締まらない野生のチート
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宇宙からの脅威、邪神族の何が恐ろしいのか。そう聞かれた時、多くの人は数の多い事と答えるだろう。
邪神族は最低でも数十体もの群れを構築して狩りをする捕食者で、特には数百数千もの大群となって襲ってくる。
数の暴力は絶対であることは言うまでもない。戦争の歴史を遡っても、個の力が数の力に勝ることなどまずない。
……しかし、その理屈を覆す者たちが存在し続けたのも揺ぎ無い事実であり、それを為せる人間が今、この場所に居た。
「【臥龍の召喚士】様が出陣なされるぞー!」
イシュタール王室保有の大型船に乗る護衛の召喚士たちが向かってくるであろう邪神族に備えながら、隣国の船に援軍を出すか、自国の王子を守るのに集中するべきかで悩んでいる時、大きな声で甲板に響き渡った伝令を聞いて、彼らは一斉に船内から出てくる小さな人影に視線を向けた。
「…………」
その人影は他の誰でもないアルテナである。普段ならこれだけの人数から視線を向けられれば緊張のあまり吐き気を催すなり、動けなくなったりするのだが、今のアルテナの意識は全て、近くを運航する帝国の船……それを襲う邪神族の群れに向けられていた。
(伝令通り、邪神族の数は大きさ問わずに100以上……ううん、200はいるかもしれません……)
召喚術を使って視力を強化、並びに視界に移る対象物を拡大して瞳に映し、戦況を確認する。
邪神族は帝船の上空から炎や雷を吐き、時には強靭な顎や爪で直接攻撃をしていて、中には船体の側面に張り付いて死角から奇襲をしている個体もチラホラいる。
(帝国の兵士でしょうか……? 向こうに乗ってる召喚士も頑張っていますけど、戦況は芳しくない……!)
よく見てみると、帝国兵と思われる大人の召喚士たちがモンスターを召喚して邪神族の対応に当たっているが、苦戦を強いられている。
彼らが弱いという訳ではない。あの船には、今まさにミストラル学院に入学しようとしているであろう、年若い子供たちが大勢乗っているのだ。
子供たちはその殆どが恐慌状態にあるようで、統率が取れていないように見受けられる。
(守らなきゃいけない対象が多すぎて、後手に回ってる……! このままじゃ防衛線が破られるのも時間の問題です……!)
無理もない話だ。いくら将来有望とはいえ、子供たちは邪神族との実戦経験が殆どないだろうし、それを守りながら戦っているのだ。アルテナからすれば帝国兵を責めることは出来ない。
(……あの船に乗っている人たちを、大切に思ってる人は、大勢いるんでしょうね)
アルテナは平和が好きだ。何事も無い日々や、日常のほんの些細な幸せ、そして何よりも大切な人が傍にいてくれる事実が尊いと感じる。そしてそれらは、近しい人たちが命の危機に晒されていないことが前提となって存在するものなのだ。
そして邪神族は命の危機の象徴だ。人を喰らって誰かの平和を壊す存在だ。ならば立ち向かわなくてはならない。自分には関係ない相手だからだとか、助けても何の得にもならないとか、そんな事は関係ない。
助けたいから助ける。そんなシンプルな感情が、弱気なアルテナを突き動かしていた。
「が、頑張る、ぞー……!」
自分を鼓舞するように呟いたアルテナは、頭の中で素早く戦略を練る。
邪神族の群れは帝国の船を取り巻く形で攻撃をしている。下手な攻撃をすれば船を巻き添えにしてしまうだろう。
(まずは邪神族を船から引き剝がす……!)
そう即断するや否や、アルテナの頭上に召喚門が構築される。
「限定召喚……ボレアレス」
そして瞬間、帝国船を囲む邪神族をからめとるように強力な乱気流が発生する。
まるで旋風の1つ1つに意思が宿ったかのように、船や乗組員を傷つけることなく、飛び交う邪神族を翻弄し、船体に張り付いた邪神族も剝がし、同様に弄ぶ。
飛行能力を持つ邪神族たちは、そのままアルテナのモンスターが吹かす風の意のままに1匹残らず空中の1ヵ所に集められた。邪神族たちは何とか逃げ出そうと藻掻いているが、何層もの風が行く手を遮る檻のように機能し、抜け出すことが出来ない。
さながら風の結界に閉じ込められた邪神族たちは内部でかき回され、同胞と体と体をぶつけ合わせるばかりだ。
「限定召喚……レイジニア」
そして止めとばかりに、アルテナの頭上に2つ目の巨大な召喚門が展開される。
契約者の魔力と意思に応じ、門の向こう側にいるモンスターは耳をつんざくような雄叫びと共に、六条もの巨大な火柱を邪神族を密集させた場所目がけて発射した。
それはまるで炎で出来た激流のように邪神族の群れを纏めて押し流し、群青の空を紅蓮に染め上げる。邪神族の襲来とは別の意味で、地獄のような光景は王国船や帝国船の乗組員のみならず、エイジア自治州がある島からでも確認でき、見る人全てをただただ圧倒させた。
「…………邪神族残党……0。げ、撃退……できましたぁ……」
そして炎の激流が全ての邪神族を炭も残さず焼き尽くしたのを確認すると、ようやく気を抜くことが出来たアルテナはフニャリと表情を緩める。その姿は、つい先ほど邪神族の群れを焼き払った召喚士のものとは思えないくらい、あどけない姿だった。
「「「…………」」」
「…………っ!?」
そこでふと、アルテナは甲板に居た乗組員たちがジッと自分を見ていたことに気が付いた。
途端に猛烈に居た堪れなくなり、そして一気に緊張して「あうあう」と呻いていると、乗組員たちは示し合わせたかのように一斉にアルテナの元へと駆け寄ってくる。
「お見事です、【臥龍の召喚士】様!」
「鮮やかかつ強力な召喚術の同時発動、感服しました!」
「それも船を傷つけることなく、邪神族の群れを一撃で殲滅してしまうなんて!」
「まさに前評判に偽りなし! 貴女は紛れもない英雄です!」
アルテナを囲んで掛け値なしの称賛を浴びせる乗組員たち。
彼らの中にはアルテナの事を「こんな小さい子で大丈夫か?」と侮り、心配する者も少なくなかったのだが、それが実力で見事なまでに打ち払われたのだ。国王陛下が認めた召喚し、その実力に偽りはなかったと。
「……………」
「【臥龍の召喚士】様? どうかなさいましたか?」
しかし、当のアルテナは面識のない人間に突然囲まれ、浴びせられる数々の称賛に反比例してどんどん顔色が悪くなっていく。
そして口元を抑えながらフラフラと甲板の端に寄っていき、上半身を柵から乗り出した状態で……。
「……うえっぷ…………っ」
海に向かって思いっきり吐くのであった。
あらすじのチートの片鱗をようやく見せれたゲロ系天才主人公