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鉄と雪月花の『ティーパーティ』

作者: 塩ソルト塩

一人暮らしのサラリーマン大塚鉄郎の元に、一通の招待状が届いた。



『ティーパーティ』に参加しませんか?



奇妙な字体だ。全く身に覚えは無いが、大方ちょっと趣向を変えた宗教勧誘かそこらであろう。鉄郎は六畳一間の自室に戻ったのち、とりあえず封を開けてみた。


事件性があったのは、そこから。



「うぉっ」



封筒からカードを取り出した瞬間、硬い画用紙の端に火が付いた。鉄郎は画用紙のカードを上下に振ったが、火は大きくなる一方だ。さらに不可解なことに、カードに書いてある文面が意味不明な暗号文である。火が指元まで近づいたから、鉄郎はカードを手放した。それは結局、空中で散り散りになってしまった。火の明かりはリチウムを焼いたような、不自然な赤色を見せていた。



「・・・何だったんだ、今の。」



ひとまず、畳に火がつかなくてよかった。常識的に判断して、鉄郎は警察に通報しようと思った。



「・・・。」



しかし、鉄郎は部屋の角に目をやった。ちょうど物事を思い出すときのように、鉄郎の瞳孔は左上を向いていた。



「・・・シーザー暗号か・・・?」



───大塚鉄郎という男には、極めて強度の高い『映像記憶能力』が備わっていた。鉄郎は先ほど見た奇妙なアルファベットの羅列を、映像の一部として自分の脳裏に焼き付けていたのだ。



頻出するアルファベットと言えば、『E』を筆頭にして、T、A、O、N、I、R、S、H、といったあたりだ。そこを指標として、鉄郎は文字列をずらしていく。前にちょうど十回ずらしたところで、暗号文はごく一般的な英文に変わった。



「・・・〈この文を読んでいる貴方を、私たちの『茶会』に招待します〉。8月20日日曜日、品川シーサイド、カラオケボックス八潮202号室、17時30分・・・。」



鉄郎は左手首についた腕時計を見る。今は日本時間で8月20日の日曜日、17時ちょうどだ。



「三十分後じゃねぇか。」



これが良くなかった。謹厳実直な鉄郎にとって、時間厳守は鉄の掟となっていた。そのせいで、なりふり構わず家を飛び出してしまったのだ。貴重な休日だというのに、パキッとしたスーツを完璧に着こなして。



「間に合った・・・!!」



フルフェイスヘルメットを脱いだ鉄郎は、機能重視のオートバイを有料駐車場にしっかりと停めた。



「202号室、ここで間違いないな。・・・三分前。まぁ、及第点だ。」



こうしてネクタイを引き締めた鉄郎は、カラオケボックスの扉を二回ノックした後、ドアノブに手をかけたのだった。



「失礼します。」



モノトーンの、閉鎖的な、大部屋。三人の『女子高生』がこちらを見ていた。



「・・・。」


「あ、え・・・っと?」



白いセーターを着た、気立ての優しそうな手前の女子が首をかしげる。鉄郎は不思議に思ったが、初対面の相手に物怖じしない性分は変わらなかった。



「興和証券の大塚鉄郎と申します。招待状を頂いたのですが、こちらは『茶会』の会場でお間違いありませんか?」


「・・・へ?」


「───雪乃(ゆきの)、下がって!!」



奥に居た気の強そうなパーカー女子が、目にもとまらぬ動きで飛び出してきた。気づけば鉄郎の顎の下には、冷たい金属の感触が伝わっている。恐る恐る確認すれば、先ほどまであのパフェに刺さっていた細いスプーンだ。大塚鉄郎はこう思った、(うん、何をやっているんだ?)



