第十一話
というわけで最期の……じゃなくて最後の1年である。
え、何? 刑の執行を待つしかない囚人ってこういう気分なの? ……なんて言い方をしたらまたオコッサ殿に怒られるわ。私の頭の中ってこんなんばっかりか。
「おはようございます女王様」
あーこれこれ。毎朝これを聞いてこそだわ。これこそが私の寝起きの脳を呼び覚ます毎朝のお約束…………いや。
「……おはようございますショータ様」
…………ところでショータ様、音量が少々大人しくなられましたね。頭に反響しすぎないのでこれぐらいの方が助かりますが。
「ショータ君おはよう」
「おはようございますセキーシさん」
「1年間も会えなくて寂しかったよー、ブトゥーカは実家の道場を継いだからもうあんまりここには寄らないし、ケンジャーはまだ帰ってこないし」
……そういえば本当にいつ帰ってくるんだろうか、ケンジャー殿。彼も彼でまぁまぁ話しておきたいことがあるんだけど。
「そうそう、イモトヒーメ殿下が向こうで男の子を出産なさったのよ、聞いた?」
「本当ですか? 是非会いに行きたいですね!」
そういえば昨日はそこまで喋ってなかったな……マッティーがオコッサ殿の心を射止めて帰ってきたことに全部持っていかれてたから。
とりあえず朝っぱらから当たり前のように、マッティーの部屋から二人で一緒に出てくるオコッサ殿のことはもう気にしないでおくとして。
あんまり深掘りすると私の精神衛生に多分そんなによろしくないと思うので。そもそも客間を一つ貸しましたよねオコッサ殿?
そこから更にマッティーときたら「女性の髪に櫛を入れる時の注意点」なんて使用人に聞き込んでるし。
あのサラサラ長髪をもうそこまで好きにさせてもらえる段階まで進んでるの貴方? 帝国への一年間の留学で一体何を成し遂げたの?
オコッサ殿も以前はあんなに所構わず大声でショータショータと連呼していたのに、どうしてマッティーの名前を呼ぶ声はそんなに淑やかを通り越して湿度が高いの?
と言うかマッティーマッティー連呼しすぎですよね? でも目線はあんまり合わせようとしてませんね? そんなに顔を見るのが恥ずかしいんですか? 手は繋ぐくせに?
ちなみに先述の使用人に後で話を聞いてみたところ、
「最初は自分が手本をお見せしようかと思ったんですが、オコッサマミコ様はマッティー殿下にしか髪を触らせようとしてくださなかった」と語っていた。
まさに……ショータ様には最初から最後まで指一本たりとも触れてもらえなかった恨みを、全部マッティーにぶつけているかの如き甘えん坊ぶり……。
…………めちゃくちゃ気にしまくってるじゃん、というのはさておき。
尚、オコッサ殿は帝国の中心的な立ち位置からまだ完全には解放してもらったわけではないそうなので、しばらく後の日にやむなく帰国することになった。
勿論本人は一日でも早く身分を捨てて、我が国に移住する気満々のようだが。
彼女の最初の想定とは幾分か形は変わったとは言え、傍から見てもその気持ちは以前より格段に強くなっているようにすら見える。
オコッサ殿ときたら去り際に半泣きでマッティーに口づけしていくわ、マッティーも別に何一つ動揺もせずに彼女の頭を優しく撫でて見送るわ、この子ら好き放題すぎんか。
……口づけしてる途中で、私の斜め後ろに立っているショータ様の方を一瞬だけ見つめたような気がしたけど。
オコッサ殿としても現状にはそれなりに思う所があるのだろうか……。
とか言いつつ、まぁどうせ一旦帰った所で、何週間か日にちを置いたらすぐまた来たんですけどね。その都度しばらく経ったらまた帰るんだけど。
ウチに来る度に毎回毎回しっとりした声でマッティーマッティー連呼しちゃって……。
…………あんまり今の彼女にばっかり注視してると情緒が狂いそうで困る。もう狂っとる。
そういえば彼女の護衛役としてついてくる従者がコノウェ殿じゃなくなったのって、いつからだったかしら……。
この時期、ウオデッカとユキマミレの国境に貿易都市を作る計画が始まったことを受けて、私はそれなりに忙しくなっていた。やり甲斐のある話だからいいけどね。
ショータ様より一足先に学校を卒業したマッティーも積極的に手伝ってくれてるし。王子である彼にとっての最初の一大公共事業となるか。
聞く所によると、オコッサ殿も帝国側でこの計画をどんどん推進していってくれているらしい。
おかげであちら側からの話の進みも早くて大助かりなんだけど……まるで各々の国から二人で協力して特大の結婚式場でも建設してるかのように見えてくるわね……。
……この上でオコッサ殿って、ちょくちょく隙を見つけてはわざわざ我が国までマッティーに会いに来てるの? あれ、もしかして結構な激務なのでは?
