19話 命の価値②(※アーサー視点)
戦争の影響を受けたらしい、その街は壊れていた。人々は皆どこかしら怪我をしていた。
「……あら? アーサー様じゃありませんか?」
一人の女性がそう俺に声を掛けてきた。俺は少し驚いて頷くと、彼女は俺の両腕を掴んだ。
「ちょっ、何を……!」
「お願いします、子供が怪我をしているんです! どうか私の息子を助けてください!」
俺の腕を揺さぶって言う彼女の顔は薄汚れていて、それでも必死の表情を浮かべていた。俺は彼女の手に引かれるまま歩いた。……着いた先は、悲惨な現状だった。
「こ、れは」
目を逸らしたくなるような現実だった。……老若男女関わらず怪我を負った人々が寝かされていた。ある者は頭から血を流し、ある者は腕を無くし、ある者は両足を無くしていた。そんな中、女性に手を引かれた先にいたのは、小さな子供だった。
「この子、私の息子なんです! どうか、どうか手当をしてくださいませんか!」
「……え? で、でも……包帯は? 消毒液は?」
「そんなもの……! ないから貴方に縋っているんでしょう!?」
怒りの矛先を向けられ、俺は体を震わせた。そして彼女の息子の前に膝をつき、彼を見つめた。年はアーチーと同じくらい。普遍的な茶髪の子だ。右目の目じりに泣き黒子がある、同じく茶色の瞳がこちらをじっと見上げている。
「おにいちゃんが助けてくれるの?」
弱々しい声で子供は言った。その姿と、細く痩せ細ったアーチーの姿が重なった。
―― 「どうか、兄様だけは生きてください。生きて……幸せになってください」
――「僕の分まで、幸せになってっ……! おじいちゃんになるまで生きてっ……!」
気付いたら俺は、子供の手を握っていた。
「――助けるよ。俺が絶対に、君を助ける」
そこからの俺の行動は早かった。城に戻ると、戸惑っている使用人たちを呼びかけ、ありったけの資材を街へと運んだ。資材の中には包帯や消毒液などの医療品だけではなく、食料も積んだ。俺が皇子と知っている大人達は戸惑いつつも、俺の拙い治療を受け、炊き出しを受け取ってくれた。
俺に助けを求めた子供――ダリオは元々軽傷だったこともあり、すぐに元気になった。俺はダリオの命を救えたことが嬉しくて、救命活動を続けた。……もちろん助からなかった命もあったが、誰も俺を責めなかった。むしろ感謝の気持ちだと言って、笑顔でお礼を言ってくれた。
そうして、戦争が始まって一年が経ち、決着がついた。……旧シシリア帝国の負けだった。
戦争が終わっても、俺は平民への救助活動を続けていた。使用人たちは俺の活動を父へは報告しなかったらしい、父から咎められたり活動の邪魔をされる事はなかった。使用人たちはただ黙って俺の手伝いをしてくれた。
そんな時だった。この街へルーカスがやって来たのは。
「お前、ここにいたのかよ……」
「ルーカス」
活動中に声を掛けられて振り返れば、ルーカスがいた。呆れたようなほっとしたような、複雑な顔をこちらへ向けていた。それもそうだろう。俺が敵兵に斬りかけられたのを助けてもらった時以来、アイツとは会っていなかったのだから。
ルーカスは俺のところへ来たルーカスを、周りは怪訝な目で見てくる。そんな中声を上げたのは、ダリオだった。
「おにいちゃん、だぁれ?」
「……俺はコイツの友達だよ」
こちらへやってきてルーカスを見上げるダリオに、ルーカスは笑って言った。するとダリオは「そっか!」と納得し、嬉しそうに笑った。そして、俺の友達と聞いて気を許したのだろう、ダリオはルーカスの手を取ると、ニコニコと嬉しそうに笑った。
「おにいちゃんも一緒にご飯食べよ! ほら、アーサーおにいちゃんも!」
