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15話 乙女の秘密

 サロンでの出来事は貴族の間で大きく広まった。

 グレイスの元へは心配する内容の手紙が多く届き、その中にはどこから聞きつけたのか、妹のアレッタからのも含まれていた。


 倒れたグレイスだったが体調は直ぐに回復し、次の日には家庭教師による授業を受けていた。そこでもやはり心配の声が上がったが、気丈に振る舞うグレイスによって授業は再開されたのだった。


 グレイスとエラは急速に仲を深めていった。きっかけは、グレイスの本性がバレた事による。


 「貴女って、かなり取り繕っているわよね?」


 そんな鋭いエラの一言から始まり、「友達だから」とグレイスに素でいる事を強要したエラに根負けしたグレイスはエラの前では素の自分を出すことにした。同世代の令嬢の前で素を出す事に最初は戸惑っていたグレイスも、時間が経てば「素を出せる同性の友達っていいものだな」と思えるようになっていた。


 そんな仲になって、一カ月が経った。今二人はグレイスの部屋でお茶を嗜んでいる。


 「あ、やっぱりこのお茶美味しいわね」

 「美味しいよね~、四季の国の特産品・緑茶! お茶もだけど四季の国式のお茶菓子も最高~」

 「ああ、このアンコとかいうのでできたお菓子。材料を聞いて吃驚したけれど、見た目も綺麗だし、この国でも流行らないかしら」


 のんびりと話すグレイスに返しながら、「ああでも」とエラは続けた。


 「四季の国って魔物が多くて、輸入が難しいらしいし。流行る事はないかもしれないわね」

 「そうなの?」

 「ええ。なんでも、魔物を退治する『オンミョウジ』という者達がいるらしいけれど……それでも難しいでしょうね」

 「オンミョウジ……初めて聞いた。世界は広いねぇ」

 「貴女はいつでも呑気ね」


 ずっとのんびりとした口調のグレイスに、エラはクスリと笑った。そしてふいに思いついた事を続けて口にした。


 「そういえば。ブラック公爵とはどうなのよ?」

 「ブッ」

 「うわ、汚いわね」

 

 突然の問いかけにグレイスは飲みかけのお茶を吹き出し、むせた。そんなグレイスに突き放すような事を言いつつも、エラは彼女へハンカチを差し出す。


 「ごほっ。あ、ありがとう。……はぁ、びっくりした」

 「そんなに驚く事? 恋人との調子を聞いてるだけなのに」

 「こっ! ゴ、ゴホン。いやまぁ、婚約者だし? エラさんの想像しているような仲だと思いますけども?」

 「キスしたり?」

 「キッ!?」

 「きゃっ!」

 

 エラの言葉にグレイスは飛び上がった。拍子にテーブルがガタンと揺れ、ティーカップの中で波ができる。過剰反応とも言えるグレイスに驚きつつも、エラはにやりと笑みを浮かべた。


 「貴女って意外と初心だったのね」

 「はっ、はぁ!? べ、べべべ別に!? キスくらい!? どうって事ないですし!?」

 「あら、キスしたの?」

 「……し、してない」

 「してないんじゃない」


 グレイスの返答に、エラは呆れた様に溜息を吐いた。しかしすぐにまたにやりと嫌らしい笑みを浮かべると、グレイスの元へと椅子を近づけて真っ赤になっているその顔を覗き込んだ。


 「キスはしてなくても惚気話の一つや二つあるでしょ? 話しなさいよ」

 「の、惚気話なんて、そんな……」


 そう言ってからグレイスは少し俯いた。少しだけ変わった空気に、エラは首を傾げた。


 「何よ、どうしたの?」

 「いや、なんていうかさ。……アーサー様って、私の事どう思ってるんだろうって思って」

 

 真剣な面持ちで話し始めたグレイスにエラはふざけた態度を引っ込めた。四季の国では伝統である餡でできた茶菓子にフォークを入れて、エラは口を開いた。


 「どうしてそう思うの?」


 エラのその問いに、グレイスは一瞬、喉を詰まらせた。そうして少しの間を空けて、静かに口を開く。


 「アーサー様ってね、静かな人なの」


 ぽつり。呟くように、グレイスは語り始める。


 「噂上では最悪な男性みたいに思われてるし、表情もあんまり変わらない。でもとっても優しくて、温かい人だって分かって。だから私は、この人とならって思えたし、アーサー様とだから素敵な将来がやってくるんだって思えるようになって」

