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原作崩壊の波が至る所に押し寄せる

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 ある転生者たちが持つ原作知識の話をしよう。

 ジークリード・ライゼ・イシュタールはゲームの攻略対象でもある、イシュタリア王国の王太子である。

 とは言っても、元から王太子の座に就いていたわけではない。初めは兄である第一王子が王太子だったのだが、その兄王子が死亡したことで繰り上がる形で王太子となったのだが、ジークリードはそのことに不満を抱えていた。


 何しろ、ジークリードにとって兄王子はコンプレックスの対象だったのだ。

 勉学も作法も武術も召喚術も、その何もかもが兄王子に劣る。認めたくないが自分でもそうだと分かっていたし、周りの口さがない連中に陰ながら出涸らし王子などと揶揄されていたことも知っている。

 実際のところ、ジークリードは揶揄されるほど不出来な王子ではなかったのだが、如何せん兄王子は優秀過ぎた。


 そうなってくると、思春期のジークリードは自分を取り巻く全てが面白くなかった。

 何をしても兄王子に劣ると言われればやる気も失うし、婚約者だと紹介された令嬢は地位と権力が目的としか思えない。従者にも貴族たちにも暴言を吐いて当たり散らし、何もかもを遠ざけていた。

 それでも両親や兄王子はジークリードに歩み寄ろうとしたが、コンプレックスに囚われた彼はそれすらも拒絶して、どんどん孤立していったのだ。


 そんな時に起こったのが、元護法騎士である【魔竜の召喚士】による誘拐事件である。

 王族として丁重に扱われながら生きていたジークリードにとって、権力も恐れなくなった犯罪者というのは心の底から恐ろしい存在だったし、こんな自分の事を助けてくれる人間などいるはずないと絶望もした。

 

 しかし、他の誰でもない自分が遠ざけてきた兄王子が、自らの命と引き換えに【魔竜の召喚士】を倒し、ジークリードを助けたのだ。

 その事がジークリードの心に大きなしこりを残すことになる。兄へのコンプレックス、罪悪感、情愛、そう言ったものが入り混じった感情を抱えながら、しかし前に進むことも出来ずに、ジークリードは心を闇に囚われたまま生きていくことになる。兄に遠く及ばない自分に、王太子の地位は重過ぎると。

 

 そして兄王子の陰に囚われたまま2年が過ぎ、出会ったのがゲームのヒロインである。 

 天真爛漫で心優しいヒロインと触れ合っていく内に次第に心が癒されていき、何時しかヒロインに対して恋愛感情を抱くようになるジークリード。どうにかしてヒロインと結ばれたいと考えたジークリードだったが、それを面白く思わなかったのが婚約者である悪役令嬢だ。


 自分という婚約者がいるにも拘らずヒロインに心を寄せるジークリードに怒った悪役令嬢はヒロインを複数人で厳しく責め立て、時に取り巻きを使ってヒロインを孤立させ、私物を捨てたりもさせたりと、高位貴族の令嬢にあるまじき行いを繰り返した。

 その事に怒りを抱いたジークリードはヒロインを守る為、ミストラル学院主催のパーティの場で悪役令嬢が犯した罪を詳らかにし、断罪。悪役令嬢は修道院に送られることとなり、ジークリードは無事ヒロインと結ばれて物語はハッピーエンドを迎える……それが彼女たちが知る原作シナリオだ。


 勿論、この結末を知る転生者たちは自分にとって都合の良いように未来を守ろうと、或いは変えようとした。

 しかし現実は、彼女たち転生者にとっても全く予期できなかった形に変貌を遂げていたのである。


   =====


(あーもうっ! こんなの可笑しいじゃないっ!)


 去年、男爵家の養子に迎えられたピンク髪のヒロインに転生した少女……今世ではミリア・ハートフィールドは王都の街中で地団太を踏みながら憤慨していた。


(ゲームだと今日、この時間、この場所でジークとの最初の出会いが起こるはずだったのよ!? そこから学院で再会して仲を深めるのがジークルートに入る必須条件だから、わざわざ王都まで来て何時間も前から待ち伏せしてたっていうのに、ジークったら全然来ないじゃないのよ!)


