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第二章

 うるさい・・・。

 うつらうつらの脳内に電子音が響き渡る。何かの曲の筈だが、今の私にはただの雑音にしか感じない。

 電子音の先には目覚まし時計があり、時間は朝の七時二十分を指している。

 「うあ・・・・・・起きないと・・・」

 うるさく鳴り響く目覚まし時計のアラームを止め布団から出ると、私は寝巻のままで部屋を出て、台所に向かった。

 台所に着くと母親が洗濯をしていて、「おはよう」と挨拶をして洗濯物を抱えながら風呂場へと向かって行った。父親は既に仕事の為家を出ていた様である。台所にはラジオの音が流れ、それを聴きながらの朝食になる。

 朝は色々と忙しいので、我が家の朝はテレビよりラジオでの情報収集になる。

 私は台所の周りを見回していると、冷蔵庫の上に乗っているカゴを見つけた。中には食パンが入っていて、これにマーガリンでも塗って食べようと思ったが、その隣にはメロンパンが入っていることに気付いた。パッケージには「高級メロンパン」と書いてある。

 「お母さん・・・このパン食べていい?」

 衣服を洗濯機に入れ終わった母親が台所に帰ってきたので聞いてみた。食パンの方が日付が古いらしく答えはNOだった。私は渋々食パンにマーガリンを塗り、席に着いて食べることにした。私は食パンは焼いてトーストにするより、そのままで食べる方が好きである。

 昨日入学式を終え、今日から正式な登校になる。とは言っても午前中で終わるらしく、恐らくは集会などで日程が終了するのだと思う。

 雪乃も香苗も同じクラスである。他にも見覚えのある生徒が居るかもしれないが、雪乃と香苗が同じクラスということが分かっているだけで、学校に行くことに対して安心が出来た。

 私は朝食を終わらせると、食器を水に漬け「ごちそうさま」と母親に伝え、寝巻から制服へ着替える為に部屋へ戻った。

 着替えが終わり、ふと鏡に視線をやる。やはり何か恥ずかしい。ブレザーということもあってか、何処かのお嬢さんになった気分である。

 時計を見ると既に八時前である。学校指定のカバンを持ち部屋を出て玄関に向かう。昨日初めて履いた革靴を下駄箱から出した。正直、動き難い靴ではあるが、これもまた新鮮な感じである。

 「そいじゃ、行ってきます」

 玄関の扉を開け、私はそう言って家を出た。

 今日もいい天気である。天気予報によると降水確率は午前午後共に0%ということらしい。太陽の光が眩しく、暖かいというよりは少し暑いくらいだ。

 カバンを肩に掛け、学校へと向かう。家から少し離れると、辺りには畑と田んぼが所々に見られる。こうやって見ると、自然という物が目に優しいことが改めて感じられる景色であり、見ているだけで健康になりそうだ。

 十分程歩いた頃には既に家という物は少なくなっていて、学校まで続く坂道が始まる。周りにも桜の木が生えていて、色鮮やかに花弁が舞う。周りにもその桜を眺めながら歩く生徒が少しずつ現れてきた。穏やかな坂道であり体への負担は殆ど無いのだが、慣れない革靴ということもあり少し踵が痛くなってきた。この桜で痛さを紛らわせようと思っていると誰かが私の踵を踏み、沁みる様な痛さが踵に奔った。

 「ご、ごめん!」

 一人ということにも関わらず、私は「痛っ!」という声を発しながら振り返ると、そこには申し訳なさそうな顔をした雪乃が居た。どうやら私の踵を踏んだ犯人はこの雪乃の様だ。