 「何よ、ベタ惚れじゃない」

 「ベッ! ……いや、うん、もしかしたらそうなのかもしれない。オビデンス男爵令嬢にボロカス言われて自覚したけど」

 「あの女のお陰とか癪に障るわね。……まぁ、好きと認めるのは良い事だわ。その調子よ」


 そこまで言うと、「それで?」とエラは続けた。言われた側のグレイスは首を傾げた。


 「それでって?」

 「ブラック公爵に何か言われたりしなかったの?」

 「何かって?」

 「そうね。例えば、こっちの事が好きなんじゃないかと確信できるような事」

 「え、ええ? そんな事、言われた事あったっけ?」


 エラの問いに、グレイスは腕を組み頭を捻った。少し唸った後、「あ」と声を上げると、その顔を真っ赤にさせた。


 「何? 何を思い出したのよ?」

 「い、いや。一緒に酒場へ行った時ね? 距離が近くなっちゃって謝ったら……」

 「謝ったら?」

 「てっ手を取られて、アーサー様のほ、ほっぺに持ってかれて……お、『俺は君に触れられても嫌じゃない。だから、距離が近い位、なんの問題もない』って、い、言われた」

 「……は?」


 ピシリ。エラの体が硬直した。今言われた事を理解しようと必死になって頭を回し、数秒の後に叫んだ。


 「――ベタ惚れじゃない!」

 「えええそうなのぉ!?」


 叫ぶ彼女にグレイスも叫んだ。部屋の外を通りかかった数人のメイドが「何事?」と言いながら過ぎ去ったのを、彼女たちは知らない。

 何も分かっていない様子のグレイスに、エラは最早、怒りと言っても過言ではない気持ちになっていた。


 「あのねぇ! 普通、何も思っていない異性にそんな事言わないのよ! 何も思わずに言っていたとしたらただの馬鹿よ、馬鹿!」

 「ば、馬鹿!? アーサー様は馬鹿じゃないもん!」

 「なんでそっちに噛み付くのよ! ここまで言われたら好かれてる事実を認めなさいよ、馬鹿!」

 「私が馬鹿なのは認める! でもさ~!」

 

 ああ言えばこう言う。それを体現する様な二人の言い合いは、部屋中に響いていた。

 グレイスは再度「でもさ」と静かに続けると、腕にクッションを抱えて顔を埋めた。


 「本当に、そう思って良いのかな」

 「……なんでそんな頑なに信じないのよ」

 「だって、エラが私の立場だったらどう思う? 私の好きなあの人は私の事が好きなんだ! って自信持てる? 好かれてないんじゃって不安になったりしない?」

 「それは――」


 グレイスの言葉にエラは黙った。グレイスの気持ちが分かったからだろう。

 しかし、主観的な視点と客観的な視点では、事実と言うのは異なる場合がある。それを知っているからこそ、エラは静かに口を開いた。


 「分かるわ、グレイスの気持ち。私だって、好きな人の事を思うとすごく胸が痛くなって、不安な気持ちが止まらなくなるもの」

 「……そうなの?」

 「ええ、もちろん。ほとんどの女性が持つ気持ちじゃない? これって。……でもね。貴女の友たちとして言っておくけれど、客観的に見て、ブラック公爵が貴女の事を好きな確率って高いわよ。これだけは頭の片隅に置いておいて頂戴」

 「……」


 エラの言葉を聞いて、グレイスは黙った。クッションを抱えている腕に力を入れ、ギュッとそれを抱きしめると、上目遣いにエラを見つめた。


 「本当に、そう思う?」

 「ええ。友達とか抜きにしてもそう思うわ」

 「……正直、信じられない。アーサー様みたいな大人の男性が、私みたいなのを好きだなんて」

 「あら、愛に年は関係ないんじゃなくって?」


 そう言ってエラは笑った。優雅で余裕のある笑みだ。その笑顔を見て、グレイスはふとした疑問が頭に浮かんだ。


 「エラは?」

 「え?」

 「好きな人、いるんだよね?」

 「は、はぁ!?」


 ガタン。大きな音を鳴らして、エラが立ち上がる。それと同時にティーカップがガチャンと騒々しい音を立て、グレイスは驚きつつも湧き上がる好奇心に顔を輝かせた。


 「いるんだね!?」

 「い、いないわよ!」

 「でもさっき『好きな人の事を思うと~』って言ってたよね?」

 「あっ」

 「いるよね?」

 「……………………いるわよ」


 たっぷりの間をおいて、エラは答えた。その返答を聞いて、グレイスは所謂「勝利のポーズ」をした。

 「誰? 誰!?」と興奮しているグレイスに対して、エラは覚悟を決めた顔で彼女の耳元に唇を寄せた。ドキドキしながら待っていたグレイスの鼓膜に届いたのは、衝撃の人物の名だった。


 「――王太子殿下」

 「……は?」

 「アイザック王太子殿下」

 

 ……少しの沈黙の後、グレイスの叫び声が屋敷中に響いたのだった。

最後まで読んでくださりありがとうございます!


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