20話 楽しい演奏会
「――グレイス! ブラック公爵様!」
花畑でのデートを終えてブラック家へと帰宅した二人のもとに、声を上げながらセオがやってくる。そんなセオを抱きとめたグレイスは、彼の頭を撫でた。
「どうしたの、そんなに慌てて」
セオはグレイスを見上げて、嬉しそうに告げた。
「演奏会やろう!」
「え? 演奏会?」
*
デートの日から三日が経った。あの日、帰宅したグレイス達にセオが告げたのは、セオとハーパーの演奏会への招待だった。なんでも、デートに行く前、ハーパーがセオに耳打ちしたのは「みんなに披露するための演奏会の準備をしよう」とのお誘いだったらしい。ハーパーの如何わしい言い方に不安だったグレイスとアーサーは、その真意を教えられて安堵の溜息を吐いた。
「仲の良い人を連れてきて!」というセオの言葉により、演奏会にはアーサーとグレイス、ソフィーとルーカス、エラと……アイザックが参加する事になった。
庭園にて皆が終結する中、エラは固まっていた。当たり前だ、目の前――ブラック家の庭園に、愛しの殿下がいるのだから。
エラは慌ててグレイスを茂みの方へ引っ張り出し、小声で耳打ちした。
「ちょ、ちょっと! どういう事よ!?」
「な、何が?」
「何がって……アイザック殿下よ! なんであの方がここにいらっしゃるの!?」
「なんでと言われても。アーサー様の友人だし、一応私の幼馴染みたいなものだし……」
「お、おおお幼馴染ぃ!?」
グレイスの一言に、エラは目を白黒させた。今にも気絶してしまいそうになっているエラに、グレイスは慌てて情報を付け足した。
「いや、私は幼馴染って思ってないんだよ? でも、なんでか目を付けられていてさ。その、異性的な目の付けられ方ではないんだよ? それは本当。信じて」
「……本当に?」
「本当、本当。どっちかというと、面白いおもちゃみたいな感じで見られてる。というか、早く戻ろう。みんな変な目でこっち見てるよ」
そう言って、今度はさっきとは対照的にグレイスがエラの腕を引っ張り、皆の輪の中へと戻る。皆、興味津々と言った目でグレイス達の事を見ていた。
そんな中、一番最初にグレイスへと話しかけたのはアイザックだった。
「久しぶりだね、グレイス。元気にして……ああ。君、あの男爵令嬢に殴られて倒れたんだっけ。元気になってよかったね、あははっ」
「どうも、お陰様で」
「ちょ、グレイス! 失礼よ、そんな態度!」
なんとも失礼な物言いのアイザックに、グレイスはそっぽを向きながら答える。それをエラが咎めると、「おや」とアイザックの瞳が光った。
「君は確か……ああ、エラ・フェロール伯爵令嬢だったかな?」
「っ……! は、はい! ご記憶にございますこと、大変嬉しく存じます」
エラは顔を赤くさせ、カーテシーを披露した。ドレスを掴む手は震えていて、アイザックはそれを目ざとくも見つけて笑った。
「そんなに緊張しないでくれ。ほら、頭を上げて」
「は、はい……」
「ふふっ、そんなに可愛らしい反応をされたのは久しぶりだよ。グレイスもこれくらいしたらいいのに」
「かっ、かわっ!?」
「ホホホ、ご配慮痛み入りますわ~」
アイザックに対する二人の令嬢の眼差しは真逆だ。そんな三人を見て、ルーカスが面白そうに声を上げた。
「おーおー、面白い事になってんな」
「おや、エルロイド公爵。どうして貴方が……ああ、そういえばアーサーの友人でしたね、貴女は」
「そ。友人のアーサーと小さな演奏家に誘われて今日は来たんだ」
「小さな演奏家ですか。いやぁ、今日はどんな演奏が聴けるか楽しみですね」
「結構すげーぞ? 今日演奏する子がな、まだ七歳で始めたばかりなのに随分と腕が良くて――」
「へぇ、それは――」
