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34話 ハッピーエンド

 それから二年が経った。二十歳となったグレイスは無事、女の子を出産した。名前は「ノラ」。光ある人生になりますように、と願いを込めた名前だ。


 「お母さん!」

 「なぁに、セオ」


 セオがグレイスを呼ぶ。セオはグレイスを「お母さん」と呼ぶようになった。最初は両者ともに恥ずかしがっていたが、今となってはそれも良い思い出だ。

 ノラをあやしているグレイスのもとへ駆け寄り、セオは彼女を見上げた。

 

 「僕、お腹空いちゃった」

 「……あれ、もう正午だったの。ごめんね、気付かなくて。お昼の用意をさせましょうか」


 そう言ってグレイスはソフィーを呼んだ。呼びつけられたソフィーは嬉しそうな顔をしたまま、グレイスへ尋ねた。


 「何でしょう、お嬢様」

 「もう正午だし、お昼の準備をお願い。……それと、お嬢様じゃなくて奥様だよ」

 「はっ、そうでした。気を付けます」

 「ふふっ。うん、気を付けてね」

 

 ハッとした様子で頭を下げたソフィーにグレイスは笑った。ソフィーも照れたように笑っている。

 そこにアーサーがやってきた。前とは違い、身なりもちゃんと整え男前になった見た目だ。

 

 「おい、グレイス」

 「……あ、アーサー。どうしたの?」


 グレイスはアーサーを呼び捨てで呼ぶようになっていた。最初、セオの時と同じように恥ずかしそうにしていたが、今となっては何でもないことのように彼の名前を呼んでいる。

 

 グレイスのそばに来て、アーサーは彼女の腕の中を見た。まだ小さな体のノラが、泣き止んで今にも眠ろうとしている。


 「泣き止んだか」

 「ええ、貴方がゆっくりとおもちゃを取りに行っている間にね」

 「わ、悪かった、君に任せきりで」


 グレイスに意地悪を言われ、アーサーはたじたじだ。そんな旦那の様子を見上げ、グレイスは楽しそうに笑った。


 「もう、冗談に決まってるでしょ! さ、この子が寝てくれたらみんなで昼食にしましょう」

 「ああ、そうだな」


 グレイスはノラを寝かしつけ、起こさないようにゆっくりとベビーベッドにおろした。それを見届けたアーサーがグレイスの手を取ると、彼女は「もう」と呆れたような、嬉しそうな笑みを浮かべて部屋を出た。


 グレイス達の生活は順風満帆だった。ハーパーやルーカス、エラやアイザックとの関係も深まる一方で、彼らは度々ブラック家を訪れてくれていた。

 

 何年もの月日が経ち、ノラが五歳となったある日。グレイスは不治の病にかかった。

 最初は何事もないかのように過ごせていた。しかし、段々と、グレイスは弱っていった。いつの間にかベッドから出ることはできなくなり、咳込むようになった。


 「ゴホッ、ゴホッ」

 「お母さん、大丈夫……?」


 セオがグレイスの背中を摩った。グレイスは弱弱しく微笑んだ。


 「大丈夫、大丈夫。今日は体も起こせているし、調子が良いの」

 「本当?」

 「ええ、本当。……ああ、そうだ。アーサーを呼んできてくれない? 二人っきりで大切な話があるの。貴方はアーサーを呼んだら、ノラと遊んできてちょうだい」

 「分かった!」


 頼られた事が嬉しいらしい、グレイスの言葉にセオは嬉しそうに部屋を飛び出した。グレイスは微笑みながらそれを見送って、起こしていた上半身をベッドへと戻した。顔には薄っすらと汗をかいている。

 少し経ち、コンコンと部屋のノックが鳴った。そしてゆっくりと扉が開いた。そこにいたのはアーサーだった。


 「グレイス、話ってなに――グレイス?」

 「アー、サー」


 グレイスの声は弱弱しく、掠れていた。いつもよりも具合の悪そうなグレイスに、アーサーは慌てて駆け寄る。そしてベッドのそばに跪き彼女の手を握ると、空いた手で彼女の頭を撫でた。


