コミュ障のヘタレにも、立ち向かわなくてはならない時があるらしい
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「な、何で……? どうして公爵令嬢様が、私に……?」
アルテナはベルベットとの接点を持ったことが無い。式典がある時などはお互い王城まで出向いていたのだが、超絶コミュ障のアルテナは式典の時はずっとフードを被って俯きながら会場の隅っこでジッとしていて、式典が終われば会談などにも参加せずに、すぐに帰っていた。
宮廷貴族としてそれで良いのかと言われそうな有様だが、他の誰でもないアルテナの性格を知っている王家がそれを認めていて誰も咎めることはなかったし、護法騎士は無理して政治に関わる必要がない。
だからアルテナには、各地を襲う邪神族を撃退した功績はあっても、地方を収める領主とのコネクションはなかったし、シュタインローゼ公爵家が治める領地にはそもそも行ったことすらないのだ。
そんな公爵家の令嬢が、何故アルテナを茶会になど誘うのか……それが分からなくて、アルテナは目を白黒させた。
「話をする前に防音の術を使ってくれないか? 誰かに聞かれても困る」
「は、はい」
アルテナは急いで召喚術を発動させ、周囲の気流を操作してアルテナたちが出す声が一定範囲外から出ないようにするのを確認すると、ジークリードはゆっくりと話し始める。
「護法騎士であるオートレイン卿とのコネクションを求める理由は幾らでもあるとは思うが、今回ベルベット嬢からの招待状を早くに持ってきたのには理由が3つほどある」
そう言われて、アルテナは「そういえば何で?」と思った。
普段こういった招待の打診はジークリードが仲介していて対応している(と言っても直接顔を合わせるのが怖いので会って話すのは控えているが)。そして今日はこういう招待の打診があったと報告するのは、放課後に纏めて行うようにしていたのだ。
それがベルベットの招待状だけ早くに持ってきたことにアルテナも違和感を覚える。
「1つは、シュタインローゼ家が王家も無碍に扱えない力を持っている貴族であるという事だ。王国への貢献度も高いし、シュタインローゼ家からの打診があれば、王家としても出来るだけ応じなければならない」
「は、はい……それは、わかります」
これが他国の王族や高位貴族なら警戒が先立って機密事項であることを建前に断るように動くことも出来るが、相手は自国の……それも国の為に長年貢献してきた、王族でも無下にできない非常に高貴な家柄だ。簡単に袖にしてしまえば、「王家は公爵家を信用していないのか」と捉われかねない。
「2つ目の理由だが……これは自分で言うのも恥ずかしい話なのだが、子供の頃の俺はベルベット嬢に対して非常に失礼な発言をしていてな。父上や母上は勿論のこと、シュタインローゼ公爵からもかなりの諫言を言われたことがある。そういったこともあって、ベルベット嬢からの頼みは断り辛い立場にあるんだ」
「そ、そうなんですか……?」
「あぁ。本当に、穴があったら入りたくなる気分だよ」
昔の自分を思い出したのか、ジークリードは盛大に眉根を寄せて自嘲の言葉を零す。
「そ、それでその……3つ目の理由は……?」
「それが一番の理由になるんだが……ベルベット嬢は、転生者を名乗る賊に関して何か知っているのではないかと、少し期待しているんだ」
この言葉にはアルテナも目を瞠る。ベルベットと転生者、この2つがどうして繋がるのかが分からないからだ。
「なにもベルベット嬢が賊と関わりがあると思っている訳ではない。しかし彼女は若くして新しい生活用品や農作物などの様々な産業を生み出した、公爵家が誇る才女であり、そのコネクションは計り知れない。そんな彼女なら、転生者とやらに何か心当たりがあるのではないか……そう思ってな」
そう聞くと、まるで商人のような気質をベルベットから感じる。
国内外問わずに至る所で活動する商人が持つ情報網は、王家の政策にも多大な影響力を与えるものが多く、諜報機関でも把握できていないことを把握していることがままあるのだ。
