異世界でも、弁慶の泣き所は同じです
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「おーい、こっちだ! そっちの邪神族の解体を手伝ってくれ」
「あぁ、分かった。今行く」
イシュタリア王国のとある地方。
都市部からほど近い、街道沿いに広がる平原に何十人もの召喚士たちがモンスターの力を借りながら、とある作業をしていた。
それはムカデやダンゴムシのような節足動物に似た、見るも悍ましい異形の怪物。まるで神話に出てくる邪神の眷属のような外見をしていることから邪神族と呼ばれるようになった人類の天敵……その死骸の処理である。大昔から人と邪神族が戦い続けたこの世界では、よく見られる光景だ。
「……にしてもすげぇデカさだな。しかも数が多い」
「あぁ、こんなのが街を襲っててたら、とんでもない被害が出てたに違いない」
問題なのは、亡骸となった邪神族の数と大きさである。
どの邪神族も、その体は家屋よりも大きく、その数は軽く三桁に達していた。
邪神族の強さというのはピンキリだが、統計としては大きさに比例すると言われている。簡単に言うと、体の大きな邪神族ほど、膂力だけでなく魔力も強いのだ。家屋ほどの大きさを誇る邪神族ともなると、並のモンスターでは太刀打ちできない。
そんな邪神族が数百という大群をなして現れたのだ。それを目の当たりにした当時に人々の絶望は計り知れないだろう。
「でも結果的に誰も死ななかった。建物も壊されなかった。万々歳だろ」
「違いない」
しかし、人間を喰らおうと嬉々として飛来した邪神族たちが、その食欲を満たすことは叶わなかった。
襲撃しようとした街に辿り着く前に、地面が深々と陥没するほどの何らかの力で押し潰されたのか、邪神族の群れは全て平らにひしゃげた死骸と成り果てたのだ。
「すげぇ事が出来るモンスターがいるもんだよなぁ。確か助けに来てくれたのって、【臥龍の召喚士】様だっけ?」
「そうそう。国王様の命令で来てくれたらしくてな。こいつらが襲ってきたあの日、俺監視塔勤めだったじゃん? だから【臥龍の召喚士】様の戦いぶりを見てたんだけど、本当に凄かったんだぜ」
作業の合間で男は語る。まるで蛇のような胴長の黒竜に乗った、白いローブを身に纏った召喚士が、侵攻する邪神族を一方的に蹂躙していたと。
「思わずポカーンって間抜け面を晒したもんだよ。あれが召喚士の頂点、護法騎士の【臥龍の召喚士】様かって」
「一体どんな人なんだろうなぁ」
「そりゃあお前、俺らよりずっと若いのに、国の為に護法騎士として戦ってる人だぜ? きっとこう、そんじょそこらの大人よりも賢くてしっかりしてて、気高くて凛々しい性格なんだろ」
=====
「……はぇ……?」
就任式典から早1年。大量の書物が至る所に山積みにされた雑然とした自室の中で、机に突っ伏して寝ていた歴代最年少の護法騎士、【臥龍の召喚士】アルテナ・オートレインは間抜けな鳴き声を上げながら起床した。
カーテンの隙間から差し込む光は早朝と呼ぶには少し強く、天井に吊るされた魔導ランプは点けっ放しだ。
「いけない……また寝落ちしちゃった……って、あぁっ!? わ、私の研究資料が……!」
アルマは起きるまで顔の下敷きになっていた、新術の草案を書き連ねていた資料を見て愕然とする。事細かく術式が記されていた資料は、涎で滲んで読めなくなってしまっていたのだ。
「うえぇぇ……あ、あんなに頑張って書いたのに寝落ちしちゃうなんてぇ……わ、私のバカぁ……」
トホホと項垂れながら、涎でベチョベチョになってしまった資料をゴミ箱に捨てたアルテナは、滲む涙を拭って資料用の紙が置かれている棚に向かった。
