31話 愛し愛され(※グレイス視点)
「で? どうなの?」
「え、何が?」
「貴女とアーサー様の事に決まってるじゃない」
いつもの様に、私の家でエラとお茶を飲んでいればそんな事を聞かれる。私は「どうって言われても」と言葉を続けながら、あの日の彼の言葉を思い出していた。
――「君が俺と過ごす時間をどう思っていたかは知らない。できれば俺と同じように、大切だと、そう思っていて欲しいと思う。君が望む事を何でも叶える。君が望まない事はしない。だから、お願いだから……! これからも俺の側にいて欲しい! 俺の側で笑って、泣きたいときは俺の胸の中で泣いて欲しい! 君を幸せにしたいんだ、他の誰でもない俺の手で……だから……!」
――「グレイス。……君が好きだ。君が自分を愛せなくても、他人を愛せなくても、俺は君を愛している。それだけは否定しないで……認めてくれないか」
――「こんなの最早プロポーズですよねぇ?」
「――違うっ!」
「きゃあっ! い、いきなり何!?」
頭の中の言葉に否定しながらティーカップを置けば、ガシャンと大きな音とエラの悲鳴が部屋に響いた。私はハッとして、彼女へと頭を下げた。
「ご、ごめん、エラ! ちょっと思い出しちゃって……」
「思い出す? 何をよ?」
そう言ってエラは疑問の眼差しを私へと向けた。私は意を決して話した。アーサー様から言われた台詞の数々を。それを「プロポーズ」と言われた事を。
エラはカップに入ったお茶を一口飲んで、真顔で言った。
「プロポーズね、それ」
「んなんで!」
私は頭を抱えた。しかしそんな私をエラは「何言ってんだコイツ」という目で見ている。
「あのね、異性にそこまで言っておいて『プロポーズじゃないです』なんて言う男性いないのよ! いたら私が殴ってるわ」
「そ、そういうものなの?」
「そういうものなの!」
フンッと鼻を鳴らしてエラはまたお茶を飲んだ。私はどくどくと鳴り始める自分の心臓を押さえて考える。……もしかして、この反応が普通なのか? と。
でも、良いのだろうか。相手を好きになれているかどうかも分からない私が、プロポーズの言葉を貰っても良いのだろうか。
「……私」
「? 何よ」
「アーサー様の事が好きか、分からない」
「……はぁっ!?」
私の言葉にエラは立ち上がった。その顔に驚愕と、怒りに似た感情が露になっている。
きっと、彼女の反応が正しくて正常なのだろう。私が抱える「愛し方が分からない」というのは、「普通の人」には分からない事なんだろう。けれど、私にとっては重要な問題なのだ。
「言ったでしょ、私の本当の親の事。その親から私、愛されてこなかったの。だから、愛される事も愛する事にも自信がない」
「……でも、それは生みの親の話でしょう? クロノス伯爵やアレッタ様は違うでしょう?」
「父ちゃん達は――」
――「グレイス」
――「お姉ちゃん!」
いつしかの記憶が頭の中に流れた。何をしていた時だったかもう覚えていないけれど、父ちゃんとアレッタが笑顔で私を抱きしめている。私は抱きしめ返す事無く、戸惑ったまま突っ立っているだけ。
「……そうだね。二人は私の事、愛してくれていたと思う。私が受け止められなかっただけで。だから、愛されてこなかったから、っていうのは言い訳なのかもしれない」
「グレイス……」
「ねぇ。私、アーサー様の事、ちゃんと愛せるのかな?」
それは素直な疑問だった。私はエラを見つめる。彼女は扇子で口を隠して少し俯き、やっと顔を上げた。その顔はいつも通りの自身に満ち溢れたエラだった。
「私からしたらね、貴女はもう、ブラック公爵の事を愛していると思うわよ」
「……そうなの?」
「ええ。だって、考えてもみなさい。前に貴女が話していたじゃない、頬を触れられた、抱きしめられたって。アレ、嫌だったの?」
「……嫌じゃなかった」
「じゃあ、もしブラック公爵が他の女性を愛してしまったら? 貴女はそれを許せるの?」
「ゆ、許せない!」
「それが答えじゃないのよ、もう」
そう言ってエラは私の額を小突いた。私は少し驚いて額を摩り、彼女を見た。彼女は優しく笑っていた。
「大丈夫、私が保証するわ。貴女はブラック公爵に愛されているし、愛している。少なくとも愛そうと努力はしている。人生のパートナーとして生きていくには、それでもう十分じゃないの?」
「……そっ、かぁ」
エラの言葉がストンと胸の中に落ちていく。どうしてだろうか、自信に満ち溢れた彼女が言うと「そうなんだ」と思わされてしまう。とても心地良くて、心強い。
私はエラに笑いかけた。
「ありがとう、エラ」
「いいのよ。私達、親友でしょ?」
私の言葉にエラは笑った。少し照れたような赤い顔をしていた。
お茶会を終えた私達は別れた。エラを見送った私は馬車に乗り込み、目的の場所へと向かう。
屋敷へと着き馬車を飛び出した私は、一目散に彼の執務室へと走った。
「――アーサー様!」
黒髪の頭がこちらを向いた。深海の様な瞳と目が合えば、私の胸がギュッと締め付けられた。会いたくて、会えば苦しくなる不思議な人。私は彼の前で走るのをやめると、息を整えながら端正な顔立ちを見上げた。
「グレイス、急いでどうした?」
