花邑杏子は頭脳明晰だけど怖くてちょっとドジで馴れ馴れしいがマジ傾国の美女【第42話】
受付嬢の名は、星深雪と言った。
いまは、近所の蕎麦屋で、義範はかつ丼、星深雪はたぬきうどんをそれぞれ食べている。
「昨日、ロビーで男女がキスしてたの、知ってる?」
俺のことじゃん!!
「仕事中に何考えてるんだ!って、私は思ったの。あなたはどう思う?」
「まあ、いろいろ、事情があったんじゃないの?この会社、ただでさえ国際色豊かだしーー」
「キスをしていたのは、日本人同士だって。だめよねえ、日本人がそんなことしちゃ」
「うーん、でも時代が時代だし」
「あら、妙に肩持つじゃないの、その日本人に」
「そんなことないよ。あは、あははーー」
なんとかこの場を誤魔化したかった義範は、これでもかと、かつ丼をかきこんだ。
二人は公園にやってきた。
まだ三十分、休憩は残っている。
「あなた、ここじゃ見ない顔だけど、本社の人?」
「そう、広報課に所属してる」
「へえ、広報ねえーー広報って、どんな仕事するの?」
「会社のPRをしたり、製品の説明をしたり」
「ふうん」
「何で俺を飯に誘ったの?沢山の往来があるなかで、何で俺を?わざわざ迎えに来てくれたりーー」
「直感したの」
「何の?」
「この人、私の恋人になって、行く行くは二人、結婚するって」
星深雪は義範をじっと見ている。
「そうかあーー」
彼は、心のなかで、南波澄香ちゃんに土下座した。
「そうなるのかなあ」
「そうだよ」
「俺も、行く行くは家庭を持ってーー」
「子供は三人欲しいねえ」
彼女が義範の肩にもたれかかってきた。
「マイホームなんか買っちゃったり」
「私はマンションがいい」
積極的に腕を絡めてきた。
「老後は、田舎に移住してーー」
「海がいい?山がいい?」
「俺は山だなーー」
「私は海ーーはい、だめぇ」
突然のダメ出しに、義範は困惑した。
「何がだめなの?」
「私はね、スキューバダイビングが好きなの。老後はダイビングショップを持つのが夢なのよ。だから、海じゃなきゃだめなの」
「釣り船じゃ、だめなの?俺、釣りがしたいんだけど」
「だめよ。釣り船なんか」
「そうなのかあーーじゃあ決裂ってことで」
「100年の恋が冷めそうになったわ!」
「俺たち、出会ってまだ1時間ちょい・・・」
「恋は時間じゃないわ!フィーリングよ!」
「それよりも、そろそろ時間・・・」
「逃げるのね!何故、真っ直ぐ向き合おうとしないの!」
人間の広報さんは、困ってしまって・・・
「あのね、答えを出すのは早い気がするのねーー」
「二人のことなのに?」
「いや、俺たち、付き合ってもいないしさーー」
「男はいつもそうやってーー」
「いいから、もう帰ろう」
「いや!」
「大声出すなよ。勘違いされるーー」
「キスしてくれなきゃ、もっと大声出すからね」
「君はきっと疲れているんだ。早退したほうがいいよ」
「女の子になんてことを!このバカぁー!」
(やっぱり俺は南波澄香ちゃん本命でいこう)
固く誓う義範。その義範の手を離さない星深雪。
そしてーーその様子の一部始終を見ていた花邑杏子!
きっと、神様の悪戯。
「今日の飲み会には、絶対に行くんだからね!」
「まあ、そのつもりだけどーー」
「男なら堂々としなさい!」
「はいはい・・・」
「返事は一回!」
「はいぃ!」
「よろしい」
星深雪は満足気だ。
二人、腕を組みながら会社に戻った。
それを見た三人の男性が鞄を地面に叩きつけていた。
皆、星深雪が好きだったのだ。そして、付き合いたいという夢は、脆くも砕け散った。
「じゃ、俺はここでーー」
「頑張ってね」
彼女は受付へと向かっていった。
「あ、忘れ物ーー」
星深雪は、義範にキスをした。
「日本人にあるまじき行為たい」
そう言うと、駆け足で去っていった。