄られて…………」


「……マッティー?」


 何故か唐突に末っ子のマッティーが予想外すぎる感想を漏らしている……え、何、貴方の好みなの? オコッサ殿みたいな子が……?

 母さん、それはちょっとやめといた方がいいんじゃない? ってツッコミそうになっちゃうんだけど。少なくとも今の惨状を見た直後だと……。


「ほら、行きましょうお母様」


「……そうね」


「お母様の祝勝会に」


「それは何の嫌味かしらイモト?」


「うふふっ」


「アーネ?」


 ……娘たちの微妙すぎる視線が痛い……ッ!


「今日のお昼ご飯は何ですか女王様」


 ここでそのお一言を挟むショータ様も空気が読めてらっしゃるのやら読めておられないのやら……ッッ!




 ……今思うと、クロギャール王女って服装はアレでも結構上品な子だったんだなぁ、癇癪で暴力とか振るわないし……などと唐突に振り返ってしまう。




 * * * * * *




「うンまッッッッ!」


 とりあえず肝心の昼食はオコッサ殿にご満足いただけたらしい。


「わらわもう帝国の導師なんぞ辞めてウオデッカに移り住むわ」


「無茶言わんでください」


 護衛隊長殿の敬語はもう完全に崩壊していた。ちなみに名前はコノウェと言うらしい。鎧兜の下は本当に女性だったのだが、重騎士だけあって相当に逞しい体格である。


「見てみい、この色彩も風味も豊かな赤黄色緑の野菜、濃厚芳醇でありながら喉越し爽快なスープ、パリパリの皮の焼き目に至るまで美味い魚、

 そして何よりもこの真っ赤な断面すら美しい旨味の塊の如き牛肉を。まことの美食というものは見た目からして斯くも芸術性に満ちておる。


 ユキマミレ産のカッスカスの芋や豆に、鹿や猪のかったい肉なんぞ比ぶべくもないわ。これ程の馳走は誕生日でも食わしてもろうたことはない。

 帝国内でこの一食と同じものを揃えようとすれば下手な宝石より値が張るぞ」


 そこまで褒めちぎってくださるんなら、ついさっき我が国をこんな所呼ばわりした件を掘り返してやろうかしら、などとしょうもないことが頭に浮かぶ。まぁ別にいいけど。


「ユキマミレとウオデッカの国交をとっとと開いて美味いものを輸入せんかい輸入。いつまで鎖国なんぞやっとるんじゃ、時代に取り残される一方じゃわ」


「それは私の一存で決められることではありません」


「ならば皇家に訴えかけんか。先程のわらわへの暴言をバラされとうなくばな!」


「……良いでしょう」


「…………ふんっ、なんじゃその勝ち誇ったような笑みは」


 ……なんだかもうただの面白姉妹と化してきたなこの二人。あと残り三人の護衛の方々はもう全然喋ってないけど。


「お魚はトコナッツ王国からの輸入ですよ」


「まことかァッ! ショータよ! わらわと貴様の新婚旅行はトコナッツで決まりか!?」


「導師様。まだ言ってるんですか」


「あ……はい……」


 コノウェ殿の静かながらもドスの利いた一声で一気に押し黙ってしまうオコッサ殿。

 ……ひょっとしてこの子、大人にあんな大きな声で怒鳴られた経験なんて今まで一度も無かったのかしら。あの我がまま好き放題自分勝手ぶりからして。




 ところでデザートのケーキが運ばれてきた瞬間のオコッサ殿の笑顔は、城門で初めて彼女の姿を見た瞬間を上回りそうな程にキラキラと輝いて見えたわ。

 やっぱりちゃんと綺麗な子なんじゃないの。あんな年頃の女の子は甘い物に喜んでるぐらいで丁度いいのよ。


 


 * * * * * *




「……良いかウオデッカの女王よ、わらわが今日この一回限りで素直に諦めてやるなどと思うたら大間違いじゃ!

 ゆえにわらわは貴様に宣戦布告する! ショータは渡さん! 必ず目を覚まさせてくれる! 貴様のようなオバ……歳の離れた女よりもわらわの方が断然にショータに相応しいとな!」