「ハァ、ハァ……は、早くアーサー様にお会いしなきゃって思って……!」
「ハハッ、それは嬉しいな。しかし、君の体の事も考えないと」
そう言ってアーサー様は私の手を引いてソファへと座らせてくれた。彼はこういうところがある。大人の余裕と言うか、年上の余裕みたいなところを見せてくる。単純な私はいつもそれに胸を躍らせてしまう。
二人で横並びに座るとトールがお茶を淹れてくれた。お礼を言えば笑顔のまま部屋から出て行き、ここには私とアーサー様の二人きりとなった。
「……それで? どうしてそんなに急いで俺に会いに来たんだ?」
「えっと、それは……」
……なんと言えば良いのだろうか。私は迷った。特に明確な理由がないのだ。ただただ、逸る気持ちを抑える事が出来なかったからだ。
私は横にいるアーサー様を上目遣いに見つめた。
「アーサー様の話をしていたら、なんだか会わなくちゃって気持ちになったんです。……ごめんなさい、お仕事の邪魔でした――」
「待て、良い。謝るな。……嬉しいよ。理由もなく急いで俺へ会いに来てくれたんだろう?」
「うっ、は、はい」
「ありがとう、グレイス」
その言葉と共にアーサー様は私の体を抱きしめた。もう何度目かになる抱擁だというのに、私は全然慣れておらず、心臓がバクバクと脈打っているのが聞こえた。
私はギュッと目を瞑って、彼の背中に手を回す。
「……アーサー様」
「ん? なんだ?」
耳元で低く響く甘い声に、腰の辺りがムズムズとする。しかし私は聞かなければいけない事があった。私にとっては大切な、あの時の話。
「アーサー様は、私の事を愛しているんですか?」
「ああ、もちろん。当たり前だろう。そうじゃなきゃ、抱きしめたりなんてしない」
「……じゃ、じゃあ! 『側にいて欲しい』って言葉は、プロポーズだったんですか!?」
「……うん?」
私の言葉にアーサー様の体が固まった。私は首を傾げながら彼の顔を見上げた。
「アーサー様?」
「……あれは」
「え?」
「あれは、プロポーズになるのか?」
――鈍器で殴られた感覚がした。違っていた。みんなプロポーズって言ってたけど、やっぱり違ったんだ!
私は、自分の目に涙が溜まっていく感覚が分かった。アーサー様も気付いたのだろう、慌てた様子で私の両腕を掴んだ。
「いや、違っ……! あれはプロポーズではないが、ちゃんとしようとは思っていて……」
「い、良いんです! 大丈夫です! わ、私が勝手に期待しちゃっただけで……うっ」
「泣くな、グレイス! 違う、違うんだ!」
否定しながら私の両腕を放し、アーサー様は席を立った。こんな事で泣き出してしまったから、呆れて何処かへ行ってしまうのだろうか。そう思うとまた涙が出てきて、私の涙腺は壊れたかのように涙を送り続けた。
少し経ってから、座っている私よりも少し低い位置から名前を呼ばれた。――涙を拭いながら開けた視界には、小箱に入った指輪があった。
「……え?」
思考の止まった私はしっかりと前を向いた。そこには、指輪を私に差し出しながら跪いているアーサー様の姿があった。
私はパニックになって、定まらない視点のまま彼へと話しかけた。
「え、えっと? アーサー様、これは?」
「婚約指輪だ。……ルーカスに手伝ってもらったから、センスは間違いないと思う」
「こ、こんやくゆびわ……」
ふわふわとした、夢見心地の様な感覚のまま、私はアーサー様を見つめる。その顔は非常に真剣だった。今まで見た事がない位。
浅く深呼吸をしてアーサー様は続けた。
「俺は、元々最低な人間だった。いや、今だってまともな人間になれているか怪しい。『最低公爵』の異名をもらうくらいだからな。……それでも俺は、俺自身の手で君を幸せにしたい。君を世界一幸せな令嬢にしたいんだ。だからどうか、俺と結婚してくれ」
私は思わず黙り込んでしまった。「何と返せばいいのだろう」というのもあったけれど、「自分で良いのだろうか」という思いがあったから。
私は少し俯いた。
「……私は、本当の令嬢じゃありません。謂わば『仮初の令嬢』なんです。親にだって殺されかけた。だからきっと、貴方に相応しくない」
「そんな事――」
「でも」
アーサー様の言葉を遮って、私は言葉を被せた。顔を上げれば、少し驚いた顔の彼がいて、思わず少し笑顔になる。
「それでも。私は我儘だから、貴方を愛したいと思うようになりました。他の誰でもない、貴方に愛されて、貴方を愛したいのです。……こんな私を貰ってくれますか?」
そう言ったや否や、私は抱きしめられた。とても強い力だった。なんだかそれが求められているような感覚に感じられて嬉しくなり、私も強く抱きしめ返した。
「――大好きです、アーサー様っ」
「ああ、俺も。……俺も好きだ、グレイス」
ここで私達は結ばれた。ロマンチックな場所でも、格好の良い言葉でもなかった。けれど、そんな事はどうでもよくって、愛し愛されたいという事実だけが私にとっては大切で。
私達はしばらくの間抱き合った。そして抱擁が解けた私達はキスをした。軽く触れるだけのキスだ。私の唇はしばらくの間熱く、感触を忘れる事はなかった。
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