無自覚の強み
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その後、何とか茶会を再開させるまでに持ち直したベルベットは、リラックス効果のある紅茶をチビチビと飲んで多少落ち着いた様子のアルテナを見て、疑心暗鬼に囚われていた。
(い、今までの態度はワザと……? それとも天然? あんまり接したことのないタイプだから戸惑うわ……)
なんにせよ、出鼻を完全に挫かれてしまった。もしこれがワザとだったのだとしたら大した役者だが、だとすれば、そうした理由がベルベットが転生者であるという可能性に気付いているという事だと、ベルベットは推測する。
(自分で言うのも何だけど、転生したことで一番大きな影響を周囲に出しているのは、多分私なのよね)
ベルベットはこれまで、前世の知識に由来する、この世界には存在しなかったものを幾つも生み出してきた。
自分でも信じられないし、余計な思惑に巻き込まれたくはないから、転生者であることを黙っているのだが、今一番転生者と推測できる行動をしているのはアルテナではなく、他でもないベルベットなのだ。
(だったら余計な事をするなって話なんだけど……仕方ないじゃないっ! 前世のご飯とか石鹸とかが恋しくて仕方なかったんだもの!)
高度な文明を築いていた前世の世界に比べて、今生きている世界は不便過ぎたのが悪いと、密かに開き直るベルベット。
(でもいいわ。仮に私の招待に気付いているのなら、そっちも転生者だっていう確信を貰おうじゃないっ)
そう改めて決断し、ベルベットは三段スタンドに置いてある茶菓子をアルテナに勧める。
「【臥龍の召喚士】様、よろしければこちらの菓子をご賞味ください」
「……?」
そう言われて、ずっと俯いていたアルテナは初めてスタンドに置かれている茶菓子に目を向ける。そこにはミニケーキやクッキーなどといった定番の茶菓子に加え、色とりどりの丸い菓子が置かれていた。
「こ、これは……?」
「我がシュタインローゼ領で開発された、マカロンという茶菓子です。まだ世間にはレシピを公表していませんが、さきだって王妃殿下に試食していただく機会があった時に、大変お気に召された一品で、僭越ながら私も開発に携わらせていただいたんです」
そのマカロンこそがベルベットがアルテナを揺さぶる為に用意した罠。この世界には原型すら存在しなかったが、前世では洋菓子の代表格の1つでもある一品である。
(マカロンはこの世界のどこの国の歴史にすら登場しなかったお菓子。でも地球で生まれ育った前世を持つ人間が見れば、間違いなく動揺が出る!)
ベルベットは公爵令嬢として高度な教育を受けてきた。その中には、相手の僅かな目の動きや身動ぎから動揺を探る交渉術もある。根っからの異世界人ならば感心する程度で終わるだろうが、相手が転生者なら前世の産物を前にして何らかの動揺を見せる可能性は高い。
幼い頃から公爵家の令嬢として、数々の商人や技術者と言った大人と渡り合ってきたベルベットからすれば、その動揺だけでアルテナを転生者であると確信するには十分すぎる。
「その他にも、ミソやショーユという、大豆から作った長期保存が利く新しい発酵食品の製造など、シュタインローゼ領では様々な形で国内の食事事情の改善に取り組んでいます。今や我が領はイシュタリア王国の美食の最先端と言って過言ではないでしょう」
その上、転生者からすれば馴染みがあり過ぎるであろう情報まで開示していく。
この世界の人間からすれば、発酵食品と言えばチーズや酒くらいなもので、豆を発酵させるという発想自体、早々思いつくものではない。それこそ、ベルベットのような転生者でもない限りは。
「その他にも、シュタインローゼ領には国内外からあらゆる物品が集まっています。【臥龍の召喚士】様も何かお求めの際には是非ともご相談に乗らせてください。人目が気になるようでしたら、私と2人きりの場もご用意しますわ」
ベルベットは遠回しに、「転生者同士、2人で話せる機会を作る」とアルテナに告げる。こうなればもう、罠であろうがなかろうが、飛び付きたくなるというものだろう。
(私は別に貴女と敵対するつもりはないわ。むしろ仲良くしたいと思っているの。こうして私と貴女が同じ境遇なんだと知れば、多少は胸襟を開いて話せるでしょう?)
ベルベットはアルテナの口から「貴女も転生者なんですか?」という言葉が出てくるのを予感する。そうして互いに転生者であるということを確認できたら、2人で手を組んで過酷な異世界を生き残る協定を結ぶのだ。
幸いにもベルベットには地位と富がある。優れた衣食住に、召喚術の触媒、交渉に用意できるものはいくらでも取り揃えられる。それこそ、護法騎士ですら簡単に手に入らないようなものでもだ。
(さぁ、私の提案に飛び込んできなさい……!)
そしてベルベットは、アルテナがこちらからの提案に乗ってくるのを待った。転生者なら、こちらの話に乗らない者は居ないだろうと。
……しかし、ベルベットは根底から勘違いをしていた。アルテナ・オートレインは転生者ではないのだ。
「……す、凄い、です……! 私と同じ歳なのに、新しい物を一杯作れるなんて……!」
(……んんっ!?)