……飄々としている腹黒同士、気が合うのだろうか。気付けばルーカス達は二人で熱心に話し込んでいた。そんなルーカスを、ソフィーが遠巻きに見ている。エプロンドレスの裾を握りしめる手には、次第に力が入る。そんな彼女を察して、ルーカスは話を切り上げると彼女の前までやってきた。
「――おーい、ソフィー?」
「っ、わ……!」
ソフィーのすぐ目の前でひらひらと手を振るルーカスに気付き、ソフィーは驚きの声を上げる。そしてはっとすると、いつものように仏頂面を彼へと見せた。
「なんですか」
「いや? なんかお前が暇そうだったからよ。ちょっと来てみただけ」
「そ、そうですか」
ニカッと笑って言うルーカスに、ソフィーはそっぽを向いた。しかし、その顔には朱色が差し、頬はゆるゆると綻んでいた。気付いているのかそうではないのか、ルーカスはにこやかなままソフィーと共に席に着いた。
皆がそれぞれ騒がしくしていれば、庭園に造られた簡易的な舞台へセオとハーパーが現れた。舞台に置かれた椅子へと座り、それぞれが自身のギターを抱える。そうしてセオは緊張したように、ハーパーはいつも通りの柔らかな笑顔を浮かべると、グレイス達へ向けて口を開いた。
「皆さん、今日は僕達の演奏会に来てくれてありがとう。今日は僕というより、セオがメインのお披露目会だ。みんな、温かい目で見てくれると嬉しいな」
「う、嬉しいです!」
相当緊張しているのだろう、セオはハーパーの最後の言葉を繰り返すと、小さくお辞儀をした。皆、そんなセオへと拍手をした。そして拍手が落ち着くと、演奏会は始まった。
演奏はハーパーが伴奏、セオがメロディーを弾くスタイルだ。最初はぎこちない音を出していたセオも、演奏していると楽しくなってきたのか、段々とその顔に笑みを浮かべ始めた。
そうして数曲の演奏を終え拍手が鳴りやむと、「さて」とハーパーが口を開いた。
「今まで聞いてもらったのは、全て僕が作った曲だ。……でも、次やる曲は違う。セオが作った曲だ」
「えっ」
グレイスは驚きの声を上げ、セオを見た。グレイスと視線が合ったセオは恥ずかしそうに、でもどこか誇らしげに笑った。
「グレイス達が『デート』に行った日から作ってたんだ。びっくりした?」
「うん、すごいびっくりしたよ。すごいねセオ」
「えへへっ、そうかな? やった」
グレイスの返答にセオは小さくガッツポーズをとった。ハーパーは笑って、セオへと呼びかける。
「それじゃあ、次、いこうか」
「はい……!」
ハーパーと頷き合い、セオは自身の指へと視線を向けた。……そして奏で始めた曲は、温かくて、どこか物悲し気な曲だった。
聞きながら、グレイスは考える。セオはもしかしたら両親の事を考えてこの寂し気な曲を作ったのだろうか、と。そんな事を考えるグレイスの脳裏に、一つの記憶が蘇った。幼少の頃の、ボロボロの姿の自分の姿だ。思わず胸を押さえる彼女を、隣に座っていたアーサーは見逃さなかった。
「どうした?」
「……え? あ、いえ。何でもありません」
小声で聞くアーサーに一瞬驚いて、微笑みを浮かべてグレイスは答える。しかしその笑みはどこかぎこちなかった。アーサーはその事に気付きながらも「そうか」とだけ返し、それ以上話しかける事はなかった。
セオが作った曲は物の数分で終わった。若干七歳の子供が作ったとは思えない完成度の曲に、皆立ち上がって拍手を送る。スタンディングオベーションを貰ったセオは恥ずかしそうに、しかし喜びを隠しきれない顔で頭を下げた。
演奏会が終われば、演奏家たちを含めた皆でのお茶会が始まった。アイザックが王太子だと初めて知ったセオはがちがちに緊張していたが、アイザックの巧みな話術と特技の手品によってすぐに心を開き「アイザックお兄ちゃん」と呼ぶまでになっていた。腹黒いアイザックもそれには顔を破顔させ、その後はずっとセオの相手をしていた。
