33話 結婚式
ステンドグラスから入り込む光は柔らかく、教会の中にいる人々を優しく包み込んでいた。
教会の女神像の前には神父と、神父の前には若い男女が向き合っている。
女の方は、まだ十代前半程だろうか。女性と呼ぶのにはまだ若く見える。銀色の長い髪をきっちり一つに纏め、白いベールに包まれながらも、向かいの男を見つめる瞳は、雲一つない空の様に透き通った青色。誰もがハッと振り返ってしまうほどの美貌を備えていて、男を見つめる瞳に籠った優しさがより一層彼女の美しさを引き立たせていた。
「式を執り行います。両者、よろしいですね?」
神父の柔らかな声に、二人は見つめあいながら頷いた。
「はい」
「ああ」
神父の問いに、二人は肯定の言葉を口にした。そして男は少女に優しく微笑んだ。
男は、全体的に白っぽく輝く少女同様、真っ白な格好をしていた。真っ白なタキシードに、黒く長い髪は低い位置でキッチリと纏められている。瞳は深海のように暗い青。しかしその瞳は光に満ち、目の前の少女を愛おし気に見つめている。
いつもとはまるっきり違う姿に、式の参加者である幼馴染は「誰だよアイツ」と隣の金髪の男に零している。金髪の男は苦笑しながらも、二人を優しく見つめていた。
頷いた二人に、神父は「それでは」と続け、男へと視線を向けた。
「新郎アーサー。あなたはグレイスを妻とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も、これを愛し敬い慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
男は即答した。そのあまりの速さに少し笑いつつも、神父は少女の方へと視線を向ける。
「新婦グレイス。あなたはアーサーを夫とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も、これを愛し敬い慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「……誓います」
少女は静かに答えた。顔には少し赤みが差していて、どこか照れている様子だ。神父はそんな初々しい少女へ微笑みを送ると、二人に向かって告げた。
「――それでは、誓いのキスを」
神父に促され、二人は一歩ずつ近づいた。そしてゆっくりと互いの顔を近づけ、柔らかな唇で口づけた。その瞬間、式の参加者から拍手が送られた。二人は唇を離すと、お互いの体を抱きしめた。
「やっと、君の夫になれた」
「私も……やっとアーサー様の奥さんになれました」
そう言って、少女――グレイス・ブラックは、向かいの男を見つめた。男はグレイスと目が合うと、春の光をいっぱいに含んだ深海の瞳で微笑んだ。
「愛してるよ、グレイス」
式を終えた二人は教会を出て、ブラック家の庭園にてパーティを行っていた。式はグレイスとアーサーの親しい者だけが呼ばれていた。つまり、このパーティも親しい者だけが呼ばれている。
「いやぁ、やっとだなぁ! グレイスみたいな良い女捕まえちゃって、このスケベ野郎!」
「……ルーカス、お前飲みすぎだ」
アーサーはルーカスに絡まれていた。アーサーの肩に手をまわし、片手に酒瓶を持っているルーカスは見るからに酔っぱらっている。しかしいつもと違うのは、彼の酔い方が陽気だという事だ。これにはハーパーも物珍しそうに見つめていた。
「珍しいね、酔った君の気が大きくなっているなんて」
「あー? そりゃお前、こんな目出度い日にしょぼくれていられるかって話だろ!」
「まぁ、ごもっともだけど。自分で制御できるならいつもからやって欲しいものだ」
「うっ……ご、ごめん」
「あーもう、面倒くさい」
軽く放たれた一言に気を落としたルーカスに、ハーパーは悪態を吐きながらも笑った。そしてルーカスと肩を組むと、いつもとは違った豪快な笑みでハーパーは笑った。
「こんな良い日にしょぼくれるなんてナンセンスだ! 思いっきり騒ぐぞ!」
「! おう、騒ぐぞー!」
