花邑杏子は頭脳明晰だけど怖くてちょっとドジで馴れ馴れしいがマジ傾国の美女【第45話】
「今日は泊まってく!」
一度決めたらテコでも聞かない。これが彼女の厄介なところ。
「あっ、そうだ。ご飯食べてない!お腹減った、お腹減った」
瀧川美春が大声を上げた。
「ねっ?焼き肉行こっ♪」
ヤバいところを突かれた気がした。
「いいじゃん。臨時収入も入ったことだしーー」
「そんなこと言われてもだなあーー」
義範は、なんとか逃げたかった。
「あたしらがまだ一緒だった頃、よく行ってた焼肉屋があったじゃん。まだやってるの?」
「ああーー潰れたよ」
「本当なの?あたしと焼肉行くのが嫌でそんなこと言ってるんじゃないの?」
「そんなことないさ。本当だよ」
「適当に言ってんじゃないわよ!あたしと焼肉行くのが嫌でそんなこと言ってるんじゃないの?」
「そんなことないさ。本当だよ」
「じゃあさ、最近オススメの焼肉屋を紹介しちゃう!屋号が面白いのよね。『町中の南波』っていうの。それでね・・・」
そこから先はまるで聞いてなかった。まさかここで澄香ちゃんのお店が出てくるとはーー
「そうと決まれば、早く行こう。ねえ早く~」
「行かない」
「どお~してじゃ!」
「ダイエット中」
「今更、モテると思わないことね」
「俺は猛烈に、カップ麺が食いたい気分なのだがーー」
「ダイエットになってないじゃないか、ばかぁー!」
瀧川美春がキレた。
「あんたねえ!そんなんだから、あたし以外に彼女できないんだよ!」
「だから、彼女いるって」
「カップ麺ばっか食べてる奴なんか、彼氏の対象に入らないわ!」
「じゃあ俺ら、付き合えないよ」
「ああ、聞こえない聞こえない~!」
「俺はコンビニ行くけど、お前も食うか、カップ麺」
「行かないわよ、ばかぁー!ーー私、梅味ラーメンね」
「ワカリマシタ」
「もう!私も行く!」
コンビニへーー
『町中の南波』とは正反対の方向に。
彼女はそれに気づいていないようだ。
街灯のみを頼りに歩いていたら、煌々と輝く光を放つ店にたどり着く。二人は導かれるように中に入る。
お目当ての品をかごに入れる。他におにぎりを追加した。
また街灯のみを頼りに歩く。
終わりがすぐに見える航海。しかし、瀧川美春と歩いていると、何かと刺激的だった。細かいことに気がつく彼女は、無邪気にそれを彼氏に話す。端から見れば、二人は仲睦しく見える。
実際は「あー、あの二人、チューしてるよ」とか「あのカップル、これから何処にいくのかなあ~」など、確かに刺激的ではあるのだが・・・
義範は彼女に耳打ちをした。
「あんまり大声出すなよ」
なのに彼女はーー
「ええ~っ!いいじゃん、幸せそうなんだから」
と、全く気にかけない。
たまらず義範は走り出した。しかもけっこうな全速力で。
「ああっ、待ちなさいよぉ!こんちくしょう!」
航海は予定より大幅に短縮された。
瀧川美春は、大いに不満そうだ。
カップ麺を食べてるときも、義範の顔をじーっと見ている。
「もっと恋人らしくしたかったのに」
「何?」
「もっと恋人らしくしたかったのにぃ!」
「俺ら、付き合ってないじゃん」
当然という顔で、カップ麺を啜る義範を見て、彼女は怒りを爆発させた。
「昔のあんたはそんなんじゃなかったーーなのに、なのに!今は本当に冷たい。全てが元カノに振る舞う態度じゃないもん!」
「まあ、元カノだからな」
「ちょっとは、情ってものがあってもいいんじゃない?」
「そうしたら、今の彼女が怒る」
「ああそう!ますます知りたくなったわ。今のあなたの彼女のことをね!」
「そうかい」
「まるで他人事!?」
「さあ、夜も遅いから、お帰りよ」
「うるさい!泊まってくって、言ってんでしょう!」
こういうところがイヤになったの、まだ気づかないのだろうか。
仕方ないので、瀧川美春にベッドを提供して、自分はゲームチェアで寝ることにした。