23話 二度目の断罪(※アーサー視点)
オビデンス男爵令嬢がグレイスに危害を与えようとして一週間が経った。あの日、使用人たちに捕らえられた彼女は、国の兵士に引き渡す事となった。どうやら家に帰される事もなく牢屋行きとなったらしい、目の前にいるアイザックが楽しそうに笑った。
「いやぁ、大変でしたね。グレイスに対して危害を加えるとは思っていたけれど、まさかここまでやらかすとは。想像以上の人だったよ、オビデンス男爵令嬢は」
まるで新しいおもちゃを与えられた子供の様に笑う彼に、俺は怪訝な顔を隠す事無く彼を見た。
「危害を加える事を知っていながら、なぜ俺の家に送り込んだ?」
純粋な疑問だった。俺とグレイスは婚約者、それも最近はかなり距離を縮めている。それに幼馴染と言っている間柄だし、彼女が俺の家へ来ることは想定内だったろう。
俺の疑問に、彼は笑って痛くなったのだろうお腹を押さえながら答えた。
「知ってたからこそ君の家に送り込んだんじゃないか」
「何?」
眉間に皺が寄るのを感じながら、俺はアイザックを睨みつける。俺の怒りが伝わったらしい、彼は笑いを押さえて息を整える様に溜息を吐くと、落ち着いた声色で続けた。
「俺はね、オビデンス男爵令嬢を排除したかったんだ」
「排除……?」
「そう。あの子の父親、オビデンス男爵はね、違法薬物の流出に関わっていると思われる重要人物でね。さっさと男爵の名前を剥奪して、その上で極刑にするつもりだったんだ。……そしたら、娘も頭のおかしい女性だって話だろう? そんなの野放しにしていても国のためにならない。さっさと処分してしまおうと思ってね」
そう言ってアイザックは笑った。いつものように、人好きのする爽やかな笑みだ。俺は少し寒気を感じながら、また頭に浮かんだ疑問を彼にぶつけた。
「それとグレイスが危ない目に遭うのと何の関係がある?」
「……一番最初。クロノス家主催のサロンでの事件。本当はね、あの時点で彼女を処分するつもりだったんだ。でも、思いがけない事が起こった。――グレイスが、彼女の極刑を望まなかったんだ」
アイザックは俺に背を向けると窓に手をかけ、外の景色を見た。俺も釣られて見れば、綺麗な青空が四角く切り取られている。
「正直、何やってんだって思ったよ。上手くいけば、あそこでオビデンス男爵令嬢を処分できたからね。……でも、僕の思惑と周りの貴族達は違った。グレイスを聖女のように崇め、そんな彼女が言うからと自宅謹慎という軽い罪を認めた。だから仕向けた。彼女をブラック家へ送り込み、誰かに危害を加える事を。今回、グレイスが危ない目に遭った事で、貴族達はオビデンス男爵令嬢を許す事はなくなっただろうね。いやぁ、我ながら上手くいったよ。貴方には悪いけれどね」
くるり、こちらを振り返った彼の顔は達成感に満ちているような笑顔だった。俺はなんだか怒るのも馬鹿らしくなって、呆れた。
「全く。なんて他人事な作戦だ」
「あははっ、ごめんって。……でも、もう彼女に危害を加える者はいなくなった。清々するだろ?」
「清々……というか、なんで俺の家にオビデンス男爵令嬢を送り込んだ? グレイスに危害を加えられる事が目的なら、クロノス家の方が良いだろう?」
そう言えば、アイザックは少しの間きょとんとして、おかしそうに笑った。
「グレイスが危ないからに決まってるじゃないですか」
「……それは俺の家でも同じだと思うが」
「いや、それは違う。ブラック家へ送り込めば、貴方がいる。いつしか『若獅子』と呼ばれた貴方が側にいれば、あの子の身の安全は保障されたも同然だからね」
笑って「そうだろ?」とさも当然の如く聞く相手に溜息が出た。しかし、それほど俺の事を信頼してくれているという事でもあるのだろう。そう前向きに考える事にして、俺は口を開いた。
「それで。結局、オビデンス男爵はどうなる? お前の望み通り、極刑か?」
ふと思いついた疑問だった。思った事を素直に口にした俺へ、アイザックは笑って言った。
「どうなるか、直接見てみようか?」
「……は?」
少し裏を感じさせる笑みに、俺は少し呆然としながらも、「着いてきてください」と歩き出した彼に従う他なく。俺は彼と共に部屋を後にし、城の長い廊下を歩いた。そして大きな扉の前に止まると、俺は目を見開いた。
「ここは……」
「開けてくれるかい?」
「はっ」
驚いたままの俺を他所に、アイザックは扉を守るように立つ兵士へと声を掛ける。命令された兵士は彼の指示通りに扉を開ける。――その向こうには多くの貴族と、奥には陛下が玉座に腰掛けていた。
「おい、アイザック」