 「な・・・何すんのよ・・・・・・」

 「ごめん、歩いてたら七海見つけて驚かそうと思ってたら踏んじゃって・・・・・・・・・ね!」

 「ね!」じゃない。申し訳なさそうな顔をしていると思っていたら、急に微笑みながら人差し指を口元に当てウインクをする。柄にも無いことをしないで欲しい。

 「革靴がまだ慣れないから踵痛いんだよ」

 「ああ、確かにね。僕も踵が痛いよ。こんな靴じゃとてもじゃないけど走れない」

 「流石に運動靴じゃないからね」

 「んー、運動靴の方が良いな~」

 雪乃も踵を気遣いながら、爪先だけで歩いたり、足の側面で歩いたりと、色々変えながら歩く。そんな雪乃を見ていると時が経つのも忘れ、気付いた頃には学校の門の前まで来た。

 「おっ、やっと着いたか?」

 雪乃も学校に着いたことに気付き、足元から学校の校舎へと視線を変えた。眺めた校舎をしばらく見つめた後、雪乃はニヤリと微笑み私の背中を軽く叩いた。

 「よっしゃ、七海!行くぞ!」

 「う、うん」

 肩から少しずれていたカバンを掛け直し、門を通過して校庭に足を踏み入れる。今まで歩いていた硬いアスファルトから柔らかな土の地面に変わる。踵の痛みも少し和らいだ気がした。

 「私達一年は三階みたいだね。一組の教室は東の校舎みたいだよ」

 カバンから入学式に貰った案内書を出し、雪乃に説明する。

 時間は八時十五分を回っていた。そろそろ教室に行かないといけない。

 私達は校舎の入り口を通り、教室に向かった。



 校舎の中は木造の床であるが、古臭くも無く、新しいフローリングの洋でワックスも綺麗に掛けている。どちらかといえばお洒落な物で、落ち着いた雰囲気が感じられる。

 長い廊下でもなく、教室が二つ程度でまた廊下が曲がり、一年の教室が全て同じ廊下に在る訳では無かった。少し雪乃と一緒に探していた。

 「お、あそこじゃない?」

 雪乃の指の先には「一年一組」と書かれたプレートが貼ってある。どうやら中央の校舎からは七組から順に並んでいて、一組は一番端に在る様だ。

 私達は教室に入り、教室の中を見回した。教室も廊下と同じく、木で出来た床をしており、比較的広い物だった。天井には小さなクーラーと二台の扇風機が設置されており、真新しい蛍光灯が鮮やかに光っている。窓からは校庭も見え、三階ということもあり上ってきた坂と桜並木が見える。

 机の上には番号が書かれた紙が置いてあり、自分の出席番号順に座る様だ。

 私達は教室の奥へと進むと、十二番の机の上に見慣れた頭が俯いて寝ている。その姿は肌理が細かいイソギンチャクの様だった。

 「お、香苗はもう来てたんだ」

 イソギンチャクの正体である香苗の頭を雪乃がわっしと掴み上げ、頬を突く。

 「お~は~よ~、香苗」

 「ん・・・?あ・・・雪乃?おはよぉ・・・」

 「これまた眠そうな顔して・・・」

 「あ・・・七海も一緒だ・・・・・・おはよ」

 まだぼんやりとした顔で香苗が私に気付く。本当に熟睡していたのか、本人は目を開けたいが、しょぼしょぼして開けられないといった様子だ。

 「どうしたどうした?寝不足かー?」

 「んー?昨日は夜十時には寝たよ。七時に起きたから九時間くらい寝たかな」

 「十分寝てんじゃないかよ」

 昔からそうだが、香苗は本当にマイペースな性格だと改めて思った。昨日香苗が「皆変わって無くて、安心した」という言葉が分かる。

 「もうすぐチャイム鳴っちゃうから、そろそろ目覚ました方がいいよ」

 「あい・・・」

 私の忠告に対し、うつらうつらしながら答え、顔を擦り目を覚まそうとする香苗を見ながら私達は自分達の席に着いた。席は縦に七列に並んでおり、私は前から六番目、雪乃は二つ前の四番目であり、香苗は隣の列の前から五番目で旨い具合に私達三人で三角形が出来た。今はまだ大丈夫だろうが、学校に慣れてくると授業に集中しないことになりそうだ。

 八時半になりチャイムが鳴る。クラスは全員で四十一人で最初の登校日ということもあり欠席者は0であった。教室の中はチャイムが鳴ってからは、少し緊張した空気が流れている。