「その(カバン)を下に置いて。」


「・・・はい。」


「あんた何者。」


「興和証券の大塚鉄郎と申します」


「コードネームは」


「コードネーム・・・少し申し上げにくいのですが」


「いいから!!」



ただ事ではなさそうな雰囲気に、鉄郎はとりあえず何か発言する必要があると考えた。



「はぁ。・・・『(アルファ)(ユニフォーム).425』です。」


「アルファユニ・・・、結月(ゆづき)は知ってる?」


「んーん、全然。」



表情の変わらないセーラー服が、気の抜けた様子で返した。鉄郎が口にしたのは興和証券の従業員コードである。それなりの地位を指す『AU』に反応しないあたり、彼女らは鉄郎の勤める証券会社とは無関係らしい。鉄郎は溜息をついて、自分の肩の力を抜いた。



「・・・分かった。俺が『招かれざる客』だってことは良く分かったよ。何か大きな誤解がある気がするから、一旦は俺の弁明に耳を貸して貰いたいんだが。」



と、鉄郎は一番話を聞いてくれそうなセーターの女子に向かって言った。大方狙い通りになって、鉄郎は彼女ら三人組とテーブルを挟んだ反対側のソファに座らせてもらった。



「これに見覚えがないか?」



胸ポケットから取り出した封筒に、まずは黒いパーカーが反応した。



「私宛ての招待状・・・!でも。なんで・・・」


「・・・あ。」



と、次にセーラー服が声を漏らす。



「それ、一回宛先間違えて送っちゃったやつだ。」


「な・・・結月ぃ・・・!」


「・・・あ、はは。まぁまぁ一旦、ね?」



恨めしそうにうなる黒パーカーを、白いセーターが(なだ)める。セーラー服は、相変わらず顔色一つ変えないまま言った。



「・・・でも、そういうときのために【アレ】を入れておいたはず。」


「あ、そうじゃん。・・・ねぇ、【アレ】は私たちじゃないと消せないはずだったんだけど。どういうこと?」



【アレ】というのは、やはりあの奇妙な火のことだろうか。



「『どういうこと』って、それは俺の台詞だな。おかげで我が家の畳が焦げるところだったんだぞ?危険物の封入は立派な郵便法違反だ。」


「すまん、鉄郎。」


「そ、そうだけど、そうじゃなくて。・・・あ、暗号!どうやって解いたの!!」



黒パーカーがグイと身を乗り出している。顔と顔を近づけることに対して、この子は一切の抵抗がないのだろうか。と思いながら、鉄郎は記憶を辿って解読した旨を伝えた。



「鉄郎、思ったより頭がいい。」


「え・・・。ってことは、あんたは全く無関係の一般人ってこと!?」


「話の筋が見えてきたみたいだな。」


「ってかなに、カードが燃え尽きるまでの数秒に、あの文字列全部覚えたって言うの!?」


「まぁ、そうなる。」



開いた口が塞がらない様子のパーカー女子を前に、鉄郎は誇らしげな顔一つ見せない。それよりは、迂闊な女子高生らが平気で法に触れたことの方を気にしていた。仕事人大塚鉄郎は、平素より至極真面目な男であった。



「・・・はい、これで俺の弁明は終わり。手違いだったなら今すぐ帰るよ。・・・ただ、法律は人々の身体と、何よりその『想い』を守るために存在してるんだ。何か事情があったとしても、軽々しく蹴飛ばしていいものじゃないんだからな。しがないサラリーマンでも、俺は大人だ。そこは強く主張しておく。」



パーカーの彼女に(なら)って、鉄郎も軽くだが身を乗り出してみた。これで、少しは響いただろうか。



「わっ・・・わかったって。・・・ちょっと怖いから、あんまり顔近づけないでよ・・・。」



(うん、何を言っているんだ?)と鉄郎は思った。が、分かってもらえたならいい。人に諭したからには、自分もいっそう気を引き締めて行かなくては。鉄郎は立ち上がり、ネクタイを整え、踵を返した。



「ま、待ってください!」



鉄郎を引き止めたのは、白セーターの彼女だった。



「雪乃さんだったかな。どうかした?」


「あの、えっと、どう言ったらいいのかな。今外に出ると、大塚さんの身が危ないかもしれないんです。」


「俺の身が、危ない?」


「はい。・・・私たち、今ちょっと追われてて。」


「っ、雪乃!」



パーカーの彼女も立ち上がった。ソファに座っているのは、パフェの続きを食べているセーラー服だけだった。



「事情話したりなんかしたら、それこそ私たちが危険になるでしょ!?・・・もしまた【オウマガトキ】みたいなことがあったら・・・。」


「・・・うん。確かに、今度の私たちは指を落とされて、死ぬよりつらい目に逢うかもしれない。髪をむしり取られるかもしれないし、焼けたナイフで顔を斬りつけられるかもしれない。でも、きっとこれが最善だって思うでしょ。・・・大塚さんが、こういう人なら。」