 「グレイス!?」

 

 アーサーの呼びかけに、グレイスの瞼がゆっくりと上がった。空色の瞳に光が入り、アーサーを見つめる。


 「アーサー。ごめ、なさい。私、もう無理そうなの」

 「ま、待て、グレイス! 今医者を呼ぶ! ちょっと待って――」

 「待って! お願い、話を聞いて……」


 今にも部屋を飛び出しそうになっているアーサーの服を掴み、グレイスは言う。大声を上げるだけで息を切らしていて、ひどく辛そうな様子のグレイスの懸命な言葉に、アーサーは立ち止まり、また跪いた。

 自分の横に座ったアーサーを見て、グレイスは「ありがとう」と微笑み、アーサーの頬に手を伸ばした。


 「アーサー。初めて会った時の貴方はまるで野良犬みたいな見た目だったのに。とってもかっこよくなった」

 「グレイス、何を言って……」

 「セオだって、良い子に育ってる。元々良い子だったってのもあるけど。……ノラも、お転婆で手につかないこともあるけど、とっても良い子。将来、素敵な婚約者とかができるのかなぁ」

 「グレイス……!」


 アーサーの瞳から、涙がこぼれた。まるで最後の会話とでも言いたげな言葉の数々に、アーサーは悟っていた。……これは本当に彼女の最後の言葉なのだと。


 「アーサー」

 「っ、なんだ?」

 

 グレイスはアーサーの頬を撫でながら、微笑んだ。


 「お願い。私の事、絶対に忘れないで。でも、幸せでいて。他に素敵な人を見つけてもいい、再婚したって良い。でも、私の事、忘れないで」

 「そんな事……!」


 アーサーはグレイスを抱きしめた。病気で細くなったグレイスの体は柔らかさを失っていた。それでも、アーサーは抱きしめ続けた。


 「君以外の女性なんて、俺には必要ない! あの子達も、俺の手で育て上げる! 忘れるわけがない、君を忘れる以上の不幸なんてないんだから……!」

 「……そっ、かぁ」


 アーサーの言葉に目を見開いていたグレイスはへらりと笑い、一筋の涙を流した。そしてアーサーの背中に手をまわすと、精いっぱいの力を込めて抱きしめ返した。


 「――アーサー、愛してる」


 その言葉を最後に、グレイスの体からは力が抜けた。何度もグレイスを呼びかけるアーサーの声にも返事をする事なく、ただ幸せそうな微笑みを浮かべたまま、グレイスは逝った。


 グレイスの葬式はすぐさま執り行われた。結婚式同様、集められたのはグレイス達の親しい者たちだけだ。

 最近国で主流となっている火葬を行えば、グレイスの体は文字通り骨だけとなった。砕き、粉となった骨をもって、アーサーと一行はある場所へと向かった。いつしか、デートと称してグレイスとともに来た花畑だった。

 おもむろに花畑を歩き始めたアーサーに、ルーカスは慌てて着いていく。


 「おい、どこ行くんだよ?」

 

 しかし、アーサーが答えることはなく。ある一本の大きな木のもとへ来ると、その根元を掘り出した。


 「……ここに埋めるのか?」

 「……ああ」

 「……よし、俺もやる!」


 ルーカスは腕まくりをすると、アーサー同様穴を掘り始めた。追いついたエラ達も頷きあうと、彼らの手伝いを始めた。泣きじゃくっていたソフィーも頷き、ルーカスに導かれて作業を始めた。

 大人数でやった事もあり立派な穴が出来上がると、アーサーは粉骨を取り出し、さらさらとそこへ流し込んだ。そしてまた土を被せた。


 「……ここならグレイスも寂しくないだろう」

 「どうかな、人来なくて意外と寂しがるんじゃないか?」

 「じゃあ俺が毎日来ればいいだけの話だ」

 「ハハッ、本当に愛妻家だな、お前」


 アーサーは花畑を見渡した。そんな彼へ肩を組み、ルーカスもまた、花畑を見渡した。


 「生きろよ、お前」


 ルーカスが呟いた。真面目なトーンの台詞に、アーサーはグレイスの言葉を思い出した。

 