資料がダメになってしまったものは仕方がない。内容を忘れてしまわない内にもう一度書き出さなくては。……真面目で不器用な性格のアルテナとって、一度始めた作業を投げ出すことはあり得ない事だ。
「さぁ、気持ちを入れ替えて書き直すぞ」とUターンした矢先、床に積み上げられていた本の角が、アルテナの向う脛に直撃した。
「ひぎぃっ!?」
痛みに悲鳴を上げて無様に床に転がるアルテナ。向う脛を抑えながら悶えていると、もはや塔と呼べるくらい積み上げられた本の山に背中がぶつかり、そのまま大量の本がアルテナ目がけて傾れ落ちてきた。
「へぁっ!? ちょ、ちょっと待って……ひゃあああああああああああっ!?」
バサバサドサドサと落ちてくる大量の本の下敷きになってしまったアルテナ。同年代以上の女性と比べると極めて小柄な体では脱出することも出来ず、「うー……うー……っ!」と呻いていると、この部屋に近づいてくる足音が聞こえてきた。
「ちょっとお姉ちゃん!? なんかすごい悲鳴がしたけど大丈夫!?」
「だ、大丈夫です……あ、危ないから下がってて、フィオナ……」
血相を変えた顔で扉を開けた赤毛の少女……アルテナの五歳下の妹であるフィオナを弱弱しく制止すると、アルテナは召喚術を発動する。
「サ、限定召喚……っ。ディア、ボロスぅ……!」
その瞬間、アルテナの頭上に魔法陣が構築された。それは召喚士が契約したモンスターそのものを召喚、或いはその力の一部を放出する為の出口……召喚門だ。
アルテナと契約を交わしたモンスターは召喚門を通じてその力の一部を使うと、アルテナの体の上に積み上がっていた本の山が、まるで見えない手で持ち上げられるかのように空中に浮かび上がり、その隙にアルテナは這う這うの体で脱出する。
「た、助かった――――」
「のは良いけど……! お姉ちゃん! またこんなに散らかして! 本を床に山積みにしたら危ないって何時も言ってるでしょ!」
「ひぃんっ!? ご、ごめんなさいぃいいっ‼」
5歳も下の妹に怒鳴られて竦み上がるアルテナ。
王国の守護神。【臥龍の召喚士】。天才竜使い……様々な異名を国内外に轟かせるアルテナだが、そんな彼女には幾つかの特徴がある。
まずは容姿端麗であるという事。アルテナとフィオナの母であるアニエスは年齢を感じさせない若々しい美女で、強気に感じるか弱気に感じるかでタイプは違うが、この姉妹は揃って容姿に優れているのだ。
「ていうかお姉ちゃん、その顔何!? 目脂に付いてるし涎の跡あるし! しかもその顔半分にベッタリ付いてる黒いのってインク!? また書き物しながら寝落ちしたの!?」
「えっと、その、えっと……あ、新しい術を考えてたらいつの間にか……」
「もうっ! 椅子に座りながら寝ちゃダメでしょ! ちゃんとベッドで寝なきゃ体に悪いんだから!」
もっとも、作業や考え事に夢中になると時間を忘れるという悪癖が災いして机に突っ伏して寝ることが多いため、アルテナの寝起きの顔は大体涎と目脂とインクで大惨事になっていることが多いのだが。
「ほら、お湯沸かしてあげるから顔洗おう。あんまり強く擦ったらダメだよ。お姉ちゃん、肌弱いんだから」
「うぅ……い、何時も迷惑かけてごめんなさい……」
「そう思うならもうちょっと生活習慣見直してほしいんだけど……」
2つ目の特徴は生まれつき軽度のアルビノで、肌は生白く、髪は薄っすらと水色がかった白色で、目の色も少し薄めの青色と、全体的に色素が薄く直射日光に弱いという事だ。
性格が影響してるのか表情も陰気で、日光対策としてサイズの合っていないブカブカの白いローブを常用しているので、夜中に人とバッタリ会ったら「幽霊!?」と驚かれることもしばしば。なまじ顔が整っているだけに、余計にそう見えるらしい。
(……それでついたあだ名がお化け女。的を射すぎていて何も言い返せない……)
