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第二話



「……というわけで、ひとまず落ち着いて話し合いましょうか……私達だけで」


 波乱のお友達宣言が終わった後、私は小会議室にセキーシ、ブトゥーカ殿、ケンジャー殿、そして夫を集めた。

 ショータ様はご休憩でもなさっていてくださいと言って私の子供達に預けておいた。


 嫌な言い方で大変申し訳ないのだが、私に向かってひたすら叫ぶばかりのショータ様ご本人が目の前におられては、冷静な話し合いができないので。


「あ、そういえば将軍殿」


「む?」


 その前にケンジャー殿が夫に話を振る。


「さっきは聞きそびれていたのですが……ショータ君が女王陛下に求婚したことは、将軍殿はどのように受け止めておられるのでしょうか?

 いくらなんでも一切の遠慮無く賛成なさるなどということは無いでしょうけど」


「……まぁ……そうだな……」


 夫は眉間に右手を当てて目を閉じる。

 ……それにしても落ち着いて考えるほど頭痛を悪化させそうな話題だ。つくづく。


「……私はな……私としては、世界中を駆け巡ったショータ殿が、我が国にこのままずっと住み着いてくださること、それ自体は真面目に歓迎したいんだ。

 最悪の話として、英雄たる彼がもしも我が国ではなく他国に渡り、その国の戦力として取り入れられてしまう、などのようなことがあれば……と、思うと、な」


 ここまではさっき私に言っていたこととほぼ同じだが。


「だから、その上で……あくまで、そういう前提の上で、のことなんだが……私の意見としては……」


 それにしても夫の歯切れが悪い。そりゃあ悪くもなるが、この状況は。


「……ショータ殿のご希望通りに陛下と…………結婚、してもらう、というのは……あくまで最後の手段として……。

 最後の、手段としては……絶対に無し、とまでは言わない、といった所だな……。


 いや、本当に一番理想的なのは娘の第一王女か第二王女のいずれか、いっそ双方と懇意になっていただくことなのだが……これだったら諸手を挙げて賛成できたのだが……」


 本当に心の底から葛藤した上でようやく絞り出したように言う。

 魔族と戦っていた時でもここまで彼の心を追い詰めたようなことがあっただろうか……いやそれは言い過ぎか……。


「十割賛成するのはいくらなんでも無理だけど十割反対もできない、半々といったところ……ね」


 横から私が総括する。


「半々か……いや三対七……いや……四対六……ぐらいか……?」


「……どっちが四でどっちが六なのよ」


「……くっ……」


 本当に頭を抱えて床にうずくまりそうな勢いね。私だって似たようなものだけど。


「いや、失礼しました。そもそもこういった点も含めて、今から我々だけで話し合うんですよね」


「そうですね……ケンジャー殿、先程はショータ様を冷静に引き止めてくださってありがとうございました」


 いやまったく、本当に助かったわ、あれは。


「いえいえ、我々にとっても寝耳に水のトンデモ発言でしたから、本当に焦りましたよあれは」


 セキーシとブトゥーカ殿もうんうんと頷いている。


「貴方たち三人にもずっと内緒になさっていたのですか? あの……えー……ショータ様の、片思い……って言えばいいのかしら……」


 私への片思い……口に出すだけで小っ恥ずかしい……ちょっと勘弁して欲しい。


「……知りませんでした」


「知らなかったよなぁ、あんなの……」


「気づきもしませんでしたよ……」


 つまりセキーシ、ブトゥーカ殿、ケンジャー殿、三人全員に知られることなく、ご自身の胸の内だけで私への片思いをグツグツ煮込み続けていたと……。

 しかも最初に我が国を旅立ってから再び帰ってくるまでの一年近くに渡って、ずっと。


「……うーん……」


 もう本当、全員が全員「うーん……」って頭を抱えてるわ……しかしそれだけでは話が進まない。


「……ちょっと、聞きたいのだけれど」


 とりあえず私が次を切り出さなくては。


「ショータ様は、元々ここの城下町の孤児院で育ったごく普通の少年だったと、そこの職員から聞いています。

 あの日、街が魔族に襲われた時に突然剣を握るまでは、大人しくて物静かな……至って目立たない子供だったそうです」


 大声で愛してます結婚してくださいを猛連打していた先程のお姿からは到底想像もつかない話だが。


「要するに……孤児だった彼は、恐らく『母親』というものに憧れているだけ、という線は考えられませんか?