 皆が教室の中で待っていると、廊下から足音が聞こえ、それが少しずつこちらに近付いてくるのが分かった。その足音が扉の前で止まり、扉に手を掛けゆっくりと開く。

教室内に入って来るのはまだ若い女性だった。髪は短く、背は百六十センチ前半ぐらいの整った顔立ちをした綺麗な女性だ。ただ一つ言えることとしては、少し眉毛が太い。だが、その太い眉毛からなのか、優しい感じがした。

 その女性が優しく微笑みながら黒板の前へと進み、教卓の上へ手に持っていた本や書類、筆箱を置き止った。

 「みなさん!ご入学おめでとうございます!」という言葉がその女性がこの教室で初めて言った言葉である。続けて、自己紹介を始めた。

 彼女の名前は「進藤楓」といい、私達のクラスを受け持つ担任である。若い先生だが、落ち着いた口調で話し、また優しい話し方である。実は教師になって間も無く、初めてクラスを受け持つらしく本人も緊張しているらしい。

 そんな風に話しが進められていると、プリントが配り終わり、今度は生徒が自己紹介をすることになった。お約束の行事だが、これはウケを狙って変なことを言うと必ず場をしらけさせる。普通にするのが無難である。

 自己紹介は出席番号の順で進められた。

 一番目の生徒から順に進められ、次々と紹介が進み先生が「はい、よく出来ました」という表情をする。今のところ変なこと言う者は居なく、そのまま四番目の雪乃の番が来た。

 ニヤリと微笑みながら席を立つ。

 まさか、この子・・・何かする気では?

 「はじめまして小野寺雪乃ですっ。趣味はお菓子作りです!よろしくお願いします!」

 と、なんとも愛らしい表情で元気に言う。

 絶対嘘だ。お菓子作り?焼き鳥焼くの間違いだろ?これは時折見せる雪乃の「乙女」という物らしく声のトーンも何時もより高い、本人曰く猫かぶりらしいが、どう考えても対象者を限定にしたネタにしか思えない。正直、雪乃は可愛らしい顔をしており、今の紹介を見ると傍からは「元気で可愛らしい女の子」に見えてしまう。

 香苗の方を見ると顔を両手で押さえ小刻みに震えている。どうやらツボに入ったらしく、笑い声を抑えるのに必死の様だ。香苗がこちらに気付き「ちょっと・・・この子何かヤバイこと言ってるよ!」といった表情を私に向けた。

 雪乃が満足げな顔をして席に着く。

 次に私の前の生徒が自己紹介をした。辛島君という坊主頭で大人しい口調の男子だった。「こいつは多分野球部だな」と勝手に解釈していると私の番が来てしまった。

 私は正直に言うと、こういうのは苦手であり、緊張しやすい性格である。私は正直に、無難に答えることにした。気が付くと少し出が震えていた。

 「はじめまして・・・。神代七海です。好きなテレビ番組はスポーツ中継です。これからよろしくお願いします」

 席に座ると一気に緊張が解れ安心していると、香苗が「うん、良かったよ!」といった表情をしてくれて、雪乃は「おい、つまらんぞ」といった表情をした。

 皆同じ様な紹介で進み、一列目全員の紹介が終わって二列目の生徒が紹介を始める。香苗の番もそろそろだが、当の本人は楽観的に自己紹介している生徒の方を見て微笑んでるだけだった。そして、出席番号十二番、香苗の番が来た。まあ香苗の事だ、上手くやってくれるだろう。そう思っていたのだが・・・。

 「え・・と・・・。ち、近田香苗ですっ!よ、よろしくお願いしますっ!」

 それだけを言い、香苗は椅子をカタカタ鳴らしながら席に着いた。

 まさか・・・・・・緊張してたのか?雪乃の方を見ると腹部を押さえてビクビクと震えている。声こそ出してはいないが大爆笑の様である。香苗相変わらずニコニコしながら微笑み、自己紹介をしている生徒の方を眺めている。よく見ると香苗の笑顔はどこか引きつった物で、笑顔にしては硬直した表情だった。