 ――「お願い。私の事、絶対に忘れないで。でも、幸せでいて。他に素敵な人を見つけてもいい、再婚したって良い。でも、私の事、忘れないで」


 それは自分へ向けた「生きろ」というメッセージだった。

 アーサーは唇を嚙み締めた。


 「……当り前だろう」


 震えていて、しっかりした声だった。アーサーの声を聞いて、ルーカスは微笑んだ。



 

 それから幾年かの年月が過ぎた。

 アーサーはルーカスへの宣告通り、毎日墓参りへとやってきた。セオとノラを引き連れ、その日あったことを報告する。そして帰宅するのだった。

 毎年グレイスの命日には、皆が墓参りに来てくれていた。しかし、それも年月が過ぎると、人数は減っていく。仕方のない事であった。


 そうして、グレイスが死んでから四十年が経った。アーサーはこの国でも長寿とされる年齢になっていた。

 アーサーは足腰を悪くしていた。それでもなお、杖をついて毎日グレイスのもとへ訪れていた。


 「グレイス、今日で君がいなくなってから四十年が経ったよ」


 グレイスの墓の横、大きな木に背を預け、アーサーが呟く。目前に広がる花畑は優しい春の風に吹かれ、ゆらゆらと綺麗に揺れている。


 「セオも俺の後を継いで、立派な公爵だ。ノラだって今じゃ国母だ。君が生きていれば、きっと驚きで固まっていただろうな」


 そう言ってアーサーはふっと笑った。


 「俺は最近、体の調子が悪い。なんというか、とても眠いんだ。これが『死』なのだろうか」


 アーサーはゆっくりと目を瞑り、開いた。そして目の前に見えた光景へ目を見開く。


 「……グレイス?」


 アーサーの目の前にはグレイスが立っていた。病気で痩せ細った姿ではない、結婚式の時の純白のドレスに包まれ、ふっくらとした頬で微笑むグレイスの姿だ。

 あり得ない光景に驚いていたアーサーは、少ししてから笑った。


 「やっと迎えに来てくれたのか? 遅かったじゃないか」


 アーサーは笑って言った。目の前のグレイスも笑っていた。

 グレイスはアーサーの横に来ると座った。アーサーはグレイスに促されるまま、彼女の肩へと頭を預けた。


 「グレイス、これからはずっと一緒だ。もう離れない」

 ――「私ももう離れない。愛してる、アーサー」


 アーサーの言葉に、グレイスは彼の頭へキスをした。アーサーはゆっくりと目を閉じた。




 「……父さん?」


 セオが、まるで眠っているような顔つきのアーサーの肩に触れる。

 セオの前には、グレイスが眠る木の下、グレイスの墓にもたれて息を引き取っているアーサーの姿があったのだった。




 アーサーの葬儀が行われた。墓はもちろん、グレイスの隣だ。

 その後、ルーカスの手によって一つの恋愛小説が発売された。タイトルは「仮初令嬢と最低公爵」。その小説は市井の者達の中で流行りに流行り、それを知るや否や貴族会でも令嬢たちの間で人気となった。著者である彼は妻のソフィーとタイトルについて揉めたらしいが、小説の内容が良かった事により夫婦喧嘩は収まったという。

 

 アイザック前国王は、こう告げられた。


 「この小説はフィクションではない。一人の愛を知らないと思い込んでいる少女が、これまた愛を知らないと思い込んでいる男と出会い、愛し合っていた。私はその者たちを知っている。きっとこの世界にはこんな考えを持つ者がたくさんいるんだろう。しかし忘れてはいけない。誰でも人を愛せるし、誰かに愛されるのだと。それだけ覚えていれば、きっと世界は随分生きやすくなる」

最後まで読んでくださりありがとうございます!遂に完結いたしました!


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