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花舞う入学式の日にぶつかった麗しの貴公子とのロマンスが……始まらない

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 海上で起きた邪神族襲撃事件は、アルテナの活躍で死傷者0という形で決着がついた。

 帝国側がそれに深く感謝し、エイジア自治州だけではなく、他国から来た生徒の間でも【臥龍の召喚士】の話題が持ちきりになっている中、訪れた入学式の日。

 原住民が生活する都市部の、等間隔で植えられた花木が咲き誇る大通りの先にあるミストラル学院。その駐車場では各国の王侯貴族の子息を乗せた馬車が何台も止まっていて、アルテナとジークリードを乗せた馬車もあったのだが……。


「オートレイン卿、緊張しているのも分かるが、馬車から出なければ入学式に出られないぞ」

「だ、だってぇ……」


 船でエイジア自治州に着いたアルテナたちは街の高級ホテルでしばらく滞在してから入学式をの日を待ち、こうして初登校をしていたわけだが、周囲から突き刺さる無数の視線に耐えきれず、アルテナは馬車から降りれなくなっていた。

 

「み、見られてる……すっごく、すっごく見られてる……な、何でぇ……?」


 馬車の扉を開けた瞬間、周りにいた人間が一斉にアルテナの方を見たのだ。王子であるジークリードではなく、一家臣でしかないはずのアルテナの方を。それが怖くてアルテナは思わず扉を閉め、そのまま馬車に引き籠ってしまったわけであるが、無理もない話だった。

 

 当のアルテナはあまり自覚していないが、護法騎士は大国イシュタリア最強の召喚士として世界的にも有名だ。

 その護法騎士が入学してくるというだけでも話題性としては十分なのに、先日の邪神族撃退、そして同じ年頃の王子と同じ馬車に乗って登校するという、更に話題を呼ぶようなことをしているのだから、周りからの注目を集めるのも当然だ。

 ちなみにジークリードと同じ馬車に乗ったのは、見知らぬ街を歩いていると迷子になりそうだったからで、近隣諸国の王女や令嬢が考えているようなスキャンダラスな事情など、これっぽっちもない。


「ごご、ごめんなさいっ。あともうちょっと、もうちょっと心の準備が出来たら出ますから……!」

「分かった。時間はまだあるし、落ち着いたら声をかけてくれ」


 スーハ―スーハーと何度も何度も深呼吸をするアルテナ。

 いずれにせよ馬車から出なければ始まらないし、ジークリードをあまり待たせるのも悪い。緊張と不安で震える手を強く握りしめて震えを止めて、アルテナは意を決して馬車の扉を開いた。


「も、もう大丈夫……多分、きっと……大丈夫……?」

「……本当に大丈夫か?」

「だ、大丈夫、ですっ。いけますっ」


 気合を入れ過ぎて若干やけくそ気味になっているアルテナは、必死に周囲からの視線を無視して……それに集中し過ぎて、馬車から降りる途中に足を踏み外した。


「ふぎゃっ!?」

「危ないっ!」


 ガクンと体が傾いて、そのまま顔から地面に落ちそうになったアルテナを、ジークリードは咄嗟に抱き止める。


「…………っ‼」


 実際に触れてみて、改めて子供のように小さな体だと思った。抱き止めても体に負担を感じさせないくらいに軽くて華奢だ。

 しかし、ダボダボのローブ越しでも伝わってくる体温も柔らかさも、紛れもない女性のものであると思い知らされた。


「ご、ごごごごごごごめんなさい殿下っ! め、めめめめ迷惑かけちゃって……!」

「……いや、問題ない。そちらこそ怪我はないか? オートレイン卿」

「は、はい……ほ、本当に、ごめんなさい……」


 ジークリードは心の中で必死に聖句やら念仏やらを唱えながら平静を装い、そっとアルテナを地面に下ろす。


「荷物などは既に寮の部屋に運び込まれているはずだから、まずは講堂へ向かうとしよう。入学式はそこで行われているはずだ」

「は、はい」


 ちょっとだけギクシャクとした動きで先に進むジークリードの後ろを、アルテナがチョコチョコと付いて行き、その後ろに控えるようにグレイが黙って続く。

 