 この時間は割りと平和に進み、変なこと言う者も特に居ない。このクラスの生徒は皆、空気の読める人間が多い様で安心した。色々な意味で雪乃と香苗が一番やばかったと個人的には思う。

 一番最後の生徒も紹介を無事に終え、担任が話を進めた。またプリントを配り、今度は大きなA3の用紙で中には今後の予定が書かれていた。担任がそれらの行事のことを簡単に説明をしてくれる。十分か十五分程でその話しも終わり、どうやら今日はこれで終わりの様だ。

 まだ日直が決まってないので、今日は出席番号の一番の生徒が号令を掛けることになった。「さようなら」という挨拶を全員で行い解散になると、雪乃と香苗がこちらに来た。

 「香苗~・・・、天才だよ!面白すぎ」

 雪乃がそう言い、香苗の肩を揉む。

 「う・・・誰だって緊張はするよ~」

 「それでも大袈裟だって~、もー可愛いなぁ香苗は。・・・・・・・・・それに比べ、お前は何だ!?普通過ぎるだろ!」

 「いや、あんたが異常だ」

 「何?僕はいたって普通に、正直に、自分を紹介したまでだよ」

 「何がお菓子作りだ、焼き鳥の間違いだろ?」

 「へ?そっち?それは本当だよ」

 雪乃は真顔で答えた。そして、続けて香苗が言う。

 「雪乃は料理上手だよ。私は雪乃の口調がツボだったけど・・・」

 意外だった。雪乃が料理が得意だったなんて・・・。いや、意外というよりは何か悔しい、私は一切料理が出来ないからだ。

 「料理・・・頑張ろうかな・・・」そう思った、そんな昼過ぎだった。



 「よし、何か食べて帰るか!?」

 雪乃が元気な声を発しカバンを肩に掛けた。料理が得意というのは自分が食べる為に覚えたのじゃないのか?と思った。

 「ねえ、一度学食行ってみない?」

 香苗が提案をする。確かに今までは中学だったので学校での食事は持参をしていたが、これからは持参と学食が楽しめる。

 「あー、私も行ってみたい」

 私も香苗の意見に賛成した。私も一度食堂というものを行ってみたかったのである。「うどん」や「カレーライス」などの、持参では不可能な食べ物も校内の昼食で食べられるのはありがたい。

 雪乃も賛成し、私達は食堂へ行くことが決まった。食堂は東の校舎とは反対の西の校舎に在る。とりあえず、まだ校舎の中は詳しく知らないので、私達は一旦一階に降りてから西の校舎に向かった。この西の校舎は商業科の校舎であり、制服のネクタイが私達とは違う色をした生徒が多く見られる。ここを歩いていると何か視線を感じてしまう。

 「あ・・・いい匂いがする・・・」

 食べ物の匂いが風に乗って流れてくるのに気付き、雪乃の表情が和む。香苗も同じ様な表情になり鼻を動かす。確かにこの匂いには空腹の時にはたまらないが、ここまで幸せそうな表情になるのか?と思わされる。

 匂いがだんだん近付くと、「学生食堂はこちら」と書かれた矢印の付いた看板が見えた。食堂は一度校舎から出て、別の建物に在るようだ。私達は看板の矢印の方へ進み外へ出ると、レンガ造りの建物が見えた。思っていたよりは大きい。壁には飲み物の自販機とベンチが在り、そこで休憩も出来る様である。

 「おお!結構広いな!」

 「早速並びに行こうよ!」

 雪乃と香苗はノリノリで中に入る。何人くらいだろう?三十人程が席に着いているが席は十分に空いている。受け渡し口の所にも十人程が並んでいるが大丈夫だろう。それくらい広い物だった。

