26話 馬鹿な奴等(※ルーカス視点)
俺がハーパーに真実を告げてから一カ月が経った。季節はもう冬で、今にも雪が降りだしそうな空模様をしている。
ハーパーの復讐相手――プレーグ公爵の情報を渡してから、アイツの元気は見るからになくなった。セオとの授業を見学していても、妙に優しすぎるというか、アイツの持ち味であるたまの毒舌やツッコミがなくなった。声のトーンだって張りがない。
テオにギターを教えているハーパーから視線を外し、俺は横で同じく見学に徹しているグレイスを横目に見た。何故だか分からないけれど、グレイスも同時期から元気がない。というか、こうやってセオの授業を眺めるグレイスを見るのは久々のように感じる。それくらいハーパーとの絡みを見ていなかった。
「(コイツ等、なんかあったのか?)」
そんな事をぼうっと考えていると、セオは自習時間になったらしい。ハーパーがこちらへ向かってくるのが見えて、俺は奴に手を振った。ハーパーは少しだけ微笑んで俺に応えると、俺の一つ隣、グレイスの横へ座った。びくりとグレイスの体が揺れて、俺はどこか気まずい気持ちのまま明るく声を掛けた。
「よっ! 今日も授業、ご苦労さん」
「ハハッ。いっつも仕事をサボってる君には言われたくないな」
「いやだからサボってねーって! ちゃんと仕事してきてるって! アーサーもお前も人を何だと思ってんだ!」
今日は奴特有の毒舌がある、いつもよりは元気なのだろう。その事実に安堵しながら、俺はグレイスを見た。いつものグレイスなら、こんなやり取りを見て笑ってくれるはずだから。笑っていて欲しい、という願望を持ちながら見るが、彼女は思った通り緊張の面持ちのままで。
「おーい、グレイス?」
俺は意を決して、そしてそれを悟られないように声を掛ける。俺の声にパッと顔を上げたグレイスの額には、少し汗が浮かんでいる。どこか焦っているような顔だ。
俺は笑って、なるべく場が明るくなるようにする。
「なんだ、そんな顔して? 腹でも壊したか?」
「え、あ、いや……」
「……マジでどうした、お前?」
様子のおかしいグレイスに、俺はふざけるのを止めた。少し俯き始めた彼女の顔を覗き込めば、真っ青な顔が視界に入る。
「おい、顔真っ青だぞ! 休んだ方がいいんじゃないか?」
「どれどれ……うわ、本当だ。グレイス、君、体調悪いんじゃないか?」
俺の言葉に釣られ、グレイスの顔を見たハーパーが心配そうに言う。しかし、俺達の心配の声に、グレイスは首を振った。
「ちが、違うんです。体調は悪くないんです。違くて……」
「本当か? それじゃあ、なんでだ?」
否定する言葉を放つグレイスに、俺はなるべく優しく聞いた。すると彼女はおもむろにハーパーの方へと顔を向けると、思いもしなかった言葉を告げた。
「私です」
「……は? 何が?」
突然言われた言葉に、ハーパーは戸惑った様子を見せた。しかし、それを気に留める余裕もないままグレイスは続けた。
「私は、コルリさんを殺した男の娘なんです」
「……は?」
「……え?」
ハーパーと俺の間抜けな声が重なった。すぐに「悪い冗談だ」と笑い飛ばせばよかったのかもしれない。けれど、彼女の顔はそんな事を言えるようなふざけたものではなく。
グレイスは、ドレスの裾をぎゅっと握り、腹をくくったかのような勢いで話し始めた。
「私は元々クロノス家の生まれじゃない、ただの平民でした。……私の本当の名前はグレイス・プレーグ。コルリさんを殺したというケイト・プレーグ侯爵の娘です」
――グレイスが言い切るや否や、ハーパーは彼女の胸倉を掴んだ。一瞬の出来事だった。遠くからセオの叫び声が聞こえて、我に返った俺は慌てて二人の間に入った。
「おい、やめろ!」
俺は彼女の胸倉を掴んでいるハーパーの手を振り解き、今にも暴れ出しそうな体を地面へと縫い付けた。戦闘経験のあるはずない奴が俺に勝てる訳もなく、ただ血走った目で俺を睨みつけた。
「なんで止める!?」
「なんでって、相手は女の子だぞ!」