「姉さんに作り方を教わって作ってみたよ。簡単なパウンドケーキだけどさ」
「ほぉ、マッティーの手作りか……マッティーの……」
……本人は幸せそうだからいいか。
…………以前までの大声でショータショータ連呼していた頃のオコッサ殿の姿が、私の記憶からどんどん薄れていきそうな気がしてきたけど。
「こんにちは、オコッサさん」
「おお……ショータか……」
もう学校帰りのショータ様と顔を合わせても、名前を呼んで手を振って挨拶ぐらいはするけど、あからさまに声に張りが無いし……。
ウチの城の中でもオコッサ殿の隠れファンたちの間で、別人に変わったかのような彼女の現状は物議をかもしているらしい……って、そんな話なんかあったの?
「ただいま帰りました」
「ケンジャーさん、お帰りなさい!」
「いやぁ、まさかこんなに長引くとは思いませんでしたよ。ショータ君はお元気でしたか?」
「勿論です!」
ショータ様たちの留学終わりから遅れて半年近くも経過してから、ようやくケンジャー殿が戻ってきた。えっ、もう半年経ったんですか?
……というのはいいんだけど。
「……ねぇケンジャー」
「セキーシ殿もお変わりはないですか?」
「いや、どう考えても貴方が一番大きく変わってるわよね?」
……どうしてオコッサ殿の護衛役を務めていたコノウェ殿が、ケンジャー殿とご一緒なのか。
「実は向こうにいる間に結婚しまして」
「言い方が軽すぎるッッ!!」
……え、くっついたの? ケンジャー殿とコノウェ殿が? そんな伏線どこにあったの?
「セキーシ殿、でしたよね? そういうわけなんで今日から私もウオデッカ王国に移住させていただきますんで、よろしくお願いします」
「あ、はい、こちらこそ……って、あれ、コノウェさんってオコッサ様の護衛役だったんじゃないんですか? そういえばいつの間にかオコッサ様とは一緒に来なくなってたけど」
「結構前に辞退してますよ。おかげで彼女より一足先にこっちに引っ越せました。いい気味ですねフッフー」
「コノウェさんそういう口調だっけ!?」
「いやぁユキマミレ帝国なんて寒いしメシはマズいし軍は怠慢に満ちてるしロクな国じゃありませんよ。ありがとうケン、私を連れ出してくれて」
「ケンとか言ってる!?」
……いやコノウェ殿、本当にこんな人だったっけ? ……まぁオコッサ殿に対する敬語が崩壊していた時から兆候はあったかもしれないけど。
「ケンジャーさん、おめでとうございます!」
ショータ様は相変わらずいついかなる時も純粋でいらっしゃるし。
「ありがとうございます。ショータ君は学校卒業後は私がいる研究所に就職希望だそうですね。大歓迎ですよ」
「頑張ります!」
急に帰って来たからブトゥーカ殿は今ここにはいないけど、そのうち自然と顔合わせて何なりと話すでしょ、多分……。
「……考えてみれば、コニーはオコッサ殿によく付き合わされてウオデッカ王国内は既に大分歩き回ってましたから、あまり改めて案内する必要も無いんですかね」
「こっちはコニーとか言ってるし!?」
セキーシがほとんど代弁してくれるので私がツッコミを入れる暇が無い。
これじゃあもう……見ているだけで毒気を抜かれてケンジャー殿に色々とツッコんでおきたかったことを忘れてしまう……。
……と思いきや、ショータ様やセキーシとの一しきりの話を終えた後。
「……ところであの、女王陛下……ショータ君のことなんですが……」
むしろケンジャー殿の方からこっそり振ってきたのだった。
「ええ……私も貴方とは一つ話をしておきたかったところ……なんだけど……」
「はい……」
貴方の発案通りショータ様を6年間学校に通わせるのもそろそろ終わりそうなんだけど、ショータ様のお心にはビックリするぐらい何の変化も無かったわよ……と。
