学年のアイドルにイケメンの彼氏ができて、モブの俺には関係ないと思っていたら、俺の幼馴染が『寝取られ代行』なるものを始めたんだが……
「マジか……。ちょっとショックだわ……」
「俺は諦めないぞ。別れる可能性だって、あるわけだからな」
教室のあちこちから、ため息混じりの話し声が聞こえてくる。密かに彼女に想いを寄せていた男子達は、皆肩を落としている。
誰であろうと分け隔てなく接してくれる、まるで天使の様な彼女に癒された男は少なくない。俺もその中の1人である。
彼女に優しくされ、自分に気があるのではないかと錯覚した奴はどれだけいただろうか。ワンチャン何かの拍子に、彼女と付き合えるのではないかと思っていた奴も絶対いたはずだ。
【悲報】学年のアイドル――秋吉奈々美さん、彼氏ができる。
誤解のないように言っておこう。その彼氏は俺のことでは決してない。
期待してくれた皆、ごめん。ここから始まる物語は、冴えない男が美女と付き合えたとかいう優越感にまみれたイチャラブコメじゃない。
今ここで注意喚起しておく。俺が秋吉さんと付き合うようなことはない。それが嫌ならブラウザバックしてくれ。
まあ、俺と秋吉さんが全く関わりがないかと言えば、そうではない。俺は彼女と何度か喋ったことがある。
だが一言二言口を交わした程度で、いきなり恋人になるなんてことはない。よほど容姿が優れていない限り、意識されることすらないだろう。
現実なんてそんなもんだ。漫画やラノベの世界が異常なだけで、リアルの世界ではそんな都合よく彼女ができたりなんてしない。
その証拠に、秋吉さんの彼氏は我がクラスのイケメン代表――諸麦優吾だ。フィクションと違って捻りもなく、何の面白味もない。
おっと、自己紹介が遅れた。俺は曽川辰巳、至って平凡な男子高校生だ。
俺のことを端的に言い表すなら、ストーリーにいてもいなくてもいい存在。諸麦をラブコメの主人公とするならば、俺は彼に嫉妬する外野の一味。
とどのつまりモブキャラだ。エンドロールでは男子Aと表記されるだろう。間違ってもフルネームが出てくることなんてない。自分で言っていて悲しくはなってくるが……。
だから秋吉さんと諸麦が付き合おうと、俺には関係ない。関係ない…………が、例に漏れず俺もちょっとだけへこんでる。
言ったろ。俺も秋吉さんに癒されていた男子の1人だって。例え下心がなくても、気になってる女の子に彼氏ができたら男子なら少なからず落ち込むものさ。
「みっくん、残念だったね」
悲報が学校中を駆け巡ったその日の帰り道、隣を歩く女子が俺を哀れむように話しかけてきた。
その言葉とは裏腹に、女子の顔はニヤついてる。俺のことをからかいたくて仕方がないって感じだ。
てめー! 女子と一緒に帰るなんてただのリア充じゃねーか! 何がモブだよ! ……と思った諸君、安心してくれたまえ。
彼女は高校デビューに失敗し、一緒に帰る友達がいないだけである。ただ1人で帰るのは寂しいから、仕方なく俺と一緒に帰ってるだけだ。
「何が残念だって?」
「秋吉さんのことだよ」
「別にどうでもいいだろ。そりゃ、俺達ぐらいの歳なら彼氏だってできるさ」
「またまた~! 強がちゃって!」
言い忘れていた。この女子がこんなにも馴れ馴れしい理由を。
彼女――棚橋阿衣は俺の幼馴染なのだ。俺と阿衣は気心の知れた間柄と考えてもらっても構わない。
だが深読みはしないでほしい。彼女とは幼稚園の時からの腐れ縁で、出会ってから10年以上経つが、別に浮いた話がある訳じゃない。
王道的ラブコメなら、疎遠になったりして、愛が育まれるものだが、俺達に限ってはそんなことはなく、だらだらと何となく付かず離れずの関係が続いている。
「でもね、みっくん。いくら秋吉さんが好きだからって、寝取ろうとしちゃダメだよ」
「しねーよ、んなこと」
「ホントかなぁ? タブレットの秘蔵フォルダの中身はそんなのばっかだったよね?」
「お前……」
別にいいだろ! 好きなんだから! そんな思いがありつつも、頭の中は羞恥心でいっぱいになる。
全く困ったものだ。いくら親しいからといって、勝手に人のお気に入りの動画を見ないでもらいたい。
「私ね、寝取られ代行始めたんだ。今なら、キャンペーン中で無料だよ。だからみっくん、秋吉さんじゃなくて、私を寝取ろうよ」
「は?」