(うぅぅ……で、殿下は怒ってるでしょうか? それとも呆れてる……? これでも護法騎士なのに、いきなり迷惑かけてしまいました……)


 フードを深く被り、俯きながら不安な顔を浮かべるアルテナに、後ろに控えていたグレイがこっそりと話しかける。


「【臥龍の召喚士】様、ジークリード殿下はお怒りにはなっておられないでしょうから大丈夫かと」

「えっ!?」


 思わず口元を両手で抑えながらグレイを凝視する。口には出していないのにどうして……そう言いたげな表情で見ている、実に考えていることが分かりやすいアルテナに、グレイは一切表情を変えないままこう続けた。


「【臥龍の召喚士】様は我が国の英雄にして命の恩人……殿下はみだりに心情を態度に出さないように再教育をお受けしていたので分かりにくいですが、貴女様のお体に傷が出来なくて、むしろ安心されているのではないかと思います」

「そ、そう……何ですか……?」

「はい。間違いないかと」


 サラリとアルテナだけでなくジークリードのフォローもこなした従者は迷うことなく断言する。

 それを聞いたアルテナは「殿下は優しいんだなぁ」と考えていると、右側から走ってくる人影が見えた。……それもなぜか、ジークリードを目がけて。


「…………へ!?」


 これにはアルテナも目を見開いて間抜けな声を出してしまう。それもそのはずで、件の人影……ピンク髪の女子生徒は明らかにジークリードに向かって全力疾走しているのだ。その勢いは走っているというよりも突進していると言った方が正しく、止まろうとする気配が微塵も感じられない。

 身分制度がある国で生まれ育ったアルテナからすれば、王族にそのような事をするなど考えられない事だ。いや、そもそも人に向かって突進すること自体があり得ないのだが。

 やや遅れてジークリードもピンク髪の女子生徒の存在に気が付いたが、避けるのが間に合わない。


「あ、危ないっ!」


 アルテナは咄嗟に、ジークリードとピンク髪の女子生徒の間に諸手を広げながら立ち塞がり、召喚術を発動する。


「きゃあああっ!?」


 目に見えない圧力で弾かれたピンク髪の女子生徒はそのまま尻餅をつきそうになるが、同時に発動させた召喚術で風を操り、転倒の勢いを失速させて優しく地面に下ろす。

 これで誰も怪我をしていない……アルテナはホッと息を吐くのだが……。


「いったぁ~~いっ!」

「……え!?」

 

 痛くないように地面に着地させたはずの女子生徒が、やけに間延びした大きな声で叫んだのだ。

 その事にアルテナは冷や汗を掻く。もしかしたら自分がしたフォローは上手くいっておらず、怪我でもさせてしまったのではないのかと。


「ひ、酷いですぅ! いきなり突き飛ばすだなんてぇ~!」

「あ、あわわわわ……! ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」


 ペコペコと平謝りをするアルテナ。しかしピンク髪の女子生徒は許す気が無いのか、両手で両目を隠しながら泣き始めた。


「わ、私が元平民の男爵令嬢だからってこんな事をするんですねぇ!? 護法騎士様だからって幾ら何でも酷いですぅぅ~!」

「すみません、すみません、すみません!」

「偉いからって何をやっても許されるなんて思わないでください~!」

「本当に、本当に、ごめんなさい! 私なんかが護法騎士で本当にすみませんっ!」


 あぁ、一体どう償えば許してもらえるのだろう……必死に謝り続けるアルテナは全く気付いていないが、この光景を見ていた周囲の人間は気付いていた。ピンク髪の女子生徒が泣き真似の演技をしているという事に。