「え、飯? いや、俺は別に良い――」
「……せっかくだし、食べて行かないか?」
遠慮するルーカスに、俺は言った。ここで腹割って話さなければいけないと本能が告げていたのだ。
炊き出しを受け取った俺達は三人、木の幹に座って話した。殺しを楽しんでいた事、アーチーが死んでから殺すのが怖くなって逃げだした事、逃げ出した先のこの街で救助活動を始めた事……。全てを話した。話している最中、二人は真剣な眼差しで話を聞いてくれた。ダリオは今にも泣きそうな顔をしていた。
話し終えると、ルーカスは俺を真っ直ぐに見た。
「お前、馬鹿か?」
俺は驚いてルーカスを見たよ。「人が辛かった事を話したのになんだその反応は」と思ったよ。だから、それを口にした。
「なんだよそれ。今の話聞いた感想がそれか?」
「ちげーよ、馬鹿。辛かったら辛い時に、さっさと俺に吐き出せって言ってんだよ、馬鹿」
そう言ってルーカスは、俺の肩を掴んだ。肩を組んだ体勢になった俺達の距離は、今までで一番近い。俺は少し驚きつつも、抵抗はしなかった。久しぶりに触れた人の温もりが心地よかったからだ。
「言いたい事はちゃんと言えよ。全部聞いてやるから」
「……殺すのが怖くなったなんて事、言えるわけないだろ」
「あのなぁ、俺達何年一緒にやってきてると思ってんだ?」
俺の言葉にルーカスは笑った。そしてぐっと肩を組む腕に力を入れて、続けて言った。
「――俺達、幼馴染だぜ? お互い、世界に一人しかいない幼馴染だ。何でも言え。何でも受け止めるし、間違っていれば止める。俺に泣きつけ、俺に愚痴れ! 何だって良い、俺に頼ってくれよ、幼馴染?」
ふざけたように、ルーカスは笑って言う。それになんだか笑えて、俺は腹を抱えて笑った。こんなに笑えたのは本当に久しぶりの事だった。
……笑い声はいつの間にか涙へと変わっていた。俺は二人の前で声を上げて泣いた。二人共、俺の背中を撫でたり水を持ってきてくれたりした。ちょっとした気遣いが心に沁みた。
しばらくして泣き止めば、場の空気を明るくさせようとしたルーカスが明るく告げた。
「湿っぽいのはこれでお仕舞い! ……あ、そうだ! ダリオの話聞こうぜ」
「僕?」
突然ルーカスに指名されたダリオはきょとんとした顔で俺達を見上げた。しかし、さすがは子供だ。すぐににっこりと笑うと、嬉しそうに自分の話を始めた。
「えっとね、えっとね! 僕には優しいお母さんとかっこいいお父さんがいるの! それに、リオ君とガン君とミオちゃんと一緒にたくさん遊んでてね――」
「ちょーっと待った! 登場人物多すぎ!」
マシンガンの様に話し始めたダリオにすかさずルーカスが突っ込んだ。そして「そうかな?」と首を傾げるダリオに、ルーカスは「そうだよ」と返すと、続けてこう言った。
「というか、お前の母ちゃんはさっき会ったけどよ、父ちゃんはどこ行ったんだ?」
「お父さんなら、旅に出たんだ!」
「旅? なんで」
「分かんないけど、『しょくざいの旅』って言ってたよ。ご飯探しに行ったのかなぁ?」
ダリオの言葉に、俺たち二人は顔を見合わせた。「しょくざいの旅」というのは「贖罪の旅」なのだろう。その事に気付いて、俺達は言葉が出なかった。
「……そっ、かぁー。ダリオの父ちゃん、旅に出てんのか。かっこいいな!」
固まっていたルーカスが何とか振り絞ったのはそんな言葉だった。浮かべている笑顔も、どこか固いままだった。でもダリオは、父親が褒められたのは嬉しかったらしい。満面の笑みを浮かべて言った。
「――うん! 僕のお父さんは、世界一かっこいいんだ!」
