第三話
私の人生でも稀に見るほどの騒々しい一日がなんとか終わった。
「女王様! 一緒のベッドで寝ましょう!」
……なんて、ショータ様が言い出してこないかと若干期た…………警戒はしていたのだが、いくらなんでもそれは無いまま夜が明けて一安心。
昨晩の夢の中でそれっぽいことを叫ぶ彼の幻影を見たような気はするが。
いや見たっけ……? 私の思い込みか……? ショータ様の熱烈な求愛行動に、私も大概頭をやられていないか……?
とりあえず今朝はショータ様のお姿が一目見えるなり
「おはようございます女王様!!!」
と壮絶にデカい声のご挨拶をいただいたことは言うまでもないが。廊下中の兵士や使用人が振り返っていたわね。
朝食まで同じ部屋で一緒に食べたいと要求されたのは、流石にセキーシとブトゥーカ殿とケンジャー殿の三人が熱心に説得して引き止めてくれたが。
……これから大丈夫なのかしら。本当に。
…………何だったら、もしかして昨晩寝室にショータ様が攻め込んでこなかったのも、あの三人が阻止してくれたおかげだったりするの? ……いや、まさかね……。
という具合で朝食を済ませて一息ついた頃のことである。
「陛下、お客様がお目見え……なんですが……」
何やら嫌な予感を誘うような顔で兵士が駆け寄ってきた。
「どちら様がいらしたの?」
「いえ、それがですね……」
一体どうしたのよと促すと、返ってきた答えが……これである。
「トコナッツ王国のチャラウォッジ国王陛下、です……」
「……はぁ!?」
一難去ってまた一難、なんて言葉があるけれど……一体いつの時代のどこの誰が最初に言ったのやら……。
* * * * * *
「やぁやぁひっさしぶりだねェヴィマージョ! 五年ぶりぐらいだっけ?」
「ええ、お久しぶり。お元気そうで何よりよ」
南方人特有の色黒の肌に、口の中から白い歯を覗かせながら、ウオデッカ王国女王たる私の名を夫以外に平然と呼び捨てにするこの男。
昨日もショータ様がチラッと話題に出していた、問題のトコナッツ王国国王チャラウォッジである。ちなみに私と同年齢の40歳。このノリの軽さで。
「いやぁ、いくら齢を重ねても衰えるどころか磨きをかけ続けるばかりの君の美貌にはまったくもって恐れ入るよ」
「お決まりの社交辞令はいいから」
「本心から言ってるんだよ?」
「貴方の減らず口は一生治りそうもないわね」
最初の挨拶からこの調子。いつ何時に顔を合わせてもつくづくイラつかせてくれるわね、この男は。
「それより聞いてくれよォ~、ウチの長男の嫁がもうそろそろ出産が近くてさァ! とうとうおじいちゃんになっちまうんだよこの俺も! 老けるワケだわなァ」
「それは大変おめでたいことで結構なんだけど、そんなことを言うためだけに遠路遥々ウオデッカまで来たわけではないでしょう?
そもそも貴方、下手をしたらまだ十歳はサバ読んでも通じると思うわ」
精神年齢が実年齢にさっぱり追いついてないし。
我が国から出たことが無いような人が見たら、こんな軽口まみれの麦わら帽子おじさんがまさか一国の王だなどとは到底認識できないんじゃなかろうか。
「ハハハ、人生を楽しむ秘訣はオッサンになろうが童心を忘れないことだって言うしね、俺もまだまだやれるかな?」
「それよりもせめて手紙の一つぐらいは先に寄越してから来て欲しいんだけどね。国賓もてなす準備なんてなんにも出来ちゃいないわよ」
「悪い悪い、でも俺の商売は俺自身の足腰の軽さも武器の内だからねェ。即断即決有言実行! ついでに善は急げ! いい言葉だろ?」
「はいはい、その手足の早さで嫁さんを六人も捕まえたんだったわね」
「よくお分かりで……あれ、六人目のことなんていつ教えたっけ?」
……そういえばこいつ、子供は今では何人ぐらいまで増えたんだろうか?