 泣いているというにはしゃくり上げている様子もないし、声色も普通というかやけに演技臭い間延びした声だ。そもそもスローモーションかというくらい優しく地面に下ろされておいて、痛いも何もないはずだ。


「……これは一体どういうことだ?」


 そんな見るに堪えない光景を見せられたジークリードがゆっくりと低い声を出すと、ピンク髪の女子生徒は如何にも傷付いていますと言わんばかりの表情でジークリードを見上げた。


「ジーク様ぁ、見ましたか? 今この人にすごい勢いで突き飛ばされたんですぅ……私もう怖くて……」

「それはそうなるだろう。彼女は俺を君から守ろうとしたのだから」

「……え?」


 ジークリードの言葉に、ピンク髪の女子生徒はポカンとした表情を浮かべた。それはまるで、予想外の出来事が起こったかのような反応だ。


「君はハートフィールド男爵家のミリア嬢だな?」

「ジ、ジーク様……! やっぱり私の事を知って――――」

「貴族名鑑で見た覚えがある。昨年、男爵家に養子として迎え入れられたと。仮にも貴族になって1年以上が経っているというのに、これまでの言動はどういうつもりだ?」


 ただひたすら冷たい表情で問い詰めるジークリード。これには突拍子もない言動を繰り返していたピンク髪の女子生徒も不味いと思ったのか、「え……その……」と、実に自然な感じに狼狽えている。


「分かっていないようだから教えるが、これまでの君の言動は全て不敬に値する。王族に向かって突進してくることも、許可もないのに馴れ馴れしく愛称で呼ぶことも、場合によっては罰を与えなくてはならないほどの事だ。平民にとっては大げさに感じるかもしれないが、王侯貴族の権威を守る為に必要な事だ。男爵家ではそういったことを教えられなかったのか?」

「え……あ……で、でも! だからって突き飛ばすなんて酷いと思います! それで怪我しちゃったんですよ!?」

「それこそ不可抗力だろう。彼女は私の身辺を守るように父王から命じられている。そんな私に暴漢紛いの人間が向かってくれば、多少手荒に対処してしまうのも仕方がない」

「暴漢!? 私が!?」


 信じられないとばかりに驚くピンク髪の女子生徒……ミリアの反応に、「その反応にこっちが驚きたいくらいだ」とジークリードは呆れ果てた。


「暴漢でなければ何だというんだ? 入学に舞い上がって周りが見えなくなっていたとでも言いたいのか? 仮にそうだとしても、貴族令嬢のやる事とは思えない」

「で、でも私は怪我を……」

「正直、それが一番怪しいのだがな。あんなにも優しく地面に下ろされておいて、説得力がないぞ。周りの人間も同じような証言をするだろう」


 話せば話すほど、どんどん冷たくなっていくジークリードの視線に、ミリアはとうとう何も言えなくなってしまう。


「世界各国から集まった学生たちにとっての晴れの日をこれ以上穢したくはない。実害もない様なので、若気の至りということで今回に限り特別に不問とするが、今後は立ち振る舞いに気を付けるようにするように。君は我がイシュタリア王国の代表の1人としてミストラル学院への入学を許されたのだという事を忘れるな。……さぁ、行こうオートレイン卿。さっきは守ってくれて助かった」


 そう言うと、ジークリードは事態に付いていけずにオロオロとしているアルテナの背中に軽く手を回して講堂に行くように促す。


「でも、あの……い、良いんでしょうか……? さっきまであんなに泣いてて……」

「構わない。どういうつもりなのかは知らないが、泣いていたのは演技だ。貴女が気に病むような事ではない」

「え、演技……!?」


 そのままアルテナを連れて、ミリアの事など見向きもせずに立ち去っていくジークリード。そんな二人の背中を、ミリアは鬼のような形相で睨みつけていた。



ミリア「ジークリードが来るまで、ずっとスタンバってました」

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