 どうしてメインヒーローとの出会いフラグが折れてしまっているのか……考えても答えに辿り着けずにイライラしていると、ミリアの耳に信じられない情報が飛び込んできた。


「いやぁ、この間は西の大橋が落ちて商売上がったりになるかと思ったが、第一王子様がすぐに普請に来てくれて助かったな」

「あぁ。あの人が王になれば、国の将来も安泰だな」

「…………はぁっ!?」


 それは偶然ミリアの近くを並んで歩いていた卸売業者たちの雑談だった。その内容があまりにも聞き流せなくなって、ミリアは鬼のような剣幕で業者たちに突っかかる。


「ちょっとそれどういう事よ!? 第一王子がどうとかって!」

「うおっ!? い、一体何なんだアンタは!?」

「いいから答えて! 第一王子って2年前に死んだんじゃないの!?」

「はぁ? 何縁起でもない事言ってんだ嬢ちゃん。第一王子様は普通に生きてるよ。そんな無礼な事言ってると、不敬罪でしょっ引かれちまうぞ」

「な……なぁ……!?」


 尋常ではないミリアの様子を不気味に思った卸売業者たちはそそくさと退散していくが、最早ミリアの意識は彼らの存在を認識していなかった。


(何なの……? シナリオだと、自分のせいで兄を死なせたジークをヒロインが優しく慰めて王妃になるって展開だったはずでしょ? それなのにジークのトラウマである第一王子の死亡イベントがないんじゃ意味ないじゃないのよ!)


 親指を爪を噛みながらとんでもなく不謹慎な事を考えるミリア。その姿は、心優しく天真爛漫な原作のヒロインとはかけ離れたものだったが、当の本人はそれに気が付いていない。


(これで私が王子と結婚できなかったらどうしてくれるのよ! 大人しく【魔竜の召喚士】に殺されてなさいよね……って……)


 その時、ミリアはふと思い立った。去年の今頃、義父に連れられて行った式典で原作に登場しなかったイレギュラーが出てきたことと、【魔竜の召喚士】の事件を経ても生きている第一王子、そして出会いフラグが折れているジークリード。この3つの要因が1つの線で繋がったのだ。


(もしかして、あのアルテナとか言う変なモブキャラに転生した奴が!? あいつ、護法騎士になりたいからって第一王子を助けて、私のジークルートを邪魔したってこと!?)


 考えれば考えるほど、そうとしか思えない。自分が得するために他の人の邪魔をするなんて、なんて奴だ。同じ転生者なら自分に協力してくれてもいいじゃないか。


「許さない……覚えてなさいよ……! 私だってジークと同じミストラル学院に入学するんだから……! このままじゃ終わらせないわよ!」


   =====


 イシュタリア王国でも大きな影響力を持つ名門、シュタインローゼ公爵家。その館の一室で、金髪の悪役令嬢に転生した少女……ベルベット・シュタインローゼは、机の上に置かれた報告書を見て軽く溜息を吐いた。


(この1年、伝手を辿ってアルテナ・オートレインの情報御集めてみたけど、彼女の目的が分からなかった。彼女はこのゲームの世界に転生し、シナリオを崩してまで護法騎士になって、一体何をしようとしているの……?)


 ベルベットは何とか転生者アルテナの目的を知りたくて色々と調べてみたのだが、これと言った情報は集められなかった。元々、護法騎士の情報は王家が規制をかけているので公爵家の力でも全てを調べることが出来なかったのも大きい。

 そんな中で得られた情報といえば、普段は王都の実家で新術の開発をしながら静かに暮らしていて、国王からの命令があれば忠実に遂行し、悪い評判もあまり聞かない。一見すると特に問題が無いようにも思えるのだが、ベルベットにはそれがかえって不気味に思えた。


(彼女が護法騎士に就任し、第一王子殿下が生きている……この事から察するに、アルテナ・オートレインが【魔竜の召喚士】の事件に介入したと考えるのが妥当よね? 転生者なら、この事件に介入することはないんじゃないかと思ってたんだけど……)


 原作では、第一王子はセリフもなければ立ち絵もない、ジークリードの回想に登場するだけの存在である。生存ルートが求められるほどのファンが出来るとは思えないし、転生者にとって原作シナリオを悪戯に崩壊させることを危険視するはずだ。


(私も色々やったから人の事言えないんだけど、原作シナリオが大きく変わったのは確かなのよね。その影響が、すでにジークリード殿下に出てるし……)


 ベルベッドは婚約者候補として、初めてジークリードと顔合わせした時に言われたセリフを思い出す。


 ――――どーせ王家の権力が目当てなんだろ!? 俺はお前みたいなクズ女と結婚するなんて認めないからな!


