12話 僕の歌う鳥①(※ハーパー視点)
僕がセオの家庭教師に就任した。
自分から言い出したとはいえ、あまりにも突発的に始まった家庭教師生活は、結構楽しい物だった。セオは熱心に練習してくれるし、上達も早い。教えるこちら側もついつい楽しくなってしまうくらいだった。
後、僕の拠点は宿からブラック家へと移された。宿屋で世話になっているとアーサーに告げたら、「うちに来るか?」という男前な言葉を頂いたのだ。感謝の言葉を告げつつも、「あの子にも同じことを言ってあげたらどうだい?」という言葉を飲み込んだ。素直に「そうしよう」と返答されるのがオチだと、最近の彼等の様子を見て学んだからだ。
ブラック家での生活は良いものだ。愛弟子は呑み込みが早い上、素直で可愛らしいし、彼を通してグレイス達とも仲良くなった。ルーカスとは飲み友達になったし。
そうして、僕が家庭教師になって二カ月が経った。
季節はもう初夏。ベランクァ王国は北側に位置しているからか、初夏と言っても温かさはあまりない。どちらかというと涼しいと言った感覚が正しいだろう。しかし、春の日差しよりも鋭く、輝きが増しているのは事実だ。
今日も僕はセオを相手に音楽の授業をする。楽譜の読み方やギターの運指等、基本の事はもう教え終わった。後はそれの復習を定期的にやる事と、簡単な曲を教えている。
セオに教えている傍ら、僕はちらりとセオから視線を外した。その先にいるのは、グレイスだ。目が合うと彼女はニコリと微笑んでくれる。僕は微笑み返して、セオへの授業を再開する。
曲の半分ほどを教えたところで「じゃあ二十分だけ練習だ」とセオに告げた。「うん!」という可愛らしい声を聞いて、僕は彼から離れ、木陰でお茶を嗜んでいるグレイスへと歩みを進めた。
「やぁ、グレイス。今日も君は可愛らしいね」
「あははっ。ハーパーさんも、今日もハンサムですよ」
キザったらしくウィンクをしながら軽口を叩けば、彼女も笑いながら軽口を返す。僕らは会えばいつもこんなやりとりをしていた。返す言葉に迷っていた、最初の頃のグレイスが懐かしい。
「どうぞ」とグレイスに着席を促され、僕は彼女の隣に座った。普通なら、僕の様な一般人がお貴族様の隣に座るなんて、言語道断だろう。しかし、彼女はそういうのを気にしないタイプの様だから、とても接しやすい。なんなら好感を持てるくらいだ。
「君とアーサーは似ているね」
気付けば、そんな台詞が口から出ていた。いきなりの発言に、グレイスも驚いた様に首を傾げている。僕は少し笑って「いや」と続けた。
「なんていうかね。お貴族様だっていうのに、僕みたいな平民相手にも隔てなく接するところとかがそっくりだなーと」
「なんだ、そんな事ですか。……本当は貴族らしくするのが正しいってのは分かっているんですけどね。なんだか、性に合わなくって」
「『完璧な淑女』なのに?」
「もう! それ、やめてくださいよ」
僕の軽口に、彼女は頬を膨らませた後、笑った。なんとも可愛らしい反応だ。彼女の美貌も相まって、その辺の男ならイチコロだろう。
でも僕は薄々気付いている。きっと彼女は、僕と同類だ。だから僕は、他の人達よりも彼女に対して親近感を抱き、同時に嫌悪感を感じている。言えば傷付けてしまうだろうから、絶対に言わないけれど。
「君は本当に親しみやすい人だね」
「本当ですか? 初めて言われました」
「ああ。ついつい、僕の過去もポロっと言ってしまいそうになるくらいには親しみやすいよ」
「ハーパーさんの過去、ですか」
僕の台詞を繰り返すグレイスの声を聞いて、思わず「しまった」と後悔した。こんなの、自分の過去話を聞けと言っているようなものだ。話さざるを得ない。
苦々しい気持ちになりながらも、僕はそれを悟らせないようにいつもの笑みを浮かべた。アーサー曰く「飄々としていて、たまに気に障る」という笑顔だ。
