最終章
高校生になってからの初めての日曜日。という訳で昨晩は夜更かししてしまい、今日起きたのは昼前の十一時になってしまった。日も既に高く、テレビをつけてもいつもとは違う番組ばかりだった。初めての食事は朝昼兼用である。
食事を済まし、特にすることも無い私は商店街の本屋に行くことにした。これといって買う予定の本も無いが、折角の休日だ、家でダラダラ過ごすのも悪くはないが、それはそれで勿体無いと思った。
家を出た頃には一時を過ぎていた。食後の運動がてらに歩いて商店街に向かう。財布の中身は三千八百六十二円、今月はこれで生きていかないといけない。少なからず学食での出費がこたえているのだろう。
そんなことを考えながらいると既に商店街の近くまで来ていた。日曜ということだが、商店街には人は少なく幾つか閉まっている店もある。私達が良くコロッケを買っていた精肉店も危なかったのも分かる気がした。最近ではスーパーへ買出しに行く人が多くなっているのが現状である。
目的地の本屋というと、ここはまだ競合する相手が居ない様で、多いとはいえないが少なからずの客は入っている。あまり出費が出来ない私が入るのも申し訳ないが、とりあえず暇つぶしに利用させて貰うことにした。
本屋の外には雑誌が並べられている。とりあえず私はそこで雑誌を眺めた後、数冊手に取りページを開い暇つぶしをした。五分程だろうか、外で立ち読みをしていると何やら視線を感じてしまう。別に誰も見て無いだろうが、道に面していることもありどうも落ち着かない。私はその後店内に入った。入ってすぐの所には最近出た雑誌や漫画が積まれていて、店員が作ったのだろう、宣伝用のポップも飾られている。
とりあえず私は店内を一周することにした。まずは漫画コーナーから始め、次に小中学生教材のコーナーを通る。次に資格教材のコーナーを過ぎて雑誌コーナーに差し掛かった時に、見慣れた後ろ姿を私は見つけた。
「かーなーえ」
「ん?あ、七海!」
そこには『楽しい家庭菜園』と書かれた本を読む香苗が居た。
「何?香苗、野菜でも作るの?」
「んー、まだ未定だけど、庭が空いてるからやってみようと思ってね」
確かに香苗の家の庭は大きいし、池があるが場所は十分に残っている。また、高いマンションなども周りには無いので、日当りは抜群だ。野菜を作るのには最適の場所だろう。
「ちょうど図書券もあるし買おうかな」
香苗はそう言って財布から千円の図書券を出した。なんでも街角アンケートに回答したら貰ったらしい。
「それいくらするの?」
「八百六十円。お釣が来るね」
結局香苗はその図書券で『楽しい家庭菜園』を購入した。レジで本の入った紙袋を渡され、上機嫌で帰って来る。
「えへへ、結局買っちゃった」
私達はその後一緒に店を出た。
「あーあ、明日からまた学校かぁ・・・」
「そうだね・・・・・・」
「?」
何故か香苗の声はどこか元気が無く、寂しそうだった。いつもなら「あはは、来週は土曜も休みじゃない」などと言うのに。私は不思議に思い香苗に声を掛けようと思ったその時だった。
「・・・・・・・・・」
私達の前に雪乃が立っていた。
「あ、雪乃」
私は雪乃に気づき、声を掛けた。
「・・・・・・・・・ごめんね、二人とも」
よく分からないが突然雪乃が私達に謝った。私は視線を雪乃からゆっくり左に向け、香苗を見るとそこには俯いている香苗が居た。
どうしたんだ?
