30話 日常(※グレイス視点)
アーサー様と話した私は、彼と共にルーカスさん達の元へ戻った。
ルーカスさんは泣きはらした顔で謝る私を見て呆れたように笑って、大きなその手で乱暴に私の頭を撫でた。
「前から思ってたけど、お前無理しすぎなんだよ。相談でも何でもしろよ、ちゃんと受け止めるから」
「……はい」
優しく降り注ぐ言葉に、胸の中がじんわりと温かくなった。けれど、私達のすぐ側まで来た人物に、私の体は凍り付いたかのように固まった。
「……あ」
「……ふん。なにその顔、ブッサイク」
「ハーパー、お前な――」
「い、良いんです、ルーカスさん!」
ツンとした顔をしたハーパーさんが、私に毒を吐く。ルーカスさんが咎めるけれど、私はそれを止めた。驚いたようなルーカスさんの顔を見上げて、私はハーパーさんへと視線を戻す。そして一歩踏み出した。
「――ごめんなさい!」
私は腰を曲げて頭を下げた。誰のか分からない息を飲む声が聞こえたけれど、私は続けた。
「さっき言った事は本当の事です。私は貴方の憎む男の娘で、それを薄々感じていたのに貴方に隠していた。……怖かったから。ハーパーさんに嫌われるのが怖かったから。だから真実を知ってもしばらくの間言い出せずにいたんです。でも、隠し続けるのはすごく辛くて、苦しくって。……だから言ったんです。ハーパーさんにとって辛いと知っていながら、それでも貴方と友達でいたいから、だから言ってしまいました。……本当に、ごめんなさい」
頭を下げたまま、一気に捲し立てるように話した。少しの間、沈黙が広がった。
「頭、上げてよ」
その声はハーパーさんの物だった。私は恐る恐る頭を上げた。目の前には、不機嫌そうな、どこか気まずそうな顔のハーパーさんがいた。
彼は溜息を吐くと、私の目をキッと睨んだ。
「うざい」
「……え」
ガンっと頭を殴られたような衝撃が襲った。謝ったから許せとは言わないし、許されるとも思っていない。でも、こんな事を言われるとは夢にも思っていなかった。
名前を呼ばれルーカスさんに一発殴られ、ハーパーさんは頭を摩りながら私へと向き直した。
「ってーな。……その、なんだ。お前じゃないんだろ」
「……えっと、何がですか?」
「あーもー! 分かれよ! コルリを殺したのはお前じゃないんだろって言ってんの!」
まるで駄々を捏ねる子供の様にそう言って、ハーパーさんは私の顔を覗き込んだ。その顔にはもう憎悪はなくて、でも私は少し怖い気持ちのまま頷いた。
「は、い。……私じゃないです」
そう答えるや否や、ハーパーさんは溜息を吐いた。なんだろう、私は変な回答をしてしまったのだろうか。
彼は顔を上げた。私は驚いてその顔を見た。彼の顔は晴れやかな顔をしていた。
「じゃあ良いよ。……悪かったな、掴みかかってさ。お前がコルリを殺したなんて、そんなはずないのにな。ついカッとなってしまった」
「え……で、でも! コルリさんを殺したのは私の父親で――」
「うるっさいなぁ、分かってるよそんな事! ……お前は何もしてない。お前はただそいつの子供として生まれただけだ。分かってるのに怒った俺が悪いんだ。お前は何も悪くない」
そこまで言って、彼は「悪かった」と再度謝って私の頭を撫でた。ルーカスさんと違って、壊れ物を扱うかのように優しい手つきだった。あまりにも優しいその手つきに、涙が込み上げてくるのが分かった。
「ハ、ハーパーさん……っ」
「え、ちょっ、何泣いてるの。やめてくれよ、困るだろ……」
泣き出した私にハーパーさんが慌てふためく。するよ横からハンカチが差し出された。見上げると、そこにいたのはルーカスさんだった。私はお礼を言って受け取ると、そのハンカチで目を押さえる。安心からか、涙はとめどなく溢れる。
ハンカチで目を押さえたままでいると、またガシガシと頭を撫でられた。もしかしなくてもルーカスさんだろう。頭上から笑い声が聞こえた。
「なんだなんだぁ? 随分と泣き虫になっちまったな?」
「グスッ……だ、だって。仕方ないじゃないですか」
「ハハッ、そうだな。お前の立場になったら泣いたって仕方ない。……でも、ここまで泣けるようになったのは、コイツのお陰だろ?」
