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第一章

 四月。それは一年間という中で一番、春、という言葉が相応しい月なのかもしれない。

 冬が終わり、冷たい空気が暖かい空気に変わる。今まで厚着をしていた服装も少し薄手にしようと、そう思えてくる。

 高い空を見上げ、ようやく暖かくなった空気を肌で感じる。桜の花弁が舞い散り、目の前を横切った。花弁の色はピンクでは無く、それこそ本当に桜にしか使うことの出来ない桜色という色だと思える。

 空から視界を少し落とし、周りを見渡す。

 私の周りには、まだ慣れない制服を着て、新たな高校という学び舎に向かう人達が多く見られる。私もその中の一人なのだが。

 通学中の道は緩やかな坂になっており、その横には桜の木が続いて生えている。最初の間はこの桜で坂道を紛らわすことも出来るだろう。

 その坂の先を進んでいくと、懐かしい建物が見えてきた。私が行く高校である。小さな頃から見ていた建物だ。決して大きいわけではないが、周りが何も無いということで、校庭がとにかく大きい。

 そういうこともあって、私、神代七海は無事に高校生になることが出来た。私立校ということもあり、多くの中学から来た生徒も多い。だが、どんなに頑張っても都会とは言えないこの町だ、少なからず知っている顔はあるだろう。

 転校前の小学生時代の友人が。

 そう、つまり私は昔居た地に戻ってきたということだ。理由はまた親の仕事で、元の場所に帰るということだった。転勤でこちらに帰るということになり、そうなれば私も生まれたこの地で高校受験をすることを余儀なくされた。元々こちらは公立、私立問わず学校の数が少なかったことで、志望校を決めるのは然程難しくは無かった。

 ここに来るのは四年振りだった。

 引っ越した次に日には、久しぶりに帰ってきた街を見物した。四年振りということもあり、多少の変化は勿論あったが、多くの変化は無かったことに私は少し安心した。自分が生まれた場所が、四年ぶりに来ると全く違う風景というのはショックである。

商店街のコロッケも未だに健在だったのは嬉しかった。

そして最後にもう一つ訪れた場所がある。と言うよりは、確認をしたかった。

 雪乃の家である。

 雪乃の家は商店街から少し離れた所にある団地だ。私はその団地を目指した。

 団地に着いた頃には、辺りはすっかり夕暮れになっていた。四年振りだったので、団地の場所が少し曖昧な記憶だったが、ちゃんとあることにホッとした。雪乃の家は三号棟の二階だった。これはよく覚えている。私は、三号棟入り口でポストを見付け、小野寺のプレートを探した。

 「小野寺・・・小野寺・・・」

 ポストには小野寺の苗字は無かった。二階のポストは空白になっている。私は階段を上り、二階に向かった。しかし、やはり小野寺の表札は無く、誰も住んでは居なかった。

 違う人が住んでいたとしても、失礼は承知でインターホンを鳴らした、ドアをノックもした。しかし、一切の反応は無かった。

 「雪乃、居ないんだ・・・」

 私は、それを確認すると階段を下りた。

 少しは雪乃に再会できると思っていたが、あまり信じたくは無かったが、雪乃の家はそこにはもう無かった。

この四年間の間に、恐らくは引っ越したのだろう。

雪乃に会えると思っていた私は、なんともいえない気持ちになり、その場所を後にして家に帰ることにした。

家に帰っても、そのことがずっと頭にあった。とても残念ではあったが、私も引っ越した身だ、仕方は無かった。諦めを付けるしか無かった。

そう私は昨日のことを思い出していると、既に学校の正門の前に着いていた。『入学式』という看板がでかでかと立っている。これを見ると、本当に私は高校生になったんだと実感をした。

 私は顔を上げ、校舎を眺めながら大きく息を吸い込深呼吸をした。そして、一歩一歩と歩み、学校へと進んだ。

 

 

 私は門を抜け、校庭へと進んだ。

 校庭の中には、知っている者同士で話をしている生徒や、親と一緒に話している生徒、一人で式が始まるのを待っている生徒があちらこちらに居る。そして、何よりも人が多く集まっている所が、クラス発表の掲示である。同じクラスになれたのか、手を取り合って喜んでいる生徒が居る。私もそこへ向かい、自分がどのクラスなのかを確認しに行った。