白いセーターは鉄郎の方に向きなおった。



「鉄郎、顔が怖い。」



言われてから、自分の眉間にしわが寄っていることに気づいた。鉄郎は笑ってごまかそうとしたが、黒いパーカーに大きな溜息をつかれてしまった。



「しょうがないな、もう。・・・大塚、ちゃんと真面目に聞いてね。」



黒パーカーは口火を切った。表情は、最初、白いセーターの彼女を庇うときに見せたものとよく似ていた。



「信じられないと思うけど、今この『品川シーサイド』には【異変】が起こってる。私たち三人はそれを何とかしようとして、こうやって秘密裏に集まってるの。【ヤツら】はその情報だけを聞きつけて、今も必死に私たちを探してる。一方で私たちは、追ってくる連中を特定しようとしてる。敵が何処の誰なのか、お互いに探りを入れあってる状態ってわけ。」


「・・・ほーぉ。」



鉄郎は気の抜けた返事を返し、彼女から目を逸らした。



「・・・ねぇ、聞いてる?」


「聞いてる聞いてる」



パーカーは鉄郎にグイと顔を近づけた。が、鉄郎はよそ見を続けていた。黒いパーカーは、痺れを切らした。



「とにかく、今一人でここを出るのは危ないの!得体の知れない変なヤツがうろついてるって言って───」



「──ああ、確かに変だな。」



大塚鉄郎はこの瞬間、202号室の真っ暗な『角』を凝視していた。



鉄郎の瞳孔は、左上を向いていた。



───ちょうど、今日ここに来る道中の『景色』を思い出しているかのように。




「・・・っはは、ほんとだ。一人、()()()()()()()をしてる男がいる。・・・俺が男の座ってるバス停を通り過ぎた37秒後、大通りを右折した先にあるビルの鏡面ガラスに、映ってるんだ。・・・もう一度、俺の視界に。」



大塚鉄郎の、完全記憶能力が炸裂した。町の時計台の針が、音を立ててずれる。



「・・・そいつ、どんな奴!!?」


「ジーンズの上にライダースジャケットを着た黒髪の男、金縁の円形サングラスで目元を覆ってる。肌はよく日に焼けた感じで、髪型が、あー、これは何て言えばいいんだ?」



品川シーサイドに巻き起こる【異変】。華麗なる先手を打ったのは、サラリーマン大塚鉄郎だった。




「大塚さん、えぇっと、一緒に来てもらえないでしょうか。」


「・・・あの、雪乃さんって結構『したたか』だったりする?」


「ふふ、雪乃って呼んでください。私、この場で最年少ですから」


「あぁ。・・・了解。」



白いセーターの女子高生『雪乃』の、手を(うず)めた袖がよく見える。鉄郎はネクタイを締めた。



「鉄郎、でかしたぞ。」


「ああ任せろ結月。・・・身長いくつだ?」


「・・・八百メートル」


「嘘が八百。」



セーラー服の女子高生『結月』が立ち上がっているが、あまりにも小柄で気が付かなかった。そのくせ結構量のあったパフェのグラスは、もう既に空だ。



「大塚。一緒に来て。」


「・・・外に出るのは危ないんじゃ無かったか?」


「うん。でも、どうしても大塚が必要なの。お願い。」



黒いパーカーの女子高生は威力のある至近距離で、威力のあるジャブを送ってきた。鉄郎はこう反撃した。



「名前も知らない女子高生を助ける義理はない。」


花帆(かほ)!私の名前!これでいい!?」



すかさずのカウンターだ。鉄郎は笑った。



「・・・嗚呼、いいだろう!!」



四人は勢いよく、カラオケボックスの外へ踏み出した。



「チーム名、なんにしよっか。」



時計台の大きな針が、ガタリと音を立ててずれる。




「───雪乃、結月ときて、花帆ね。・・・ったく、妙な『雪月花』に巻き込まれたもんだよ、俺も。」




こうして、奇妙な『茶会』に迷い込んだサラリーマン大塚鉄郎は、三人の女子高生と波乱の運命を共にすることとなったのだった・・・。





鉄と雪月花の『ティーパーティ』


完。

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