それから俺達は他愛もない話を続け、日が傾き始めたので解散した。俺は街に設営された仮の部屋に入り、ベッドに横になった。
「……『贖罪の旅』、か」
ダリオの父親がなぜそんな旅に出たのかは分からない。分からないけれど、気持ちは分かる気がした。
「俺も同じだ」
呟いて、目を閉じた。……この瞬間に俺の気持ちは固まった。「日が昇ったら旅に出よう」。そんな思いを抱えて、俺は眠りに就いた。
次の日、俺は誰にも別れを告げる事無く旅に出た。何かと苦労の多い旅だったが、剣さえあれば仕事にはありつけたし、金に困る事はなかった。
旅を続けていれば、旧シシリア帝国の結末も耳に入った。どうやら戦争の終結というのは、シシリア帝国内での反乱が原因で敗戦したらしい。民達の、俺の父親への不満が爆発したのだ。父は民衆によって捕らえられ、処刑された。そして皇子である俺も処刑にと思っていた民衆は、とある街の民達によって「良い皇子だから」という説得を受け、皇子の処刑はなしになった、との事だ。
俺が旅を始めて十数年が経った頃。俺は最低の男へと成り下がっていた。……いや、元々最低だったのだ。人を殺すのを楽しみ、戦争から逃げ、国からも逃げた。自分の事しか考えていない、父親と同じ傍若無人な男。それが俺なのだ。
酒場のカウンターで酒を飲みながら、俺は一人呟いた。
「本当に最低だな、俺は」
「――お話し、聞きましょうか?」
独り言に対して返事が返ってくるとは思っていなかった俺は勢いよく顔を上げた。その声の主は、俺の隣の席の男だった。
男は金髪に、海の様な輝く青の瞳をしている優男風の奴だった。浮かべている笑顔は穏やかで、女性が好きそうな見た目をしている。
俺は少し戸惑いながら、口を開いた。
「誰だ?」
「誰だって良いじゃないですか。……それよりも、鬱憤溜まってそうですけど。良ければ、聞きますよ」
にこり、男は微笑んだ。酔っていた俺は「そうだな」と納得し、男に全てを話した。今思えば、自棄になっていたんだろう。「嫌われてもいいから、誰かに溜まりに溜まったものを吐き出したい」という気持ちがあったのだ。
全てを話し終えた俺に、男は言った。
「貴方は何も悪くないじゃないか」
その言葉に一瞬、俺の思考は停止した。……俺が悪くないだって?
「そんなはず、ない」
少しだけ震えた声で俺は反論した。すると、それをきっかけに面白い位言葉が零れだした。
「――そんなはずある訳ないだろ? 俺の、俺のせいで死んだ! 俺が救えなかったから、俺が剣を握ったから死んだ! それなのに俺はなんだ? 贖罪だとか言って逃げてるだけだ! こんな……こんな薄汚れた醜い男が、生きていて良いはずがない! 違うか!?」
「違うね」
俺の言葉に、男は即答した。そして優雅に酒を口に含むと、これまた優雅に微笑んで俺を見た。
「自分が悪いと思う過去を悪いと思い、反省し、自分を罰し続けている人が、簡単に死んで良いはずがない」
「……どうして」
「どうしてそんなに優しくしてくれるのか」。その言葉を続ける事ができず、俺は呆然と男を見つめ続けた。男は相変わらず優し気に微笑んで、続けてこう言った。
「僕の名前はアイザック。この国の第一王子だ。……貴方をこの国の貴族として迎え入れるよ、アーサー」
「……は? お前、一体何を言って――」
「かの帝国で救助活動を続けていたという貴方に、ある地域の復興作業を頼みたいんだ。頼めるね?」
その台詞に、俺は目を見開いて驚いた。
「なんでその事を知って……」
「おや、有名な話ですよ? 帝国の王は最低最悪な人物だったけど、皇子は強く優しく、民の味方になっていたって」
にっこりと笑い、男――アイザックは続けた。俺はしばらく間を開けた後に頷き、彼の提案を受け入れた。