「うーん、どこから話したものかな。……知っての通り、僕はしがない平民でね。何の変哲もない男と女の元に一人息子として生まれ、途中で音楽に出会いのめり込み、旅を始めた。普遍的に生きてきた男だよ」
「普遍的なんですかね、それは」
そう言って笑みを浮かべると、彼女は「あっ」と声を上げた。そして好奇心を浮かべた笑みでこちらを向いた。
「ハーパーさんと音楽の出会いってどんな感じだったんですか?」
「音楽との出会い?」
「はい! ハーパーさん程の音楽への愛情を持つ人が、どういった経緯で音楽家を目指し始めたのか、気になります」
ニコニコとした笑みで彼女はそう言った。「そうだねぇ」と口にすると、一人の女性の微笑みが脳裏に浮かんだ。
彼女の記憶を呼び覚まされて、僕はまた苦々しい気持ちになる。どうやら僕はまだ踏ん切りがついていないらしい。
「……そうだね。もう、誰かに話してしまった方が良いのかもしれないな」
僕の呟きに、グレイスは不思議そうな顔をこちらへ向けた。僕は苦笑して「こちらの話だよ」と告げた。
「そうだなぁ。――音楽との出会いは、一人の女性との出会いがきっかけだよ」
僕はグレイスから目線を外した。青々とした木の枝に、一羽の青い鳥がとまっていた。そういえばあの日も、青い鳥が舞っていた。
*
「なぁ、音楽家が来てるらしいぜ!」
その声に、まだ十四歳だった僕は農作業の手を止めた。
僕は旧シシリア帝国の生まれでね、シシリア帝国は当時、隣国だった旧ベランクァ王国と戦争中だったんだ。戦争中という事で、商人がやって来ない事を見越して、当時の僕は冬に備蓄するための野菜を収穫していたんだ。
声の持ち主である子供は、他の子供と話している。大きなその声はこちらまで良く聞こえていて、音楽家が少女である事、美人である事など、こちらに話が筒抜けだった。
「こんな貧しい村に来るなんて、物好きがいたもんだな」
そう吐き捨てて、僕はまた作業へと戻った。
正直、興味がないわけではなかった。けれど、当時の僕は恥ずかしながら、音楽なんて無駄だと思っていたんだ。そういった道で生きるには相当の技術がないと食っていけない、大人しく家業である農家を継げば安泰だ。そんな事を思っていた。
そんな僕に気付いていたんだろう。一緒に農作業をしていた両親が、「見に行ってこい」と言ってくれた。最初は断っていた僕も、両親の「子供が気を遣うもんじゃない」という一蹴で折れ、音楽家を見に行くという人々の流れに乗って歩いて行った。
村の広場の方に近付くにつれ、音が聞こえてきた。音楽を知らなかった僕にも、それが美しい事は分かって、僕の足は自然と早くなっていた。
こんなに綺麗な音を出す人間はどんな人間なんだろう。そんな好奇心に押されて、僕は人混みをかき分けて前へ前へと進んだ。――そして、僕は彼女に出会った。
美しかった。その造形だけじゃない。音を奏でて、とろけたような、愛おしそうな眼差しで宙を見つめ、ときたまそっと目を閉じるその所作がとても美しかった。
僕は彼女が奏でる音を聞きながら見惚れた。今思い出すと笑っちゃうくらい心臓をバクバクさせていた。
演奏が終わって人々の称賛を浴びて、彼女は立ち上がった。彼女の動きで演奏が終わりだという事が分かったらしい、周りの人達は用済みとでも言うようにこの場から消えていった。……僕を除いて。
「なぁ、アンタ!」
「え?」
気が付けば、僕は彼女に話しかけていた。こちらへ振り返る彼女に「しまった」と思ったよ。だって、何を話そうかなんて何も考えていなかったからね。だから僕は必死になって話題を探したよ。そして口にしたのは――。
「アンタ、次はいつ演奏するんだ?」
「素晴らしい演奏だった」「演奏をしている君は美しかった」。今だったらそう言えるけれど、田舎の少年だった僕の口から出たのは、「次の演奏はいつか」だった。彼女は戸惑いながらも、少し考えてから答えた。
