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16話 断罪

 グレイスは緊張していた。何故なら、今日はいつもとは違う日だという事を知っているからだ。

 

 大きな扉の前、ごくりと唾を飲み込んだグレイスに、トルツは微笑んだ。


 「心配する事はない、お前の負担になる事は一切ないから」

 「う、うん」


 こちらを覗き込んむ父親の顔に向かってぎこちなく微笑んで、グレイスは頷く。

 それと同時に、扉を守るように両端に立っていた兵士二人が「時間です」と告げ、扉をゆっくりと開けた。グレイスの緊張がピークに達した。


 扉の向こうには沢山の人がいた。人だかりと言っても良い程の人数の目線がこちらに向き、グレイスは失神しそうになりながらも「完璧な淑女」を演じる。トルツと共に優雅な様子で入場すれば、会場の奥の高い位置――玉座に座る男性が「クロノス伯爵」とトルツへ声を掛ける。二人は即座に跪いた。


 「今日はわざわざ来てもらってすまないな」

 「いえ、陛下。陛下からの招集となればこのトルツ、いつでも駆け付けます」

 「ハハッ、お前は本当に忠誠心の高い奴だ」


 そう言って玉座に座る男――この国の王は穏やかに笑い、グレイスへと声を掛けた。


 「グレイス嬢。色々と大変だったろうが、元気そうで安心した」

 「はい。陛下の多大なる配慮に感謝の言葉もありません」

 「そんなに畏まるな。それに君が労わられるのは当然の事だ」


 そう告げて、王はグレイスから視線を外した。


 「――入れろ」


 静かに、しかし厳かに告げられたその言葉をきっかけに、会場の重い扉が開いていく。……その向こうにいたのは、シャーロットと一人の男だった。そう、今日はシャーロットの断罪の日なのだ。


 この国では貴族及び貴族の子息が罪を犯した場合、王家と貴族達の前で罪の断罪を行う。とはいっても裁判よりは簡易的なものであり、罪の内容の確認や本人がどれだけ反省しているかを加味した刑罰を与えるだけだ。もちろん、召集された貴族達の意見も反映される。

 

 シャーロットと小太りの男は、数名の兵士に囲まれた状態でゆっくりと入場してくる。周囲の貴族達はこそこそと、さざ波の様に小さく話し始める。

 シャーロット達が玉座間の前まで来ると、王は視線をそちらに向けた。


 「何故呼ばれたか、分かるな?」

 「は、はい。この度は娘が御迷惑をおかけして、大変申し訳――」

 「なんでパパが謝るの? 私何も悪いことしてないって言ったじゃない!」

 

 キンとした声が会場に響いた。誰しもが自分の耳を疑い、声の持ち主へと驚愕の目を向ける。……もちろんその声の主はシャーロットだ。

 彼女は一気に真っ赤にさせた顔で隣の男――自身の父親へと抗議をはじめ、父親は真っ青な顔で、娘を叱る訳でもなくただ宥める。そんな幕間に、周囲の貴族達は怒り、呆れ、冷たい目線を向けていた。そしてそれは王も同じだった。


 「シャーロットと言ったか」

 「え? はい」

 「お前、自分がグレイス嬢に何をしたのか覚えていないのか?」


 少し低くなったトーンに、周囲はシンと静まり返る。皆、彼が静かな怒りの炎を灯らせているのを感じ取ったのだ。

 しかしシャーロットは違う。


 「何って……慰めてあげたんです! そしたら周りの子達が勝手に騒ぎだして、みんな私が悪いみたいに言って! 私が被害者なのに!」


 悲痛な声で叫び、シャーロットは手で顔を覆った。甲高い声で叫んでいるからか、何人かの貴族は酷くうるさそうに顔を歪めている。

 シャーロットの叫びを聞いても、王は冷静だった。

 

 「なるほど。じゃあお前は、いきなり花瓶で殴られ意識を奪われても、それは被害者ではないと思うのかね?」

 「は? そんなの、被害者に決まってるじゃないですか」

 「シャーロット! 陛下に向かってその様な態度は……!」

 「良い、今日だけ許そう。……ではシャーロット。お前にいきなり花瓶で殴られ倒れたグレイス嬢は、何故被害者にならない? 何故お前が被害者となる?」

 

 静かに問う王の言葉に、皆が賛同するように頷いた。皆がシャーロットの答えを待っていた。

 一方のシャーロットはというと、きょとんとした顔を崩す事無く口を開いた。


 「なぜって……だって、私はみんなに責められた被害者なんですよ? それがきっかけで倒れたとか言われても、私の責任じゃなくてグレイス様の責任じゃないですか」

 

 「……は?」


 シャーロットの暴論に、誰かが呆然と呟いた。

 シャーロットは「何を言っているのか心底分からない」という顔をしている。しかし、その顔をしたいのは周りの方だ。皆、困惑の色を滲ませたまま彼女を見つめている。

 王は溜息を吐いた。


 「なんというか。噂には聞いていたが、想像以上の娘だな、お前の娘は」

 「申し訳ございません、申し訳ございません!」


 呆れを滲ませた声に、父親は平謝りだ。自身の父親が頭を下げているのを、シャーロットは止めようと必死になる。


 「何故私に謝る? 謝るならグレイス嬢だろう?」

 「……は……?」


 王の言葉に、シャーロットの父親は謝るのを止めた。

 

