8話 誕生日プレゼント
「――え!? あのブラック公爵が!?」
「こ、公爵様にもそんな時期があったんですね!」
「ほんと、信じられない……! うわぁ、見てみたい……!」
「ハハッ、お前等は相変わらず良い反応するなぁ。……ハァー。昔はアイツも、テオくらい可愛かったのになぁ」
自分の話を聞いて「驚愕」といったリアクションを取るグレイスとセオに、ルーカスは昔を思い出しながら溜息を吐き、テオの頭を撫でる。撫でられているセオは少し恥ずかし気に顔を赤らめながらも、満更でもなさそうだ。
――ここはブラック家屋敷内のテオの部屋だ。トールとソフィーの淹れたお茶を飲みながら、三人は談笑していた。
ルーカスがグレイス達の婚約を認めると言ったあの日、グレイスとルーカスが談笑ていると突如アーサーが現れ、ルーカスはこっぴどく怒られた。それはグレイスが無理やり仲裁に入るまで続き、ルーカスは屋敷から追い出された。
数日後、凝りもせずにルーカスはやってきた。そして彼は、セオと共にそれはもう無邪気に遊んでいるグレイスと遭遇し、早々にグレイスの素はバレるのであった。
そうして、ルーカスとグレイスが初めて会ってから二週間が過ぎようとしていた。ルーカスが屋敷へ来る頻度は激増し、必然的にグレイスと遭遇する事も増えた。そこへセオも加わり、今ではこの三人で遊ぶことが定番になっている。
「他には? 公爵様のお話し、もっと聞きたいです!」
「他か。アイツと初めて剣術の手合わせをした時なんだけどさ、アイツ――」
セオの要求に応えようと、ルーカスが意気揚々と話し始めたその時。三人の背筋にぞくりとした悪寒が走った。
咄嗟に話す事を止め、三人は気配のする方を振り返った。
「随分と楽しそうだな?」
「……お、おう。邪魔してるわ」
……三人が振り返ったその先には、アーサーの姿があった。その顔はいつも以上に険しく、眉間の皺は六割増しだ。
ルーカスが少し引き気味に挨拶をすれば、仄暗い瞳がギロリとそちらへ向いた。
「ルーカス。お前、毎日の様に我が屋敷へ来るが、仕事はどうした?」
「あ? そりゃ、全部片付けてから来てるけど?」
「本当に?」
「本当に」
「……本当に?」
「んだテメー、俺が嘘ついてるって言いてぇのか? アァ?」
「疑われるような奴が悪い」
「お前マジでぶん殴るぞ」
「エ、エルロイド公爵、ブラック公爵! セオも見ていますから……」
距離を詰めて喧嘩を始めそうになる二人へ、グレイスは慌てて割って入る。グレイスの言葉に二人がセオを見ると、驚いたような、少し怖がっているような表情のまま固まってしまっている。
二人は距離を置くとセオへと一直線に向かった。
「ごめんセオ! ビビらせちまったか?」
「すまない、コイツのせいで怖い思いをさせた」
「ハァ!? おまっ、自分の顔を見てから言え!」
「……そんなに俺の顔は怖いか?」
「え、何。傷付いた?」
「……傷付いてない」
「嘘吐け、どう見ても傷付いてるだろ」
「傷付いてない!」
「あ、あの……」
目の前で言い合いを続ける大人達に困惑し、セオは動けず話せずにいた。第三者がこれを見ていれば「子供を困らせるだなんて」と呆れられるだろう。
ルーカスに痛い所を指摘されたアーサーは「もういい!」と怒りをあらわにすると、三人へ背を向けてしまった。
「あっ、お待ちください、ブラック公爵――」
バタン。……グレイスが声を掛けたのも虚しく、アーサーは部屋を出て行ってしまった。残された三人の反応はそれぞれ違い、ルーカスは溜息を吐き、セオは困惑し、グレイスは少し悲し気な顔をしていた。
「ったくよー。アイツ、本当に素直じゃないよな。傷付いたならそう言やぁ良いのに」
「もう、ルーカスさんってば。人には言われたくない事の一つや二つ、あるものですよ? あんな風に言わなくったって……」
「俺のせいかよ! んだよ、傷付いたなら『傷付くから言うのやめてください』って素直に言えば良いじゃねーか」
「言えない人もたくさんいるんですよ」
「それは相手が他人だとか気の許せない奴の場合だろ? 俺達は兄弟も当然に育ったんだ。なのにそんな事も素直に言えないなんて、関係性として歪んでるだろーが」
ルーカスは「当たり前」とでも言いたげに言い放つ。その発言にグレイスは一瞬顔を歪ませると、「もう!」と怒ったように頬を膨らませた。
「それが人それぞれだって言ってるんです! 家族とか、家族に近しい存在でも素直になれない人だっているんですよ!」
「ふぅん? 大変なんだな、みんな」
「ルーカスさん。随分他人事みたいに言ってますけど、ルーカスさんに言ってるんですよ……?」