……そんなことを大げさに蒸し返して彼を責めたところで……今更、何になるのか。
「…………結婚おめでとう」
「えっ……」
「なんなら夫婦のための新居でも建設させて贈呈しましょうか? 貴方だってショータ様と肩を並べて戦った英雄の一人なんですから」
「あ、いや、何もそこまで……」
結局、気づいたら私は当たり障りの無い話だけで全部適当に流してしまっていた。もう今更この人に責任追及したって本当に仕方が無いし。本当に今更の極みだし。
なんならショータ様が熱心に勉強し続けてくださったおかげで、大変ご立派な夢も見つけられたぐらいなんだから、これを失敗と責める方がおかしいし。むしろ大成功でしょ。
そうね、要するに全部……今更だわ。
今更……私が怖気づいていることの方がよっぽど問題だし……。
『ショータ様のあの真っ直ぐな眼差しからいつまで逃げるおつもりなの?』
今この場にはいないイモトの言葉が思い起こされる。
……本当にそうね。
毎日夜中にベッドに入る度にショータ様が「女王様、一緒に寝ましょう!!」とか押しかけてきたらどうしようかと期た……恐……恐怖……期待……期待?……期待??
…………今の無し。今のは無し。頼むから無しにして。いや頭の中で思ってるだけのことに何を頼むのか。
………………とりあえず、私はケンジャー殿を無難に祝うだけ祝って、それとなーく話を終わらせた。私だって割と忙しいしね、例の都市計画が。
ちなみに新居の贈呈は結局遠慮された。丸ごと家一軒はいくらなんでも余計なお節介だっただろうか。
……そして、また機を見てはショータ様を夕食にお誘いして、部屋で夫と一緒に食事を取りながら三人で対話をする、ということを度々やっているのだが。
それで具体的に何を喋ったかというと……毎回大して内容が無い。特筆するほどの話題が無い。
なんか……別に、学校生活の調子はどうだとか……卒業前の最後の学園祭で何をするだとか……平凡な話ばかりである。
「椅子から立ち上がる時にどっこいせと言ったら、そんな掛け声を出す癖がついたら余計に老けますよとアーネにからかわれたんですよ」
「可愛いですね、女王様」
無敵かこの人は。うん知ってる。ショータ様ってもうずっと前から無敵でいらっしゃったわ。そうね。
「……まぁ、私も既に立派なおばあちゃんですから」
「次に女王になるのはアーネ王女様ですけど、更にそのまた次はマーゴちゃんってことなんですよね」
「確かにそうですけれど……もう十年か二十年もすれば私はアーネに席を譲って隠居することになるでしょうけど、更にマーゴにまで交代する頃には私は……」
「僕は最後まで女王様と一緒です、将軍さんとも」
隣に座っている夫まで顔が僅かにほころぶ。
……こういう調子で何を言っても的確に丸め込まれるんだわ、これが。
そういった会話の流れで、夫の方までショータ様への好感がすっかり高まりすぎた結果なのか。
「……私にもしものことがあった時は、陛下を……」
なんて、大げさな言い方をしてしまった時も。
「これだけ世の中が平和になったんですよ、そんなもしもはありません!」
と力強く返されてしまう始末。
「トコナッツ王国は勿論、ずっと鎖国状態だったユキマミレ帝国とも着実に友好関係が出来上がってきています。暗い未来なんてもう来ませんよ!」
……ああそういえば、アーネの結婚式の時にも婿のイーテッシュがほとんど同じことを言っていたわね、それ。
「…………ショータ殿…………」
またときめいてるよこの夫。
「帝国との関係は、ショータ様がかつての旅でオコッサ殿との繋がりを結んできてくださったおかげですね」
オコッサ殿絡みの記憶は良いも悪いも総じて無茶苦茶過ぎて、どこを思い出すだけでも噴き出しそうになるけどね。
