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超短編小説『千夜千字物語』

『千夜千字物語』その22~新月

作者: 天海樹

「またやっちゃった」

生温かい赤い液体が腕に筋を描いていく。

早く止めなきゃと思っていても、

フワフワとした感覚がすごく気持ちいい。

なんだか落ち着く。


父の転勤で新しい土地の中学校に転校したため

友達は一人もいなかった。

しばらくしても学校に馴染めず、

そのうち行くのが辛くなり

部屋に閉じ籠るようになった。

親は心配して狼狽え、

自分のダメさ加減に自らを責めた。

しかし何度トライしても、

校舎を見ると身体が震えて

もうそれ以上前には進めなかった。


初めてリストカットした。

血が流れ心が軽くなっていく。

落ち着くと自然と涙が出た。

安心してそのまま眠ってしまったらしく、

気づいたら病院のベッドにいた。

傍らで親は泣いていた。

迷惑をかけているのはわかっている。

でも自傷行為は止められず

隠れてするようになった。


ある日クラスメイトと言う男の子が家に来た。

友達などいないから誰だかは知らない。

部屋の前でドア越しに

取り留めのない話をして帰って行った。

次の日も、また次の日も

彼はやって来ては独り言のように話すだけで、

私に何を求めるでもなかった。


彼の訪問は1ヶ月続いた。

彼の直向きさは私の心を

少しずつだが動かしていった。

自傷行為に頼ることもだいぶ少なくなった。


「今日は満月らしいよ」

月の話で私は初めて反応した。

それからというもの

彼は毎日色々な月にまつわる話をしてくれた。

それに応えるように、

私も毎日1つだけ彼に質問をするようになった。

名前、身長、そしてなんで私によくしてくれるのか、

なんでも答えてくれた。

信頼度は日に日に増していった。


「ねえ、2022年5月30日の今日、

 ブラックムーンだって知ってる?」

ブラックムーンは数年に一度

1ヶ月の間に新月が2度来る2回目の新月のことを言う。

それだけに新月よりもパワーが増し、

新しいことを始めるには最適と言われている。


「願いに行かないか?」

この部屋を出ることさえできたら行ってみたい。

彼に会いたい。

山の麓にある公園で、

ブラックムーンになる10分前の

20時20分に待ち合わせをした。

彼に会える、その思いが部屋のドアを軽くし、

公園までの距離をゼロした。

公園に着くとかざしたライトの真ん中に

彼だと思われる顔があった。

「初めまして、かな?」

彼はそう言って笑った。

つられて私も笑った。

静かな公園に二人の声だけが響いた。

「願い事は決まった?」

私が頷くと、

真っ暗闇の中どちらからともなく手を握った。

二人の日常が始まった。

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