「ええと……明日かしら。暫くこの村にいる予定だから、時間がある限りは演奏していくつもり」
「そっか」
彼女の言葉に、僕は酷く安堵した。彼女との時間がこれっきりじゃないと思えたからだ。そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、彼女はクスクスと笑った。笑われたんだと分かった僕は恥ずかしくて少し俯いたよ。
「ねぇ。君、名前は?」
鈴の転がるような声色で、彼女は僕に尋ねた。僕は緊張しながら答えた。
「俺、ハーパー。アンタは?」
「良い名前ね。――私はコルリ。よろしくね、ハーパー」
彼女は微笑んだ。その美しい微笑みの後ろで、青い鳥が飛び立っていた。
……これが僕と彼女――コルリとの出会いだった。
それから僕とコルリは頻繁に会うようになった。
仕事が終わり次第、演奏している彼女の元へ向かい、彼女が奏でるギターの音に身を委ねた。
もう、「音楽で飯が食えるわけじゃないのに」なんて考えを持っていた僕はどこにもいなかった。ただただ、彼女の奏でる音色が心地良くて、まるで素晴らしい夢の中に迷い込んだかのような気持ちになっていた。そのままその感想を言えば、彼女は照れた様に微笑んだ。
そうして、コルリが演奏をしていない時も、僕たちは会うようになった。一緒に食事をしたり、広場のベンチに座って談笑したり。その頃にはもう僕達は「音楽家と観客」以上の関係になっていた。
彼女と最後に会った日もそうだった。冬が近づいていた寒い日だった。僕達はベンチに座って話していた。
「……あ、そういえば。私、明日は演奏できないのよね」
「え、なんで?」
コルリの言葉に僕は驚いた。彼女が村に来てからずっと、彼女は演奏をかかさなかった。すなわち、演奏をしないという予告は初めてだったのだ。
僕の驚いた声に彼女は少し笑った。
「いや、なんでもね? 明日、この村に偉いお貴族様が来るらしいんだけど。歓迎の演奏をしろって言われてね。それも一日中」
「ふぅん、お貴族様ねぇ。大丈夫なのかよ? 貴族って奴等、俺等平民を見下してんだろ?」
「けっ」と悪態を付きながら言えば、彼女は笑った。
「そう言わないの。お給金、結構弾むらしいし? そのお金が入ったらステーキ食べに行きましょう、ステーキ」
「ス、ステーキ!?」
コルリのステーキという発言に、僕は飛び上がったよ。さっきも言った通り、当時の僕はただのしがない農民で、生活もあまり裕福ではない。もちろん、ステーキなんてものを食べられる余裕なんてなかった。だから、いつも以上にご機嫌そうにしている彼女の言葉に胸を躍らせたよ。
「ステーキ、約束だぞ!」
「ええ、もちろん! ……それでさ」
言ってから彼女は少し言いにくそうにして、僕の目を見てハッキリと言った。
「ステーキ食べたらね、話したい事があるの」
「話したい事? なんだよ、今言えよ」
「えっ!? いや、それはちょっと……心の準備が必要というか」
もじもじとし始めた彼女に、自分の頬が熱くなるのを感じた。
今思えば、彼女は僕に告白しようとしていたんだろう。彼女の方が年上だったけれど、それでも僕達は年が近かったし、彼女からの熱い視線に気づかなかったわけじゃなかったから。……熱い視線を送っていたのは、僕の方からだったんだけど。
でもその時の僕に、それを言い出す勇気も技量もなくて。笑って言うしかなかったんだ。
「じゃあ、明後日! ステーキ食べて、いつものベンチでな!」
「――うん、分かった! 約束ね!」
俺の言葉に、彼女は嬉しそうに笑った。今まで見てきた中で一番輝いていて、とても可愛い笑顔だった。
生きた彼女を見たのは、それが最後だった。
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