 「グレイス嬢と、クロノス伯爵への謝罪が先だろう」

 「い、いえ、しかし……」

 「お前は本当に、自分の娘が何をやらかしたのか分かっているのか? 一歩間違えれば死んでいたんだぞ!」

 「ヒッ! ク、クロノス伯爵! グレイス嬢! この度は大変申し訳ございませんでした!」


 語気を強めた王に怯え、シャーロットの父親は声を震わせながらグレイス達へと謝罪をした。隣にいるシャーロットは不機嫌な顔を隠す事無く父親の謝罪を見ていた。グレイスは居心地悪そうに「いえ……」と呟き、トルツを見上げる。トルツは冷めた表情をしていた。

 謝罪を見届けた王は「さて」と声を切り替え、グレイスへと視線を向けた。優しい目線だ。

 

 「本人からの謝罪は受けられそうにもないが……どうする?」

 「え、ええと。どうする、というのは?」


 戸惑いながら、グレイスは問い返した。王はシャーロットへと視線を向け、話を続けた。

 

 「グレイス嬢。君が望むのなら、この娘を殺人未遂として罰する事もできる。貴族の娘への殺人未遂だ。極刑に処す事もできる」

 「きょっ……!? そ、そんな! そのような事、わたくしは望みません!」

 

 グレイスは思わず大きな声で返した。慌てた様子を見せるグレイスだが、周囲は何を勘違いしたのか感動したように口を押さえたりし始める。

 

 「わ、わたくしも、オビデンス男爵令嬢の気持ちを汲み取る事ができませんでしたもの……。もう二度とあんな事をなさらないのでしたら、わたくしはそれだけで十分ですわ」


 にこり。慌てた様子を隠す様にグレイスが微笑めば、周囲の貴族達からは「なんて慈悲深い……」という声が上がる。皆、グレイスの優しさに酷く感銘を受けていた。

 グレイスの返答を聞いた王は「ふむ」と少しの間考えると、口を開いた。


 「分かった。グレイス嬢がそう言うのであれば……シャーロット。お前には、二カ月間の自宅謹慎を言い渡す」

 「二カ月!?」


 王の言葉にシャーロットは叫んだ。そして王の御前も関係なしとでも言いたげに騒ぎ始めた。


 「待ってください! 私は被害者なんですよ!? なんで二カ月も自宅謹慎なんですか!?」

 「私からは以上だ。連れていけ」

 「は!? ちょっ、待っ――」


 騒ぐシャーロットを一瞥して、王は兵士へ退去を告げた。シャーロットは抵抗するも、数人の兵士に囲まれてしまえば子犬が騒いでいるようなものだった。彼女は兵士に引きずられる形で会場を後にした。最後までぎゃあぎゃあと騒ぎ立てていたシャーロットに、会場の貴族達は怒りを通り越して呆れを滲ませていた。

 シャーロットがいなくなって痛いほどの静寂が訪れれば、王はまたグレイスに向かって穏やかに笑った。


 「グレイス嬢。このような場に引きずり出されて、君には酷く負担だったろう。早く帰って心身を労わってやりなさい」

 「は、はい。ご配慮、痛み入ります」


 王の言葉にグレイスは身を縮ませ、深く頭を下げた。続けてトルツも頭を下げれば、「それでは失礼いたします」と静かに告げ、グレイスを連れて会場を後にした。

 城を後にし、用意された馬車に乗り込んだところで、グレイスは盛大な溜息を吐いた。


 「はぁ~、緊張した」

 「今日はお疲れだな、グレイス」

 

 一気に緊張感を解いた娘に、トルツは少し笑った。しかし先程までの出来事を思い出すと「本当に良いのか?」と尋ねた。


 「何が?」

 「シャーロット嬢の事だ。あの娘がお前にした事は、陛下の言っていた通り殺人未遂だ。自宅謹慎で済む話ではない」

 「あー、うん」


 トルツの問いに、グレイスは曖昧な返答を返す。そうして少しの間自分の指で遊んでいると、意を決したように唇を動かした。


 「正直、別に良いかなって」

 「……お前なぁ」

 「だ、だって! なんか、自分の事みたいに思えなくって……!」


 呆れを滲ませてこちらを見つめるトルツに、グレイスは慌てて手を振った。そしてその手を力なく自身の膝の上で丸めて、グレイスは少し俯いた。


 「ほら、私がこんな性格なの、父ちゃんは知ってるでしょ? ……自分のせいで人が死ぬとか、絶対に嫌じゃん」

 

 それは静かな、どこか寂しそうな声だった。

 トルツは向かいに座る自身の娘を見つめた。俯いていて、瞳は自信がなさそうに揺れている。


 「お前は昔からそうだったな。……でもそれは、優しさからくるものではない。ちゃんと自覚しているんだろう?」

 「そ、れは」

 「少しずつでいい、自分に自信を付けなさい。そして自分を傷付ける者を傷付けられる強さを身に付けなさい。非情な事の様に思えるかもしれんが、それは生きていく上でとても大切な事だ」


 静かに、しかしハッキリと告げられた言葉に、グレイスは俯いたまま黙り込んだ。少しの間沈黙を守って、微かに聞こえる声量で「うん」と頷いた。それを聞いたトルツは小さく溜息を吐いて、少し笑った。


 「暗い話はやめだ。何か美味い物でも作らせよう! 美味い物食べて、明日からまたいつも通りの日々だ」

 「……うん。ふふっ、そうだね。美味しいもの食べで、明日からまた――」


 言いかけて、グレイスは窓の外を見た。馬車はもう城下町へと突入していて、活気のある声が四方八方から聞こえる。


 「……明日からまた、いつも通り」


 ぽつり。呟いた声は、トルツに届く事はなかった。

最後まで読んでくださりありがとうございます!


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