……最終的にまさかマッティーの彼女の座に収まったのは予想外にも程があるけど、まぁ……あれで良かったんでしょう、きっと。
「僕はたまたま小さな繋がりを持って帰ってきただけです。それが今の状態まで大きく育ったのは女王様たちと、帝国側の偉い人たちのおかげです」
「いえいえ、帝国の導師様との繋がりが決して小さいものだなどと。今の彼女はもうほとんど導師の座を捨てようとしていらっしゃるとはいえ」
……そういえば次はいつ来るのかしら彼女。またマッティーマッティー連呼しながら……思い出すだけで恥ずかしいわ今のオコッサ殿。
「帝国といえばあちらから輸入した魔力結晶が、この国の魔道研究所の新しい発明に活用されているそうですね。僕も楽しみです」
「ショータ様の就職希望先がまさかケンジャー殿の所に決まるなんて私も予想外ですよ」
……あっちもこっちも予想外、ね。
振り返ってみれば、何から何まで予想外に満ちた日々をずっと過ごしてきたのかもしれない。
それこそショータ様の「あの宣言」の日から始まって……もう、ずっと……。
……もうそろそろ運命の日か。本当にもう、あと少しで……。
…………覚悟を、決めないとね。
そしてこの頃、アーネヒーメが26歳目前にして、イーテッシュとの間に二人目の娘を出産した。
名前はマジテンシーに決まった。
私の孫も三人目、か。
「……やれやれ、生まれたての赤ちゃんだったらこんなに軽いんだけどね」
「おばーさま、まーごもだっこ」
「うっ……」
40代後半に入った私には、姉のマーゴキャワを抱っこするのが年々重たくなってきている……いや、まだ気合で何とかやるけど。可愛い孫のためにも。
せめて腰に響かないようにだけは注意しないと……こんな心配ばっかりしていることが哀しいが……。
「マーゴちゃんは僕と一緒に遊びましょう!」
「んひゃーっ」
……ショータ様、助かります。こういう所も着実に気を利かせてくださるようになったのかもしれない。
……しばらく後の日、例によってオコッサ殿が来訪してきた際のこと。
「おお、アーネ殿の二人目の御子か……」
「マーゴの時のようにまた祝福してくださいますか、オコッサ様」
「無論じゃ」
アーネからマジテの小さな身体が手渡される。
オコッサ殿が生まれたてのマーゴを抱き上げた時のことが思い起こされる光景だが、なんだかそれも随分昔の話に思える。ほんの3年足らず程度なのに。
それもひとえに、あの頃のオコッサ殿と比べて、今の彼女が別人のように様変わりしたせいでもあるのだろうか。
まるで聖女様とでも形容したくなるような、淑やかな表情と手つきで赤ちゃんを抱いちゃって……。
「ふぇ……ぅう、うええっ!」
「あらあら……」
しかしここでマジテが泣きだし、アーネが慌て始めた途端……。
オコッサ殿は優しい笑顔を崩すこともなく、涼やかな声で歌い始めた。
「うぁ……?」
静かで柔らかい歌……ユキマミレ帝国の子守歌か何かだろうか。
……こんな特技もあったんですか? 結構本気で聞き入るぐらい綺麗な歌声ですことで……。
横を見やると、明らかに上機嫌で彼女の美声を堪能しているマッティーの姿が……マジテよりむしろこっちに効果がありそうなぐらいに。
一しきり歌い終わった頃にはマジテも泣きやんだので、オコッサ殿からアーネの方に返された。
「……もうちょっとですぐ近くで暮らせるようになるからのう。またいっぱい遊ぼうなぁ」
マジテのお腹を優しくポンポンしながら話を締めくくる。
……誰だこの人、ってツッコミそうになるぐらい聖女様ぶりが板についている……などと失礼な考えがついつい脳裏をよぎる。
本当にお綺麗になったわねぇ、オコッサ殿……恋は女の子を変えるわ。