ずっと遠慮のない事を言っているルーカスにおずおずとセオが言う。十歳にもなっていない子供にまで指摘されると、ルーカスは言葉を詰まらせ、咳ばらいをして不満げに口を開いた。
「ンな事よりもさ、グレイス。お前、アイツとはどうなの?」
「……え?」
「え? じゃなくて。アイツの事、ちょっとは知れたの?」
真っ直ぐにグレイスを見ながら、ルーカスは頬杖をついた。内容はまるで人の恋路に茶々を入れているように聞こえるが、グレイスに尋ねるその表情と声は優しい。ふざけている様子は全くない。
グレイスはルーカスの言った言葉と真っ直ぐすぎる視線に「うっ」と声を漏らし、思いっ切り目を逸らした。
「……」
「……グレイス。もしかして、お前――」
「――わ、私だって頑張ってはいるんですよ!」
ルーカスの言葉を遮り、叫ぶようなグレイスの声が響いた。顔を赤くし涙目となったグレイスに、ルーカスもセオも「わぁ……」という表情だ。
「分かった、お前が頑張ってる事は伝わった。……で? 要するに?」
「……ブラック公爵の事に詳しくなるどころか、全然お話しできていません」
「いや、毎日の様にここに通っておいて何でそうなる?」
「言わないでくださいよそれをぉ!」
痛い所を突くルーカスに、グレイスは少し涙目になりながらも反抗した。そんなグレイスをルーカスは「めんどくせー」、セオは「どうしよう」という表情で見守っている。
二人の思いなどつゆ知らず。グレイスは顔を手で覆った。
「確かに、毎日の様にここへ来ておいてって自分でも思いますよ。でも、あの方を前にすると、なんか……言葉が喉に詰まってしまって。緊張しちゃうんです」
「そこが分かんねーんだよな。何ならいっその事、俺と話してる時みたいに素を出せばいいのに」
「無理、無理無理無理、絶対無理です! 引かれます! アバズレだと思われてしまいます!」
「お前、思い込みえげつねーな」
ルーカスは重い溜息を吐き、窓の外を見た。今日は天気が良いからか、青い小鳥が一匹、木の枝にとまって休んでいる。
少しの間それを見て、ルーカスは「そういえば」と言葉を続けた。
「もうちょっとで誕生日だな」
「え? た、誕生日? ……誰の?」
唐突なルーカスの発言に、グレイスは少し戸惑いつつも尋ねた。
「え? 誰ってそりゃあ、アイツのだけど」
「ア、アイツって?」
「いや、だから――アーサーの誕生日だよ」
……それは、紛れもない爆弾発言だった。少なくとも、グレイスにとってはそうだった。
「……えっ、えっ!? おおお、お誕生日!?」
「え、知らなかった?」
「いつ? いつですか!?」
余裕をなくして迫るグレイスに、ルーカスは少し引き気味に答えた。
「あ、明後日」
「明後日!?」
鼓膜を破りかねんとするグレイスの大声に、ルーカスとセオは耳を塞いだ。キィン、という音が耳の奥で響いているであろう事は想像に容易い歪んだ顔をしている。
二人の反応にハッとして、グレイスは小さく謝ると、頭を抱えた。
「どうしよう、プレゼントなんて用意してない……!」
「よしっ。それなら、今から街に行くか。プレゼントの一つや二つ、見繕えるだろ」
「えっ? い、一緒に選んでくれるんですか?」
ルーカスの言葉に、グレイスはぽかんと彼を見上げる。上目遣いに見上げられたルーカスは「あのなぁ」と呆れた様子を見せ、グレイスの頭に手を乗せた。
「アイツの事何も知らないんだろ? お前が俺に少し頼った所でバチは当たらねーだろ」
「ル、ルーカスさん……!」
「まぁ、俺も去年、十七年振りにアイツと再会したし、良いアドバイスできるかは微妙な所だけど」
「え? じゅ、十七年振り?」
グレイスはパチリと瞬きをし、目の前の端正な顔を見上げる。ルーカスは「道すがら話すわ」と答えると、ソフィーとトールを呼びつけた。
三人とソフィーは屋敷を出ると、トールの手配した馬車に乗り込んだ。丁度、四人乗りの馬車だ。並んで座るも、ソフィーからルーカスへの視線は厳しい。
「だから悪かったって」と苦笑いを浮かべたルーカスは、向かいに座っているグレイスへ視線を寄越した。
「アイツ、十六の頃に急にいなくなってさ。去年、セオを拾って帰って来たと思えば公爵の爵位を賜って、買い取ったこの屋敷で暮らし始めて。何もかもが急で、俺も何が何だかって感じだったよ」
「へぇ……。一体、何があったんでしょうね」
「さぁ、俺は何も聞いてない。セオはなんか聞いてるか?」
「え。えっと……僕は意味が分からないんですけど、『しょくざいの旅』って言っていましたよ。僕を拾ったから、それはもう終わるって」
「『しょくざいの旅』……」