 すいません、すいません、と掲示板の周りの生徒を掻き分け、前へ進む。進むうちに、ようやく掲示板が確認できる場所へ到着した。

 今年の一年は、七組まである。男女共学の学校なのだが、商業高校ということもあり、七割、いや、八割は女子が人数を占めている。

 「あーと、神代、神代・・・」

 一組から順番に探したのだが、名前はすぐに見つかった。一組に私の名前があった。出席番号は八番である。しかし私はその二つ先の出席番号四番の名前を見て、驚くべき物を見付けた。

 「え・・・、この名前って・・・」

 私の目の先に、その名前はあった。

 小野寺雪乃。

 「小野寺・・・雪乃・・・、これって雪乃のこと?」

 只の同姓同名なのか、それにしては偶然過ぎる。

 昨日、確かに雪乃の家には誰も住んでいなかった。雪乃が引っ越したのは違いない。私の推測ではあるが、恐らくは引越しはしたが、あまり遠い所には引っ越してはいなく、そこからこの高校を受験し、今年からここに通うということだろう。

 私はその場から離れ、雪乃を探した。校庭のあちらこちらを走って回った。雪乃が居ることを信じて。

 広い校庭に居る沢山の生徒。一人一人の顔を見る。

 「う・・・違う・・・」

 違う・・・違う・・・。どれも雪乃じゃない。

 四年の間に容姿が変わったのか?雪乃の面影がある者は一人も居ない。「もしかすると、本当に只の同姓同名?」そんな不安が横切った。

 「やっぱり、違うのかな?」

 私は、最後にもう一度探してみようと、歩みだしたその時だ。

「ちょっと、ごめん」

 後ろから、私を呼び止める声がし、振り返った。

 「はい?」

 私は振り返りながら答え、振り返った先には、一人の女生徒が居た。

 スラッと細身の長身で、目鼻立ちがハッキリとした美人だが、ニコニコとして柔らかな表情のどこか幼さを感じた女の子だった。

 「もしかして・・・七海?」

 その女生徒は、私の名前を知っていた。

 「そうだけど・・・・・・」

 申し訳ないが、私はその女生徒が分からなかった。

 「あれ?その顔は・・・ふふっ、私のこと分からないみたいだねぇ」

 「ご・・・ごめん」

 その女生徒はニヤリと微笑みながら言った。

 「へへへ、香苗だよ。覚えてるかな?」

 香苗・・・・・・。思い出した!彼女の名前は近田香苗だ。香苗は私の小学校の頃の友人で、雪乃と共によく遊んでいた。活発な女の子で、あっさりとした性格をしていて話し易かったのを覚えている。当時は髪を長くしていて、背はあまり大きくはなく、背の順で並ぶと、前から数える方が早かった。しかし、今は髪をセミロングにしており、身長は百六十センチ前半位、百六十五ぐらいだろうか。いい娘さんになったもんだ。

 「香苗!本当に香苗!?」

 「そうだよ~!久しぶりだね!ってか、こっちに帰って来たんだ!」

 「そうだよ、四年振りにね。それにしても、よく分かったね」

 「まあね。掲示板見て『神代七海』ってあったから、もしかしてって思って」

 よく気付いたもんだ。一クラスの人数は少ないとは言っても、三十五人は居る。ましてや七クラスの中から。

 そして、私は香苗と話しをしていて、掲示板で思い出した。

 「ねえ、香苗!雪乃見なかった?」

 「雪乃?雪乃って・・・小野寺雪乃のこと?」

 「そう!」

 「いや~、見てないけど。てか、雪乃もこの高校なの!?」

 「あの雪乃かは分からないけど、掲示板に書いてあってね」

 「ホントに!?それってやっぱ雪乃でしょ!同姓同名ってことは無いと思うよ。雪乃は何組だったの?」

 「え・・・一組?私達と同じなの?」

 「香苗も一組なの!?」

 「そうだよ~、言ってなかったけ?・・・でも、雪乃には気付かなかったよ。雪乃、引っ越したから、まさかこの高校に来るとは思わなかったよ」

 「私も、雪乃が引っ越したなんて知らなかったよ」

香苗も私と同じ一組ということを知り、とても頼もしく感じた。誰も知らない人間の中にずっと居るより、知っている人間、むしろ、仲の良かった者に出会えたのには心が和らぐ。これで雪乃が居ればそれ以上のことは無いのだが。

