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公爵令嬢転生者は尊敬されるのがテンプレ

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 ベルベットが開く茶会に招待されてから1週間。

 茶会当日までの間、王宮から連れてきた侍女や学院の作法の講師のおかげで、ある程度までは作法を覚えることが出来たアルテナは、座式便器の前で座り込み、ガチガチに緊張した状態で「椅子はこう、カップはこう持って……」と頭に叩き込んだ作法をブツブツと復唱していた。

 誰がどう見ても緊張状態にある青ざめた顔には不安が残るが、ここまで来てしまえば後はなるようになるしかない。ジークリードはそう覚悟を決めて最後の助言をする。


「オートレイン卿、そうまでして緊張しなくても大丈夫だ」

「で、でも……! も、もし失礼なことをして怒らせたらと思うと……うぇぷ」


 便器に向かってゲロを吐くアルテナの背中を優しく撫でるジークリード。いっそこのまま胃の中を全部吐き出した方が、最悪の事態は免れるかもしれない。


「よく聞け、オートレイン卿。確かに貴女は平民の出身で、公爵家の人間に対して委縮してしまうのも無理はないかもしれない。しかし公的な立場で言えば、公爵令嬢よりも護法騎士の方が身分が上だし、多少の不作法も咎められることはない」


 勿論、貴族との会談なのである程度の作法を身に付ける必要はあるが、それだってそう細かいものではない。

 今回の茶会だって私的なものだし、例えアルテナが茶会の真っ最中にドジをしても怒られることはないだろう。


「私の方からも、オートレイン卿が極度の人見知りであることや、持病であるアルビノの事も教えている。こういった事情を踏まえ、その上で格上である護法騎士を招待しているのだから、譲歩するのは常にベルベット嬢側になるはずだ。大体の事は笑って流すだろう」

「そ、そうなん……ですか……?」

「あぁ。だから自信を持て」


 アルテナは「フゥ、フゥ」と息を吐いて、緊張で騒めく心臓を落ち着かせ、ヨロヨロと立ち上がる。

 いずれにせよ、ここまで来たのなら逃げるという選択肢はないのだ。ジークリードの言うように自信を持つことはどうにも難しいが、自分でやると決めた以上は頑張ろうと、アルテナも覚悟を決める。


「わ、分かり、ました……い、行ってきます……!」

「あぁ、自分の全てをぶつけてこい」


 決死の覚悟を決めて死地に赴く兵士のような顔で茶会の場へと向かうアルテナの背中を、ジークリードは悲壮な覚悟を以て見送る。

 普通の貴族から見れば、邪神族の群れにも立ち向かえるのに、何故茶会くらいでそんなに緊張するのかと言われそうだが、アルテナからすれば茶会の方がよっぽど死地なのである。


   =====


 茶会の会場に選ばれたのは、学院内に複数存在するティーサロンの1つだった。

 屋内に設けられたそのティーサロンは、他と比べると日当たりも良くなく、かといって季節の草花が見れるわけでもない、はっきり言って女子生徒からの人気がない、あまり人に聞かれたくないような話をする時などに使われる場所だ。

 友好を深めたいという趣旨の茶会にしては物々しいティーサロンと言える……が、そういった場所の方がアルテナには合っていた。


(よ、良かったぁ……あまり人が居ない。周りからジロジロ見られたりもしなさそう)


 加えて言えば日の光も差し込まないので、日光対策もしなくてもいい。今回の茶会はアルテナの為に開いたのだという、ベルベットの配慮が見て取れた。

 アルテナが恐る恐ると言った様子でティーサロンに入り、歩みを進める。その先には背景に溶け込むように控えた複数人の侍女を従えた、金髪の女子生徒が佇んでいた。


「ようこそお越しくださいました、【臥龍の召喚士】アルテナ・オートレイン様。本日は私、ベルベット・シュタインローゼの招きに応じてくださいましたこと、心より感謝を申し上げます」


 一部の隙も無い優雅なカーテシーを披露する女子生徒……ベルベットは、非常に美しい女性だった。

 流れるように綺麗で真っすぐな金髪と手入れされた白磁の肌。切れ長の赤い瞳に白魚のような指先。それらに加えてどこまでも気品のある立ち姿は、まるで理想の貴族令嬢を体現したかのようだ。


(オ、オーラが……! 私なんかとじゃ、オーラが違い過ぎるぅぅぅぅ……!)