そう言って、ルーカスさんはアーサー様へ視線を向けた。私も釣られてアーサー様を見上げた。彼は私と目が合うと、優しく微笑んだ。それだけなのに、私の体は熱くなる。
「……そ、そう、ですね」
「……うん、なんかよく分かんないけど、この短い時間でいちゃついてたってのは分かった」
「いちゃっ……!? ち、違います!」
あまりの言い草に私はルーカスさんに噛み付くように反論した。なのに彼はそんな私に意を介さずと言った様子で「はいはい」と笑って手を振った。私は溜息を吐いた。でも、心は幾分か軽くなっていた。
顔を上げると、遠くにソフィーとセオが見えた。良く見れば、二人の人影はぐんぐんとこちらに近付いてきている。
「お嬢様ぁ~!」
そう叫ぶや否や、ソフィーは私の前で急停止して、私の手を取ってマシンガンの様に話し始めた。
「お嬢様、ご無事ですか!? ハーパーとかいう輩に胸倉を掴まれたとか!? ああ、なんて恐ろしい! ですがお嬢様、ご安心を! このソフィー、命に代えてでもお嬢様の仇を……!」
「ちょ、ちょっと待ってソフィー! なんか暴走してない!?」
「仇って、グレイス死んでんじゃん」
「ルーカス様はお黙りになって!?」
「あ、はい……」
ソフィーの暴れっぷりにルーカスさんもたじたじだ。……まぁ、それは私もなんだけど。
ソフィーは私の手を放すと、一目散にハーパーさんの元へ駆け出した。
「お前か、お嬢様の胸倉を掴んだ輩は!」
「え、ちょっ、ぐえっ。ま、待って待って! もう和解してる、してるから!」
「問答無用!」
「うわっ!」
「ソ、ソフィー、もう良いから!」
「……なんか、一気に日常が戻って来たな」
ふーっと息を吐いてルーカスさんが言う。その顔は少し明るくて、ソフィー達の様子を眩しそうに眺めている。
ふと、誰かが私の手を握った。視線を移すと、そこにはセオがいた。
「グレイス、大丈夫?」
不安そうなエメラルドの瞳が私を見上げている。私は胸の辺りがきゅっとなるのを感じながら、彼と同じ目線になるようにしゃがんだ。
「うん、大丈夫だよー。見ての通りピンピンしてる!」
「本当……? ハーパーさんとは仲直りしたの?」
「もちろんしたよ! ごめんね、心配かけちゃったね」
私は謝りながらテオを抱きしめた。彼の体は少し震えていた。
「っ、怖かった、グレイス達がもう二度と仲良くしないんじゃないかって」
「……そっか。本当にごめん。後、心配してくれてありがとう。アーサー様を呼びに行った事も」
「うんっ……!」
私はセオを抱きしめ続けた。後ろは未だにギャーギャーと騒がしいけれど、それもルーカスさんの言う通り「日常が戻って来た」という奴だ。なんだか笑みが零れてきてしまう。
こんなに晴れやかな気持ちは生まれて初めてなんじゃないか。そう思える日だった。
*
「……それで、話って?」
お茶を一口飲んで父ちゃんが言った。その隣には不安そうな顔をしたソフィーが腰かけている。
私は緊張していた。なぜなら今日は、家族に全てを話すと決めた日だからだ。
ハーパーさんと仲直りした後、私はソフィーに「後日父ちゃんとソフィーに話がある」と伝えておいた。そして設けられたのがこの場だ。
私は一つ深呼吸をした。そして真っ直ぐに父ちゃんたちを見ると、頭を下げた。
「ごめんなさい」
「……えっ、お嬢様!? いきなり何を……!」
いきなり謝罪し始めた私に、ソフィーの慌てた声が聞こえる。頭を下げたままだから分からないけれど、父ちゃんが窘めたらしい。おずおずと言った様子のソフィーの声が聞こえた。
私は頭を上げて、二人を真っ直ぐに見た。正直に話すのはとても怖いけれど、大切だからこそ話さなくてはいけない事もあると学んだ。だから私は全てを話した。自分の両親の事、父ちゃんに育てられておきながら本当は愛されていないと思っていた事、本当は完璧な令嬢じゃない事、ハーパーさんに真実を伝えた事。
私の過去と父親の事を知らなかったソフィーは手を口に当てて驚いていた。しかし、全てを聞いた父ちゃんは静かにティーカップを置いて私を見た。
「それがお前の本音か?」
「うん、そうだよ。紛れもない、私の本音」
「……そうか」
そう言って父ちゃんは立ち上がった。そして座っている私の隣まで来た。その瞬間、父ちゃんは手を振り上げた。咄嗟に叩かれると思って、私は目をつぶった。……けれど、そんな衝撃はいつまでたっても来ることはなくて。代わりに、柔らかな感触と、温かい感覚が上半身を覆った。
