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三、俺と初恋幼馴染のこれから





 


「え?教諭陣が、総入れ替え?」


「そうだよ~。漸くだよ~。ランディ、よく頑張ったね」


「よく頑張った、って・・・え?」


 卒業まであと半年という頃。


 ランドルフは、学院の救護室で満面笑みのアランからそう告げられた。


「遅すぎる気もするけれど、これでやっと安心して勉強できるわね」


 授業妨害の常習犯である愚王子クリフとその恋人、エイダ・ベーコン男爵令嬢によって、そして、そんな彼等を擁護する教諭陣によって、きちんとした授業を受けられない生徒のため、ミリアムは王家に嘆願し、定期的に特選クラスの生徒が学べる場を確保して来た。


「よかったな、ミリアム」


 下手をすれば、王家と生徒達との板挟みとなる。


 そんなミリアムの苦労を知っているだけに、ランドルフも心から安堵した。


「ランディの協力のお蔭よ」


「ミリアムの努力だよ」


「おお、おお。青春だねぇ。ああ、あと愚王子の側近候補は揃って辞退、ってことになったから。ここにきて、ようやっと国王と王妃も我が子を諦めたみたいだよ」


 呑気な様子のアランにさらりと言われ、ランドルフは顔を引きつらせる。


「それ、未だ俺が聞いてはいけない話な気がする」


「別に平気だよ。ランディだし」


「そうよ。それに、どうせ直ぐに発表になるわ」


「まあ。それもそうか」


 王家の正式発表の前に、ミリアムのみならず、アランもそれを知っている。


 それがアランの立場を知らしめすと共に、恐らく有力貴族の当主は掴んでいる情報なのだろうとランドルフは思った。




 というか、彼等がそう操作した確率の方が高いのか。




 何はともあれ、これで乱れた学院の規律も整う、とランドルフは安堵のため息を吐いた。






 そして、教諭陣が一新されたその直ぐ後。


 成績不振により卒業が見込めないと、愚王子クリフとその恋人エイダが、学院を退学となった。


 留年するか、退学するかの選択を迫られた王家が、留年したとしても卒業できそうもないという判断を下し、退学の道を選んだらしい。


 王族、貴族として生きていくために必須とされる学院の卒業。


 それを得る事の出来なかった愚王子クリフは、これにより実質の廃嫡となったことは周知の事実であるのに、愚かにも本人だけが、それを認識していなかった。


「俺は、唯一の王子だからな。学院の卒業など不要なのだ」


「そうなのね!」


「ああ。そして、俺の愛するエイダ。お前もまた、俺の王妃となるのだから、学院の卒業は不要だ」


「嬉しい!」




 なんだ、あれ。




 学院生で居られる最後の日。


 手続きを自分でするわけでも無いのに、何故かエイダと共に現れた愚王子クリフは、わざわざ昼時の食堂で、ふたりの姿を見せつけた。




 国王となるから、学院卒業の事実は不要?


 何を言っているんだ。


 それに、未だミリアムが貴様の婚約者だろうが!




 内心の怒りを堪えていたランドルフは、友人の子息達に、どうどう、と宥められた。


「バラクロフ公爵令嬢は、もうすぐ念願の婚約破棄だろう?」


「きっと、愚王子様が張り切って婚約破棄してくれるぜ」


「だな。どちらが有責なのかなど、考えもしないだろうから」


 エイダとの真実の愛に酔っている愚王子クリフをそう酷評して、友人子息達はランドルフに囁く。


「そうなったら、すぐさま行けよ」


「遅れを取るな」


「バラクロフ公爵令嬢も、お前を待っているんだから」


 子どもの頃からの付き合いであるからか、子息達は遠慮がない。


 そして、心からランドルフとミリアムの事を心配し、応援してくれている。


「ああ。遅れなど取らない。絶対に」


 凛と言い切って、ランドルフは強く拳を握った。






「ねえ、ちょっと!クリフが廃嫡、ってどういうことよ!」


 その日、ランドルフは学院内で、もう聞く筈の無い声を聞き、嫌な予感に歩みを止めた。


「王位は継げない、ということですわね」


 そして案の定、対するミリアムの静かな声を聞いて、ランドルフは急ぎその場へ駆け付ける。


「なんでよ!?おかしいでしょ!王子様はクリフしかいないのに!」


「ですが、学院を卒業する事も出来ませんでしたし」


「そんな必要ない、ってクリフが言ってた!自分は王子だから、不要なんだって。みんな、知らないの?」


「王子だとしても、学院を卒業できなければ継承権は剥奪されます」


「嘘よ!」


「嘘ではありません。それに、殿下は王子教育も終えられませんでした」


 物陰から見守るランドルフの前で、少女ふたりが対峙する。


「それも、教育なんか要らないんだ、ってクリフは言ってた。お仕事は、周りがするのだから勉強なんて不要だって」


「政務は、王族の義務です」


「それが違うんだって。王族は、何もしないで威張っていればいいんだ、ってクリフが教えてくれたの。ねえ、みんな知らないだけなんだよ。あなたから教えてあげてくれない?」