大声で絶え間なく叫びまくっていた頃の貴女はもうただの幻覚だったのかと言わんばかりに……もしかすると本人としても忘れ去りたい過去だったりして……。
あと、本当にユキマミレ帝国からさっさと抜け出してこっちに移住したいのね……。
「おねえちゃん、おうたをもっときかせて!」
「おお、良いぞ」
……気づいたらマーゴからきちんと「お姉ちゃん」って呼んでもらってるわね。なかなか様になってるわよ、オコッサお姉ちゃん……なんて。
* * * * * *
……そうこうしている間に……ショータ様の18歳の誕生日ももう目前に……。
ところでショータ様ご本人が私と夫との三者面談で教えてくださらなかったので、今頃になって知った話なのだが、
学校の生徒たちの間でもすっかり「ショータ様と女王陛下の結婚を皆で祝福する」という方向に話が進んでしまっているらしい。
……へぇ……そう。
それこそ過去にショータ様に告白してはあっさり袖にされた、数多の女子生徒の面々まで、今や積極的にその流れに乗っているそうで。
……そうですか。
そもそも何人いるんだろうか、そういう女の子。本当に何人撃破なさったんですかショータ様。
ショータ様より4歳上のイモトですら、在学当時に同級生が挑戦して即惨敗して帰ってきた所を何度か見たと言っていたし。
貴方はそこまでして私一筋を貫かれましたか、この6年間。
そこまで、して。
もう城の中の使用人たちだって、ほとんど全員に近いぐらいの割合でショータ様の夢を応援する側に回ってしまったようだし。
誰も彼もを次第に味方に引き込んでしまう勇者のカリスマ性……とでも言うのだろうか。
そうして私の夫すら、もうほとんど納得させてしまっているし。
ああ、ショータ様。
貴方はそんなに私のことがお好きですか。
私一人だけをずっと愛してくださいますか。あ、いや、夫も合わせて、だっけ。
…………私の心境は…………。
何故か……随分と、すっきりしていた。
ああ、いや……今頃になって「何故か」なんて言う方が余程失礼か。まぁそうね。
そうですね、ショータ様。
………………そうですね。
ふぅ……。
* * * * * *
「ブトゥーカ! あんた子供出来たんだったら言いなさいよ! ってか奥さん妊娠したぐらいの時点で連絡よこしなさいよ!」
「いや……悪かったよ筆不精で……」
「まぁセキーシ殿もそう怒らず……」
「ケンジャーまで平然と結婚して帰ってきちゃってさぁ! ショータ君もとうとうこの日が来ちゃったし! 気づいたら独身なのは私一人だけかよ! もう25だってのによ!」
「気にするぐらいなら彼氏ぐらい探せば良いだけでは?」
「そこはコノウェさんの言う通りじゃね?」
「ですよね」
「ぐはッッ」
「大体そもそもなぁ、何でセキーシだけ未だに独り身なんだよ。
あの旅の時だってもしお前がいてくれなかったら、まぁショータはまだしも、オレかケンジャーか、下手すりゃ両方とも今頃生きちゃいねぇよ多分」
「……あのねブトゥーカ、そこまで言うぐらいだったら、トコナッツの王女様か私のどっちかを選べって言われたら、私を取ってた可能性もあったわけ?」
「いやぁ……それは、まぁ……」
「コ・ノ・ヤ・ロ・ウ……ッ!」
「セキーシ殿もブトゥーカ殿ももうよしましょうよ、今日はめでたい日なんですから」
「……貴方がたはかつての旅の時も大体こんなノリだったんですか?」
「いやコノウェさん、オレらショータのおかげで四人何とかまとまってたようなトコあるんで……」
「ショータ君がいなかったらブトゥーカ殿とセキーシ殿の喧嘩を私一人で全部仲裁しないといけないとか、まず無理ですね」
「うるせー! ブトゥーカとケンジャーのアホーッ!」
「……成程、これじゃあ男も出来んわ」
「姉上ェ~お久しぶりィ!」
「イモト、会いたかったわ」