 「私席取っとくから、先に注文してきなよ」

 私は三人分の向かい合える席を確保して座った。

 「ほんと?ごめんね、早めに済ませるから」

 「急いで行って来るよ」

 そう言って二人は列の最後尾に並びに行った。メニュー表を見ながら「なにする?」といった表情で会話をしているのがここから見える。二人がどんな物を選ぶのか、ちょっと気になった。私も今の間に何を注文するか考えておこうと思い、テーブルの上にあるメニュー表を見た。

 「うどん」や「ラーメン」「どんぶり」に「定食」などが揃っている。私も少しお腹が減っていたので、定食を頼もうと思い「豚のしょうが焼き定食」を頼もうと思った。価格も三百五十円と低価格で、学生の私達にはとても助かる内容だ。私は財布から三百五十円丁度を取り出し、二人が帰って来るのを待った。

 十分程経つと香苗がお盆を持ちながら、こちらに帰ってきた。

 「お待たせ、私取っとくから七海行ってきなよ」

 お言葉に甘え私も並びに行く。席を経つ時に香苗のお盆を見ると「カレーライス」と「きつねうどん」が乗っていて、この細い体によくこんだけ入るな、と思った。

 私が並ぶ頃には列も短くなっていた。ここから調理場が見え、大きな炊飯器から炊かれた白米が白い湯気を上げている。上を見ると写真付のメニュー表があり、「豚のしょうが焼き定食」はどんな物か確認をした。

 「豚しょうが・・・・・・豚しょうが・・・・・・」

 探していると、「ハンバーグ定食」の横にあることに気付いた。内容は「豚しょうが焼き」と「中茶碗のご飯」、「味噌汁」に「漬物」と「サラダ」という物だった。基本的に定食は全部「豚しょうが焼き」の部分が変わるだけである。これで三百五十円は安い。

 私の番が来る頃には既に雪乃は受け取りを済ませ、席に着いていた。

 「すいません・・・『豚しょうが定食』一つ」

 「あ、ごめんね!今丁度、無くなってね、少し時間掛かるけどいい?」

 と申し訳なさそうに言われた。二人が待っているので何か違う物を頼むことにした。こういう時に最初から食べるつもりの物が食べれない時は何か調子が狂う。

 「じゃあ・・・えっと・・・・・・『ハンバーグ定食』は大丈夫ですか?」

 「はい!『ハンバーグ定食』ね!」

 後ろも並んでいたことなので私は急いでとっさに「ハンバーグ定食」を頼んだ。値段は四百円だったので私は五十円を財布から出し、四百円を渡して受け取り口で待った。

 「はい!お待たせしました!『ハンバーグ定食』ね!」

 ものの二分程待っていると出来上がった物を渡された。私はハンバーグにケチャップとウスターソースとマヨネーズをかけるという、とにかく有名どころの調味料を全てかけるという癖がある。私は                             「ご自由にお使いください」とかかれたそれらをかけ、ついでにサラダにもウスターソースをかけた。