「今は黙って僕に着いて来てくれ」
戸惑う俺に彼は笑って言った。有無を言わさないような笑みだ。こういう時の彼は信頼できるというか、こちらが悪いようになる事はしない。それを知っている俺は黙って彼の言う通りにする事とした。
彼の後ろを着いて会場へと入っていく。貴族達からの騒めきの中に自分の話題が入っているのが聞こえるが、あまり気にしない方が良いのだろう。俺は前だけを見て歩いた。
アイザックは玉座の隣にある椅子へと腰かけると、俺を手招いた。招かれるままに彼の前へ行けば、「隣にいてくれ」と微笑まれる。……並の女性なら、これでイチコロなのだろう。生憎俺にはグレイスがいるから効かないが、男にも通用しそうなほどの綺麗な笑みに、思わず顔を顰めた。
その時だった。再度会場の扉が開いた。するとぎゃいぎゃいと騒がしい女の声が会場に響き渡る。それが段々とこちらへと近付けば、それに伴って騒がしさも近付いてきた。
「――なんで私がこんな目に遭わなくちゃいけないの!?」
……うるささの正体はもちろんオビデンス男爵令嬢だ。今日は父親のオビデンス男爵共々縄で縛られ、兵士に連れられている。玉座の前だというのにこんなに騒がしいとは……恐れ知らずというよりは考えなしと言った方が正しいのだろう。それほどまでに知性を感じさせない令嬢なのだ。
玉座の前という事に気付いたオビデンス男爵令嬢は、陛下目掛けて飛び出そうとして、兵士たちに再度捕らえられた。あまりの暴挙に、貴族達からもどよめきが起こる。
「陛下に向かって何をするつもりだ!」
「っるさいな! 私を解放してもらえるようにお願いしようとしただけでしょ!?」
そう言って彼女はまた暴れた。暴れる中で俺と目が合うと、彼女の動きが一瞬止まった。そして顔を真っ赤にさせると、怒り狂った様に叫んだ。
「なんで『最低公爵』が王子様の隣にいるの!? 信じられない!」
「最低公爵」。その言葉を聞いた貴族達から悲鳴が上がった。……それもそうだろう。きっと皆、俺の出自を知っている。俺がやってきた事も、俺が放り投げてきた事も。俺は目を瞑り、どんな罵声が聞こえるかと身構えた。グレイスには大口叩いておきながら、なんて情けないのだろう。俺の口元には自嘲する笑みが浮かんだ。
……しかし、聞こえてきたのは予想外の言葉だった。
「――公爵に向かってなんて酷い言いざまなのかしら!?」
「……は?」
俺は目を開けた。見えるのは、俺じゃなくオビデンス男爵令嬢達を見て騒めく貴族達の姿があった。
「一部の貴族の間で『最低公爵』という呼び名があったとは聞いていたが……まさか本人の前で直接言う者がいたとは……」
「本当、信じられないわよね? どういう教育を受けたらこんな酷い事を言える神経が育つのかしら」
「頭の狂った娘とは聞いていたが、ここまでとはな」
皆、俺ではなくオビデンス男爵令嬢の事を口にしていた。俺は呆然として、アイザックを見た。目が合うと、彼は笑った。
「どういう事だ」
「どういうって……こういう事だけど?」
悪戯が成功した子供のように笑ったアイザックを見て俺は悟った。コイツは誰にも話していないのだ。俺が旧シシリア帝国の皇子だったという事や、最低な事をしてきた人物だという事も。
俺は少しだけ安心してしまって、場の行く末を見守る事にした。すると、俺と再び目が合ったオビデンス男爵令嬢は叫んだ。
「――アイツは旧シシリア帝国の皇子! アーサー・シシリアなんだよ! あの、人を殺しまくった帝王の息子! だったら『最低公爵』ってのは間違ってないじゃん!」
……彼女の叫び声を最後に、会場はシンと静まり返った。ああ、知られてしまった。そんな言葉が胸の内に広がった。
思わず少し俯いてしまった俺を見て調子づいたのだろう、オビデンス男爵令嬢は続ける。
「アハハッ。本当、最低だよね~! 少しでも機嫌損ねたらすぐ殺したんでしょ? アンタの父親! ウフッ、アハハハハッ!」
狂ったような笑い声が胸の中を抉る。久しぶりの痛みに、俺は前を向けずにいた。
……しかし、彼女の笑い声は、一人の貴族をきっかけに止まる事となった。
「――旧シシリア帝国の皇子だって?」
突然上がった声に、オビデンス男爵令嬢の笑い声が止まった。そしてその声を皮切りに、次々と貴族から声が上がり始めた。
「それって、あの『民衆の救世主』と呼ばれたっていう、あの皇子?」
「ブラック公爵が、本当に?」
「だとしたらとても素晴らしい方じゃない! 猶更『最低公爵』なんて呼ぶべきじゃないわ!」
