25話 いつか(※アーサー視点)
グレイスの様子がおかしい。それに気付いたのは、ハーパー達と飲み明かした数日後だった。
毎日の様に我が屋敷へ来ていたグレイスは、一週間後に俺を訪ねてきた。俺は彼女に何かあったんじゃないかと不安になって聞くも、彼女はただ首を振った。
俺はトールとソフィーにお茶の用意をさせると、退出の指示を出す。若干、ソフィーが心配そうにしていたが、俺が「大丈夫だ」と言えば、一瞬泣きそうに顔を歪ませ、頭を下げて部屋から消えた。それを見送って、俺はグレイスへと振り返った。
「なんだか久しぶりだな」
「……そう、ですね」
静かに頷いて、グレイスはティーカップを手に取った。一口お茶を飲んでティーカップを置けば、俺に目を合わす事無く手を組んだ。いつもと違う態度に、俺は心配な気持ちを隠すことができず、彼女の顔を覗き込んだ。
「グレイス?」
「っ……!」
体を飛び跳ねさせ、グレイスは俺から距離をとるように身を引いた。……避けられているのだろうか? そう思うと胸の辺りが少し痛んだ。
彼女の顔は少し青い。何かに怯えているように少し震えてた手でドレスの裾を掴んで、意を決したかのように上目遣いに俺を見た。
「な、なんでしょう」
「なんでしょうって……グレイス。今日の君は様子がおかしい。体調不良か?」
「い、いえ、その」
グレイスは俺から顔を背けた。そしておもむろに立ち上がった。どうにも落ち着かない様子だ。
俺は彼女を落ち着かせるために、細い腕を掴んだ。
「グレイス、少し落ち着いて――」
「――ひゃっ」
一瞬の出来事だった。腕を掴まれた事に驚いたグレイスが前のめりに転倒しかけた。俺は咄嗟に腕を引っ張る。すると彼女の体は簡単に俺の胸に収まった。小さくて細い、柔らかな女の体。彼女から貰った誕生日プレゼントのネックレスが小さく音を立てた。
彼女は俺の胸に埋めた顔を上げた。さっきとは違い、血色の良い顔つきになっていた。
「す、すみませ――」
「構わない。……顔色も良いし、なんならこのままでいるか?」
「なっ」
笑って冗談を言えば、グレイスの顔は途端に茹蛸の様に赤くなった。誰にも言っていないが、その顔を見るたびに「なんて可愛い生き物だろうか」と思う。だから俺はついついグレイスを揶揄ってしまうのだが、言い過ぎもよろしくない事も知っている。
俺は笑って「冗談だ」と告げると、彼女の体を支えながらソファに座らせた。俺も横に座ると、彼女の腿と俺の腿がくっ付く。肌と肌が触れ合う距離に、彼女は気まずそうに顔を逸らした。
「アーサー様って、誰にでもそうなんですか?」
「そうって?」
「すぐに、だ、抱きしめたり、触ったり。……今までの方にも、そうだったんですか?」
そう言ったグレイスは俺に顔を背けたままドレスの裾を握っていた。俺は彼女が何を聞きたいのかよく分からなくて、でも一歩間違えれば彼女の機嫌を損ねてしまう事を悟った。
「今まで、か。……今まで肌に触れたいとか抱きしめたいと思う女性はいなかった。グレイスだけだ」
「……ほ、本当に?」
「本当だ。信じられないか?」
俺はグレイスの肩を掴んだ。彼女は驚いて俺の方を向いた。その顔はやっぱり赤く染まっていて、俺は少し笑みを浮かべた。
「信じてくれるか?」
「……は、い」
グレイスは少し俯いて頷いた。照れている彼女はやはり可愛い。自分の口角が上がるのを感じながら、俺は彼女を抱きしめた。お互いソファに座りながらだから少し抱きしめづらいが、それでも構わない。俺は彼女の頭に自身の顎を乗せ、その柔らかな髪の感触を楽しむ。最近知った楽しみの一つだ。ルーカスに知られれば「変態だ」と罵られそうだから、奴には絶対に言わない。
暫くそうしていれば、グレイスの手が俺の服の裾を掴んだ。
「アーサー様」
「ん? どうした?」
「……アーサー様は、本当の私が醜くて、すごい嫌な奴だったらどうしますか?」
俺は、自分の胸の中にいるグレイスへ視線を落とした。彼女は依然として俺の胸に顔を埋めていて、どんな表情をしているかは分からない。しかし、その体は少し震えていた。
彼女が何を考えてそんな事を言ったのか、俺には分からない。けれど、俺は彼女の味方だと、そう告げなければいけない気がした。
「――それでも、君の側にいるよ」
「本当に嫌な奴なんですよ?」
「ああ、側にいる。何度だって側にいて、今みたいに抱きしめる。……他に何をしてほしい? 君が望むなら、なんだってしよう」
グレイスを抱きしめながら言えば、彼女は黙り込んだ。黙ったまま俺の胸の中で息をしていた。
「――どうして?」
震えた声が耳に届いた。気付けば、彼女の俺の背中に回した手には力が入っていた。
彼女の吐く熱い息が洋服越しに肌へと伝わる。その感覚も、グレイスのものだと思えば気持ち話来る感じないから不思議だ。
「どうして、だろうな」
俺は独り言のように呟いた。……俺は、どうしてここまでグレイスの事を大切に思っているのだろうか。そんな、ふとした疑問が頭の中を通り過ぎた。
――「お誕生日おめでとうございます。アーサー様が、幸福に包まれる人生を送れますように」
ネックレスを差し出した赤い顔が脳裏に浮かぶ。きっと、あの時には俺はもう――。
「……アーサー様?」
「――グレイス」
俺は心配そうにこちらを見上げているグレイスへと視線を落とした。彼女は俺の神妙な面持ちに少し身構えている。そんな彼女もどこか可愛く見えてしまうから、俺はもう重症なのかもしれない。
「俺は、今までの君を知らない。……だから、これから知っていきたいんだ。だって俺は、君の婚約者なんだから」
「ア、アーサー様……」
俺を見上げる瞳がゆらゆらと揺れ、ぷっくりとした涙が彼女の目に張った。宝石の様に輝くそれを見ながら俺は、熱に浮かれたような気分で続けた。
「誰にも言えない事、言えなかった事、全てを俺に教えて欲しい。泣きながらでも、怒りながらでも良い。上手く言葉にできなくたって良い。だから……俺に教えてくれ。君の思った事、見てきた事を」
「――っ」
グレイスの瞳から一筋の涙がこぼれた。胸がキュッと締め付けられるような感覚と「綺麗だな」という相反する感情が俺の中に渦巻く。
彼女はまた俺の胸に顔を埋め、俺へきつく抱き着いた。
「……今は、まだ。でも、いつか絶対に、絶対に言います。だから、私を――」
「――待ってる。ずっと、どんなに時間がかかっても良い。待ってるよ」
グレイスが言い切る前に、遮るようにして俺は答えた。
次第に、彼女からしゃくり声が上がった。小さな体は震え、洋服が湿っていく感覚が肌に伝わる。俺は彼女を抱きしめ続けた。グレイスには申し訳ないけれど、俺の胸で彼女が泣いてくれている事実が嬉しかった。同時に「守りたい」とも思った。……俺がこんな気持ちを持っていいものなのかと、未だに思っている事がバレたら、ルーカスに殴られそうだ。
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