 いやもう別におばさん呼びで全然構わないんですけどね。今日だけで白髪がどんだけ増えたか気にしてるぐらいだし。


 何だかんだで結局、随分と可愛らしい「帝国との敵対関係」を頂戴してしまった。昨日までの心配ぶりを思えば、とんだ取り越し苦労、骨折り損のくたびれ儲けだが。

 ……あと、私の名前はもうお忘れになったんですか? まぁ一番最初に一回言ったきりですが。


「……いずれまた会おうぞ! いやもうほんと、出来る限り早いうちにな!」


「また美味しいご飯をたかりに来ますって言いたければ素直に言えばいいじゃないですか」


「やめんか貴様ァァァァァァァッッ!!!」


 また絶叫してるし……今夜はベッドに入ってからも頭の中で延々反響してそうだわ、この子の高い声。


「もう行きますよ導師様。予定より一日でも帰るのが遅かったら軍隊出すとか言われてたでしょ、それぐらい生きてる責任重いんですよ貴女。腐っても」


「クソッ、あと一週間ぐらい尺取っておくんじゃった……とゆーか腐ってもとか付け足すでないわ!! マジで皇家にバラしちゃるぞ!!」


 いやそんな限界ギリギリの条件でここまで来てたんかい。尚更早いうちに帰っていただかないとウチの国が大変じゃないのよ。


 ……それはそうと、コノウェ殿がもう完全に導師様に対する敬意が絶無すぎて笑えてくる。

 正直言って「鎧兜で顔が見えない付添人」でしかなかった初見の印象より、今の方が断然に好感が湧いてきたんだけど。


「ショータ! せめてお別れに手ぇぐらい握ったらどうなんじゃ!」


「駄目です。僕は女王様以外の女性の身体には、決して、断じて、一切触りません」


「貴様ァッ!!!!」


 オコッサ殿が体当たりじみた勢いでショータ様に駆け寄るが、気づいた瞬間にはもうショータ様は彼女の背後に回り込んでいた。


「は!? ……何じゃ今の!?」


 また炸裂してらっしゃるわね神速背面取り……。

 ……よく考えたら、ショータ様がその気にさえなれば、この技で私を後ろから好き放題なさることだって造作も無いのでは? ……いや、この想像はやめるべきね、流石に……。


「導師様、これ以上無駄な時間をとるようなら本当に担いで帰りますよ」


「ぐ……っぐうぅぅぅぅッッ……!!」


「ショータ殿には泣き落としだって一切通用しないのはもうさっき十分実証しましたし。こんなに脈が無い相手の何がそんなにいいんですか?」


「コラァッ!! ショータを悪く言うな!! わらわの命の恩人なんじゃ!! 帝国にとっても救国の英雄なんじゃぞ!!」


「……わかりましたんでそろそろ帰りましょうね」


「…………うぅ…………」


 ……ちょっとぐらい助け舟でも出してあげるべきかしら。


「ショータ様、せめて握手の一回ぐらいなさってあげても……」


 これを言った途端にオコッサ殿の顔に一筋の光が差すが。


「そうやって中途半端に優しくしても結局最後に断って泣かせるぐらいなら、僕は今断って今泣いてもらうことを選びます。女王様ご本人に言われたとしてもそれは変えられません」


 ショータ様自身があっという間に再び曇らせてしまった。


 ああ、この台詞、前にも聞いたわね……本当に意志がお強すぎる。

 私自身の説得すら聞いてくださらないのか……本当にあと5年そこらで気を逸らすことなんて出来るの……?


「ッッ…………ショータの阿呆ォォォォォォォォォオオオッッッ!!!!!!」


 向こうも向こうで物凄く既視感溢れる叫び声を残して走り去ってしまった。


 …………と思ったら途中で振り返ってすぐまた走って戻ってきた。


「……女王よ、食事はまことに美味であった。そこに関しては心より感謝する。あんなのがいつでも好きなだけ口にできるこの国の者達が心底羨ましい」


 ……何だ、ちゃんとお礼ぐらい言えるんじゃないのよ。


「いくら女王の私でも毎日あんなには食べておりませんよ。今日は完全にお客様向けの特別なご馳走でしたので」


「ぬぅ……そ、そうか。まぁ流石にそうじゃろうな、くくっ……」


 毎日フルコースとか太りすぎて高血圧で早死にするわ。


「……では今度こそ失礼する!」


「はい、どうかお元気で」


 やっと帰ってくれるのか……もうその一言に尽きる。本当にそうとしか言いようが無い。


「ショータのバーカ!!」


「好きなのか嫌いなのかどっちなんですか」


「大ッッッッ好きに決まっとるわ!!!!」


 本人達の姿が見えなくなるまでは営業用の笑顔で手を振っておいたが、終わった途端に盛大な溜め息がこぼれた。

 今日だけで何年分も老けた気分よ。今度またお客が来るなら、せめてもうちょっとおばさんの胃腸に優しくしてくれる方を希望したい。


 まったく、本当にうるさい子だったわ…………チャラウォッジの相手でもしてる方がまだマシね。


 ……こんなにモテるのにどうして私にばかり執着なさるのかしら、ショータ様は……。




 * * * * * *




 ……………………で、二か月ぐらい経ったら結局また押しかけてきたんですけどね。なんかまた皇家の方々を上手いこと説得して国外旅行の権利をもぎ取ってきたそうで。

 

 例によって我が国に遊びに来たクロギャール王女とも鉢合わせちゃって、さらなる一悶着と言うか百悶着ぐらい引き起こしたというのはまた別の話。


「オコちゃまのサラッサラの髪って何使って洗ってんの?」


「オコちゃま言うな!」


 最終的には結構仲良くなってたけど。


 ……もう好きにして頂戴。



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