「そんなの知るかよ! コイツの……コイツの父親がコルリを! 殺したんだ!」
悲痛な叫びが辺り一帯に響いた。俺はグレイスを見た。グレイスの瞳はゆらゆらと揺れていて、迷子になった子供の様だった。
その時だった。
「――何を、している?」
「……ぁ」
セオが呼んでくれたのだろう、そこにはアーサーがいた。急いできたのだろう、少し息が切れている。突然現れた自身の婚約者に、グレイスの体が揺れた。
俺は、俺に押し倒されたままのハーパーを見た。体は一切動かさず、もう暴れる気はないらしいが、グレイスを見つめる瞳には憎悪が宿っている。
「放してくれないか」
「……もうグレイスに掴みかからないな?」
「ふん」
肯定とも否定とも取れない返事に呆れながら、俺はハーパーを放した。上半身を地面から起こして、奴はグレイスを見た。目が合ったグレイスは怯えた様に体を震わせる。そんな彼女を見て、ハーパーは笑った。
「何怯えてんの? まるでお前が被害者みたいにさ」
「っ……!」
「おい、ハーパー……!」
俺はハーパーの肩を掴んだ。すると奴は俺の手を払いのけ、その勢いのままグレイスへと言葉を続けた。
「ハハッ。お前に言えなかった事、教えてあげようか?」
「え……?」
「お前と俺が似てるって話だよ。気になってただろ」
ハーパーは笑みを浮かべていた。いつもとは別人の様な、気味の悪い笑みだった。俺は二人の会話の内容が良く分からなくて、それでも何か嫌な予感がして、会話の間に入った。
「おい、ハーパー」
「俺とお前は、お互い偽善者だ。人に好かれる様に振る舞って、でも腹の底では人が憎くてたまらない……やっぱりそっくりだよ。自信がなくて臆病で、他人の目ばっか気にして。良い人を演じてるくせに、それに罪悪感を覚えて!」
「ハーパー!」
俺の制止も聞かず、ハーパーは続ける。瞳孔の開き切った瞳が猛獣の様で、そんな狂気を奴の間に垣間見える事へ驚いた。その隙を突いて、ハーパーは言った。
「疑心暗鬼になって迷って傷付いて、それでも前を向くしかなくて! そんな欺瞞的で偽善的な自分が一番! 一番嫌いなんだろ! 死にたがってるんだろ!」
――その叫びは、泣き声にも聞こえた。こんなに怒りも憎しみも籠っているのに、俺にはハーパーが泣いているように見えた。
「――ご」
グレイスの声に、俺はハッとして振り向いた。真っ青になった彼女の瞳には、涙が浮かんでいた。
「グレ――」
「――ごめんなさい」
小さな声を震わせて謝罪した彼女は、走ってこの場を去った。思わずアーサーと共に彼女の名を呼ぶが、華奢な体は振り返る事無く消えた。俺はアーサーを見た。目が合うと、アーサーは頷いて、グレイスの消えた方向へと走っていった。
……その場に残ったのは、ハーパーと俺だけになった。俺は溜息を吐くと地面に座ったままのハーパーを見下ろして言った。
「お前、知ってただろ?」
「……何を」
「お前がさっきグレイスに言った事。……アレ、グレイスが一番言われたくなかった事だぞ」
「……知るかよ、そんなの」
俺の言葉に、ハーパーはそっぽを向いた。今にも泣きだしそうな、後悔を含んだ声色だった。それにまた溜息を吐いた。俺はグレイス達が去った方向を見る。
グレイスが世間で言われている「完璧な令嬢」ではない事は知っていた。知った上で接していく中で、気付いた。グレイスには、少し前までのアーサーのような仄暗い闇がある事を。ふと見る彼女の顔に笑みが浮かんでおらず、どこか遠くを見ている事を。
「お前、本当に馬鹿だな」
――「ごめんなさい」
ハーパーに向かって言えば、脳裏にグレイスの顔が浮かんだ。泣きそうになった、頼りない彼女の顔が。俺は溜息を吐いた。
「どいつもこいつも馬鹿だ」
思わず呟いていた。思わず空を見上げた。彼女の瞳と同じ綺麗な色をしていて、それにも思わず溜息を吐いた。彼女の顔に笑顔は戻るのだろうか、という一抹の不安を抱えながら呟く。
「――頼んだぞ、幼馴染」
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