「……お前等は本当に騒がしいな」
陽気に肩を組み、歌を歌い始めたルーカス達に、アーサーも呆れたように笑った。
一方、グレイスはというと。
「――う、うぅぅうう!」
「な、泣かないでよ、ソフィー」
……嫁に行ってしまうグレイスの事を思い泣いているソフィーをあやしていた。そばにはトルツとエラもいて、エラに至っては「こんなに泣く侍女もいるのね」と笑っている。
「エラ、笑ってる場合じゃないって」
「良いじゃない、泣かせておけば。自分のためにこんなに泣いてくれる侍女なんて珍しいものよ?」
「いや、まぁ、そうかもしれないけど……」
そう言ってグレイスは困ったようにトルツを見上げた。娘にそんな顔で見られては父親として動かないわけにはいかない。トルツは小さくため息を吐くと、ソフィーの肩に手を置いた。
「ソフィー。気持ちは分かるがな、そんなに号泣されてはグレイスも困るだろう」
「グスッ。だ、だってトルツ様! グレイス様が、グレイス様が屋敷からいなくなってしまうのですよ! わ、私のグレイス様が他の男のもとへ行ってしまわれるのですよ! もうグレイス様に会えないとなると、私、もうどう生きていけばいいか……」
「? ソフィー。貴女、何を言っているの?」
「え?」
グレイスの言葉にソフィーが顔を上げた。涙でぐしょぐしょになっている顔で、思わずグレイスは笑いながら続けた。
「ソフィーは私の侍女なんだから、一緒にブラック家へ行くに決まってるじゃない」
「! えっ、えっ!? そ、そうなのですか!?」
ソフィーはトルツを見上げた。涙でぐしょぐしょの顔はトルツのツボにも刺さったらしい、「んふっ」という声とともに笑いを抑えると、彼は咳払いをして口を開いた。
「ああ、そうだ。お前はグレイス専属なのだから、グレイスの側にいてくれんとな。……これからもグレイスを頼んだぞ、ソフィー」
「! は、はいっ!」
トルツの言葉にソフィーは大きくうなずいた。グレイスとエラは顔を見合わせて笑った。しかし、エラはグレイスの肩越しに見えた人物を目にして固まった。グレイスが不思議に思って振り返れば、金髪の優男がそこにいた。
「やぁ、皆さん。この度は本当におめでとう」
「おお、アイザック殿下! 式に引き続きこのパーティにも参加していただけるとは……!」
「いやいや、良いんだよ。大切な幼馴染の結婚式だからね。来るのは当り前さ」
トルツににこりと微笑みそう言った金髪の優男――アイザックは、グレイスへと微笑んだ。グレイスはため息をついた。
「なーにが大切な幼馴染よ。そっちが勝手に絡んできただけじゃない」
「ちょっと、グレイス! そんな言い方は……!」
エラがグレイスへ苦言を呈すると、アイザックは笑って首を振った。まるで「いつもの事だから」とでも言いたげな態度に、グレイスはまたため息を吐いた。
「良いんだよ、エラ嬢。……おや、今日のエラ嬢はいつにも増して美しいね」
「えっ!? そ、そそそそんな事……!」
「どうかな。このパーティ、ともに過ごすというのは?」
「えっ、ええ? で、でも」
アイザックの提案に、エラはグレイスへと振り返った。親友の結婚式だ、ここで好きな人をとるという行為が正義感の強いエラには許しがたいのかもしれない。
しかしグレイスは苦笑しながら頷いた。
「全然良いよ、その幼馴染と一緒にいても。私はソフィーも父ちゃんもいるから」
「そ、そう? それじゃあ――」
「じゃあ、向こうへ行こうか。二人きりになれるよ」
「ふ、二人きり!?」
エラは声をひっくり返し、グレイスへと振り返る。しかしその手はもうすでにアイザックに握られているため、彼が動くたびに彼女もグレイスから遠ざかっていく。グレイスは乾いた笑みを浮かべながら手を振った。そして視界から二人が消えると、ふぅとため息を吐いた。
グレイスはトルツ達へと向き直った。
「ねぇ、ソフィー、父ちゃん」
「うん? なんだ、グレイス?」
二人で話していたソフィーとトルツは、改まった様子でこちらへ呼びかけるグレイスに首を傾げた。
