初っ端からキワモノ路線を突き進む女
面白いと思っていただければ、評価していただけると幸いです
1話から4話までがプロローグみたいな扱いで、第5話から物語が一気に動き始めるんじゃないかと思います。……たぶん、きっと。
もしよろしければ、まずはそこまでお付き合いいただけると幸いです
Q.もしも好きなゲームや漫画の世界に転生したら、どう過ごしたいですか?
ゲームとか漫画を嗜む人間にこう聞いたら、きっと色んな答えが返ってくるだろう。
原作知識をフル活用して最強になりたいとか、一人のファンとして主人公たちの活躍を近くで見たいとか、中にはゲームとか関係なく、ただただ平穏に暮らすことを望む人もいるかもしれない。
しかしそう言った生まれ変わった者……転生者たちには目標が違えど一つだけ共通点がある。
イレギュラー……すなわち、原作にはなかった異分子を嫌うという事だ。
彼らは原作にはいなかった、或いは描写されたことがない人物を苦手とする傾向がある。原作知識が一切通用しないからだ。
原作にちゃんと登場したキャラクターなら対処ができる。その人物の行動原理、経歴、性格、思想を事前に知っているから。しかしそう言った設定が一切存在しないモブキャラクターに対しては自力で対応しなくてはならない。
モブキャラがモブキャラらしく、原作には一切影響を与えないというのなら問題はないだろう。だがしかし、もしも何らかのイレギュラーでモブキャラが原作を崩壊させるようなことになれば、それは原作知識ありきで生き抜こうとしていた転生者たちにとって脅威以外の何者でもないのである。
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今から丁度一年前、ある少女にとって人生の大きな転換期が訪れていた。
それは、宇宙から飛来する人類の敵対種族、邪神族が存在し、それに対抗できる力を持つ魔力生命体、モンスターと契約を結ぶ人間……召喚士が活躍する、そんな世界に存在する大国イシュタリア王国に、若き英雄が生まれた日の事。
「アルテナ・オートレイン。これより其方を我がイシュタリア王国における召喚士の最高位、護法騎士の一人に任命する!」
「……謹んで、お受けいたします」
舞台は王都にある広大な中央広場。そこに設置された大掛かりな壇上。
国中の重臣や何千人もの国民の注目を浴び、威厳に満ち溢れた国王エーリッヒ・ライゼ・イシュタールの言葉に片膝をつきながら恭しく応じるのは、サイズの合っていないダボダボのローブを身に纏う、子供のように小柄な少女だった。
護法騎士とはイシュタリア王国における召喚士の最高位。国民の過半数が召喚士となるこの国において、同時期に10人以上在任したことが一度もないほど狭い門の向こうにいる強者たちであり、イシュタリア王国の象徴として他国への抑止力ともなる最強の召喚士集団だ。
「オートレイン卿、其方は紛れもない英雄だ。その若さで王国に降り注いだ災いを見事退けてみせた。これからもその天賦の才を我が国に貸してくれるか?」
「……陛下の御心のままに」
そんな護法騎士に僅か十四歳の……外見だけ見れば、十歳に届くか届かないかくらいの少女が任命された。その事実に好悪問わず様々な思惑と視線がアルテナに集中する。その中には、この世界に生まれ変わった転生者たちも居た。
(なんなのよ、あいつ! あんなのゲームには登場しなかったじゃない! しかも攻略対象のイケメン王子に微笑みまで向けられて……! ロクに顔も晒せないブスのモブ役のくせに、この私を差し置いて王族に目を掛けられるなんて許せないっ‼ それにゲームじゃ名前も出てこないモブが護法騎士になるなんて……間違いないわ、やっぱりアイツは……!)