それを微笑まし気に、しかし複雑そうに見つめるのはもちろんエラだ。
「エ~ラッ」
「きゃあっ!?」
グレイスはすかさずエラの両肩を掴んだ。掴まれた方のエラは小さく悲鳴を上げ振り返り、その手の主がグレイスと知った途端に「なんだ」と体の力を抜いた。
「もう、驚かさないで頂戴」
「あははっ。ごめん、ごめん」
笑って、グレイスはアイザックを見た。余程可愛いのだろう、彼はセオの両脇に手を入れて高い高いをしている。
「アイザック殿下と話せなくて寂しい?」
「……別に、そんな事ないわよ。子供じゃないんだから」
そう言いながらもエラの声は拗ねた子供の様になっていて、視線はアイザックの元へと向かっている。グレイスはまた込み上げる笑いを押さえて、エラの手を握った。
「よし。このグレイス様が、エラとアイザック殿下を二人きりにさせてあげましょう!」
「……はっ? ま、待ってグレイス! 別に私、殿下と二人きりになりたいわけでは――」
「アイザック殿下~!? ちょっとお話が~!」
「やめてえええ!」
エラは必死にグレイスを追いかける。しかし、温室育ちのエラが仮初の淑女であるグレイスに足で勝てる訳もなく――。
「ん? なんだい、グレイス。それとフェロール伯爵令嬢、は……え、何? どうしたの? 大丈夫?」
走ってやって来たグレイス達に、アイザックは驚いていた。……グレイスにというより、息も絶え絶えなエラに対してだが。
膝に手を付き息を切らしているエラを、膝をついて顔を覗き込むアイザックに、エラはギョッとして後ずさった。
「もっ、申し訳ございません! 殿下の前で、なんてはしたない……!」
「全然はしたなくなんてないよ。どうせグレイスに付き合ってこうなったんでしょ? 君が気にする事はないよ」
「は、はい……」
優しく話すアイザックにエラの瞳にはハートが映っている。そうして少しの間アイザックに見惚れていたエラは、ハッとした。――周囲の人間が誰一人としていなくなっているのだ。
驚いて周囲を見渡すエラに、アイザックものんびりとした様子で辺りを見渡した。
「あれ、みんないなくなっちゃったね」
「ほ、本当ですね。……グレイスったら。余計な事をするんだから」
「え?」
「いえ、なんでもございませんわ!」
エラは慌てて手を振った。そんなエラにきょとんとした様子を見せたアイザックは、すぐに楽しそうな笑顔を見せた。それはまるで、新しいおもちゃを見つけた子供の様な笑顔だ。
「ね。……みんないなくなっちゃったし、二人でこの庭園を回ろうか」
「っひぇ!?」
アイザックはエラの耳元で囁いた。甘く優しい声に、エラはぶるりと体を震わせ、慌てて距離をとる。……しかしそれは、アイザックがエラの手を掴んだことによって失敗に終わった。
「デート。僕とじゃ嫌かな?」
「っ、あ、あ……」
魚の様に口を開け閉めして、エラはアイザックを見つめる。アイザックは間違いなく、他の誰でもない自分を見つめて言っている。その事をしっかりと認識できた時、やっとエラの口は動いた。
「……よろしく、お願いします……」
その返答を聞いて、アイザックはとても嬉しそうな笑顔を浮かべ、エラの手を引いてエスコートを始める。エラは夢心地のまま、二人きりの時間を過ごした。
その後、客室に集まって夕食を待っている一行の元に、真っ赤な顔で気を失ったエラを抱きかかえたアイザックが現れた。「やりすぎた」と感じたグレイスは、後に目覚めたエラから頭を叩かれるのであった。
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