 私の娘たちよりも、よもや私を優先したのは……いや、まぁ、それにしたって、本当にそれでいいの? って話なんですけど……」


 ショータ様が根本的に一番欲しがっているのは「結婚相手」ではなく「好きなだけ甘えられる母親」ではないのかという話。

 そもそも12歳の考える「結婚」って……ねぇ? と言いたいし。


「母親、ですか……」


「……ショータの母親、ね」


 おや、セキーシとブトゥーカ殿のその反応は一体……?


「ショータ君の母親といえば、なんですけど」


「ケンジャー殿、何か?」


 一体どうしたのだろうか。


「……旅の途中、会えたんですよ。再会できたんです、ショータ君の本当の母親に」


「えっ」


 あら、そんな感動の再か……いや、違うなこれは。三人の顔色が全く優れない。


「再会した瞬間にね……」


「ああ……」


 物凄く思い出したくなさそう。これはきちんと覚悟を決めてから聞いた方が良さそうね。


「説明していただけますか? ショータ様のお母様について」


「少々長くなります……我々としても苦い思い出でしてね」


 …………大体察した。再会は確かにしたけど間も無く…………ってやつでしょこれ。


「えーっと……最初にウオデッカ王国を出て、次に南のトコナッツ王国で戦って、そのまた次に北のユキマミレ帝国に行って……」


「それぞれの国で戦った魔王軍四天王が……ウオデッカで最初のセン=ポウ、トコナッツでジ=ホウを倒して……ユキマミレで……あー」


「チュウ=ケンですね」


 本題に入る前にセキーシ、ブトゥーカ殿、ケンジャー殿が順番に旅の流れを確認、整理していく。


「そうそうチュウ=ケン。あいつがとんだクソ野郎で……あ、申し訳ありません陛下、はしたない言葉遣いで」


「いやアレは実際マジでブッチギリのクソ野郎だったろ……アイツのせいで、なぁ……」


「……そして、ユキマミレ帝国でショータ君が伝説の聖剣を手にして、最後は西の魔界に乗り出して……」


「魔界の門番やってた最後の四天王フ=クーショを倒したら……」


「フ=クーショは最後の関門として結構正々堂々としてたから尚更な……」


「あとは魔界の中心で魔王ソウダ=イーショと最終決戦、我々の勝利で終わり、ですね」


 ……傍から聞いてるだけでも、一年でよくそんなに次から次へと激闘を繰り広げてきたわね、貴方たち。

 そもそも四天王一人の軍団一つに我が国は危うく滅ぼされかけたというのに。私の息子二人も戦死したし。全員しっかり各個撃破するとは。


「えー……はい、陛下、問題だったのはユキマミレ帝国の部分です」


「帝国寒かったな……トコナッツ王国ときたら人も気温もどんだけ温かったことか……」


「ブトゥーカ殿、それは置いといて……」


 記憶の整理整頓は終わったようだ。


「では、聞かせてください。ユキマミレ帝国で何があったのか」


「ええ」


 ここからケンジャー殿主体で話してくださったことを以下にまとめていく。


 ショータ様たち四人は南のトコナッツ王国を救った後、次に北のユキマミレ帝国に進んだ。

 まず帝国の首都を襲撃していた、魔王軍四天王三番手であるチュウ=ケンの手下の魔物共と戦う。


 その途中、街の中で助け出した一人の少女が、実は未来予知によって帝国に行動指針を与える「導師」という存在であったことが判明する。


 私も聞いたことぐらいはあるわね、予言を行うユキマミレ帝国の導師。表向きの国家元首である皇帝すらも、実質的には導師の傀儡に過ぎないという噂すらある。

 なんと今代の導師は、ショータ様より二歳年下のとても綺麗な女の子だったらしい。名前はオコッサマミコ。


 彼ら四人は街中の魔物を片付け、導師が未来予知を行うための施設である首都中央のソーゴンナ神殿を無事に奪還。

 この活躍によって「突然やって来た外国人四人組」であった彼らは、帝国首脳陣から「世界を救うために戦う勇者一行」であることを正しく認められた。