「付いてきて・・・」
雪乃は私達にそう言うと、返事も聞かず歩き始めた。
私達は雪乃に言われるがまま後を追った。その時の私達は一切会話が無かった。というよりは二人は一向に口を開く様子は無く、私も何か話し出せる様な空気じゃ無かったのを察知した。香苗を見る限り、香苗は何か知っている様だ。この二人が何か喧嘩でもしたのだろうか?でもそれなら先に雪乃が謝ったのなら香苗なら「別にいいよ~、私こそごめんね」と言うだろう。そして、先程雪乃は「ごめんね、二人とも」と言い、私にも謝った。
結構歩いている、そして足取りも重い分遠く感じる。
どんどん街から離れ、田舎の景色が濃くなってゆく、こっちに来てから街の方へは良く行ったが、こちらには来ていない。幼い頃には行った覚えはあるのだが。
少し山道なる。
その山道を登り終え、頂上に着くとそこは私達の膝くらいまで伸びる草が茂った、とても広い場所だった。
そして、雪乃がそこで立ち止まった。
「ごめん、ちょっと遠かったね・・・」
苦笑いしながら雪乃が振り向く。
頂上ということもあって、風通しが良く、振り返った雪乃の髪の毛、カーディガン、スカートの裾が膝まで伸びた草とともに揺れている。
私は周りを見渡した。周りには木と草しかないが、それが逆に新鮮に感じる。そして、私はここが昔私達が遊んでいた場所で、秘密基地を作った場所であることを思い出し、そしてもう一つ、この間夢で見た場所だと分かった。
「ここって・・・・・・、秘密基地作った場所だよね?」
「お!良く覚えてたね!そうだよ、そこの木の下にね」
雪乃はそう言って秘密基地を作ったという木の所を指差した。
「ここにまた三人で集まれるなんて思って無かったよ・・・」
悲しそうな顔をして雪乃が言う。
「ねえ、七海」
「何?」
「貝殻見つけてくれたんだってね?ありがとね」
貝殻・・・。雪乃は私が貝殻を見つけたことを知っている。香苗から聞いたのだろうか?
「雪乃知ってたんだ。雪乃もまだ持ってる?」
私がそう言うと、雪乃は微笑みながらポケットから大きな貝殻を出し、ひらひらと私達に向けて見せた。
「仲間の・・・証だろ」
やはりその言葉を言うのは恥かしいのか、頬を赤らめながら言う。
そして、雪乃が私達の所まで歩み寄ってきて、俯いていた香苗の肩に手を掛ける。
「ごめんね香苗、本当にごめん」
雪乃がそう言うと、香苗は俯いたまま首を横に振る。
「香苗は・・・途中から気付いてたんだよね」
その時だった、突然香苗が雪乃に飛び付き泣き始めた。
「雪乃・・・・・・・・・雪乃ぉ・・・・・・・・・ふえええええぇぇぇぇぇぇ・・・」
全く分からない。いったいどうなってるんだ?私は意味が分からなかった。
「ねえ、雪乃・・・・・・説明してくれないかな?」
「うん・・・・・・」
雪乃は泣きじゃくる香苗の頭を腕で抱きながら、申し訳なさそうな表情をして言った。
「その・・・・・・なんて言えば良いのかな・・・・・・・・・」
「僕・・・死んでるんだ・・・・・・」
「は?」
全然意味が分からない。確かに雪乃はここに居て、触ることも出来る。やろうと思えば殴ることや蹴ることだって出来る。それなのに何を言ってるんだ?