ベルベットは公爵令嬢という権威を持ちながらも商人との関わりが深い稀有な人物。転生者を名乗った男の事や、彼が目的としていたと思われる、ミストラル学院に存在する何かについて心当たりがある可能性はあるだろう。
「今現在、【魔竜の召喚士】が起こした事件や転生者に関する全ての情報は規制をかけている。それはシュタインローゼ公爵家が相手でも同様だ。この情報を明かしても大丈夫なのか、シュタインローゼ家をどれだけ信用しても良いのか、王家としても判断しかねている。そんな時にベルベット嬢から接点を持ってきた……これは1つの機会だと考えているんだ」
もしもこれでアルテナとベルベットが本当に友好関係を築ければ、今回の一件に関してシュタインローゼ公爵家を味方に付けることが出来る。
公爵本人は愛妻家の子煩悩としてかなり有名だし、ベルベットが王家の直臣であるアルテナに協力したいと言えば、公爵もそのように動く可能性が高い。それは分かるのだが……。
「むむ、無理っ! 無理です……っ! そそ、そんな……知らない人と仲良くなるなんて無理……!」
その役目をアルテナが担うには、いささか荷が重すぎた。そんな簡単に人と仲良くなれるなら、アルテナだって苦労していないのだ。
「で、殿下じゃダメなんですか……? 昔から知ってる人、何ですよね……?」
「不甲斐ないが、俺がベルベット嬢からの信頼を勝ち取るのはまだ難しい話だ。シュタインローゼ公爵からも良く思われていないしな。そもそも女性同士の茶会に男が割って入るのはマナー違反とされている。公爵家の力やこれまでの経緯を含め、俺が茶会に無理やり出るのは難しい」
何せジークリードは他でもないベルベットに暴言を吐いた男だし、シュタインローゼ公爵から見れば愛する愛娘を傷つけた生意気な若造でしかない。
ここ数年の間で多少改心したと思われているかもしれないが、それでも彼らがジークリードに対して未だに疑いの目を向けていることも事実なのだ。
「で、でも私なんかじゃ……」
戦いなら幾らでもするが、人との関わりに関しては全く勝手が分からないと、アルテナは俯いてしまう。
涙目になっているアルテナを見て、ジークリードも非常に申し訳ない気持ちになるが、事は国の一大事になる可能性がある案件だ。出来ることは何でもしなくてはならない。
「貴女が人付き合いを苦手としていることは重々承知しているし、俺の失態の尻拭いを貴女に押し付けてしまっている形になっているのは、本当に申し訳ないと思う。それでもどうか引き受けてほしい。この通りだっ」
臣下のみでしかない自分に対して深々と頭を下げるジークリードに、アルテナは思わず慌てふためく。
こんな所を誰かに見られたら大変だ。すぐさま頭を上げるように言わなくては……そう思ったアルテナだが、少し考えて思い直す。
(そうだ……立ち向かわないと、誰も守れなくなるかもしれない状況になってるんですよね……)
今のイシュタリア王国は知られたくない不祥事が露呈して、信用と威信を脅かされかねない事態に陥っている。それを防ぐために、目の前の王子は格下でしかない自分に頭まで下げているのだ。国の為、民の為、巡り巡って自分の為に、より良い明日を切り拓く為に。そしてそれは、アルテナにも同じような事が言えた。
平和が乱されそうになるというのなら、立ち向かわなくてはならない。かつての自分が、家族を邪神族から守ると誓った時のように。
「わ、分かりました……わ、私……頑張ってみまひゅっ!」
相変わらず涙目でプルプルと震えて、おまけにセリフまで噛むという、何とも締まらない有様だが、そんなアルテナを嗤うことなくジークリードは敬意をもってもう一度頭を下げた。
「ありがとう、オートレイン卿……貴女の決断に、敬意を表する」
こうしてアルテナは内心盛大に不安を抱きながら、ベルベットとの茶会に臨むこととなったのだった。
ヘタレでコミュ障でもやる時はやる主人公を目指してます