 この段階でユキマミレ帝国は、千年前と四百年前に魔王と戦った勇者の伝説に度々関わってくる「天界から降り立った幻の種族、天の民」との縁が深いという話が明かされる。

 歴代の勇者はその天の民から加護を授かることで超人的な力を得て、それで魔王を打ち破った、という背景があったらしい。


 また帝国の領土自体にも加護がかけられていて、そのおかげで導師は加護が効いている範囲の中でのみ未来を知ることができるという仕組みのようだ。

 おかげでユキマミレ帝国には他国とほとんど関わりを持とうとしない排他的な鎖国体制、および国民性が出来上がってしまった、という負の側面もあるようだが。


 早速ショータ様も、神殿に奉られている天の民の像に祈りを捧げてみたが、彼の身体には元から加護がかかっていたのでこれ以上強化の施しようが無かったのだという。

 これは一体どういうことなのか、というのは後である程度判明する。


 その後、かつて二人の勇者が用いた伝説の聖剣「ヤミヲブッタギレイ」が帝国内のまた別の場所に隠されているという話を聞かされる。


 その場所とは帝国内でも「最も天界に近い霊峰」と称されるメチャタッカイ山、その頂上にあるというゴッツヘンピナ遺跡だった。

 また、剣は力を封印されているので、こちらにも天の民の加護を再び与えて復活させる必要があるのだという。


 そうして遺跡を目指す前に、導師オコッサ殿が未来予知をしてくださるというので頼んだところ、どうやら遺跡には魔王軍が先回りしているようだという話が出る。

 しかも何故か天の民の女性を一人捕まえており……その人物こそが……


 ショータ様の実の母親……かもしれない、と言われたそうだ。


 どうやら帝国の導師という役職は「定期的に一人ずつ地上に遣わされてくる天の民と、帝国皇族の混血児」が就くものだそうで。

 オコッサ殿は、ショータ様の気配がただの人間とは何かが異なっていることから、自分と同じ混血児ではないかという印象が元からあったらしい。


 ちなみに首都の神殿に奉られている天の民の像にこそ、歴々の導師を産んだ天の民たちの魂が宿っている、とかそういう感じだそうだ。ややこしいが。


 そうしてショータ様の母……という可能性がある方を救出するため、四人は急いで山を登って遺跡に到達したのだが。

 四天王チュウ=ケンが、既にその女性と聖剣を両方とも見つけ出しており……。


 奴に拘束されていた天の民の女性はショータ様の姿を一目見るなり、力いっぱい名前を叫んだという。


 チュウ=ケンはその姿を嘲笑するかのように、そしてショータ様に見せつけるかのように、手に持った聖剣を振り下ろし……。




「……つまり、親子が再会したその瞬間に……?」


「ええ……ショータ君がお母さんから聞いた言葉は……」


「名前を呼ぶ叫び声、それだけだったな……」


「一瞬だけの対面でしたね……」




 しかし、そこで異変が起こる。女性の身体を刺し貫いた聖剣は突如強烈な光を発し、チュウ=ケンは剣の柄を握ることすら出来なくなって取り落としたという。

 それを見たショータ様は周囲の魔物共を一瞬で斬り捨てながら接近し、聖剣を拾い上げ……。


 その勢いのままにチュウ=ケンとの直接対決が始まったが、聖剣の力は圧倒的そのもので、魔王軍四天王といえど最早相手にもならなかったそうだ。


 聖剣は力を封じられた状態で保管されているので天の民の加護を与える必要があったのではないのか、という話だが。

 恐らく、剣がショータ様の母の身体を貫いた瞬間、彼女が自らの命を賭けて無理矢理加護を与えたのではないか、というのがケンジャー殿の見立てだそうだ。


 剣が強く輝き出した途端に敵が手放してしまったのも、魔族を退ける破邪の力が宿ったためではないのかと。


 実際、首都の神殿に持ち帰ってきた時も、聖剣の力は既に完全に復活できていると言われたらしい。