グレイスは潤みそうになる瞳を我慢するように唇に力を入れた。そして、勢いよく二人に向かって頭を下げた。
「――今まで私を育ててくれて、ありがとうございました!」
「……えっ!? お、お嬢様!?」
ソフィーは戸惑いながら、グレイスのもとへ駆け寄ろうとした。しかし、それをトルツがソフィーの腕を掴んで止めた。困惑しているソフィーに首を振ると、二人はグレイスの言動を見守ることにした。
グレイスは続けた。
「私は本当にできの悪い娘で、貴方達の愛情を素直に受け止めることができなかった! 本当に後悔してる、本当に馬鹿だった! でも今ならわかる。私はちゃんと愛されてた! 私もみんなを愛してた! やっと気づけた、本当にごめんなさい……!」
……最後の言葉は震えていた。顔を上げたグレイスの瞳にはたっぷりと涙が溜まり、どんどんと頬を伝っていく。ソフィーとトルツはそんなグレイスを抱きしめた。二人も泣いていた。
「お前は本当に馬鹿な娘だ」
そう言ったトルツの声は優しかった。グレイスを抱きしめる手も優しく、嗚咽を漏らしている彼女の背中をさすっている。
三人は少しの間泣き続けた。酔っぱらったハーパーがセオを引き連れて「なんか弾くからみんな踊れ」と言い出したことにより、三人の涙は引いていった。
「グスッ。もう、ハーパーさんったら」
「お嬢様、せっかくですからこのソフィーと踊ってください!」
「ふふっ、もちろん! 容赦しないからねー?」
「え? ちょ、パパとは……?」
グレイスはトルツを置いて、ソフィーとともに駆け出した。そして広場へと来ると、二人を見つけたハーパーが「よしきた!」と嬉しそうにギターを掲げた。
「さぁ、天才音楽家のハーパー様の演奏に合わせて踊れ~!」
叫んで、ハーパーはギターをかき鳴らした。酒場の音楽のように陽気でアップテンポのその曲は、貴族が躍るようなものとはかけ離れている。しかしグレイスはそれを楽しそうに聞き、自己流で踊った。それを見たソフィーも顔を輝かせて踊った。もちろん、自己流だ。
踊っている二人をみて、参加者は増えていった。エラとアイザック、そしてルーカスに連れられた嫌そうな顔をしたアーサーだ。次第に参加者達はパートナーを交代しながら踊っていった。もちろんグレイスはアーサーと、ソフィーはルーカスとだ。
「いいなぁ、みんな楽しそうで」
皆が楽しそうに踊る中、トルツは一人寂しく眺めていた。そんな時だった。
「あの」
「うん?」
幼い声に、トルツは視線を下に向けた。そこには少し恥ずかしそうにもじもじとしているセオがいた。
「ああ、確かセオ君、だったかな」
「は、はい。……あの、トルツさんが僕の『おじいちゃん』になるんですよね?」
「お、おじいちゃん……!?」
トルツに稲妻が走った。それほど「おじいちゃん」と呼ばれたことは彼にとって(良い意味で)衝撃的なことであった。
トルツは目の前の子供を見た。照れたようにはにかむ姿は、非常に愛らしい。
「僕、おばあちゃんはいたけどおじいちゃんはいなかったから……だから、すごく嬉しいです!」
「うっ」
トルツは胸を押さえてその場にうずくまった。セオは慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか!?」
「……おじいちゃん」
「え?」
トルツは顔を上げた。何か覚悟を決めたような顔だ。
「おじいちゃんと呼びなさい。後、敬語は要らないよ。おじいちゃんなのだから」
「! う、うん! おじいちゃん!」
「さぁ、おじいちゃんと一緒に踊ろうか」
「うん、踊る!」
トルツはセオの手を優しく取り、二人は広場の方へと向かった。二人が仲良くしている様子に、グレイスやアーサーは驚きつつも、顔を見合わせて笑った。
そうしてパーティは陽気な音楽とともに夜更けまで続いた。グレイスは満点になった星空を見上げて呟いた。
「私、今、幸せだ」
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