14話 友達
夏になった。すると取れる果物や野菜、茶葉の種類も変わる。……つまりは、新しいサロンの開催時期だ。
この国の貴族は頻繁にサロンを開催する。貴重な情報交換の場という事と、贅沢なお茶や菓子を飲み食いする事で経済を回す効果もある。もちろん、参加するための装いを揃えるのも大きな経済効果をもたらす。
しかし、若い令嬢達にとって経済効果などどうでも良い物で。綺麗なドレスに身を包み、美味しい物を飲み食いしながら噂話に花を咲かせる、それを楽しみに彼女達はサロンへと参加するのだ。
そして、今現在行われているのはクロノス家主催のサロンだ。夏という事で、夏にしか取れない果物をふんだんに使ったタルトや新作の焼き菓子、今の時期に出回る茶葉を使った紅茶が、参加している令嬢達の気分を高揚させていた。
たくさんの令嬢達と軽く談笑をしているグレイスは、自身へ近づく一人の令嬢に気が付き「あら」と声を漏らした。
「エラ・フェロール伯爵令嬢!」
「……御機嫌よう、クロノス伯爵令嬢」
グレイスの目の前までやってきて美しいカーテシーを披露したのは、赤髪赤目の美しい釣り目の少女――エラ・フェロール伯爵令嬢だった。突然やって来た彼女に、周りの令嬢達は身を引いた。彼女が他人に厳しいという噂を知っているからだ。
しかし、周りの令嬢達の様子を気にする事無く、グレイスはエラへと駆け寄った。エラは少し驚いた顔をしたが、グレイスはニコリと微笑んだ。
「ごきげんよう! なんだかお久しぶりじゃあありません事?」
「え、ええ。そうですわね。……あの、クロノス伯爵令嬢」
微笑みを浮かべるグレイスとは対照的に、エラは固い表情を一切崩さない。その事にグレイスが首を傾げていると、突然、その赤い頭が下がった。……グレイスに向かって、深く頭を下げたのだ。
「この前は大変申し訳ございませんでした」
「えっ!? フェロール伯爵令嬢、何を……!」
いきなり頭を下げられたグレイスは慌ててエラの肩に触れ、その顔を上げさせた。顔を上げたエラの表情は固いままだ。
「春に開催された、クロノス家主催のサロンでの件です。故意ではないとはいえ、サロンの空気を悪くさせてしまいましたもの」
「あれはフェロール伯爵令嬢が謝る事ではありませんわ! 元はと言えば、わたくしが貴女に倒れ込んでしまったからで……。わたくしの方こそ、本当に申し訳ありませんでした。貴女に怪我を負わせるところでしたわ」
「い、いえ、それこそあれはクロノス伯爵令嬢が謝る事では……!」
お互いに同じ言葉が口から出れば、春のサロンに居合わせていたであろう令嬢達から「そうよ、そうよ!」と声が上がった。
「あれはお二のせいではありませんわ!」
「ええ、そうよ! あの女のせいでああなったんじゃない!」
「あの女」。その言葉を聞いてグレイスはバツが悪そう顔を伏せ、エラは眉間に皺を寄せた。
あの女――シャーロット・オビデンス男爵令嬢。学園に通っている生徒達からは軒並み評判の悪い少女だ。その評判は学園内だけに収まらず、最近では貴族の間でも「頭が少しアレな令嬢」と噂が立っている。現に周囲の令嬢達もその事をひそひそと話している。
しかし、グレイスは関わっている訳でもない少女の事を悪く言うのが嫌だった。この空気を壊すかのように「さて!」と拍手をして、笑顔を浮かべた。
「皆さん、せっかく我が家のサロンに来て頂いたんだもの。楽しい話題でお茶を嗜みません事?」
「あ……そ、そうですわね」
「人の悪口で盛り上がるなんて、はしたなかったわね……失礼いたしました、クロノス伯爵令嬢」
「ふふっ、いえいえ。……そういえば、皆様! こちら、四季の国から入手した茶葉を使用したお茶で――」
皆がシャーロットの話をやめたのを見かね、グレイスはすかさず話題を変えた。四季の国と呼ばれる国のお茶が相当珍しい。見慣れぬ緑色のお茶と茶菓子を前に、令嬢達は目を輝かせている。