「改めて振り返ってみりゃ、チュウ=ケンって墓穴掘って自滅しただけの大間抜けだなコレ。わざわざ自分で聖剣復活させちまって……。

 下手すりゃセン=ポウもジ=ホウも差し置いてアイツが一番楽勝だったんじゃねーか? 魔王軍の恥さらしだろアイツ」


「そうは言ってもショータ君のお母さんの仇よ?」


 話を聞いただけの身だが、私も概ね同じ感想ですブトゥーカ殿。


 しかも母の加護を宿した聖剣によってショータ様の秘めたる才能が更に大きく引き出されたらしく、

 これ以降の彼は「四人全員を一度にまとめて治せる」という規模の強力な回復魔法まで使えるようになったらしい。


 ケンジャー殿もショータ様の回復魔法は最早自分を超えたとお墨付きを与えたそうな。


 ……チュウ=ケンの所業、最早ただの利敵行為では? 生前は四天王同士の間でも嫌われてたりして。




「……以上、大体こんなところですね」


「成程……」


 ショータ様が最初から強かった理由は、天の民の加護を貰うとかそもそもそれ以前に、天の民の直接の混血児だったから、で説明がつくというわけか。

 大体わかったのだが……そういえば。


「よく考えたらショータ様のお母様はユキマミレ帝国内にいたのに、何でショータ様ご自身は我が国の城下町の孤児院にいたんでしょうね?」


「あ、その辺は全くわからないんです陛下」


「全然わかんねーっス、そこだけは」


「どこで何がどうなってウオデッカ王国にショータ君だけ流れ着いたんですかね? 本当に」


 ……いや、本当に何で? ショータ様って本当は帝国出身だったの?


「あと……天の民って加護を与えて人を強くすることは出来ても、自分自身はほとんど戦えないのでしょうか?」


「普通に捕まってましたしね……」


「そう考えると難儀な人達だな……」


「世の中ままなりませんね……」


 ……ところで何の話をしているんだっけ?




「横からすまないが、そろそろ話を戻していいだろうか」


「……そうだったわね」


 ここで夫が話に復帰してきた。ごめんなさい、忘れてたわあなたのこと。


「つまり……ショータ殿は母親とは再会できたが、一瞬で終わってしまった、と……抱きしめてもらうことも、手を握ってもらうことすらもできず……」


 うっかり話が逸れていたが、まぁ……相当にひどい話よねこれ。


「……ショータ様は、どれほど嘆かれたの?」


 その日は一体どれほどお顔を泣き腫らしたのか……と想像していたら。


「……いや、それが……」


「……セキーシ?」


 何やら……またしても三人の顔色がよろしくない。


「……全く泣かなかったんスよ、ショータの奴」


「えっ」


 ブトゥーカ殿、それは一体どういう……。


「実感が無い。ショータ君はそう言っていました」


「……と、言いますと?」


「今まで母親なんて顔も知らなかったのに、それが突然、実は生きてるなんて言われて、でも実際に会ったらその瞬間にあんなことになって。

 敵の魔族によって、わざわざ見せつけるかのように目の前で人が斬り殺されたということ、それ自体には相応に怒りを見せてはいたのですが……。


 その天の民の女性の亡骸を前にして、ただ……この人が僕のお母さんなんて言われても全然よくわからない……としか……」


 右手で頭を押さえて、うつむきがちに語るケンジャー殿の方が余程悲しそうだ。

 そしてセキーシ、ブトゥーカ殿が続けて言う。


「むしろ私の方が泣いてましたね、あの時……思わずショータ君を抱きしめましたよ……すぐ振りほどかれて、もう行きましょうって言われちゃったんですけど」


「その瞬間にはもう笑顔だったしな、ショータの奴……」


 ……心もお強い人なのね、ショータ様は。


 尚、女性の亡骸は遺跡の外側に丁重に葬ったらしい。

 そして魔王を倒し終えた後、最早こんな過剰な力は必要無いとして聖剣も再び遺跡に返還してきたらしい。先にユキマミレ帝国に立ち寄ってからこっちに帰って来てたのね貴方たち。