「雪乃、あんた何言ってるの?縁起でも無いよ・・・」
少し怒り気味で私が言う。
「ごめん・・・いきなりで・・・。でもね・・・本当なんだ・・・」
「でも、雪乃は確かにここに・・・」
「うん、今はね・・・。今は確かにここに居る。でもね、死んじゃってるんだよ・・・」
雪乃は死んでいる・・・。
頭の中がこんがらがってきた。
「前に商店街の前で別れた時さ、香苗と一緒に僕を付けてきたみたいだね」
そんなこともあった。雪乃を見失った時、香苗が癇癪を起こした時だ。
「その時にさ、香苗泣いちゃったみたいだね。多分その時ぐらいに香苗は薄々気付いてきたんだと思う。まぁ、香苗は元々僕が死んだことも知ってるしね。今だけ僕が生きてることで、僕は中学生の時に転校したことになってるんだよ。でも・・・・・・」
「でも・・・?」
「香苗が泣き出しちゃった場所覚えてる?あそこ、僕が昔住んでた団地の近くだよ」
そういえばそうだ。私がこっちに来た時に雪乃を訪ねる為に行った団地の近くだ。
「多分、近くに着たから何だかの拍子で気づき始めちゃったんだと思う」
香苗は雪乃が死んだことは知っていた様だ。しかし、今は雪乃が一時的にこの世に存在していることにより一般では転校したことと認識されているらしい。
「でもあんた・・・死んだって・・・・・・何で・・・」
「うん、家族皆でね・・・・・・交通事故にね。結構派手だったみたいだよ・・・・・・」
「お母さんも・・・お父さんも?」
「うん・・・みんな・・・」
だから家を訪ねた時も誰も居なかったのか・・・・・・。そして、雪乃の話しを聞いていく内に、私も雪乃が既にこの世の人間じゃ無いということを少しずつ認識し始めたと同時に、目から涙がこぼれ始め、体が少し震えてきた。
「でも・・・何で今は生きてるの・・・・・・?」
確かに雪乃は今ここに居る。触ることだって出来る。何故その死んだ筈の雪乃が今ここに存在をしているんだ?
「うん、目的を果たすためにね」
「目的・・・?」
「うん、七海って小学生の時に転校したじゃない?だから・・・・・・ちゃんとありがとうが言えてなかったから。それで、高校生になって七海がこっちに帰って来るって知ってね、それに、香苗と同じ学校だって言うからさ・・・・・・」
雪乃の目からも少し涙が流れ始めている。
「今度はちゃんと言うね。二人とも今までありがとう」
雪乃が香苗の頭を撫でながら言う。そして、私もその言葉にたまらず声を上げて泣き出してしまった。
「雪乃・・・・・・・・・・・・・・・うあああああぁぁぁぁぁ」
私も思わず香苗と同じ様に、雪乃に抱き付いた。まるで子供が泣きじゃくる様な大きな声を出して。
その私達に対し、雪乃は優しい目をしながら私達の頭を軽く撫でた。
泣きだしてからどれくらい経っただろうか。二十分、いや、三十分程だっただろうか。まだ体は震えているが、なんとか落ち着きは少し取り戻した。
「ねえ、雪乃、香苗・・・聞いてくれる?」
優しい声で雪乃が私達に聞く。
「あにね、それともう一つ目的があったんだ」
「・・・・・・・・・もう一つ?」
落ち着きを取り戻した私が、少し震えた声で聞いた。香苗も今では落ち着いてきている。
そして、雪乃がポケットに手を入れた瞬間、辺りが真っ白な光に包まれた、それはまるで発光弾を目の前で爆発させられた様な眩しさだ。私達は思わず顔を覆い目を塞ぐ。そして、恐る恐る私達は手を顔から離し、周りを確認した。
それは、今までと同じ場所だが少し違う。そう、私が夢で見た景色そのもの、私達が幼い頃に遊んでいた頃に。
「もう一つは・・・・・・これ」
雪乃は貝殻を見せて言った。
「貝殻?」
「うん、これを探しに来てたんだ。実はね、僕もこの貝殻何処にしまったか分からなくなってたんだよ。七海一回僕の家に訪ねて来たでしょ?」
「うん、表札が無かったけど・・・」
「あの時も家の中で探してたんだ。ノックされて焦ったけどね」
「だから、学校帰りに一人で・・・」
「うん」
雪乃の家は現在誰も住んでいなく、部屋の形もまだ残ったままでたまに親戚が来て片付けているらしい。もちろん元々は雪乃の家だ、雪乃も家の鍵は持っていて好きな時に何時でも家に入ることが出来る。