阿衣とは長い付き合いではあるが、何を言っているかわからない時がある。
この発言にしてもそうだ。寝取られ代行ってなに? キャンペーン中だから無料になるのも意味が分からない。
最近ネットでよく見かけるなんちゃら代行サービス。彼女は流行りものが好きだから、その影響受けたのだろうか……。
「彼氏がいる女の子を寝取ったりなんかしたら、問題になるでしょ? だから彼氏のいない女の子がその女の子の代わりに、寝取られてあげるサービスなの」
「…………それって、ただ男が彼氏のいない女と付き合うだけなんじゃねーの?」
「そんな細かいことどうでもいいでしょ! みっくん、さっそく今週土曜寝取られデートしよ!」
「おい、まだその代行サービスを利用するとも言ってねーぞ」
「いいから! 私が秋吉さんの代わりに寝取られてあげるから、心配しないでみっくん。みっくんの寝取り欲を満足させてあげる」
話が噛み合っていない。俺が一体何を心配しているというのか。そもそも寝取り欲ってなんだよ……。
「次はあそこ行こ!」
不思議だ。何故かは分からないが、俺は今、幼馴染と寝取られデートなるものを心の底から楽しんでいる。
はっきり言って、高校でできた友達と遊ぶよりも満足感がある。
彼らと遊ぶ時と違って、新鮮的な感じは全くない。だが妙に居心地がいいのだ。駅の近くにあるショッピングモールをただ歩いて見て回ってるだけなのに。
気を遣わなくていい人と一緒にいる。それだけで、こんなに安らぎを感じるものなのか。
俺は幼馴染のことをぞんざいに扱ってしまっている。今の関係を続けていたら、大人になれば、彼女は俺の元から離れていってしまうだろう。
本当にそれでいいのだろうか。阿衣を失ってしまったら、俺はきっと――。
「なぁ……」
「なに?」
「寝取られ代行とか言ってるけど、お前俺以外ともデートとかすんの?」
「しないよ、そんなこと。みっくんだけだよ、寝取られデートするのは。みっくんは特別だもの」
俺の問いに、幼馴染が真顔でこっ恥ずかしいことを言ってくる。伝染するかのように、こっちも恥ずかしくなってきた。
血が上ってきて、自分でも顔が赤くなっていくのがわかる。思わず俺は、阿衣から顔を背けてしまった。
「?」
不意に、視界の隅に手を繋ぐ男女の姿が写った。
男の方は記憶になかったが、女の方には見覚えがあった。というか俺の通う学校の男子誰もが知っていると思う。
「あれって……」
あり得ない。彼女はそんなことをする人ではないはずだ。彼氏がいるのに他の男と手を繋ぐだなんて――。
★☆★☆★
寝取られデートが終わった翌週の月曜日、クラスがとある話題で持ちきりになっていた。
とある男子は「ざまぁ」と諸麦をこけにし、とある男子は「やっぱりチャンスはまだある」と意気揚々と息巻いていた。
俺も驚いた。まさか秋吉さんがビッチだったなんて。
【悲報】クラスのイケメン代表諸麦優吾さん、彼女を寝取られる。
あの日見た秋吉さんの姿は、俺の見間違いではなかった。どうやら彼女は、諸麦と付き合い始めた直後に、他の男とも交際を始めたようである。
「おい! どういうことだよ!? お前寝取られ代行とか言っておきながら、秋吉さん寝取られちゃってるじゃないか!? 代行できてねーぞ?」
幼馴染を問い詰める。彼女は代行できなかった罪悪感を隠すためなのか、頬をポリポリと掻いている。
「あははは…………ごめんね。みっくん実はね、あれは寝取られ代行じゃなくて純愛だいこ――」
「あぁ~もう! 代行とか回りくどいこと言わずに、俺のことが好きなら好きって言えよ!」
「好きだよ! ずっと前から! でもみっくん、私のことを意識してくれなかったじゃない!」
「悪かったよ。でもこの間のデートで、お前のことが好きになったんだ」
「じゃあ……私と付き合ってくれるってこと?」
「ああ」
「「「「「うぉぉおお~~!!」」」」」
白昼堂々の告白に、クラス中が沸いた。クラスメイトの歓声が教室中に響き渡る。
「おめでと~!」
「俺、やっぱりあいつらお似合いだと思ってたんだよ」
「幼馴染カップルってなんか素敵よね!」
新たなカップル成立を、クラスの皆が祝福していた。まるで結婚式の披露宴のようだった。
そんな中で諸麦は俺達2人に白い目を向けていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。