聞きなれないワードをグレイスは口の中で繰り返し、思案する。……「しょくざい」とは「贖罪」なのだろう。しかし「誰への?」という疑問だけが残る。
グレイスは答えを求める様にルーカスへと視線を投げる。しかし、その視線に応える事無く、ルーカスは手で口を覆って何かを考え込んでいた。
「ルーカスさん?」
「……いや、何でもない。本当、何でだろうな」
曖昧に微笑まれたグレイスは頭にはてなを浮かべながらも「そうですね」と返した。触れてはいけない様な気がしたからだ。
その後、街の中心に着いた一行は街の店を回った。プレゼントを渡す相手は貴族の男性、しかも位は公爵だ。あーでもないこーでもないと相談し合った結果、ある宝石店で購入する事に落ち着いた。
プレゼントの入った袋を、グレイスはどこかむず痒い、でもどこか誇らしい気持ちで持っていた。ルーカスとソフィーは微笑ましそうにグレイスを見ていたが、お互いそれに気付いた瞬間、ソフィーは眉間に皺を寄せ、ルーカスは苦笑いを浮かべた。
グレイスは街の人々から注目を浴びていた。「どうしてだろう」と問うセオに「銀髪が珍しいんだろう」とルーカスが答えた。確かに、見渡す限りで銀髪なのはグレイスだけだ。セオは納得して、人々の視線は気にしない事とした。
グレイスとセオを筆頭に歩いていた四人だったが、「あっ!」と大声を上げ、セオが立ち止まった。皆、何事かとセオを見下ろすが、当の本人は「そういえば」と気にした様子もなく続けた。
「プレゼントは買いましたけど……ケーキはどうするんですか?」
「ケーキ?」
「お誕生日と言えばケーキでしょう? 僕は貧乏だったから食べられなかったけど……え? 違うんですか?」
さも当然という風に言い放ったテオの発言に、他の三人は首を傾げた。最初に気が付いたのはグレイスだった。
「……あっ、そっか。市井の人達は、お誕生日にケーキを食べるんだ」
「え、そうなの? チキンじゃなくて?」
「チ、チキン? 貴族の人達はお誕生日にチキンを食べるんですか?」
「そうだよ、セオ。貴族のお誕生日会といえば、チキンの丸焼きが定番なの。で、ルーカスさん。貴族じゃない人達は、チキンじゃなくて真っ白なクリームで飾られたケーキを食べるのが定番なんです」
端的に説明をするグレイスに、感心したように「へぇ」という声が二つ重なった。
「んで、どうするか。ケーキも作るよう使用人に伝えとくか?」
「そうですね。せっかくですし、ケーキも用意させましょう」
「……あの。僕達で作るというのはどうでしょう?」
「え。わ、私達で?」
おずおずと提案してきたセオに、三人は目を丸くさせた。
貴族というのは基本的に料理をする事がない。するとしたら使用人も雇えないような貧乏貴族か、他の貴族へ使用人として仕える事が決まった令嬢のごく一部くらいだ。
それを知っている三人は、腕を組んで渋い表情を浮かべた。
「料理、した事ないしなぁ」
「わ、私も。幼い頃に少しやった事あるくらいで、ケーキを作れる程じゃ……。ソフィーは?」
「……申し訳ございません」
「あ、責めてない! 責めてないよ!?」
「あの。料理番の方に教えて貰うというのはどうでしょう?」
「セオ、それいいな。採用」
……わちゃわちゃと歩きながら話し、料理番に料理を習う事が決定した一行は、せっかくだからと食品店でも買い物を済ませた。中身は勿論、丸ごとの鶏肉とケーキに使う材料だ。重い持ち物はルーカスが率先して持ち、軽い物はセオとソフィーで持つ事になった。
「楽しみだね、テオ!」
「うん!」
ニコニコと微笑みあうグレイスとセオに、残りの二人の顔にも笑みが浮かんだ。
もう日が傾き始め、街ごとオレンジ色に染まっている。四人は馬車に乗り込んで屋敷へと戻った。
四人が馬車に乗り込んでいる頃。仕事を終えたアーサーは、部屋からその様子を見ていた。
楽しそうな様子の四人に微笑みながらも、アーサーは少し複雑な面持ちでグレイスを見る。
「俺と話す時も、同じくらい笑って欲しいんだが」
ぽつり。呟いてから、ハッとして、誰も聞いていないというのに咳払いをする。そして、トールを呼びつけた。
「明後日、屋敷外での用事を済ませる。二度手間ですまないが、馬車の手配を」
「ホッホ。承知いたしました。どちらまで行かれるので?」
主の外出に、トールは首を傾げた。いつもは用事の内容をしっかりと告げるアーサーに、少し疑問に思ったのだろう。
尋ねられたアーサーは言葉を詰まらせながら目を泳がせるが、諦めた様に溜息を吐いて、トールを見た。
「――王太子殿下への謁見だ。クロノス伯爵令嬢との婚約について、相談をしに」
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