 ……というわけで、以上がユキマミレ帝国における母親との再会の顛末だったそうだが。


「……お母さんなんて言われてもよくわからない、ですか……」


「ショータ君は覚えていなくても向こうはショータ君の名前を叫んでいましたから、彼女こそが母親だというのは恐らく本当だと思うのですが……」


 そこまで深掘りする暇もなく急展開ばかり次々押し寄せて来てどうにもできなかった、という印象も受けるが。


「……いや、でもやっぱり、ショータ君だって何の痛みもないわけはないと思うんですけど、あんなの……大体ショータ君、まだたったの12歳なんですよ?」


 それはセキーシの言う通りだろう。ブトゥーカ殿とケンジャー殿も続ける。


「頼り甲斐の塊すぎてオレらも大概ショータに甘えちまってた所はあるよな……オレら三人の方がずっと年上だっつーのにさ、大したリーダーだよホント」


「普通はまだまだ親の庇護の下で、学校にでも通っているはずの年齢なんですよねぇ。女王陛下の仰る通り、母親というものに憧れ、恋しく思うのは当然ではないでしょうか」


 共に戦ってきた三人としてもそういう結論に至ったのか。


「では、やはり……」


 隣に座る夫の方にも目配せする。


「……こう言っては何だが、今後はもう少し落ち着いて、皆でショータ殿の情操教育……とでも言うべきか……とにかく、話し合いに取り組むべきではないだろうか。

 12歳の少年が考えるような結婚式、結婚後の生活というものに、ちゃんとした具体性があるのかどうかという話でもあるし……こんな言い方でショータ殿には悪いのだが」


「そうなるわよね」


 とにもかくにもショータ様には一旦冷静になっていただくしかない。少なくともこれからの6年間が勝負となる。

 ……やっぱり「魔王すら超える世界最強の強敵との戦い」なのかしら。


「女王陛下、将軍、私達も尽力します。ショータ君のまだまだ先の長い人生のためにも」


「ずっと兄貴分でもやってるつもりでいたんスけど、オレも本当は全然ショータの内面にまでちゃんと向き合ってなかったのかもしれねぇ……反省してます」


「彼は紛れもなく世界すら救った英雄ですが、決してそれで終わりなどではなく、むしろこれから先こそが彼の人生の本当の始まりと言うべきでしょう。私も手伝わせていただきます」


「セキーシ、ブトゥーカ殿、ケンジャー殿、どうかよろしくお願いします。私も今後、ショータ様とは定期的にしっかりと向き合い、話し合う時間を作ります」


「無論、私もだ。子供達も含めてな」


 ようやく私の気分も落ち着いてきたのか、自然と笑みがこぼれてきたのを自覚する。


 とりあえず話はまとまり、やるべきことは決まった。何はどうあれ我々が彼とやるべきことは、一にも二にも「対話」である。

 ケンジャー殿の「ショータ君も女王陛下の気持ちを考えましょう」というお説教はそれなりにちゃんと聞いてくださっていたので、勝算は十分あるものだと信じたいが。


 私達は会議室を出た後、セキーシたち三人を休ませてあげなさいと使用人に告げ、客間へと通した。




 …………ところで。

 これは流石に明確に口に出すのはやめておいたんだけど。


 ショータ様がセキーシに抱きしめられてもすぐ振りほどいた、っていう部分。


 本命である私以外の女性には触られたくない、って意味じゃ……ないわよね?




 * * * * * *




「お……お母様ぁ……」


「……アーネ? イモトも……」


 私の娘二人が半泣きで戻ってきた。末のマッティーも殊更げっそりとした様子である。待って、一体何があったの。


「ショータ様……全然、いやもうホンット、全っ然……付け入る隙が無くってぇ……」


「イモト、何があったの? 落ち着いて話して頂戴、ね?」


 え、何、泣かされるようなことがあったの? ショータ様に。


「全身ガチガチの甲殻で覆われた魔物でももうちょっとぐらい弱点とかあるでしょ……関節の隙間とか……」


「防御力高すぎて無理……どうやって戦えっていうの……」


「ええ……」


 お母さんさっきの「ショータ様の情操教育を皆でがんばるぞー」って気持ちがもう早速グラつきそうよ、そんな顔を見せられたら。


「二人とも、落ち着きなさい。ほら」


 一旦アーネとイモトをまとめて抱き寄せた後、先程までの時間をショータ様とどのように過ごしていたかを教えてもらった。


 ……少なくとも城の庭園で、マッティーも交えて四人で紅茶を楽しむというところまでは承諾してくださったそうなのだが。


 最初にポットからカップにお茶を注ぐという行程から、ショータ様は先んじて自分の分だけ自分でやってしまったらしい。娘たちがやろうとするよりも先に。

 貴女たちの施しなど受け取らないと無言の圧力をかけられたかのようで、もうこの時点で娘たちは若干傷ついたという。


 そこからはショータ様の旅の思い出話を続々と引き出して聞き続け、それ自体はまぁまぁ、そこそこ楽しそうに喋ってくださったというのだが。


 機を見て、アーネが席から立ち上がりながら。


「ねぇ、城下町のお散歩にも行きませんか? 世界を救って帰ってきてくださったショータ様のお姿を、街の人々ももっと見たがっているはずですよ」


 と近寄り、両手を差し出してみたら。


「王女様の手は握れません!!」


 ……と、力強く断言されてしまったらしい。真顔で。恥ずかしがることもなく。


「ッ……ショータ様っ、一緒に行きましょうよっ……ね!?」


 イモトも反対側から同様に近寄って左右で挟み撃ちを仕掛けても。


「第二王女様も駄目です!! 僕は女王様以外の女性の身体に触ることはできません!!」


 この有様。いちいち声がデカいので尚更娘たちは深手を負ったという。

 …………いやちょっと待って。そこまで言う? 本当に私じゃないと全部拒否なの?