 原作でも良いイメージを持たれていなかったので色々と覚悟していたのだが、実際に体感してみると想像の上を行く衝撃を受けたものだ。当時はまだ子供であったことを加味しても、国内の影響力が強いシュタインローゼ家の令嬢に向かって言うセリフじゃない。


(子供の頃に初めて直接会った殿下は、悲しいくらいに原作通りだったわ)


 前世でゲームとしてプレイしていた時から思っていたが、ジークリードには暗君の気質がある。コンプレックスの塊なのに自尊心だけは強い俺様キャラ……ビジュアルと声だけを見ているにわかプレイヤーなら気楽に楽しめただろうが、前世からしっかりと文章を読み込むタイプのベルベットからすれば、「ジークリードが王になって国は大丈夫か?」とツッコミを入れたものである。

 例えるなら、ジークリードは悪役令嬢物の作品に登場する、身分の低い女と浮気するバカ王子そのものだったのだ。


(だから私も殿下には早々に見切りをつけて、お父様に頼み込んで婚約を白紙にしてもらったのよね) 


 幸い、ベルベットの両親は家族愛が強い人物だ。ジークリードが正面から堂々と暴言を吐いたこともあって、婚約はすんなりと白紙になった。

 そこからは知識チートだと言わんばかりに、前世から持ち込んだ地球の知識を活用し、領内で色々とやっていたのだが、第一王子が生き残り、アルテナが現れ、ベルベットが知る原作シナリオが想定以上に狂ったところに予期せぬことが起こった。


(まさかジークリード殿下が改心するなんて……)


 一体何があったのか、事件以降にジークリードは改心して傲慢で乱暴な立ち振る舞い改め、子供の頃に暴言を吐いたベルベットに頭を下げて謝罪したのだ。


 ――――子供の時は、貴女に失礼な態度をとってしまって、本当にすまなかった。


 そう言ってベルベットに頭を下げたジークリードを見て、「誰この人!?」と心の中でツッコミを入れてしまったのは無理もない事だ。それほどまでに、原作のジークリードとは性格が違い過ぎるのである。


(まぁ、第一王子殿下も生きてて、ジークリード殿下も改心したんだから、良い事ではあるんだけどね)


 何はともあれアルテナである。同じ転生者である以上、目的の確認をしないまま放置するのは怖すぎる相手だ。


(いいわ。どういう訳かミストラル学院に入学するっていう情報は掴んでいるし、そこで直接対面してやろうじゃないの)


   =====


 王城からほど近い場所に位置する王族の住居である離宮は、すぐ傍に人工の川や滝が涼やかに流れる風光明媚な建物である。

 第二王子ジークリードの従者であるグレイ・スミスは、王族との婚姻に憧れる少女たちからすれば夢の場所でもあるその離宮の近くを流れる人工滝を……より正確に言えば、半裸で滝行をしている主を呆れた眼差しで眺めていた。


「煩悩退散、色即是空、心頭滅却、明鏡止水……!」


 何やら心が清らかになりそうな単語をブツブツと呟きながらひたすら滝に打たれるジークリード。

 シミ1つない鍛えられた裸体を水で濡らす美貌の王子の姿は、まさに水も滴る良い男という言葉を体現していて、世の乙女たちは羞恥で顔を赤く染めながらも指の隙間からしっかりと眺めていそうな光景なのだが、人払いまでしてなぜ一国の王子ともあろう者が滝行をしているのか……その理由を知るグレイは、ただ呆れるしかない。





「俺は……決して……ロリコンでは……ないっっ!」




ちなみに、護法騎士は活動に不都合が無いよう、王家が色々と手配しています

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