「そして・・・やっと見つかった・・・・・・」
雪乃が安堵した表情で言う。
「ずっと望んでたことが果たせた・・・・・・。二人にちゃんとさよならして・・・・・・仲間の証である貝殻も見つけることが出来た・・・・・・。偶然にも雪乃と香苗も貝殻を思い出してくれた・・・」
雪乃は空を見上げそう言った。私達も続いて空を見上げる。もう五年程昔の景色だ、私達は確かにこの空の下に居た。
「ここ・・・懐かしいね」
「うん、昔のままだね・・・」
「あの山道もよく登ったね」
私達は辺りを見回した。凄く綺麗だ。今はちゃんと木の下にダンボール箱で作られた例の秘密基地も残っている。
何もかもが懐かしい。
私達はしばらくその懐かしさに浸っていた。その後だった、雪乃が口を開いた。
「今日でもう・・・・・・お別れだね・・・」
「雪乃・・・・・・行っちゃうの?」
「うん、目的は果たせたからね・・・・・・。やっぱり辛いけど仕方ない・・・」
悲しそうな表情をする。
「雪乃・・・・・・・・・」
今日でもう雪乃とは会えなくなる。嫌だよそんなの・・・。
「ねぇ雪乃・・・・・・なんとかこっちに残れないの?」
「ごめんね、それはどうしても出来ないんだ・・・・・・。今、こうしていられるのもやっとなんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
三人の間で少しの沈黙が起きた。
「ごめんね・・・・・・僕のわがままに付き合わせて、辛い想いさせちゃって・・・本当にごめん・・・・・・」
「ううん・・・・・・そんなこと無いよ・・・。私も雪乃と会えて良かったよ・・・」
「うん、私もちゃんと雪乃にさよならできて良かった・・・・・・」
「二人とも・・・・・・ありがとうね・・・・・・」
雪乃の声が震えている。その時だった、今度は雪乃が私達に抱きついた。
「うううぅぅぅ・・・・・・七海・・・香苗・・・・・・・・・・・・」
雪乃が声を上げて泣き出した。いつも強気で大声で泣いたところなんて見たことは今まで無い。そんな雪乃が今、声を上げて泣いている。
そして、私達もそれにつられまた泣き出してしまった。
「雪乃・・・・・・うううぅぅぅ・・・」
「ありがとう・・・ありがとうね・・・・・・」
雪乃が腕の中で震えている。
手から雪乃の感覚が弱まる。
「雪乃・・・・・・」
雪乃の姿が消えかけている。
だんだんと薄れていく。
「七海、香苗・・・僕は本当に二人と出会えて良かったよ・・・」
「私も・・・私もだよ・・・・・・」
「だから、最後ぐらいは笑顔で見送ってよ」
「うん・・・そうだね」
そして、やがて雪乃の感覚が無くなり、完全に姿が消えた。
「ありがとう・・・・・・さようなら・・・・・・」
そんな声だけが最後に聞こえた。
既に周りの風景は元に戻っている。
今までのことは何も無かったかの様に。
私はその晩、また懐かしい夢を見た。
「ああ・・・・・・・・・」
「グチャグチャだね・・・・・・」
「びっしょりだよ・・・・・・」
梅雨の連日続いた雨は流石に耐えれなかったのか、私達の秘密基地は雨によって破壊されていた。中に置いてあった雑誌も読める状態では無かった。
「うわあ、もう全て駄目だね」
「何か・・・汚いね・・・」
もう潰れた秘密基地というよりは、ただのゴミになっていた。
「ねえ、みんな鍵持ってきてる?」
雪乃が私達に問いかけた。
「うん」
「持ってないと入れないからね」
私達は鍵の貝殻を取り出し、雪乃に見せる。
「今、この貝殻は鍵の役目を終わりました」
「ん、まあ、そうだよね」
「確かに」
鍵があってもそれを使う為の物が無くては意味が無い。
「じゃあ、これどうする?」
「もう一つの役目・・・・・・仲間の証」
雪乃はそう言って貝殻を天にかざす。
「おお!」
「なるほど!」
私達はその言葉とそのポースを見て何故か納得していた。
「これを持ってる限り、僕らは何処に行っても仲間です!いいですか?」
元気な声で雪乃が言う。
「わかりました!」
「了解です!」
私達は敬礼をして応えた。
この貝殻を持っている限り私達は永遠に仲間だ。
永遠に