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コミュ障でもできる学生生活

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「うっ……うっ……む、娘と……娘と離れて暮らすことになるなんてぇ……や、やっぱり今からでも無かったことにしてもらえないかなぁ……?」

「仕方ないでしょう、お仕事なんだから。たった3年の我慢よ」


 それから少し日にちが経ち、ミストラル学院に入学するためにエイジア自治州に向かう当日。アルテナは実家の前で家族に見送られていた。

 

「3年って……長すぎるよぉっ! せめて半年……いや一ヵ月にまけてくれないかなぁっ!?」

「出来るわけないでしょ。……それじゃあ元気でね、アルテナ。向こうに着いたら手紙を書くのよ」

「向こうじゃ机で寝ちゃダメだよ? 床に本を山積みにしたり、顔を洗わずに出歩いたりしたらダメだからね?」

「わ、私絶対に帰ってくるから……に、任務が終わったら……絶対に帰ってくるからぁ……!」


 延々と泣き続ける父に泰然と見送る母、とにかく心配な妹にハラハラと泣きながら見送られるアルテナ。まるでこれから戦場に言って帰ってこれるか分からない兵士のような気分だが、アルテナ的には似たようなものである。

 猛烈に後ろ髪を引っ張られる気持ちを味わっていると、角の生えた馬のようなモンスターに引かれた、王家の紋章が入った黒塗りの馬車が家の前までやって来て、そのまま「ブルル……」という唇を震わすような鳴き声と共に停止した。

 

「待たせて申し訳ない、オートレイン卿。ご家族の見送りは済んだだろうか?」


 馬車の扉を開け放ち、颯爽と降りてきたのは、美貌の第二王子ジークリードだ。

 日頃の視察の合間に、この家に来るときはお忍びということで変装しているが、今回の彼は王族として堂々と来ている。突然現れた王族に辺りの住民は騒然としている中、ジークリードは胸に手を当てながら真摯な表情でアルテナの家族に告げた。


「それでは事前に伝えたとおり、オートレイン卿は国力増強政策の一環として3年間ミストラル学院で学んでもらう事となった。その間の生活全てのサポートは、王家の威信をかけて行うので、どうか安心してほしい」

「承りました。どうか娘をよろしくお願いいたします」


 未だに涙が止まらない父や、まだ子供のフィオナに代わって、母であるアニエスが丁寧に対応する。

 アルテナが学院に入学する本当の理由を明かす訳にはいかないので、表向きの理由は護法騎士の実力底上げによる国力増強と、他国に武威を示す為というものだ。転生者を名乗る男がもたらした情報の対応は、王家を始めとした一部の高官や諜報員、護法騎士にしか共有されていない機密である。


「改めて、3年間よろしく頼む、オートレイン卿」

「ひゃ、ひゃいっ。こ、こちらこそ、ご迷惑おかけしますっ」


 ペコペコと頭を下げるアルテナに、ジークリードは馬車の前でそっと手のひらを差し伸べた。

 平民の間では中々見られない、淑女に対する紳士のエスコートだ。それを見た母親のアニエスと、最近恋愛に興味津々なフィオナは若干目を輝かせる。父は全く気付いていないようだが、実はこの2人はジークリードがアルテナに向ける感情を大分前から感付いていたのだ。


((頑張ってロリコ……いや、第二王子殿下!))


 そして第二王子様はロリコンの気があるのだろうかと大いに疑ってた。法的に問題ないし、初めてアルテナに好意を向けてくれた男性なので、とりあえず見守ることにしたが。


(いける……! 今の俺は、完全に下心を隠せている……! 紳士として、王族として、男として、スマートかつ自然に手を差し伸べられている! 傍から見た俺は、決してロリコン扱いされることはあるまいっ!)


 そんな事実は露知らずに自信を持ってエスコートするジークリード。合法的にかつ自然に手を繋げると実は喜んでいるのは、絶対に誰にも明かせない15歳思春期の秘密だ。

 結果から言って、彼の下心やら何やらをアルテナには気付かれなかった……が。


「…………?」


 頭に疑問符を浮かべてまじまじとジークリードの手を見るアルテナ。コミュ障なのに加え、子供の頃から召喚士としての研鑽に邁進してきた彼女には、差し出された手の意味が全く理解できなかったのである。

 そして何を思ったのか、ポケットから財布を取り出したアルテナは、硬貨をジークリードの掌に恐る恐る乗せた。


「……オートレイン卿、この金は……?」

「え、えっと、馬車代、です。さ、先払いなのかなって、思って……」


 これまで特に使う機会もなかったのに、何時かアルテナに対して使うかもしれない……そんな思いで身に付けた渾身のエスコートを馬車代の催促扱いされたジークリードは真っ白な灰になって崩れ落ちそうになる。

 フィオナはとんでもなく残念なものを見るような目で姉を見て、アニエスは「私の教育が間違ってたのかしら……」と嘆き、控えていたグレイは「あっちゃあ……」と額を手で覆っていた。