「ほーらオレノ、マーゴキャワお姉ちゃんよ! そっちが新しく生まれたマジテンシーちゃん!」
「オレノマゴンくんも元気そうね」
「おうー」
「おれのくんー」
「ふふっ……姉上も私も今や母親かぁ。なんかもうビックリよね。結局ショータ様は『あのまま』『ここまで』来ちゃったなんて」
「あの大事件……大事件とでも言うか……あれから6年にもなるのね……私もイモトも、それにクロ王女にオコッサ様も……最後まで誰も勝てなかったわね、ショータ様には」
「魔王すら倒した世界最強の勇者様は格が違ったわ……」
「……でもある意味、私達もショータ様に完敗したおかげでそれぞれ素敵な旦那様に巡り会えたのかもしれないけどね」
「そうね……そういうことにしておきましょっか」
「お帰りなさいませ……えー……イモト……」
「やだもうイーテッシュ義兄さんったら、また殿下とか付けようとしてたでしょ。私はとっくに貴方の妹なのよ。敬語なんて要らないってば」
「ああ、いや、すみません……」
「またまたー、ほらオレノ、折角だから伯父さんにも肩車してもらいな」
「かしこまり……って違う違う……ああ、よし、今日は伯父さんが遊んであげようか!」
「その調子よ義兄さん」
「うふふっ、マーゴとマジテも、イモトの旦那様に遊んでもらわなきゃね」
「ちょッ、マッティー君の背ェ伸びすぎじゃない!? メッチャクチャイイ男になったじゃん!?」
「第一声がそれですか、クロ王女」
「いやァ~、ちょっとこれはクロお姉ちゃん見過ごせないかも~。あーんなにちっちゃかったマッティー君がねぇ~」
「……クロよ」
「オコちゃまもお久し~、いやァ~まさかマジでマッティー君にそんなにピットリくっついちゃってるなんて……」
「そんなことはどうでも良い。クロよ、そなた、今……『わたしの』マッティーに色目をつこうたか?」
「はうッ!?」
「落ち着きなよオコッサ……この人、昔っから割とこういう感じだし」
「ほう……それ程の昔からマッティーに……確かにわたしよりもそなたの方が昔からマッティーのことを知っておろうが……」
「待って待って待ってオコちゃま、その目つきやめて、落ち着いて話し合お? ね?」
「やーやーウオデッカの姉妹姫もますます美人に磨きがかかってきたもんだけど、まさかマッティー君がユキマミレ帝国の麗しき導師様とねぇ!
おっと、もう導師は廃業が絶賛進行中なんだっけか?」
「チャラウォッジ様、お久しぶりです」
「ハハハ、そんなに畏まらなくていいんだよ。イモトちゃんが俺の娘になった以上、マッティー君だってもうほとんど息子みたいなもんさ」
「いやそれは言い過ぎじゃろトコナッツ王よ」
「オコちゃん!」
「その呼び名はやめい、気色悪い」
「ああゴメンゴメン、いやしかし、ユキマミレ人も最近はウオデッカに続いてちょっとずつトコナッツにまで旅行に来てくれるようになったけど、
それもひとえに君の働きかけのおかげなんだってねェ。君みたいな革命児がいなけりゃ、下手すりゃ俺と言うかトコナッツ王国は、帝国との接点なんてずっと無かったかもね」
「大元を辿ればショータたちが世界を救ってくれたおかげじゃ。わたしはそこからの世界平和の基盤固めに多少手を添えただけに過ぎぬ」
「それもそうかァ。よくよく考えてみりゃ、今日のこの集まりもほとんど全部ショータ君たちの活躍あってのもんだったね」
「そういうことじゃ。今日という一日は世界の英雄様を讃える大いなる祝祭の日として歴史に刻まれようぞ」
「オコッサ……それは大げさすぎない?」
「何、マッティーよ、2年後は我らの番じゃ。ウオデッカでは18で結婚が出来るんじゃったな?」
「ああオコッサ嬢は今16なんだっけ? 君の花嫁姿はさぞかし美しいだろうなァ!」