「それはさておき……お昼はパンのスープ粥ぐらいなら出せるけど?」
「いやパン粥は結構」
「ああそう」
「それ確か本当に食ったら怒られるやつじゃなかった?」
「よく知ってるじゃない」
余談だが、事前連絡も無い突然の来客に対してパンのスープ粥……特に余り物のパンを刻んで余り物のスープで炊いたような粗雑な物を勧める行為は、
我が国の西部都市キョトゥールにおいて「いきなり来られても何の用意も無いからこんなしょうもないモンしか出せねぇよ、さっさと帰れボケ」という婉曲的意思表明となる。
つまりこの男の言う通り、食べたら余計に怒られるやつなので、食べるのは断ってすぐに用事だけ済ませて帰るのが正解である。
向こうもそういうウオデッカンジョークだという程度のことは理解していたようだ。
……それにしてもさっきから無駄口ばかりでなかなか本題に入らないな。私が下らない茶々を入れるせいでもあるが。
「じゃ、そろそろ本来の用件を聞かせてもらいましょうか?」
この調子じゃ日暮れまで終わりそうにないし。
「おっとすまないね。本題はそりゃ勿論アレだよアレ」
「……何かしら?」
アレじゃ一切伝わらないと言うに。
「魔王もブッ倒れて世界が平和になったんだからさァ、ここらでしっかりお互いの国同士のヒトとモノの行き交いを強化して社会の風通しを良くしていかねぇとって思ってさ」
「あら、貴方にしては意外と真面目な話ね」
魔王が倒されたことはもうそちらの国にも伝わっているのか、という部分は特に気にしないでおく。この男の情報網の広さから来る地獄耳ぶりなど見慣れたものだから。
「だろ? 天下の勇者ショータ君があんなちっこいカラダ張って築き上げてくれた尊い平和じゃんか。
子供にあんだけ働かせちまったんだ。こっから先の時代のためにも、あとは俺達大人が責任を持って、より一層の安心安全な社会基盤をガッチリと固めていくのが筋ってもんさ。
それこそまさに俺達の子供や孫の将来のためにもね。」
……思った以上に本当に真面目な話だったわ。最悪、金でも借りに来たのかと……流石に無いでしょうけど。
「たまにはいいこと言うじゃない」
「俺だって何も考えずに遊び歩いてるだけの放蕩王子はとっくに卒業したつもりだぜ?」
昔は何も考えずに遊び歩いてるだけの問題児だったということ自体は認めるのか。
「懐かしいわねぇ、お互い親に連れられて来た国家間会議で、初対面の私に平然と粉をかけてお父上に雷落とされてたあのナンパ王子が、随分とまぁご立派になったことで」
「ハハッ、親父のことは正直言って今でも割と嫌いだけどさァ。
俺達の二世代前ぐらいまではトコナッツとウオデッカの仲が結構マジで悪かったらしいのを、君の母上と一緒に人生賭けて改善してくれたことは、今では結構本気で尊敬してんだよな。
っつーことで、俺達もそこに引き続いてもっと色々発展させていこうぜってワケよ」
チャラウォッジのお父上、つまり先代トコナッツ王は、この男とは正反対の厳格な方だったと記憶しているのだが。
雷親父に怒られながら育った反動で息子はすっかりこんな性格に育ってしまったということなのかしら。
しかし、ここまで王として国のために動けるようになったというのなら、精神年齢が実年齢に追いついてないという評価は正してあげてもいいかもしれない。ちょっとぐらいは。
「言わば俺達王様の本当の戦いはむしろこっから先っつーことだね。平和ってやつは毎日のお手入れがあってこそ輝き続けるもんさ、君の美貌と同じように」
「やかましいわ」
やっぱり正さなくていいかもしれない。
「あと用件はそれだけじゃなくってさァ」
「お金でも借りたいの?」
「いやいやいや違う違う違う、それは流石に俺のこと見くびりすぎだよヴィマージョ」
「あらごめんなさいね」
無いわよね、流石にそれは。
「まぁアレだよ、ショータ君ウオデッカに帰ってきたんでしょ? セキーシちゃんブトゥーカ君ケンジャー君も合わせて四人全員に挨拶したいんだけど」
…………そちらにも用事があったのか。私は溜め息を一つついた。
「おや、どうかしたかい?」
「……会わせる前に貴方には聞いておかなきゃいけないことがあるわ」