 そう言ってミリアムを見あげるエイダは、学院の制服を着ている。


 退学したにも関わらず、学院の制服を着て学院に来るなど許されないことだが、制服を着ているが故に見咎められずに潜り込めてしまったのだろう、とランドルフは思う。


「認識の誤りは、殿下の方です。少しも学ぼうとなさいませんでしたから。身から出た錆、とでも申しましょうか」


「何言ってんのよ。人間が錆びる訳ないでしょ。馬鹿じゃないの」


「バラクロフ公爵令嬢。学院長がお呼びですよ」


 エイダが浮かべるミリアムへの侮蔑の表情に切れかけたランドルフは、殊更に笑みを浮かべてその場へ姿を現した。


「あ、不貞相手」


「その言葉、そのままお返ししますよ。第一王子殿下の恋人さん」


「ええ、やだ。照れる」


 顔を赤らめて、もじもじするエイダをランドルフは冷たい瞳で見つめる。


「今日は、おひとりですか?」


「うん。クリフに最近会えないの」




 そりゃそうだろうな。


 第一王子は、先だって王城で開かれた晩餐会の席で、派手にミリアムに婚約破棄を叫んだ事により謹慎。


 既に廃嫡も決まっていたし、王族でもない。


 それでも、あの晩餐会で上手く立ち回れれば、文官か武官として、なんて国王陛下と王妃陛下は考えていたようだが。


 所詮、無理な話だったというわけだ。




「それは、お寂しいことですね・・・では、行きましょうか。バラクロフ公爵令嬢」


「ええ」


「は?ちょ、ちょっと待ってよ!話は未だ終わってないわよ!」


「ご令嬢。警備を呼んで欲しいのなら、ごゆっくり」


 ランドルフの言葉に、エイダは首を傾げた。


「呼んだから、って何よ」


「関係者以外が立ち入った場合、警備が騎士団へ報告し、牢屋送りとなります。もちろん、既に退学したご令嬢は関係者以外・・・おや、ご存じなかったですか」


「知らないわよ!そんなの!」


 ランドルフの不敵な笑いに、エイダが焦って走り出す。


「ミリアム。大丈夫か?」


「平気よ。ありがとう、ランディ」


「いや・・・さあ、帰ろう」


「うんっ」


 嬉しそうにランドルフと並んで歩くミリアムが、屈託の無い笑みを浮かべる。


 その表情は、いつもより何処か幼い。


「こうしていると、子どもの頃に戻ったみたいだ」


「何よ。私が子供っぽい、って言いたいの?」


 ランドルフの言葉に、ミリアムがぷっくりと膨れた。


「だって、人前では凛としているのに、可愛いなって」


「いいじゃない。ランディの前でだけよ」


「うん。それも嬉しい」


 話ししながら、馬車へと着いたふたりは、共にオーズリー侯爵家の馬車に乗り込んだ。


「みんなで晩餐。嬉しいわ。すっごく楽しみなの」


「色々あったからな。今日は、ゆっくり寛いで、楽しむといい」


「ランディもね」


「ああ」


 ふふ、と笑ったミリアムが、不意に悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「ところで。学院長の呼び出しは、無いのよね?」


「無いよ。ああ言えば、ベーコン男爵令嬢も焦るだろうと思って」


「退学したのに潜り込めば犯罪者扱い。そんな危険を冒してまで制服で来るなんて、愛よね」


「無知なだけだろう。それよりミリアム。何故、あの男爵令嬢に対し、罪の追及をしなかったんだ?」


 追及すれば、殺人未遂の罪さえあったのに、と言うランドルフにミリアムは真顔で答えた。


「だって、彼女のお蔭で私は自由の身になれたのだもの」


「・・・ミリアム」


「ランディ、私ね。ずっと王子の婚約者でいることが嫌だったの。だから、このままいけば破滅するって判っていて、注意もしなかったの。狡猾だ、って思う?」


 不安そうに言うミリアムに、ランドルフはすぐさま(かぶり)を振った。


「莫迦言え。そんなこと、思うわけないだろう。あの王子には、ひとの話を聞く、とか、状況を正しく理解する、なんてことは出来ないんだから、正しくミリアムが導こうとしても無駄だったよ。第一俺は、ミリィが幸せになれない結婚なんてしてほしくない、ってずっと思っていた」


 ランドルフの言葉に、ミリアムの瞳が輝く。


「本当?」


「ああ。もっと俺に力があったら、って・・・分かっていなかったのか?」


「私のこと、心配してくれているのは知っていたけど、でも自惚れたらいけないかな、って」


「そんなこと思っていたのか」


 ミリアムの告白に、ランドルフはため息を吐いた。


「だって、留学から帰って来たら、ランディ、すっごく大人びて格好よくなっていて。学院でも、頼りになるって人気があったから」


「俺は、ミリィに頼られるのが一番だよ」


「ランディは、とっても頼りになるわ。それに、優しいし、思いやりもあるから一緒にいて、つい甘えたくなってしまうの」


 困ったように笑うミリアムに、ランドルフは嬉しい気持ちが沸き上がる。


「そう言ってもらえると嬉しい。ミリィが王妃になるなら側近になろう、って努力して来たから」


「それって。私をずっと支えてくれるつもりだった、ということ?」


「ああ」


「それなら。これをもらってちょうだい」


 そう言ってミリアムが取り出したのは、布張りの箱。


「これは?」


「開けてみて」


 言葉通り、ランドルフが開いたそこにあったのは、花冠を模したタイリングとブローチ。


「ミリアム、これって」


「あの日、あの幼い日にランディが求婚してくれた時の花冠。すっごく嬉しかったから」


 そう言って、遠く、優しい目をしたミリアムに、ランドルフは困ったと笑みを零した。


「困る?私の気持ち」


 ランドルフの言葉に、ミリアムの瞳が揺れる。


「違うよ、ミリィ。困ったというのは、先に言われてしまったから」


「先に、って・・・」


「ミリアム・バラクロフ公爵令嬢。こちらを、受け取っていただけますか?」


「っ・・・ランディ」


 ラドクリフが取り出した箱を開いてみせれば、ミリアムの瞳に涙が滲む。


「ずっと一緒にいよう。ミリアム。今度こそ」


「ずっと一緒にいましょう。ランディ。二度と離れたくない」


 誓い合ったふたりは、揺れる馬車のなか、しっかりと手を握り合った。



ありがとうございました。

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