 「私も買った来たよ」

 そう言って席に戻る。お盆を置き、席に座るとあることに気付いた。

 「あれ?まだ食べてなかったの?」

 「そりゃ、初めて来たんだし、一緒にね」

 「そうだよ、一緒に食べようよ!」

 二人は私が来るまで食べるのを待っていてくれ、私の分のお茶も用意してくれていた。その何気ない気遣いを見た時、改めてこの二人と出会えて良かったと思い感動した。

 「ありがとね、待っててくれたんだ」

 私は二人に感謝をする。そして、もう一つあることに気付いた。予想通り雪乃のお盆には沢山の量が乗っている。

 「雪乃は何頼んだの?」

 「ん?『豚しょうが焼き』と『カツ丼』と『かけうどん』だよ」

 にこやかに雪乃が答える。

 「お前か!!!」

 「は?」

 雪乃が何が?といった表情をする。確かに雪乃としては何のことだか分かるはずが無い。

 「私も『しょうが焼き』頼もうと思ってね。売り切れになってたの」

 「ああ、そういうことか・・・・・・・・・ちょっと食べなよ」

 気を遣ってか、雪乃がそう言ってくれる。

 「いや、ごめん、大丈夫大丈夫。雪乃が先に頼んだんだし」

 「そう言うなよ。一口食べなって!・・・・・・その代わりハンバーグ半分くれ!」

 半分!?やなこった。香苗はその会話を聞き、「あはは、半分って!」と言い笑っている。

 「まあ、半分ってのは冗談だけど、ちょっと一口ちょうだいよ」

 香苗がそう言ってくれるので、私は雪乃と皿を取り替え「しょうが焼き」を一口頂いた。豚肉は思っていたより柔らかく、タレもしっかりした味だった。少しウスターソースの味がしていて、多分雪乃が自分で混ぜたのだろう。そういえば香苗もカレーライスにウスターソースをかけていて、私達三人は食べ物にウスターソースをかけるという共通点がある様だ。

 「ありがとう雪乃」

 そう言って私は皿を雪乃に返すと、雪乃も私に皿を返した。皿を見ると何か結構減っているが、まあ気にしないでおこう。



 「あー、食べた食べた!」

 そう言い、満足そうな顔で雪乃がお腹を擦る。香苗も「ごちそうさま」と言い手を合わせていて、二人は食事を終わらせていた。私はというと、まだ少し食べ物が残っている。

 「七海、まだ残ってるぞ!食べてあげようか?」

 「ご遠慮します」

 この二人は私の倍近く食べている筈だが、何でそんなに早いんだ?私が食べるのが遅いみたいに思えてくる。私は既に少し胃袋がキツくなってきて来ているというのに、二人は何やらアイスを今から食べるという会話をしている。昨日の焼き鳥屋でもそうだが、どんな胃をしているのか見てみたい。

 私は最後の一口を口の中に入れ、お茶を一口飲んだ。

 「ごちそうさま」

 手を合わせた後、私も食後の休憩に入る。

 時間は昼の一時も過ぎ、食堂の中も窓から太陽の日差しが入り、ポカポカした陽気に包まれている。満腹になったこともあり、少し眠たくなりあくびが出た。

 「ふぁあああ・・・・・・・・・何かここ、落ち着くね」

 私が頬杖をつきながら言うと。

 「ほんと、食べ物もあるし最高だね」

 「いうこと無しだね」

 二人は外の自販機で買ったアイスを食べながら言う。二人の表情は実に幸せそうだ。そんな二人の表情を見ているとこっちまで幸せになりそうだった。

 お腹も膨れ、のんびりと過ごす。幸せな時間。この時は時間がゆっくり、もしくは、時間が止まったようだった。



 「んー・・・・・・・・・そろそろ帰る?」

 香苗が言う。時計を見ると既に二時前だった。雪乃の方はこれまた気持ち良さそうに眠っている。沢山食べ、食べた後は眠る。まるで子供の様だが、その姿が妙に可愛らしかった。

 「おーい、雪乃、帰るよ」

 「ん・・・・・・ん・・・・・・むぅ?」

 雪乃肩を揺さぶり声を掛けると、なんとも眠たそうな声を出す。あれだけ気持ち良さそうに寝ていただけに、起こすのは少し気の毒だった。

 「ふぁ・・・ああああああぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・・・・」

 雪乃が食堂内に響き渡る様な、大きなあくびをする。

 「ほら、そろそろ帰るよ」

 「ん・・・・・・分かった、ちょっと待って・・・・・・・・・頭が冴えるまで・・・」

 顔を擦りながら言う。そして、その体勢からピクリとも動かなくなった。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「あら、動かないね」

 「どーした?また寝たか?」

 私がそう言うと、雪乃がその体勢のまま首を横に振る。そして、コップに手を伸ばしお茶を一口すすった後、ゆっくり顔から手を離した。

 「ふう・・・・・・覚めてきたよ・・・」

 目覚めが悪い方なのか、覚めてきたと言う割にはまだ顔は寝ている。

 「今、何時?」

 「もうそろそろ二時になるよ」

 「え・・・?もう、そんな時間?・・・・・・・・・お腹いっぱいになったら眠くなるね」

 雪乃はそう言いながら大きく伸びをする。

 「じゃあ、帰ろうかね」

 私達は机の上にあったコップを持ち、カバンを肩に掛けて席を立ち、コップを返却口に返しに行った。周りを見渡すと、既に生徒の数は少なくなっていて私達の他に二人しか居なかった。先程まで賑やかだった食堂内も今では静かになっている。コップを返却口に置き「ごちそうさま」と挨拶をした後、食堂を後にする。