そうして過ごしていると、カツカツという足音がグレイスの元へ近づいてくる。その足音の人物はグレイスの話の腰を追って大声でグレイスの名を呼んだ。グレイスはその人物を見て固まった。
「――オ、オビデンス男爵令嬢」
「グレイス様!」
グレイスの前までやってきた人物、それは先程まで話題に上がっていたシャーロットだった。突然やってきたシャーロットに、周りはしんとしている。
いきなり輪の中に入って来たシャーロットに呆然としていたグレイスは、ハッと我に返り、笑みを浮かべた。しかしそれは、誰の目から見てもぎこちないものだった。
「オビデンス男爵令嬢。そんなに大きな声を出して、一体どうしました?」
「グレイス様……! なんて可哀そうな方!」
「え?」
悲壮感に満ちた声を出したシャーロットに呆けていれば、彼女はいきなりグレイスの手を掴んだ。痛い程の強さに、グレイスの顔は少し歪む。
「いっ……」
「聞きましたよ、婚約者の事! グレイス様、あの旧シシリア帝国の元王子と婚約されたんでしょう? なんでグレイス様がそんな方と……!」
「オ、オビデンス男爵令嬢。一体何を仰って……」
「パパから聞いたんです! 旧シシリア帝国の帝王は非人道的な悪魔の様な男だったって! そんな男の息子なんて、最悪な男に決まっています! そんな奴と婚約なんて……ああ、お可哀そう!」
一を言えば十返す。そんな状態のシャーロットに、誰しもが呆然としていた。しかし、それはシャーロットが弾丸のように話しているからだけではない。話している内容に、皆、唖然としているのだ。
一番初めに我に返ったのはエラだった。彼女はハッと我に返ると、怒りの表情に染め上げた顔をシャーロットに向けた。
「貴女……! 本当に恥知らずな女ね……!」
「はぁ? 何でですか? 私はグレイス様のためを思って慰めているんですよ?」
「どこが慰めているのよ! 他人様の婚約者を悪く言うなんて、最低よ! しかもこんな人前で……!」
叫ぶように吐き出されたエラの言葉に、気を取り直した周囲の令嬢達も「そうよ!」と賛同の声を上げた。
「人の婚約者の事をこんなに悪く言うなんて、何様なのかしら?」
「それに、クロノス伯爵令嬢の婚約者であるブラック家って、公爵家でしょ? 格上の殿方をあんな風に言えるなんて、度胸のある方です事」
「というか、慰めるなんて余計なお世話よね? 男爵家の娘から慰められたところで屈辱的なだけよ」
グレイス達を取り巻くようにいる令嬢達は、ひそひそと話し始め、シャーロットに冷たい視線を送る。それを感じ取ったシャーロットは「なんで?」と零した。ショックを受けたような声だった。
「私、グレイス様の為を思って言ったのに。なんでみんなそんな風に言うの!?」
「貴女ねぇ……!」
「ねぇ、グレイス様! 私の言う通り、グレイス様の婚約者って最低な侯爵様なんでしょ!? 悪魔の落とし子だって、パパも言って――」
「……めて」
「え?」
「やめて……!」
震えた声が会場に響いた。皆、声の方を向き、ハッと息を飲んだ。……グレイスの瞳から、ポロポロと涙が零れ落ちていたのだ。
「グ、グレイス様……?」
「アーサー様は、そんな方じゃない。ぶっきらぼうで不器用だけど、それでも周りの人達を大切に思ってくれる、優しい方。私の大切な……大切な婚約者。――だから、アーサー様の事、悪く言わないで……!」
震える声は段々と大きく、ハッキリとしたものになっていた。エラはグレイスの手に絡みつくシャーロットの手を振り払い、グレイスの華奢な肩を抱きしめてシャーロットから距離を置いた。
グレイスの言葉を聞いた令嬢達は「クロノス伯爵令嬢……」と悲痛な目線をしていたかと思えば、すぐさま侮蔑の視線をシャーロットへと向けた。
「本当、ちょっとアレな方だとは思っていたけれど、ここまでだったなんて」
「すごいわよねぇ? 私だったら恥ずかしくて死んじゃうわ」
「恥ずかしいとも思っていないんじゃないかしら? 自分の事しか頭にないんだから」
