転生者の生い立ちを知った異世界人の素直な反応
タイトル変更しました
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指先まで完全に覆い隠すダボダボの白いローブを頭から羽織り、護法騎士の証であるペンダントを首から下げたアルテナは、「行ってきます」と控えめに言って家を出た。
アルテナの実家は王都の中央区の片隅に建てられていて、王城へ向かう通り道には大勢の人が行き交う大通りがある。
そこには蛇のようなモンスターが吹く火でケバブ肉を焼いている露店があったり、鳥型モンスターの背中に乗って空を飛ぶ人が居たり、大量の資材が乗せられた大きな荷車を角の生えた虎のようなモンスターが軽々と引いていたり、人間とモンスターが当然のように共存していた。
この世界の歴史を語るのに、モンスターと召喚術はなくてはならない存在だ。
元々、人間は高純度の魔力を自力で大量生成できる生物だが、その魔力を活用する術が乏しい。これは技術的にではなく身体構造的な問題で、人間の体は魔力を生成することに長けていても、魔力を操るのは苦手なのだ。
魔力を持つ生物を餌にする邪神族からすれば、非常に栄養価が高いのに碌な抵抗もしてこない捕食対象でしかない。大昔は、邪神族に人間が滅ぼされそうになったこともある。
そこで台頭したのが邪神族に対抗できる魔力生命体、モンスターと魔力を対価に契約する召喚士たちである。
モンスターはいずれも人間よりも遥かに力強く、魔力の扱いに長け、それでいて肉食でも雑食でもなく魔力食という、魔力を取り込むことで生命維持をしている超常的な存在だ。高純度の魔力を持つ人間が共生相手に選ぶのにはピッタリな相手であり、彼らの力を借りることで人類は絶滅の危機から脱することが出来た。
そしてそこで終わらないのが人間の凄いところで、古の召喚士たちはモンスターの通して生活に役立つ方法を開発したのだ。
モンスターは魔力を消費することであらゆる現象を引き起こす生命体で、戦う事だけが能ではない。そんなモンスターに魔力を与えることで、薪を使わずに火を熾してもらったり、井戸を掘らずに水を出してもらったりと、生活水準が爆発的に向上することに。
これがモンスターの力の一部を召喚士の任意で放つことが出来る術式……召喚術の始まりだ。
時代を経て召喚術はどんどん発達していき、遂には契約したモンスターを育成・進化させ、より複雑で高度な術を行使させることに成功。生活の至るところでモンスターの力が借りられるようになり、今となってはモンスターの助け無しに人の営みは成立しないと言われているほどである。
そんな世の中で、召喚士の頂点である護法騎士は国民から絶大な尊敬を集める役職なのだが……。
「うぅ……今日も人が一杯……あ、あっちから行こう」
護法騎士の一人であるアルテナは、人混みが怖くてコソコソと路地裏を通って王城に向かっていた。
立場にものを言わせ、肩で風を切りながら民衆の尊敬の視線を一身に浴びながら往来を行く……アルテナからすれば、考えるだけで吐き気がこみ上げる状況である。
=====
それから、王城の応接室に通されたアルテナは、フードを外した状態で国王エーリッヒを待っていた。
城の中に入る時、門番の兵士に中々声を掛けられなくて遅刻してしまいそうになるという、アルテナからすればとんでもない試練が立ち塞がっていたが、何とかエーリッヒを待たせることなくてホッと一息吐いていると、応接室の扉からノックの音が聞こえてきた。
「【臥龍の召喚士】様。国王陛下がお越しになられました」
「ひゃ、ひゃいっ!」
慌てて立ち上がり、片膝をついて臣下の礼を取ると同時に応接室の扉が開き、威厳に満ちた一人の男が入ってくる。イシュタリア王国元首、エーリッヒ・ライゼ・イシュタールその人だ。
アルテナは緊張で若干プルプルとしている状態で、何とか臣下としての挨拶をしようと口を開く。
「へ、陛下におかれまちゅべっ!?」
舌を噛んだ。恥ずかしい。そして痛い。
ついさっきまで緊張でプルプルしていたのとは違い、羞恥と痛みでプルプルしているアルテナ。大抵の人間は呆れるか笑うかのような姿だが、エーリッヒは咎めるでもなく嘲るでもなく、暖かく穏やかな声でアルテナに語り掛けた。