「……なぁマッティー、何の興味も無い中高年男なんぞに褒めそやされても背筋が寒うなるだけなんじゃが」
「この人も昔からずっとこんな感じだからねぇ。ついこの間も、アーネ姉さんと1歳しか違わないような若い女性を側室に加えたらしいし」
「こわッ……我らの式には呼びとうないな」
「呼ばなくても来るクチだからなぁ」
「うォォォい君たちィッ!?」
「ねっ、そういえばパパ、さっきヴィマージョ様をお見かけしたんだけど、なんかこう、スッッッゴイおキレイになってなかった? 以前にも増して格段に、って言うか。
まさか髪切ってらっしゃるとは思わなかったけど、たったそれだけであんなに若返るもんかしら」
「おいおいクロォ、あの人は昔っからムッチャクチャ美人だよォ! 俺も独身の頃は散々追っかけ回したもんさ!」
「その片思いは物の見事に一切実らなかったんじゃな」
「そういうことさオコッサ嬢! ハハハハハッ!」
「……ま、初恋が惨敗に終わったのはわたしとて同じこと。そこだけはトコナッツ王に同情してやっても良い」
「オコちゃまったら、まーたそーゆーこと言いながらマッティー君にグイグイくっついちゃってさー、見せつけてんのー? こいつめェー、フフッ」
「敗北でしか得られぬ物もまたある、とでも言ったところか。のうマッティー?」
「そういうことにしとこうか」
「いやァ~、ヴィマージョも今のマッティー君とオコッサ嬢は見てるこっちの方が恥ずかしくなるぐらいベッタリだって手紙に書いてあったけど、
こいつァ確かにおじさんが入り込む隙間なんか無いね! クロ、お邪魔虫はそろそろ退散しとこうか!」
「アハハ、二人の式も楽しみにしてるからね~。それじゃパパ、とりあえずはそろそろ、本日の本命でも拝見しに行くとしますかァ!」
「……くくっ、ヴィマージョ殿もさることながら、今日のショータは一段と男前じゃろうなぁ」
「そうだねぇ」
「なんとも見応えがありそうではないか。のうマッティー?」
「オコッサ」
「……おう、何じゃ」
「ハンカチはちゃんと用意してあるから」
「…………阿呆、泣かんわ。今更未練など無い。今日この日の到来は心底楽しみにしておるとヴィマージョ殿にもきっちり宣言しておいたんじゃからな」
「……そっか」
「やめんか、そういうことをいちいち口に出すのが余計に未練がましいとでも言いたげな目でわたしを見るのは」
「……そろそろ行こう」
「ぐぬ…………まぁ、そなたはそういう奴じゃ……だからこそ……ショータより、マッティーの方がよっぽど信じられるんじゃがな……」
「ありがとう」
「ふんっ……あー、何じゃ、クロとあの男のせいで何だか無駄に疲れた気がするわい。もう歩くのも億劫じゃ。マッティーのお姫様抱っこで運んでもらおうかのう?」
「はいはい」
「どわっっ……!? ……ほっ、本当にやらんでええわいッ! 周りの視線っちゅうもんを見んかッ!」
「じゃあ降りる?」
「…………っ…………このままで良い…………」
「……了解」
* * * * * *
演壇に上がられたショータ様が、拡声用の魔道器を通してお得意の大きな声を張り上げる。
「皆さん、こんにちは!!」
広場を埋め尽くす程の大勢の聴衆の方からも、盛大な「こんにちは!」が返される。
……学校行事みたいね。ショータ様らしくていいですけれど。
「ショータです! 僕は今日で18歳の誕生日を迎えました! そこで皆さんに大事なお知らせがあります!」
……壇の斜め後ろの方に立つ私は、彼の背中を見つめながら大きく息を吐いた。
決して溜め息というわけではない。
隣に立つ夫も、似たような動作を見せている。
そして壇上のショータ様も、ここで一つ深呼吸をなさってから……
本題を、述べた。
「僕は今日、ウオデッカ王国のヴィマージョ女王様と結婚します!!」