最近男爵家に迎え入れられた隠し子のピンク頭の少女は嫉妬を燃やす。このゲームの中心である自分を差し置いて目立つなどどういうつもりかと。
(……一体、どういうことなの……? 折角王子との婚約を免れて処刑ルートから外れたと思ったのに、こんな……。護法騎士なんてゲームのキーパーソンにあんなキャラがいるはずないのに……私が原作を変えたせい? いいえ、私の婚約の有無で護法騎士のメンバーが変わるなんて考えられない。となるとやっぱり……)
国内有数の権力を誇る公爵家の娘に生まれ変わった金髪の悪役令嬢は恐れ戦く。必死になって処刑される未来を変えたと思ったら国の情勢を変えかねない存在が現れ、高位貴族であるがゆえにその影響に巻き込まれるかもしれないという予感に。
(クソがっ‼ ふざけやがってふざけやがってふざけやがってぇええええっ‼ 折角好きなゲームの主人公に転生したってのに、とんでもねぇバグが発生してるじゃねぇか! 原作知識があるのにモンスターの育成も上手くいかないし、メインヒロインの王女との出会いフラグも発生しねぇし! それもこれも、あのアルテナとかいう奴のせいか!? 主人公を差し置いてモブが護法騎士になるってことは、やっぱりアイツは……!)
子供の頃に両親が邪神族に殺されて孤児院で育ち、似た境遇の美少女の幼馴染がいるという、如何にもといった感じの経歴を持つ、これと言った特徴のない黒髪の少年は、遠くから舞台を見ながら歯ぎしりをする。これからは原作知識がある俺の時代だ……そう思っていたのに、全くままならない現実の果てにアルテナというバグまで出てきたと、自分を転生させた何者かに恨み節をぶつけながら。
(おいおい……勘弁してくれよ。原作を引っ掻き回すような真似はよしてくれ。せっかく貴族の息子に生まれ変わって悠々自適なスローライフを満喫しようと思ってたのに。護法騎士とかゲームでも主人公と深く関わる重要な役割なんだぞ? これでストーリーに大きな変更が出て世界が滅んだらどうしてくれんだよ)
前世でプレイしたゲームの世界に転生しつつも、自分は原作に関わらないと斜に構えて悠々自適な生活を送ろうとしていた貴族令息は苛立ちを募らせる。自分の平穏な未来を世界を巻き込む形で無茶苦茶にしかねない選択肢を突き進んでいる、自分と同じくてこの世界に転生したであろう少女に対して。
そんな彼らはまるで示し合わせたかのように、心の中で確信と共に同時に叫ぶ。
((((間違いない、アルテナ・オートレインは転生者だ!))))
恐らくモブに転生したけど原作知識チートで成り上がった類の転生者に違いない。でなければ、十四歳という史上最年少で護法騎士になれるはずもないのだ。この式典の場に集った転生者たちがそう判断する中、式典は佳境を迎える。
「ではこれより我らがイシュタリア王国に力を貸してくれる其方に、国家への忠義を誓う証である徽章と、異名を授ける。これより其方が名乗る異名は時に民草を安堵させ、時に国に仇なす者に武威を示すであろう。……偉大なる召喚士よ、余はこれより其方の事をこう呼ぼう」
国王エーリッヒはこの場に集った全ての人間に聞こえるように高々と告げた。
「絶大なる力を秘めた竜を従えし者……すなわち、【臥龍の召喚士】と‼」
その瞬間、広場中から割れんばかりの歓声と拍手がアルテナに送られる。何百何千、下手をすれば何万にも及ぶ民衆が壇上に立つ小さな少女に期待を寄せる中、渦中のアルテナは感情が宿っていないかのような鉄面皮を浮かべながら――――
(ゲロ吐いても……いいですか……?)
緊張のし過ぎでこみ上げる吐き気を必死に我慢していた。
(無理です。もー無理です! 緊張しすぎて吐きそうです! こちとらただの根暗のコミュ障なんです! ホント、こんな大舞台に建てるような人間じゃなくて……! なのにこんな……こんな大きな式典の主役に引き立てられたらもう、緊張で胃の中身がリバースして大惨事になっちゃいますから! 助けて! ゲロの汚名を被る前に誰か助けてぇっ!)