「よくぞ参った、【臥龍の召喚士】よ。舌は大丈夫か?」
「ひゃ、ひゃい……は、恥ずかしいところを見せて、ごめんなさい……」
「かまわぬ。ソファに腰かけて楽にするがよい」
エーリッヒが腰かけたのを見届けた後、落ち着きのない様子でちょこんとソファに座るアルテナ。
「まずは息災のようで何よりである。しばらく会っておらなかったが、大事はないか?」
「は、はいっ。家族みんなで、平和に暮らしてますっ」
「それは重畳。国の要である護法騎士が憂いなく戦えるようにすることが、王たる余の役目であるからな」
にこやかに笑うエーリッヒを見て、アルテナもゆっくりと緊張が和らいでいくのを自覚する。
家族を含め、仕事の都合上顔を見合わせる機会が多いエーリッヒや他の護法騎士の面々は、アルテナが比較的普通に会話できる数少ない見知った相手だ。
特にエーリッヒは王として交渉事を生業としているだけあって、相手に与える印象を操作するのが上手い。人見知りのアルテナと話す時などは終始落ち着いた口調で話し、威厳を与えつつも威圧感をあまり感じさせない。おかげで根っから小市民気質なアルテナでも国王と比較的まともに喋れるのだ。
「それではさっそく本題に移るが……今回其方を呼び出した一つ目の理由は、其方に聞きたいことがあったからだ」
「…………?」
俯きがちな視線を少し上げてエーリッヒの顔をチラリと見ると、アルテナはハッとした。
(陛下……心眼を……)
一見するとエーリッヒに変化はない。表情も声色も穏やかなままだ。しかしよく見てみれば、瞳を中心に魔力が巡っているのが見て取れた。
高位貴族や召喚術の名門家系などには、その家秘伝の術というものが存在することがままある。イシュタール王家もその内の一つで、心眼と呼ばれる召喚術をこの国の王は代々受け継いできた。
その効果は簡単に言えば相手の虚偽を見抜くこと。心眼の発動中、エーリッヒにはいかなる嘘偽りは通用しない。
(ご、護法騎士になってから教えてもらいましたけど…………へ、陛下は何が聞きたいんでしょう……?)
やましい事は何一つしていない……筈だ。しかし身に覚えがないだけで、実は自分のドジが炸裂し、何らかの形で問題でも起こったのではないか……そんなネガティブなイメージが次々と浮かび上がり、アルテナは思わず青ざめる。
「嘘偽りなく答えよ。よいな?」
「ひゃ、ひゃい……っ」
あぁ、なんだか本島に心当たりが浮かんできた。思い返せば色んな所で護法騎士らしからぬ醜態を晒しているのだ。
この間他国の賓客の前で盛大のすっ転んだことを怒られるのだろうか? それとも行く先々のトイレをゲロ臭くしていることに怒っている? その他にも呆れられたり怒られたりする心当たりがあり過ぎて、アルテナはとにかく不安になった。
そうして戦々恐々と沙汰を待っていると、エーリッヒはゆっくりと口を開いた。
「其方は、転生者なるものを知っているか?」
「………………………はぇ?」
全く聞き覚えのない単語にアルテナの口から間抜けな声が漏れる。それを見聞きしたエーリッヒは安堵したように小さく息を吐いた。
「なるほど、理解した。どうやら其方は何も知らないようだな」
「あ、あのぅ……へ、陛下……?」
「ああ、すまぬな。其方に問題がないことが分かって安心したのだ。まずは事情を説明しよう」
とりあえず怒られることはないらしい。その事にひとまず安心したアルテナは、姿勢を正してエーリッヒの言葉に耳を傾けた。
「事の始まりは先月、護法騎士の一人である【天翼の召喚士】が襲撃された件についてだ」
エーリッヒの言葉を要約すると……アルテナと同じ護法騎士である【天翼の召喚士】は王命による活動中に突如襲撃されたらしい。
それだけならまぁ、あり得ない事ではない。護法騎士は何かと注目される存在だし、中には実力で倒して護法騎士から引きずり降ろそうとする輩も一定数居るから。問題は襲撃犯の動機だ。
「どうも襲撃犯は【天翼の召喚士】の事を近い将来、王国に仇なす大罪人になると思い込んでいたようだ」
「…………へ?」