昨日の騒動の記憶が頭の中を次々と駆け巡る。もうこれだけでちょっと眩暈でも起こしそうになる。
「ショータ様に余計なことを色々吹き込んでくれたそうね?」
「余計なことォ?」
「やれ、ショータ様が本当に魔王を倒して世界を救えば世界中の女性から引く手数多で好きなだけ結婚し放題だの何だのと……」
……言葉に出すだけで下品すぎて口が腐りそうな気分だわこれ。
「あー、あー、あーそんな感じのこと言ったねェ確かにショータ君に。実際倒しちゃったし。もしかしてなんかあった?」
「なんかあった、も何も……ねぇ」
ありすぎよ、色んな意味で。
「ひょっとしてアーネヒーメちゃんとイモトヒーメちゃん両方まとめて結婚したいぐらいのことは言っちゃったワケ?」
「違う」
「そこにセキーシちゃんも加えて三人とか?」
「そうじゃないわ」
むしろそれぐらいのご希望で済んでいたらまだギリギリ反対はしてなかったわよ。
「えっ、何、違うの? なら他にもっとこう、旅の途中に全然別の運命の女の子とでも出会ってたとか? それこそまさかのユキマミレ帝国方面で」
「それも違う」
……そういえば帝国の導師オコッサマミコ殿ってどんなお人なのかしら。セキーシが「すごく綺麗な女の子だった」と強調していたけど。
「オイオイオイ、それじゃァ何があったんだよ? 俺の発言のせいで問題になったみたいに言ってるけど全然何が起こってんのかさっぱりわかんないよ?」
……私は更にもう一つ溜め息をついた。
「まぁ……いいわ。実際に会って話をすればわかるでしょうから」
「なァんだよォ、不安ばっか煽ってくれちゃって。ショータ君ちゃんと元気なワケ?」
「元気は元気ね……お声が大きくて」
「ハハッ、ショータ君の声、やたら元気で威勢良くてデカいよねェ……って、じゃあホントに何事?」
……そりゃあまぁ想像なんてつかないでしょうね。まともな感性してたらショータ様がまさかあんなことを大真面目に叫ぶなんて予想できるはずもないわ。
チャラウォッジですら自力で正解に到達できなかったこと自体には、ちょっとばかり安心してしまった。
……つまり、真相を知った時にこの男が一体どんな表情を見せるのか、そこだけはほんの少しだけ楽しみにしても良いかもしれない。
「ところでヴィマージョっていつから紅茶をストレートで飲むようになったんだっけ? 昔はミルクティー派だったよね」
「貴方のそういう目敏さ、たまに素で気持ち悪いわね」
「ハハハ、冗談キツいね」
「本心から言ってるのよ」
「ひでぇ」
……六人の嫁さんたちにはウケがいいのかしら、こいつのこういう性格。ショータ様も全員仲良しだって仰ってたし。
* * * * * *
「やぁ! また会えて嬉しいよショータ君! それにセキーシちゃんブトゥーカ君ケンジャー君!」
「お久しぶりです王様!」
「ショータ君ちょっと背ェ伸びたんじゃない!? トコナッツで四天王ジ=ホウをブッ飛ばしてもらったのってもう半年は前だっけ!? あん時以来の再会だもんなァ!」
……ショータ様がチャラウォッジと握手をしている。同性相手なら別に問題無いということか……。
「私達の名前も覚えてくださってたんですね」
「当ッたり前だよォセキーシちゃん! 君達は四人揃ってこその英雄だろ! と言うかセキーシちゃんも前に会った時より一段と綺麗になったよね!」
「うぇっ!?!?」
また早速かまして……こういう口八丁で嫁を増やしてきたのかしら……まぁ、きっとそうなんでしょうね。
ところで本音を言わせていただくと、セキーシに加えてアーネとイモトに対しても「ちゃん」で呼んでいる所に僅かばかりイラっとする感触はある。いちいち口には出さないが。
「チャラウォッジさん、あン時は世話になりやした! トコナッツの大宴会の後で帝国行った時は寒暖差酷すぎてちょっと後悔したぐらいっス!」
「ブトゥーカ殿が一番辛そうにしてましたよね、帝国の旅」
そういえばユキマミレ帝国での旅路の話を聞いた時もブトゥーカ殿がしきりに「寒かった」を連呼していた。特に山登りが地獄だったとか何とか。
「いやぁブトゥーカ君の食べっぷりは最高だったよ! 俺もうオッサンだから年々食う量減ってきてさァ! いっぱい食ってくれる若者見てる方が楽しいんだわ!