一週間後に城で会う事をアイザックと約束し、その日は別れた。そして数日後に訪れた街で、俺は目を疑った。――ダリオにそっくりな子供が、斧を自らに振り下ろそうとしていたのだ。
俺は咄嗟にその幼い手を掴んだ。途端、子供は驚いた様に俺を見上げて固まった。
「だ、誰?」
戸惑いを含んだ声で聞いてくる子供に、俺は言葉に詰まった。そうしてようやく口にした言葉は、子供を更に困惑させる言葉。
「お前の父親は、茶髪に茶色の瞳をしているか?」
「え? ……そ、そうだけど」
「右目の目じりに泣き黒子はあるか?」
「……ある」
「――お前の父親の名前は『ダリオ』か?」
俺の言葉に、子供は驚いた顔で「なんで」と呟いた。俺は子供から斧を取り上げ地面に置くと、子供の目線に合わせる様に膝を地面につけた。
「お前、親は?」
「……死、んだ」
ぽつり、呟かれたその言葉に、俺は少し目を見開いた。そして少し間を開けて、言った。
「お前、俺と一緒に来るか?」
「……え?」
パッと子供が俺を見上げる。俺とは違って真っ直ぐで、綺麗な瞳だった。
「俺は今からこの国の王子に用があってな、用が終われば俺は貴族になる。だからお前が俺と一緒に来るならお前は貴族の子供になってしまうが、その代わり何不自由ない生活を保障する」
そこまで一気に言って、俺は「どうする?」と尋ねた。子供は少しの間困惑して、「一緒に行く」と言った。俺は子供に手を差し伸べた。
「お前、名前は?」
俺の手を取って、子供は答えた。
「――セオ。僕の名前は、セオ」
それが俺とセオの出会いだった。
*
「……それからの展開は早かった。城へ行った俺は公爵の位を賜り、与えられた屋敷と使用人に迎えられながらテオと共に帰宅。俺のお披露目をするためアイザックの手によって開かれたパーティにてルーカスと再会した」
「アーサー様に、そんな過去があったなんて」
俺の話を聞いて同情しているのだろう。グレイスは悲しげな表情を浮かべ、少しだけ俯いた。
「君がそんな悲しむ必要はない」
「は、はい。……というかルーカスさん、びっくりしたでしょうね。いきなりアーサー様が現れて」
「ああ、驚いていたな。目玉が飛び出るんじゃないかと思うくらい驚いていた。でも、俺だって驚いたさ。まさかアイツもこの国の貴族……しかも公爵になっていたなんて」
グレイスの言葉に笑いながら言葉を続け、俺は彼女の髪を撫でた。もうどれだけの時間こうしているだろうか。ただただこの時間が甘く、愛おしい。
しかし彼女は頭を撫でられるたびに体を少し震わせる。嫌なのかと聞けば違うと答えたから続けているが、照れているのだろうか。
「ルーカスさんはどうやって公爵になったんでしょう?」
「確か、アイツもアイザックに言われてと言っていたが……機会があれば詳しく聞いてみようか。それよりも――」
言葉を区切り、俺はまたグレイスの腕を掴んで自身の方へ引っ張った。優しく引っ張ったつもりでも、彼女の体は相当軽いのだろう、簡単に俺の方へと体を預けてくれた。
「俺の話なんかよりも、君とこうしていたい。……ダメか?」
耳元で囁けば、またピクリとグレイスの体は震えた。そうして少しの間を空けて、彼女の腕が俺の背中に回る。
「ダメじゃ、ないです」
それはそれは小さな声だった。彼女の体は熱くなっていて、彼女が照れている事は丸わかりだった。そんな彼女が可愛くて仕方なくて、俺は笑いながら彼女の柔らかな髪に頬を寄せた。
「……それなら良かった」
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