小さな子には何時もこの格好をしているアルテナが幽霊にしか見えないらしく、子供の頃は怖がられたり苛められたりしてボッチ街道まっしぐらだったのは苦い思い出である。
「……あ、あれ……? フィ、フィオナ……その、身長が……」
「身長? あぁ、最近またちょっと伸びたんだよね。服買い直さないと」
「…………」
横並びで歩く妹の体を見て、アルテナの目尻に光るものが浮かぶ。
アルテナの3つ目の特徴……それは妹よりも年下に見られがちなほどに童顔かつ低身長であるという事だ。
その身長、僅か138センチ。昔から同年代の中でも特にチビだったが、5年前の段階で身長の伸びが完全に止まり、去年にはフィオナに身長を追い抜かれた時はとにかく衝撃を受けた。 オートレイン家の家族構成を知らない人間からは末っ子扱いだ。これでもお姉ちゃんなのに、姉の威厳が木っ端微塵で泣きたい。
(うぅ……15歳なのに、10歳の妹に見た目も中身も負けてる私っていったい……)
洗面台にある鏡に映った自分の姿を見てアルテナはガックリと項垂れる。何も知らない王国民はアルテナの事を英雄視しているが、実際のところはしっかり者で身長も高めの妹に色んな意味で負けている体たらく。
総じて言えば、召喚士としての実力以外はドジでポンコツのダメ人間……それがアルテナ・オートレインである。改めて自分を見つめ直してみると溜息しか出ない。
(はぁ……こんな調子で護法騎士なんてやっていけるんでしょうか……?)
顔を洗ってリビングでモソモソと朝食のパンを齧り、軽く自己嫌悪に陥っていると、玄関の方から客人用の呼び鈴の音がなった。
するとアルテナは途端に挙動不審になり、モジモジしながら玄関とフィオナを交互に見る。父と母は朝早くに仕事に出たらしく、今のこの家にはアルテナとフィオナの二人しかいない。どちらかが来客に対応しなければならないのだが……。
「私が出るね」
「お、お願いします……ね」
こういう時、来客の対応はフィオナがする。アルテナではまともに対応できるか怪しいし、王族のお膝元なだけあって王都は治安がいい。来客を装った強盗の可能性は低いだろう。
玄関扉を開けた音がした後も、物騒な物音や悲鳴が上がったわけでもない。その事に少し安心を覚えながら朝食を続けようとすると、フィオナがリビングに戻ってきた。
「お姉ちゃん、さっき王城からの使いの人が来てたんだけど、身支度してお城に来るようにって言ってたよ」
「……?」
アルテナはパンを咥えながら首を傾げる。
護法騎士は国王直属の精鋭部隊。政治的実権こそないものの、公爵相当の地位を持ち、国王以外からの如何なる命令も従う義務を持たない、イシュタリア王国の重鎮だ。その護法騎士であるアルテナを王城に呼び出したという事は、相手は十中八九国王エーリッヒなのだろう。
(……また何かあったのでしょうか……?)
護法騎士は皆、平時では個人的な活動をしたり、新術式の研究開発などしたりして暮らしているが、緊急時には国王からの招集が掛けられて活動する。
アルテナもこの一年、エーリッヒの命令で邪神族を倒しに行ったり、モンスターを悪用する犯罪者……通称、外法召喚士を捕縛しに行ったりすることは何度かあったが、今回もそういった仕事を与えられるのだろうか?
(でも身支度してからって言ってたみたいだし……一体どうしたんでしょう?)
これまでの招集は、邪神族や外法召喚士など時間が経てば経つほど被害が広がる手合いの対処を命じられるために「急いで来るように」と念を押されることばかりだっただけに、今回の招集には疑問が残った。
とりあえず、主君をあまり待たせるのも悪い。アルテナは何時もよりも早めに朝食を済ませて身支度を始めるのだった。
ちなみに胸のサイズも追い抜かれた