 そんなベルベットが持つ高貴な雰囲気に、アルテナは吹き飛ばされそうなくらいに気圧されていた。片や社交能力ド底辺のなんちゃって貴族、片や若くして商才にも溢れた令嬢の頂点に立つ

女。格が違い過ぎる。

 一応、アルテナは王族側の人間としての思惑があって友好関係を結びに来たのだが、勝負になる前に決着がつきそうだ。むしろ吐きそう。


「お、おおおおおお招きしてくれて、あ、ああああありがとうごじゃいましゅっ。ア、アルテナ・オートリェイン、ですっ! きょ、今日はよろしくお願いしましゅっ」


 それでも何とか挨拶をしようとして見たけれど、緊張で震える口で言った言葉はとにかく嚙みまくりだ。あんなに練習したのに、肝心の本番だと全然成果が出ていない。

 内心で「あばばばばばばばば……!」と慌てふためくアルテナだが、当のベルベットはまったく気にしていない様子で席に着くように促す。


「どうぞ、こちらにお掛けください。本日の為に我が領から自慢の茶菓子を取り寄せました。是非、【臥龍の召喚士】様にも味わっていただきたく思います」

「ひゃ、ひゃい……!」


 ギクシャクとまるで不出来なブリキ人形のように席に着いたアルテナは、ひとまず怒りを露にしていないベルベットの様子に安堵した。流石は生粋の貴族令嬢、相手がどんな態度でも顔に出さずにクールに対応できるらしい。


(待ってこの子、滅茶苦茶緊張し過ぎじゃない!?)


 と、アルテナが感心していたが、当のベルベットはベルベットで困惑していた。

 自分で調べた範囲でも、ジークリードから聞いた限りでも、アルテナが極度の人見知りであるというのは分かっていた。だからこうして人が来ないティーサロンを選んで、下手に刺激をしないように穏やかな対応を心掛けていたのだが、これは想像以上だ。


(でもここまできたら引けないわ。私は私の為に、この世界で幸せに生きるために、まずは彼女を味方に引き込んでみせるっ!)


 ベルベット・シュタインローゼは転生者である。それも本来処刑されるはずだった悪役令嬢だ。

 王子と婚約しなかったことで処刑ルート自体は免れたと思うが、この世界は前世と違ってかなり物騒で、生き残る為にはいざという時に助けてくれる人材とのコネクションが必要な訳である。処刑ルートを免れたと言っても、因果が巡り巡って死んでしまう未来があってもおかしくはない。

 

(そう言った意味でも、護法騎士とのコネクションは重要だわ。調査でも折り紙付きの実力者だと分かっているし、仲良くなれば自衛手段として召喚術の手ほどきをしてくれるかも)


 その為に、今日の茶会に向けて様々な準備や話題、物品を用意してきたのだ。たとえ相手が自分と同じ転生者であり、何らかの目的の為に動いているのだとしても関係ない。お互いに邪魔をしないように協定を結べばいいし、それが出来る自信がベルベットにはあった。


「さぁ、紅茶をどうぞ。インダス地方からリラックス効果のある物を取り寄せさせていただきました」


 まず手始めに、「人見知りの貴女に合った紅茶を選びました」と暗に言いながら侍女に紅茶を注がせるベルベット。

 公爵家の侍女ともなれば、その仕事ぶりは王宮の侍女に勝るとも劣らない。主の会話の流れに合わせて最適なタイミングで、アルテナとベルベットの前に、音もなくそっと紅茶を置く……が。

 

「ぴゃあっ!?」

「えっ!?」


 緊張しっぱなしで回りがロクに見えていなかったアルテナからすれば、自分の隣に見ず知らずの人間がいきなり現れたようにしか思えず、驚いてイスから転げ落ちてしまう。

 ベルベットや侍女が慌てて駆け寄って頭を下げようとするが、それよりも前に青ざめた顔をしたアルテナが侍女に向かって土下座までし始めた。


「ご、ごごごごごごめんなさいっ! お、驚いちゃって、あの、その……ほ、本当にごめんなさいっ!」

「が、【臥龍の召喚士】様っ!? そんな、頭をお上げくださいっ!」


 アルテナからすれば茶会の場で粗相をしてしまった事を詫びているつもりなのだが、詫びられた側からすれば実は堪ったものではなかった。

 何せ相手は国王の直臣であり、公爵相当の地位を誇る重鎮、護法騎士。各地を邪神族から守り続けた英雄だ。そんな相手に土下座までされてしまっては、ベルベットたちからしても立つ瀬がない。


 ――――お嬢様、私は一体どうすれば……!

 ――――落ち着いて。ここは私が対応するわ。


 侍女たちと素早いアイコンタクトを交わし、ベルベットは速やかにアルテナの元に歩み寄って、子供のような手を取って顔を上げさせる。


「どうかお気になさらないでください。私たちの方こそ貴女様を驚かせてしまって申し訳ありません」

「い、いえそんな! わ、私が大げさに驚いたりしたから……!」

「この茶会に貴女様をお招きしたのは私です。その場で貴女様にご不快な気持ちにさせてしまったのなら、それは私が負うべき咎。だからどうか、その咎を背負わないでくださいませ」


 そう言ってベルベットが慰めと謝罪の言葉を口にすると、アルテナはとんでもなく尊いものを見るかのような感動の目でベルベットを見上げてきた。


「や、優しい……こんな愚図な私にまでこんなに優しくしてくれるなんて……じ、実は女神様か何かですか……?」

「まぁ、【臥龍の召喚士】様ったら」


 表面上、和やかに微笑みながら対応するベルベットだが、想像の斜め上を行くアルテナのポンコツっぷりを目の当たりにし、内心で冷や汗を掻く。

 もしかしたら今回の茶会、私の想定とは別の意味で大変なことになるかもしれない、と。



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