24話 運命の分かれ道
秋になり、ぐんと涼しくなった。クロノス家の庭園では、二人の令嬢がお茶を嗜んでいた。
「で? アイザック殿下とはどうなってるの?」
ニヤニヤと、悪戯じみた笑みを浮かべ、グレイスは目の前にいる令嬢――エラへと問う。エラはと言うと、グレイスとは対照的に固い表情のまま頬を赤く染め、ティーカップを口に運んだ。
「どうって……べ、別に?」
すっかりお気に入りとなった四季の国特産の緑茶を口にして言い淀んだエラに、グレイスは「ふぅん?」と漏らすと、エラの方へと椅子を近づけて言った。
「デートに誘われたって聞いたけど、私の聞き間違いだったのかなぁ?」
「ングッ、ゴホッ!」
グレイスの発言にエラは飲んでいた紅茶を喉に詰まらせた。咳をし始めたエラの背中を慌てて撫でながら、グレイスは「ごめん、ごめん」と謝りつつも答えを促した。
「図星だった?」
「ゴホッ……はぁ。貴女、どこからそれを?」
「アイザック殿下から手紙が来た」
「なっ……はぁ」
「慣れた方が良いよ、あの人の意地悪。爽やかな顔して腹黒だから、もう知ってると思うけど」
「そうね。……まぁ、それでも素敵なのだけれど」
グレイスの言葉に肯定しつつも、エラはうっとりと頬を染める。そんなエラを見て、グレイスは遠い目をしている。それに気付いたエラは、先程とは違う咳払いをして、必死に話題を変えた。
「そ、そんな事より! ……ねぇ、知ってる? 『最低公爵』の話」
「……え?」
「最低公爵」。それはいつの日か、アーサーが自分の蔑称として言った名称だ。グレイスは顔を顰めた。親友の口から婚約者の悪口を聞いたのだ、そうなっても仕方がない。
そんなグレイスに首を傾げながら、エラは続けた。
「なんでもその公爵、平民の女性に夜の相手をさせるのが好きで、とっかえひっかえで相手を変えていたらしいわ。そして相手をしない女性は自らの剣で切り殺す事もあったとか! 怖いわよねぇ」
「そ、そうなんだ」
「そうそう。その公爵、貴女と同じ、珍しい銀髪の男性だったとか」
「……え?」
エラの言葉にグレイスは目を見開き、血の気の引いた顔をエラに向けた。エラはハッとして、グレイスに頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。そんな奴と同じ髪色と言われても嫌よね。無神経だったわ」
「え、あ、いや。別に何とも思ってないから大丈夫だよ……」
謝る彼女に頭を上げるよう言いながら、それでもグレイスの顔色は真っ青になっていた。その後他愛もない話を続ける彼女達だったが、グレイスの顔色は優れないまま。グレイスの体調が悪くなったという事で、お茶会はお開きになった。
「ごめんなさい、私のせいだわ」
エラは謝り続けていたが、その度にグレイスは笑って彼女の言葉を否定した。
エラが馬車に乗りクロノス家から離れるのを見届けたグレイスは、足早に屋敷へと戻った。いつもより早いペースで、使用人に声を掛けられても曖昧な返事で乗り切り、グレイスは一つの部屋の前へとたどり着いた。……そこは、グレイスの父親であるトルツの書斎だ。
コンコン、と控えめなノックをすれば、中から返事が返ってくる。父親の声を聞いて、グレイスは扉を開けた。
「どうした、グレイス? 何か用かな?」
書類を処理していたらしい、トルツは書き物を中断して席を立って娘を迎え入れた。手にはペンを持ったままだ。対して、グレイスは固い表情のまま彼を見つめている。
「グレイス?」
トルツは不思議そうに、何も言わないグレイスを見つめた。そうしてゆっくりと、グレイスの口が動いた。
「父ちゃん」
「パパと呼びなさい。……どうした?」
いつも通りの呼び方、いつも通りのやりとり。続く言葉もそうなると、トルツは思っていた。……しかし、娘から飛び出した言葉は――。
「私の本当のお父さんって、誰?」
――トルツの手から、ペンが滑り落ちた。二人の間に、静寂が訪れる。
トルツは少しの間目を閉じ、開いた。何か、覚悟を決めたような瞳だった。
