木のおさじ
私のお気に入りは、木のおさじ。
茶色くて、ぼてっとしてて、ほのかな温かみを感じるおさじ。
すくえる量は少なめなのに、カレースプーンくらいの大きさがある。
唇にやさしくフィットする、存在感のある形状。
このおさじで食べると、なんでもおいしく食べられる。
おかゆ、雑炊、スープ、デザート。
甘いの、しょっぱいの、優しいお味。
柔らかいの、具沢山、崩して食べるやつ。
木のおさじですくって口に入れる、それだけで食べ物はおいしくなる。
何となく、幸せな感じがする。
何となく、平和な感じがする。
何となく、自然を感じる。
何となく、ほのぼのする。
……木のおさじは、昔見た絵本を思い出させる。
おいしそうなシチューをすくっていた、クマさん。
おいしそうな雑炊をすくっていた、おばあちゃん。
おいしそうなプリンをすくっていた、おんなのこ。
幸せそうになにかを食べていた登場人物は、みんな木のおさじを使っていた。
温かいものも。
冷たいものも。
常温のものも。
見たことがないものも。
木のおさじにすくわれたら、おいしそうに見えた。
どことなく冷たい、金属製のスプーン。
ガッツリ堅い、金属製のスプーン。
ツンとすました雰囲気の、金属製のスプーン。
金属製のスプーンで、おいしそうな何かを食べていた登場人物もいたはずなのに。
思い出すのは、木のおさじばかり。
思い浮かべるのは、木のおさじですくわれた食べ物。
思い入れがあるのは、木のおさじでおいしいものを食べている人々。
……木のおさじを使って食べたら、何でもおいしくなる。
私は、その事を知っている。
「はい、おばあちゃん、アーン……。」
木の器に入った、程よく冷めた雑炊を、ひとすくい。
「うん、ゆっくりでいいよ……。」
木のおさじで、おいしいご飯を、ふたすくい。
「ね、おいしいでしょ!」
……木のおさじで食べると、何でもおいしくなる。
食が細くなったおばあちゃんだって、木のおさじがあれば…ほら、完食できた。
……木のおさじがあって、よかった。
よかった……。