 もうそこからは二人がどんな技を仕掛けても駄目駄目の嵐。

 アーネが得意の自作ケーキをご馳走しましょうと言っても駄目、イモトが耳かきや肩揉みを申し込んでも駄目。


 姉二人が手も足も出ない様を近くで見ていたマッティーはどんどんしんどくなる一方。


 アーネのケーキは本当に美味しいんだからせめてそれぐらいは召し上がってくださいよショータ様……。


 ほとんど破れかぶれになった二人は、最後の切り札として皆で一緒に風呂に入ることすら提案したという。

 こらこらお母さん流石にそこまではちょっと許可しかねるわよ。


 ……しかし、その結果は、やはり。


「それは一番駄目です!!!」


 この提案が一番本気で怒られたらしい……。




「……いや、その……百歩譲って、もっとこう……恥ずかしそうに目を逸らして『一緒にお風呂なんてぇ、そんなのだめですぅ……』とかだったら……ねぇイモト……?」


「いいじゃないですかぁ、お背中お流ししますよぉ、とか畳みかけていくはずが……」


 いや、ちょっと二人とも……改めて考え直してもやっぱり同時入浴は気が早すぎるでしょ……。


「ねぇお母様、姉上も私もそんなに魅力無いですか……?」


「そんなはずないでしょうが……貴女たちは二人とも私の自慢の同率で世界一可愛い女の子たちよ……」


 まぁ……アーネはもう「子」ってほどの年齢じゃないかもしれないけど……。


「仮に……これ全部お母様が同じことをなさったら、ショータ様は俄然全力で食いつかれるのでしょうか……?」


 ……食いつくのかしら。そんなこと冗談でも怖すぎて言えないわよアーネ。


「そんなとこ見ちゃったら私グレますよ……」


「縁起でもないことを言わないで頂戴、イモト……」


 まずそもそも40のおばさんが子供の友達の12歳の男の子を風呂に誘うなんて、想像するだけでもおぞましいわ……。


「……ショータ様は、今どちらに?」


「客間の一つで休んでいただいてます……」


「もう勝ち目がありません……無理ですお母様……」


「そんなに泣かないで……」


 さっきからずっと気まずそうに黙っているマッティーの姿もせつない。どうしよう、娘たちに代わりにショータ様を攻略してもらうのは無理なの? いや、しかし……。


「……二人とも、とにかく落ち着きなさい。冷静になって。

 大体さっきケンジャー殿も言っていたでしょう? ショータ様が結婚できるお歳になるまでまだ6年間もあるのよ? ゆっくり話し合っていきましょう、ね?」


「……そうですよね……」


「まだたったの一日目ですもんね……うん……」


 二人がようやく泣き止んだ。そうよ、まだたったの一日目よ……まだまだ……とか余裕ぶるのも何だか嫌な予感がしてならないが……。


「マッティー」


「……あ、はい、母様」


「貴方もショータ様の友人の一人として、これからは彼と沢山お話をしてくれる?」


「……はい」


「さっき母さん、父さんたちと話し合ってたんだけど、ショータ様にはもっと世の中を広く見る視野を持っていただくように、

 少なくとも私一人だけに夢中になんて……ああもう言ってて恥ずかしいんだけど……私と結婚したいなんて無茶苦茶な夢から目を覚ましていただけるように、

 皆でショータ様ととにかく沢山話し合って、人生経験を積むように促して差し上げましょう、って話をしてたの」


「はい」


「マッティー、それにアーネ、イモト、全員にお願いするわ。何も決して難しいことじゃないの。これからもショータ様と仲良くして差し上げて」


 三人全員の「はい」を聞き届ける。


「……うん、いくらなんでも初日から挫けてはいられないわ、イモト」


「そうよね姉上、6年もあるんだし」


「姉さん……」


 ……まったく、本当にもう……やれやれって感じだわ。これからの6年間、どうやって戦ったものやら……。


 もし6年経ってもさっぱり進展が起きず、両方独身のアーネ26歳とイモト22歳が出来上がったら流石にちょっとまずくない? などという邪念は一旦捨て置くことにする。




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