貴族達からオビデンス男爵令嬢へとブーイングが起こる。彼女は訳が分からないと言った様子で目を白黒とさせた。
「は? なんで? 旧シシリア帝国って最低な奴らの集まりなんじゃないの?」
「それは誰から聞いたのかな、お嬢さん?」
戸惑いを隠せないオビデンス男爵令嬢に、アイザックが優しく問う。彼女は揺れる瞳を彼に向け、答えた。
「パパから……パパから全部聞いたの」
「へぇ、オビデンス男爵から。ブラック公爵が旧シシリア帝国の皇子だった事も?」
「そう。旧シシリア帝国が最低だったことも、コイツが『最低公爵』だって事も」
「おい、シャーロット!」
すべて正直に話す娘に、オビデンス男爵が止めようとするも、兵士に捕らえられているため叶わず。取り乱す彼をアイザックは見下ろした。
「オビデンス男爵。格上であるブラック公爵の不利益になるような噂を流したという事だね?」
「ち、違います! わ、私は決して、そのような事は――」
「アハハッ、今更何を! 貴方の娘自身がそれを証明しているじゃないか」
アイザックは笑った。それはもう滑稽と言った様子で笑っていた。対して、オビデンス男爵の顔色はどんどんと悪くなっていく。
アイザックは笑顔を潜め、冷めた目で言った。
「オビデンス男爵。貴方は違法薬物の取引をしているね? ああ、そんなに否定しなくても、もう証拠は挙がっているから無駄な努力だよ。そして貴方の娘のシャーロット。その子は一度ならず二度までもクロノス伯爵令嬢の命を奪おうとした。前回は伯爵令嬢の恩情により減刑したが、今回はそういう訳にもいかない。――二人共、極刑だ」
「なっ……!」
アイザックの言い分に、オビデンス男爵は叫んだ。違う、私は悪くない、何も知らない。言う意味のない言葉を叫んでいる自身の父親に、オビデンス男爵令嬢はぽかんとした様子だ。
「パパ、何を騒いでるの?」
「お前は……! お前のせいでこうなっているんだろう!?」
「こうなってるって、どうなってるの? また自宅謹慎?」
「極刑だ。――俺達は親子揃って国に殺されるんだよ!」
そう叫んだ父親に、オビデンス男爵令嬢はまたぽかんとした後、顔を真っ赤にして眉を吊り上げた。
「何それ!? なんで私が死ななきゃならないの!?」
「お前のせいだろが! お前の頭が悪いからこうなったんだよ!」
「はぁ!? なにそれ!? お前だけ死んでろよ、クソ親父!」
「な、なにぃ!? 親に向かってなんて口を――」
「もう良い。連れて行け」
口汚く罵り合う親子に、陛下が辟易としながら告げた。その言葉を聞いた兵士たちは親子をきつく取り囲むと、会場から出て行った。
アイザックは「さて」と軽く言うと、席を立った。
「決着もついたし、僕達も行きましょうか」
「ああ……」
微笑むアイザックの着いて行き、俺達は別室へと移動した。椅子に腰かけて彼を見ると、俺は湧きあがった釈然としない気持ちを言葉にした。
「アレは何だったんだ」
「アレって?」
笑みを崩さないまま首を傾げた彼に、俺は続けた。
「貴族達の俺への反応だ。旧シシリア帝国の元皇子だと知っても尚、全員があの反応というのはおかしい。誰かしら揚げ足をとって批判してきてもおかしくない筈だ」
「ああ、それ? 情報操作したから当然の事だよ」
「……は?」
俺はあまたが真っ白になって、目の前の男を見た。アイザックは微笑みを浮かべたまま、「なんだい?」とでも言いたげに首を傾けていた。
「貴方をこの国の公爵に迎え入れようと決めた日からね、『旧シシリア帝国の元皇子は父親である帝王に逆らってでも民衆の味方になったものすごーい良い人』だって情報を貴族の間に流してたんだよね。逆に、貴方が元皇子という事は伏せていた。『良い情報』が皆の中に刷り込まれてから正体をバラそうかと思っていたけど……いやー良いタイミングでバラしてくれたよね!」
そう言って楽しそうに笑うアイザックに、俺は体から力が抜けていくのを感じた。ハァと溜息を吐いた俺を、彼は笑った。
「疲れた」
「アハハッ、お疲れ様です」
「お前のせいだ、馬鹿」
「アイテッ」
思わずアイザックの頭をはたけば、彼は笑いながらも頭を摩った。俺もなんだか気持ちが軽くなって、少し笑いながら四角く切り取られた空を見た。今、グレイスは何をしているだろうか。ソフィーと共に笑って過ごせているだろうか。
アイザックと別れ、俺は屋敷へと向かうために馬車へ乗り込んだ。相変わらず、この国の城下町は賑わっていて、幾分か軽くなった心のまま俺は外の景色を眺めていた。
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