最早、口を開いたらそのままゲーゲー吐いてしまいそうになるのを、まともに身動きも取れない中で必死に耐えるアルテナ。
彼女は今、このまま楽になって吐いてしまえば間違いなく『王国史上初、式典の最中にゲロ吐いた女』として永遠に汚名を残すかどうかの瀬戸際に立たされている。
あぁ、一体どうしてこんなことに……と、こみ上げる吐き気を必死に耐えながら、アルテナはこれまでの人生を一から振り返った。
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結論から言って、アルテナ・オートレインは転生者ではない。
正真正銘、この世界で生まれた肉体と魂を持ち、王都に家を構えるそこそこ平凡な家庭で育ち、性格を含めてちょっと変わったところもあるが、基本的にはどこの町にも一人か二人は居そうな、根暗でコミュ障な普通の小娘である。
召喚士を志したのだって本当にありふれた理由で、目標や思想を含めて特別なところは一切ない。
この世界においては邪神族……エイリアンや惑星外生命体とも呼ばれる生物はどこに行っても付きまとう驚異そのもので、上質な魔力を生成する人間を好んで捕食する侵略者だ。
その恐ろしさを子供の頃から聞かされ続け、更には住んでいた地区の近くに邪神族が襲撃し、多数の被害者が出たこともあって、アルテナは幼心にこう思った。
『私が強くならないと、家族が邪神族に食べられちゃう……!』
生来気弱で友達が一人もまともに作れないアルテナにとって、家族は何物にも代えがたい存在だ。そんな家族が邪神族に食べられると考えると、怖くて怖くて仕方がなかった。しかも世の中にはモンスターの力を悪用し、犯罪に手を染める召喚士もいるのだ。何時家族の身に危険が迫るか分かったものではない。
だからアルテナは召喚士となって、家族を守れる強さを身に付けようと誓ったのである。邪神族の脅威を知るこの世界の住民として、召喚士を目指す極々ありふれた理由といっていいだろう。
こうしてアルテナはモンスターと契約を結び、召喚士としての研鑽を始めたのだが、ある時ふとこう考えた。
『……あれ? そういえば……私はどのくらい強くなればいいんだろう……?』
アルテナの疑問に答えはない。邪神族の強さも、犯罪を犯す召喚士の強さもピンキリだ。どれだけ強くなっても絶対に守れる、絶対に勝てるという保証はないのである。
考えても考えても答えが出ない疑問に対し、心配性な上に真面目で妥協が出来ないタイプのアルテナは、とりあえず出来るところまではやろうと決めて、コツコツと努力と経験を積み重ね続けたのだが、色々な意味での大きな誤算が二つあったことを知ることとなる。
一つは、アルテナの性格は臆病というよりも、極度の人見知りであったという事だ。
臆病とコミュ障は似ているようで違う。アルテナは人とのコミュニケーション能力は底辺も底辺で、街中を歩く時など隅っこの方をコソコソと目立たないように歩くような体たらくだが、その反面、恐るべき邪神族や強大なモンスターに立ち向かえる気概はあったらしく、子供の頃から邪神族と戦えるほどだった。
そしてもう一つは、アルテナには召喚士としての才能があったという事である。
それも人一倍などという話ではない。僅か十四歳にして国内最強の召喚士集団への加入が認められるほどの才覚が眠っていて、それを大真面目に妥協なく磨いたことでアルテナの才能は爆発。特に竜型と呼ばれる種類のモンスターとの親和性や造詣が深く、アルテナは竜型モンスターと相性のいい新術を二百以上開発し、召喚士業界を震撼させたのは世の語り草だ。
その活躍を知った王国政府がアルテナの事を見逃すはずもなく、あの手この手を使ってアルテナを召し抱えたという訳だ。
かくして、イシュタリア王国が誇る護法騎士が一角、【臥龍の召喚士】が誕生したわけだが……普通なら泣いて喜ぶその栄誉を、当の本人が喜んでいるかどうかといえば話は別な訳で。
(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃ……! 本当に……本当に勘弁してください! 吐いちゃうから……もう吐いちゃうから、早くトイレに行かせてぇええええええ……!)
晴れ舞台でも緊張しすぎてひたすら吐き気を我慢していることからお察しの通り、アルテナにとって護法騎士の肩書は完全に重荷であった。
護法騎士は時として国の顔とも呼ばれる、イシュタリア王国の重鎮だ。今回の式典もそうだが、これからも衆人環視の中に立たされる機会はある。そんな護法騎士に、超絶コミュ障で人見知りの自分が本当に務まるのかと考えると、アルテナの胃はストレスで大ダメージを受けた。
(や、やっぱり……護法騎士の打診を断ればよかったぁ……! ぶええぇぇぇぇぇ……!)
内心で情けない悲鳴を上げるアルテナは、せめて胃の中身をぶちまける前に早く式典が終わることをただただ祈るしかできなかった。
主人公は式典が終わった後、無事トイレで吐きました。