「――馬鹿だなぁ、お前は」
「……え、父ちゃん?」
私は抱きしめられて、頭を撫でられていた。怒鳴られても、叩かれても仕方のない事を話したのに、それどころか父ちゃんは涙目になって眉を八の字にしていた。
「グレイス。お前を引き取った時から、お前は我が家の娘だ。誰が何と言おうと、お前が拒否しようとも、お前は私の大切な娘だ」
「父ちゃ――」
「これからは、それを胸に刻んで生きていきなさい。自分は愛されているんだと、愛されるべき存在なんだと、自分を大切にしながら生きなさい。分かったね?」
「――うんっ!」
ぽろり、涙がこぼれた。私は父ちゃんの胸に顔を埋めた。私以外にも二人の泣き声が聞こえて、私は「本当に愛されているのだ」と実感した。胸がとても温かくなった。
時間が経ち三人とも泣き止むと、楽しくティータイムをする事になった。最近の話せていなかった事を私が話せば、「そういえば」とソフィーが口を開いた。
「ハーパーさんと喧嘩したあの日、お嬢様ってばあの場を走って何処かに行ってしまわれたとか」
「え? あー、うん。そうだね」
「そんなお嬢様を連れ出してきたのがアーサー様だったとか」
「うん、そうだね」
「……何があったんですか?」
「え? な、何がって?」
神妙な面持ちでこちらを見つめるソフィーに、私は少し冷や汗を流しながら答える。彼女はなんだか不満げに「だって」と続けた。
「お嬢様って強情じゃないですか? だから、そういう状況の時、ちょっとやそっとの説得じゃあ動かないと思うんです。だから、アーサー様はどうやってお嬢様を連れ出したのか気になって」
「確かにそれは気になるな」
「ご、強情……そうだったんだ、私」
「気付いていなかったのですね……」
二人からの生温い視線を受けて、私は咳払いをした。そして、考えてみる。どうして私は素直に連れ出されたのかを思い出す。
――「グレイス。……君が好きだ。君が自分を愛せなくても、他人を愛せなくても、俺は君を愛している。それだけは否定しないで……認めてくれないか」
泣きながら、必死になって話す彼の姿が思い浮かぶ。それだけで私の体は熱くなった。
「そ、その。私の事が好きだって、そう言ってくれた」
「……ほう? それで?」
父ちゃんが興味深いとでも言いたげに、前のめりになる。私は頷いて、アーサー様から言われた言葉を繰り返した。
「えっと。『君も俺と過ごす時間を大切に思っていて欲しい。君が望む事なら何でも叶える。俺の側にいて欲しい。俺の手で君を幸せにしたいんだ』って……」
恥ずかしすぎて、所々つっかえながらも全て話した。父親に婚約者との会話を話すってこんなにも恥ずかしい事なのか、と今頃になって気付いてしまった。
父ちゃんは今の話を聞いてどう思うだろう。「やっぱ娘はやらん!」と怒るだろうか、それとも「娘が自分の元から離れてしまう」と寂しがってくれるだろうか。私は顔を上げて二人の顔を見た。そして固まった。……二人は果てしなくニヤニヤしていた。
「ほほ~ん? お二人は随分仲がよろしいようで?」
「こんなの最早プロポーズですよねぇ? トルツ様、すごいんですのよ? アーサー様とお嬢様。人目も気にする事無くそれはもうイチャイチャと――」
「うわあああ! 何言ってるの、ソフィー!」
私は立ち上がり、慌ててソフィーの口を塞いだ。口を塞がれても尚、フガフガと何か言っている彼女はとても楽しそうだ。
「まあまあ、そんなに恥ずかしがる事はない。イチャイチャするのが若者の特権という奴だよ」
「イチャイチャしてない!」
私はソフィーの口から手を放して父ちゃんの肩を叩いた。「痛っ」と声を上げつつ、父ちゃんとソフィーはとても楽しそうに笑う。なんだかそれに笑えてきて、私も顔を赤くさせたまま笑った。
ふと、窓から優しい風が吹いた。釣られて視線を向ければ、そこには幼い私を抱きかかえたセバスの写真があった。今の風はもしかしたら、天国から見守ってくれる彼だったのかもしれない。私は写真にも微笑みかけて、二人との会話に戻った。
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