「言わんとしていることは分かる。正直に言って、要領を得ないのは余も同じだ」
アルテナを含め、護法騎士は変わり者が多い。そんな護法騎士の中で【天翼の召喚士】は唯一の常識人枠……というのがアルテナの印象だ。
冷たい雰囲気で語気も強めの人物だからアルテナは若干苦手意識はあるが、王家や国への忠誠心に厚く、護法騎士の中で最も仕事熱心。そんな【天翼の召喚士】が王国に仇なす大罪人になるなど想像もできない。
「し、しかも近い将来って……そんなの、完全に言いがかりなんじゃ……?」
「余も同意見だ。念のために心眼を用いて叛意の有無を【天翼の召喚士】に問いかけたが反応は一切なかった」
心眼の真偽識別能力は極めて高い。確立としてはほぼ100%で、どんな召喚術で無効化しようとしても効果が無いのだ。
「何でも……【天翼の召喚士】は死んだ婚約者を蘇らせるために莫大な魔力を求め、人口が多い王都の住民を全て生贄に捧げることでその魔力を我が物にしようとしていた。だから今の内に殺しても問題ない、むしろ感謝されるはずだ……というのが襲撃犯の主張だ」
「そ、そんな無茶苦茶なぁ……そもそも、【天翼の召喚士】様の婚約者様って……」
「勿論、存命だ。怪我もなければ病気もしていない。しかもここからが本当に意味が分からないのだが……」
そこからは、アルテナの頭に?マークが飛び交う話だった。
襲撃犯曰く、この世界はゲームの世界であり、決められたシナリオがあって、人や物はそのシナリオ通りに動く。自分は現代二ホンなる世界で死んで気が付いたらこのゲームの世界に生まれ変わっていた元二ホン人で、折角ゲームの世界に転生したのだから最強の召喚士になろうとした。
そして順調に強くなったから腕試しがしたくなり、殺しても問題なさそうな【天翼の召喚士】を襲撃。結果返り討ちにあった……というのが事件のあらましだ。
「…………???????」
それを聞いたアルテナはもう意味が分からなさ過ぎて呆然としていた。正直な話、襲撃犯は妄想甚だしいとしか思えない。
「生まれ変わりというのも聞いたことが無い。どうやら死んだ者は、これまでとは異なる次の人生が与えられるという宗教的概念のようだが、少なくともそのような教えをする宗派がイシュタリア王国に存在しないのは確かだ」
この世界における宗教では、死んだ者の魂は生前の行いに応じて天国か地獄に送られ、永遠の安寧なり苦痛なりを与えられるというものだ。信心深くないアルテナだが、死後は天国か地獄に送られる教えが主流だということくらいは知っている。
「その他にも色々と口走っていたが……正直な話、襲撃を受けた【天翼の召喚士】も、報告を受けた余も最初は狂人の世迷言としか思えなかった。しかしどうしても気になることが3つあったのだ」
「き、気になること……ですか……?」
「1つは、襲撃犯は若さに見合わぬ実力を備えていて、【天翼の召喚士】すらも苦戦させられたということだ」
詳しく聞いてみると、襲撃犯は【天翼の召喚士】の戦法を把握していたかのような対応策を幾つも用意していて、契約していたモンスターもよく鍛えられていたらしい。
「襲撃犯の年齢は15歳であるらしくてな。その若さで護法騎士に迫り得る実力を身に付けたのは……原作知識なるもののおかげらしくてな。その齢に似つかわしくない実力を兼ね備えているという点においては其方と共通している」
「あ……今日私を呼び出したのって……」
「念のための確認だ。実は其方も原作知識とやらを有する転生者なのかどうかと。案の定、余の杞憂であったがな」
こんな頭の可笑しい人間などそうそう居ないのだから、当たり前の話であるがと、エーリッヒは笑う。
「しかし2つ目。決して聞き逃せないことを口走りおったのだ」
しかしその直後、エーリッヒは指を2本立てて真剣な表情を浮かべる。それはこの国を治める為政者としての顔つきだった。
「其方が護法騎士となる切っ掛けとなった事件……国の信用問題になるが故に秘匿された、元護法騎士による第二王子誘拐事件の真相を襲撃犯は知っておったのだ」
ゲームの世界に転生したとか、その世界の人間からすれば意味不明すぎることだと思って書きました