なんだったらケンジャー君だって何食わぬ顔で結構呑んでたよね!」
「ははは、よく見ていらっしゃる」
あら、ケンジャー殿って意外と酒豪なの? ブトゥーカ殿がよく食べるのはいかにも見た目通りだろうけど。
「って言うかぶっちゃけ俺もうそろそろ孫生まれる予定なんだよね! オッサン通り越しておじいちゃんになんの! 自分でもビックリよ!」
……さっきからテンションたっかいなぁ、こいつ。すっごいうるさい。ショータ様の大声に張り合ってるのかしら。
「おめでとうございます王様!」
「ありがとうショータ君! そういうワケだから君達への用件ってェのは他でもない!」
あ、そういえばそんな話だったわね。
「君達が魔王をブッ倒してくれた記念の人類祝勝会をトコナッツ王国で開きたいから四人とも招待したいんだ! ついでに俺の孫の誕生記念も兼ねてさ!」
ああ成程、そのためにショータ様たちに会いに来たのね。
…………。
……………………いや、ちょっと待って。
「また大宴会ですか!?」
「おうよ大も大の特大宴会にしようじゃないの! 四天王倒してもらった時なんかより更にもっともっと盛大にねェ!
ウチの全国民がショータ君たちと一緒に世界平和サイコォォォって祝杯をあげるその瞬間を待ってるよ!」
ショータ様がすっごく乗り気でいらっしゃる……セキーシたち三人もほんのり目の色を変えて聞き入ってるし……。
「僕はお酒は飲めませんよ!」
「そんなこたァわかってるとも! ショータ君はホラ、ウチの特産のパイナップルから作ったジュースが好きだったろ! アレをいくらでも用意するからさァ!」
「あのジュースなら大好きです!」
「なら決まりだなァッ!」
……パイナップルか……ウオデッカには無いわねぇ……。
「そういや美味しかったわね、パイナップル……ジュースとかケーキとか……」
「オレはやっぱアレだなぁ、あのデカい海老と赤身魚……」
「フシダーラエビとウワキマグロですね。トコナッツ王国はやはり海鮮と果物が強かったですねぇ」
セキーシ、ブトゥーカ殿、ケンジャー殿も揃って、すっかり過去に開いてもらったという宴会の記憶を懐かしんでいる様子だ。
「ってェことで四人とも来てくれるかい!?」
「行きたいです!」
「私達も本当に行っていいんですか!?」
「是非ッッ!」
「断る理由などありませんね」
ああもう四人とも完全に乗せられてるわ……。
「よゥし来た! そんでついでにィ……っと言っちゃあ何なんだが、俺の他にもう一人会ってほしいのがいるんだわ!」
……あら、他に誰か連れて来てたの?
「おーいそろそろ入っていいよ~!」
「ハァ~イ」
チャラウォッジの呼びかけに応じて後ろから入ってきたのは……ウチの長女アーネヒーメに連れられて、女性がもう一人。ああ、確かこの子は……。