「あ、あのぅ……殿下? 皆……? あのぅ……?」

「……【臥龍の召喚士】様、とりあえず馬車代は必要ございませんので、お返しいたしますね」


 未だショックで動けない主に代わり、グレイは硬貨をそっと抓まんでオロオロしているアルテナに返すのだった。


   =====


 イシュタリア王国の王都は外交の関係上、海からも遠くない場所に位置している。

 馬車に乗って程なく海に着いたアルテナは、そのまま王家が保有する、首長竜のような巨大モンスターに引っ張られて運航する大型船に乗ってエイジア自治州に向かう途中、灰から復活したジークリードから改めて任務の細かい確認を受けていた。


「今回、オートレイン卿に課せられた任務は学院の監視と調査だ。こちらに関しては王家が手配した調査員が使用人などに扮して協力するため、何か不審な点などがあれば俺の元に情報が集まるようになっているから、定期的に報告する。ここまではいいか?」

「は、はい。大丈夫、です」

「ではオートレイン卿の学院での立場だが、エイジア自治州や他国との交渉の末、貴女は一般生徒としてでなく、特待生兼特別臨時講師として入学を認められている」


 当たり前の話だが、召喚士の頂点である護法騎士と学生とでは実力の差があり過ぎる。そんな学生たちとアルテナを同じ土俵に立たせるのには問題があった。


「ミストラル学院の生徒は皆多感な年頃で、成績順位や各大会の結果は将来を左右する重要なものだ。実力差が大きい者が彼らと同じように授業を受けて大会に出るようではモチベーションに悪影響が出かねないので召喚術の授業は免除、成績順位表に貴女の名前が記されることもなければ、大会に出ることも出来ない。楽しみにしていたのなら申し訳ないが……」

「あ、いえ。それは大丈夫というか、その……むしろ、助かります……」


 正直な話、全く見ず知らずの人に囲まれて授業を受けなければならないのかと猛烈に気が重かったので、その点は本当にありがたい事だ。

 それは仕事の面でも同じである。授業が免除されて自由に動ける時間が増えた分、監視や調査に集中できる。エーリッヒは他国に譲歩しつつも、こちらにとって都合の良い方向に話を持って行ったらしい。


「で、でもその、あの……と、特別臨時講師って……」

「あぁ、心配しなくてもいい。何も大勢の前で講義をしてほしいという訳ではない」


 不安がるアルテナを安心させるようにジークリードは口を開く。

 勿論そういう話も来ていたが、護法騎士のオリジナル術式は機密事項だし、それ以外の術式を教えるにしても、馴染みのない人間の前ではまともに喋れないアルテナよりも、普通の講師が教えた方が遥かに良いのだ。そこで他国との話し合いの結果、このような形に落ち着いた。


「学院の召喚術の実技講師に認められた生徒に限り、当人の希望があれば実戦に近い形で戦闘訓練を行う、それが特別臨時講師としての役割だ」


 主旨としては、未来ある召喚士の卵たちに、国の第一線で活躍する最強の召喚士の実力を肌で味わって学んでもらう……という事らしい。

 確かに実力が上の相手との戦いは勉強になるのはアルテナも身に覚えがある。それが命の保証がされている訓練としてなら、是非とも挑みたいという召喚士は多いだろう。

 口頭での解説とかもいらないし、黙って戦えばいいだけらしいから、アルテナとしては非常に気が楽だ。


「えっと、実戦形式で、いいんですよね……?」

「あぁ。大きな怪我が無いよう、使用する術は選別する必要はあるが、それ以外であれば普段通り戦ってくれて構わない」

「わ、わかり、ました。が、頑張り……ますっ」


 居合を入れてフンスと鼻息を吹くと、慌ただしい足音が近づいてくるのに気が付いた。

 一体どうしたのだろうと不安になっていると、護衛として船に同乗した兵士の1人が、勢い良く扉を開けて、アルテナは「ぴゃあっ!?」と奇声染みた悲鳴を上げた。


「無礼仕ります、殿下! 一大事でございます!」  

「かまわん! 何があった!?」

「この船とほぼ同時刻に港を発ち、視認できる範囲内を運航していた隣国シュバルツ帝国の船が、邪神族の襲撃を受けております! その数、小型、中型、大型問わず、100を超えるとのこと!」

「何だと!?」


 その船というのは、ほぼ間違いなくミストラル学院に入学する生徒が大勢乗った船の事だろう。

 その船を100を超える邪神族が襲った。船上である以上、飛行能力や水泳能力を持つモンスターと契約していない人間は自力では逃げられないし、このままでは間違いなく多数の犠牲者が出るだろう。

 そしてすぐ近くの船が襲われた以上、この船も襲われるのは時間の問題だ。一体どうするべきかと逡巡していると、フードを被ったアルテナが立ち上がって真っ直ぐにジークリードを見ていた。


「あの……私が、行きます」

「が、【臥龍の召喚士】様が自ら!?」

「だ、だってその……放っておけない、です。だから殿下……この船を守らないとダメって言われてるけど、その……行かせて、くださいっ」


 たどたどしく、しかし迷うことなく戦う事を口にするアルテナの眼は、普段の臆病で人見知りな少女の眼ではない。イシュタリア王国最強の召喚士、護法騎士の眼だった。


「……わかった。こちらの船にも護衛は要るから気にするな。オートレイン卿は、このまま甲板に出て隣国の船を邪神族から救ってくれ!」


 その言葉に頷いたアルテナは迷うことなく飛び出し、甲板へと向かうのだった。


 

次回、アルテナが戦います

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