 来た道を通り、中央校舎に着いた。

 この学校は外でも校舎内でも同じ革靴を履き、上靴という物が存在しない。その様な理由で、下駄箱という物も存在しなく、普通なら中央校舎の入り口には下駄箱がある筈だが、この学校には無いのでやけに入り口は広く感じる。

 校舎を出て、校庭を見ると既に人気が無い。人が居ない学校はとても静かで、何故か寂しい。数ヶ月するとこの校庭も下校時には部活などで賑やかになっているのだろう。

 校門を抜け、坂道を下り終わると雪乃が言った。

 「じゃあ、僕こっちだから」

 「あれ?駅まで送っていくよ」

 「あー、いいよいいよー。いくつだと思ってんだよ!一人で帰れるよ!」

 そう言って雪乃は「じゃあね!」と言い、帰って行った。遠慮して、というよりは何か一緒に来られては困る。といった感じだった。

 「なんだろ?雪乃何か変だったよ」

 私がそう言うと、香苗がニヤリと今までに無い笑顔をした。

 「雪乃も女の子だよ、色々あるんじゃない?・・・・・・・・・追いかけてみようか?」

 雪乃にそんな浮いた話しなど、いまいち想像出来ない。でも、ちょっと気になったので私は香苗の意見に賛成した。

 まだ雪乃の姿は見える。私達は雪乃に見つからない様に着いていった。雪乃の足は少し急いでいて、見失わない様に気を付けないといけなかった。

 商店街を通り、もうすぐ駅が近付く。電車のダイヤに合わせる為に急いでいただけじゃないのか?と思っていたが、その時、雪乃は駅とは反対側に曲がった。

 「ほら!やっぱり何かあるんだよ!」

 香苗が私だけに聞こえるような小さな声で言う。小さい声だが、その声はとても興奮した感じの声だった。おいおい、と思ったが内心私もドキドキしていた。

 雪乃の足もだんだん速くなり、私達は追いかけるのに苦労していた。

 「・・・・・・あれ?」

 細い道を通り抜け、少し広い場所に出ると雪乃を見失ってしまった。

 「見失っちゃったね・・・」

 私はそう言い香苗の方を見ると、香苗の異変に気付いた。香苗は小刻みに震え、目が涙で潤んでいて焦点が合っていない。

 「ちょっと!香苗!どうしたんだよ!」

 「え?あ・・・・・・。え・・・・・・・・・?」

 私が香苗の背中を擦り問いかけると、香苗の表情がハッとなり我に返る。涙が流れていたことに今まで気付いていなかった様で、目元を触った時に気付いた様だ。体はまだ少し震えている。

 「うう・・・・・・」

 香苗は体を丸め、その場にしゃがみ込み、私はその背中を擦ってやった。背中から小刻みに震えが手に伝わってくる。

 「香苗・・・・・・大丈夫?・・・・・・・・・」

 「ごめん・・・ごめんね・・・・・・何か今、凄く怖くなって・・・・・・」

 「香苗・・・・・・・・・」

 背中を擦ってやってるうちに、香苗は少し落ち着いた様だ。

 もう既に雪乃を追っていたことは私達の頭には完全に無く、今はこの現状でいっぱいだった。

 「今日はもう、帰ろ」

 「・・・・・・・・・うん」

 私は香苗が完全に落ち着くまで待ち、それから帰ることにした。あれだけ元気な香苗が今はこんなに元気が無い。このまま香苗を一人で帰すなんてとても出来ないので、私は香苗を家まで送っていくことにした。


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