「……入りなさい」
静かにグレイスに告げて、彼は扉を閉めた。
*
「っくぅ~! 仕事の後の酒は美味いねぇ!」
「君、いつ仕事してるのさ」
ソファに腰掛けたルーカスが琥珀色に染まったグラスを片手に、ハーパーの肩に手を回していた。ハーパーはそれに笑いながらも、自身も赤く染まったグラスを掲げている。
――場所は変わって、ブラック家の一室。そこではアーサー、ルーカス、ハーパーの三人で酒盛りをしていた。
ルーカスとハーパーは結構仲が良い。二人はお互い、飄々としながらも実は色々と考えている、似たようなタイプだった。二人は度々、ブラック家の屋敷で飲み明かしている。当主の許可を取らずに。
アーサーはいつもの様に飲み始めた二人を見て溜息を吐いた。
「お前等、本当に仲良いな」
「あ? 何、嫉妬?」
「誰が」
軽口を叩くルーカスを鼻で笑いながら、アーサーも酒を呷った。ゴクリ、音を鳴らしながら喉を通り過ぎていく酒に熱さを感じながら、アーサーは二人の横へと座った。それを見計らった様に、ルーカスが「あっ」と声を上げ、ハーパーへと視線を向けた。
「そういえば、お前が探してるって男。何だっけ? 復讐したいとか言ってた奴」
「それが?」
「入ったぜ、情報」
「本当か!?」
ルーカスの言葉にハーパーは立ち上がった。あまりの勢いにルーカスは驚き、そんな彼へ謝って、ハーパーは再度ソファへ腰かけた。先程とは違う真剣な瞳をルーカスへ向けたハーパーは、固い声色で「それで?」と続きを催促した。ルーカスは少し戸惑いつつも頷いて、口を開いた。
「百パーお前の探してる奴かどうかは分からないけど……ソイツの名前はケイト・プレーグ。公爵だ」
「公爵……」
「そ。なんでも、平民の女に夜の遊びを強要して、断ろうとした奴は容赦なく切り捨てるような奴だったらしい。お前の言ってた、コルリだったか? その子が死んだ状況と似てるだろ?」
「……ああ」
確認するように訊ねるルーカスにハーパーは苦々し気に頷いた。そんな彼を見て、ルーカスは言いづらそうにもごもごと口の中で言葉を咀嚼しながら、「それでさ」と続けた。ハーパーは首を傾げた。
「なんだい、そんなに言いづらそうに。僕等の仲だろう、遠慮せずに言ってくれ」
「いや、それが……そのプレーグって奴、もう死んでるらしい」
「えっ」
ハーパーは呆然とした。復習したい相手が死んだと知らされたのだ、無理もない。それを知っているからこそ、ルーカスは少し慌てた。何も悪くないというのに、慌てて彼へと頭を下げた。
「すまん! まさか死んでるとは俺も思わなかった。奴は最近まで生きていたらしくてさ……。もっと早く、俺が情報を手に入れていれば……」
「ちょっと、なんで君が謝るのさ」
「いや、なんか申し訳なくなっちゃって……酒飲んで気が弱くなってんだよ……」
そう告げたルーカスは本当に酔っているらしい、頬が少し赤らんでいる。ハーパーは溜息を吐いて、力なく微笑んだ。
「酔った君はかわいらしいね、本当。……君は何も悪くない。悪いのは――」
「悪いのは自分だ」。そう続ける事無く、ハーパーは口を噤んだ。片手に持ったワインを、安酒かの様にぐいっと呷った。それを見て、黙っていたアーサーが口を挟んだ。
「そんな飲み方したらすぐ酔うぞ」
「すぐ酔いたいんだよ。嫌な事は、さっさと忘れたいだろう?」
ハーパーは笑って言った。アーサーは呆れた様に笑うと、ハーパーの中身のなくなったグラスへと新しいワインを注いだ。
「今日だけだぞ」
「さすが公爵、太っ腹だね」
「うるさいぞ」
……こうして、三人の男達の夜は更けていた。皆、普段の鬱憤を晴らすかのように、普段の楽しさを倍増させるように騒いだ。
――その時は誰も知らなかった。まさか、一週間後にあんな事が起きるなんて事に。まさかの事実に、とある二人が深く傷つく事に。
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