アルテナが見せた反応は動揺でも疑念でもなく、ただただ純粋な尊敬だった。
キラキラと光るピュアな眼差しを向けてくるアルテナを見て、ベルベットは「反応を見逃しただろうか」と焦ったが、すぐに思い直す。今更になってそんな初歩的なミスを犯したとは考えにくい。
つまり……アルテナのこの反応は、素であるようにしか見えないのだ。
「あの、私……シュタインローゼ様のことは第二王子殿下から話を聞いててですね……同じ歳なのに凄い御令嬢がいるって……」
指をこねながら顔を赤くし、たどたどしく言葉を紡ぐアルテナ。
「私はその、戦うのはそれなりに得意なんですけど……それ以外の事は全然ダメで……シュタインローゼ様みたいに、沢山の人を豊かに出来るのって凄いなって……あの、えぇっと……う、上手く言えないんですけど…‥っ。す、凄く……尊敬します……っ」
「あ、ありがとう、ございます……?」
アルテナの反応に、ベルベットは公爵令嬢としての仮面が思わず外れてしまうほどに動揺を受ける。
前世の知識を活かすことで感心や尊敬の目を向けられるのは、初めての事ではない。しかし所詮、自分のしてきたことといえば前世で何百年と詰み重ねてきた先人たちの知恵を借りただけ。転生者だと思っていた相手がする反応だとは到底思えなかったのだ。
(もしかしてこの子……転生者じゃ、ない……?)
ここに来て、ようやくその事実に気付いたベルベット。原作シナリオには一切登場しなかっただけで、護法騎士になれるだけの実力が備わった、単なる天才召喚士なのではないかと。
(い、いえ! だとしても、こちらの方針は変わらないわ! 国内最強の召喚士である護法騎士とのコネクションは非常に大きいもの)
気を取り直したベルベットは、再び公爵令嬢としての微笑みの仮面をつけ直し、アルテナをむやみに刺激しないよう、慎重に話を聞き出していく。召喚士になった動機から、護法騎士になるまでの経緯、更には召喚術の極意やちょっとした日常の出来事まで、たわいない会話と織り交ぜながら不自然のないように。
ベルベットの質問の答えを、アルテナはポンポン口にした。隠す気が無いのか、アルテナがチョロいだけなのか、あるいは両方なのか、もう交渉術など必要ないくらいにいとも簡単に聞き出せた。
唯一口を閉ざしたのは護法騎士になった詳しい経緯だが、アルテナは冷や汗を掻きながら口を両手で塞ぐという、何とも分かりやすい態度でこんな事を口走った。
「ご、ごごごごめんなさいっ! それは言っちゃダメって言われてるんです……っ」
ようは誰かに口止めされているという事だ。そして時系列などを考慮すれば、ベルベットの推察通り、【魔竜の召喚士】が起こした事件が関係しているのだと当たりを付けることは容易である。
正直に言って、話せば話すほどベルベットはアルテナの事が心配になってきた。こんなにチョロくて大丈夫なのかと。
そうして時計の針はあっという間に進んでいき、茶会はお開きの時間となった。
「【臥龍の召喚士】様、本日はお付き合いいただき、ありがとうございました。おかげでとても楽しい一時を過ごすことが出来ましたわ」
「い、いえ……! わ、私もその……た、楽しかった、です……!」
「偉大な召喚士との交流は実に得難い物でした。もし貴女様さえよろしければ、今日という日を機にお友達になれたら喜ばしいですね」
それはベルベットにとって、単にアルテナとのコネを繋ぎ止めたいがために出した言葉だ。言うなれば貴族社会ではよくある社交辞令、お互いの利益の為に内心ではともかく仲良くしましょうという意味合いの、最早自然な挨拶も同然に飛び出した言葉である
しかし交渉事とは無縁で育った平民出身のアルテナは、その言葉を聞いて目を見開く。
「え? え!? と、とと、友達!? わ、私なんかが、シュタインローゼ様の!?」
「え? えぇ、そうなれればとても嬉しいのですが……」
「で、でも私なんかじゃ、全然釣り合わないんじゃ……!?」
「まぁ、そんな事はありませんわ。貴女は公爵相当の宮廷貴族であり、私は公爵家の令嬢。釣り合ってないとすれば私の方ではありませんか」
そう言うと、アルテナの瞳からポロリと涙が出てきて、ベルベットは思わずギョッとする。
「そ、そんな事言ってくれる人と、初めて会いました……!」
「が、【臥龍の召喚士】様……? どうされたのですか?」
「わ、私……こんな見た目だし、昔から愚図で鈍間だし、友達なんて全然できたことが無いんです……」
アルテナは確かに極度の人見知りだし、1人でいる方が気楽と感じることも多いが、孤独でいることが好きという訳ではない。むしろ人付き合いが乏しい分、人並み以上に友人という存在に憧れていたのだ。
そんな中、ベルベットはアルテナと友人になりたいと口にした初めての人間である。それを聞いたベルベットは、胸が切り裂かれるような痛みを覚えた。
「だ、だから……私なんかと友達になってくれるって言ってくれて……す、凄く、凄く嬉しい、です……!」
瞳を感動の涙で潤ませる、まるで子供のような外見をしたアルテナの無垢な泣き笑いに、ベルベットは胸が抉られるような気分だ。
(み、見ないで! そんな汚れを知らない眼で汚れ切った私を見ないで! こっちは思いっきり利用するつもりで言っただけなのぉ!)
端から疑いでかかり、利用する気満々で行動してきたベルベットからすれば、罪悪感で死にそうになった。
この日ベルベットは無自覚であることの強さを思い知り、アルテナもアルテナで、後になって茶会に出席した理由を思い出して罪悪感で死にそうになるのは、余談である。
ちなみにアルテナは茶会に出席した目的を、最初に椅子から転がり落ちた時点で忘れていました