シャーロットへ向けられる言葉は、もうひそひそとしたものではなく、通常の話声と同じ声量のものになっていた。それくらいの事をシャーロットはしでかしたのだが、本人は分かっていないらしい。ただ自分へと向けられる嫌悪に怒りを表していた。
「何、何なのっ!? なんで私がこんな目に遭わないといけないのっ!? ふざけんなっ!」
「なっ、危ない!」
「え? あっ――」
シャーロットが怒りを噴火させたその瞬間だった。シャーロットは飾ってあった花瓶を掴み上げると、それを振り回した。そして振り回されたその花瓶はグレイスのこめかみに直撃し、鈍い音を奏でた。
グレイスは倒れた。依然としてシャーロットは暴れたままで、令嬢達からは悲鳴が上がった。シャーロットは即座に使用人によって捕らえられ、会場を後にした。
会場を後にしたのはシャーロットだけではなかった。頭に衝撃を受け目を覚まさないグレイスもまた、別室へと運ばれた。
グレイスが目を覚ましたのは、騒動から一時間後の事だった。
「ん……あれ、ここは……?」
「気が付きまして?」
「え? ……え、フェロール伯爵令嬢?」
上半身を起こしたグレイスのすぐそばに、エラが座っていた。気が緩んでいたグレイスは慌てて身を引き締めながらも、首を傾げた。
「ええと、今はどういった状況で……?」
「あの女が花瓶を手にいきなり暴れて、その花瓶は貴女に直撃。倒れて目を覚まさない貴女はこの部屋に運ばれた、という感じかしら」
「……ああ。なんとなく思い出しました」
呆れた様に言ってから、グレイスは溜息を吐いた。そんなグレイスを見てエラも「災難でしたわね」と労わりの言葉を漏らす。
そして、ふとグレイスは疑問に思った。「ん?」と頭を捻った後、それを素直に口にした。
「フェロール伯爵令嬢はどうしてここに?」
「えっ?」
問われたエラはきょとんとして、少しの間、二人は見つめ合った。見つめ合ったエラは徐々に顔を赤くさせ、グレイスから目を逸らす。
「べ、別に? 貴女の事が心配で目を覚ますのを待ってたとか、そういうのじゃありませんから!」
「……わたくしの事が心配で、目を覚ますのを待っていたんですか?」
「うぐっ……!」
顔を真っ赤にさせ、エラは顔を背けた。扇子で顔を隠しているつもりらしいが、真っ赤になっている耳はグレイスから丸見えだ。
「別に……! 貴女とお友達になりたいとかそんなんじゃ……!」
「わたくしと、お友達になりたいのですか?」
「ちっ、ちがっ!」
「……違うんですか?」
「うぎぎぎぎ……!」
寂し気に「違うのか」と尋ねるグレイスに、エラは冷や汗を流した。少しの間目を泳がせると、溜息を吐いて、扇子で顔を隠しながら呟いた。
「……お友達になりません事?」
それは蚊の鳴くような小さな声だった。おまけに震えてもいる。いつもとは真逆のエラの様子に、グレイスは吹き出した。
「なっ、何を笑っていますの!?」
「んふっ、い、いえ。失礼しました。フェロール伯爵令嬢があまりにも可愛らしくて」
「かっ、かわっ!? 病人は調子に乗らないで寝てなさいっ!」
更に顔を赤くさせたエラは、グレイスの肩まで毛布を掛けると、口調とは真逆の優しい手つきでグレイスの肩を押した。グレイスは笑いながら、押されるがままにベッドへと倒れる。
「ありがとう、フェロール伯爵令嬢」
穏やかな声でグレイスは告げた。エラはピクリと反応すると、つんと澄ました顔のまま口を開いた。
「エラ」
「え?」
「……お、お友達なんだから、名前で呼ぶのが普通でしょう?」
つんと澄ました赤い顔を見上げて、グレイスは笑った。
「――エラ。これから、よろしくね」
「――ええ。こちらこそ」
毛布から差し出されたグレイスの手に、エラの手が重なった。……これが二人の出会いだった。
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