 「あ、もう少しで式が始まっちゃうよ。とりあえず体育館に行こうよ」

香苗が言い出した。それに対し、私は時計を見ると、既に時間は式の十分前を過ぎていた。

 「ほんとだ、じゃあ行こうか」

 私達は一旦、体育館に行くことにした。

 


 体育館の中には既に多くの生徒が居た。パイプ椅子が並べられ、各クラスごとに座れる様にボードが立てられている。私達一組は一番前方の左側で、椅子には番号が振り分けられている。どうやら出席番号順に並ぶ様だ。

 「私、六番」

 「私は十二番だよ。そういや雪乃は何番?」

 「雪乃は・・・四番だけど・・・」

 「・・・・・・居ないね・・・・・・」

 雪乃の席には誰も座ってはいなかった。

 式の開始の時間が来て、座席は埋め尽くされた。それでも、まだ、四番の席には誰も座ってはいない。私は、体育館の周りを見渡したが、全ての扉は閉められ、誰も入ってくる様子は無かった。

 式が始まり、舞台の上には多くの大人達が集結している。一番中心に座っているのが校長だろう。六十歳後半ぐらいの大柄の男性だ。

 次々と挨拶が始まり、ありがたいだろう言葉を頂いているが、正直退屈ではあった。周りの生徒も同じ様になっていた。私は、目を逸らしていると、香苗と目が合った。目が合うと香苗は微笑みながら手を振ってきたので、私も腰の辺りで小さく手を振り返したが、あまり入学式からふざけるのも如何なものなので、私はすぐに前を向き、姿勢を戻した。その後に少しあくびをしてしまったが。

 各クラスの担任の挨拶もあった。私達一組の担任は、平下先生という若い女の先生で、おっとりした人だった。

 式が始まって二時間半程が経った頃、ようやく終わり、閉式になった。本来、ここからは各教室に行き、担任からの挨拶があるのだが、この高校はそれが明日に行う様である。私達はこの後、退場して、今日はそのまま帰るのである。

 私は、退場した後に再び香苗と合流した。

 「雪乃、結局来なかったね」

 「・・・・・・・・・うん」

 入学式に雪乃が来なかったことに、私は少し落ち込んだ表情をしていた。その時に、香苗は言い出した。

 「ねえ、今から暇?久しぶりに会ったんだし、どっか食べに行こうよ!お腹減らない?」

 私を気遣ってか、香苗は私を食事に誘ってくれた。今日は本当に、香苗には感謝しないといけない。

 「それじゃ、行こうか」

 私達は学校を後にして、門を出ようとしたときに香苗が足を止めた。

 「うーん・・・・・・・・・ほんとだ。小野寺雪乃・・・・・・・・・。確かに雪乃の名前があるね。漢字も全部一緒だよ」

 香苗の目線の先には、クラス発表の掲示板があった。そういえば、香苗はまだ掲示板で雪乃の名前を確認していなかった。

 「これ・・・雪乃だよね?」

 「うん、多分・・・」

 私達は少しの間その場に立っていた。その時だった、後ろに誰か立っているのを感じた。それには香苗も同じく感じていたと思う。

 そして、その人物が声を発した。

 「ねえ、入学式・・・終わっちゃったの?」

 私達は振り返った。その先には、一人の見覚えのある女生徒が居た。私と香苗は彼女の顔を見て、驚きを隠せなかった。

 「七海と香苗だよね!?・・・・・・・・・あれ、僕のこと分からないかな?」

 そう彼女が言った。分からない筈がない。昔の面影がしっかりと残っている。彼女は自分のこと「僕」と言う、間違いない。

 「雪乃・・・だよね?」

 「そーだよ!久しぶりだね」

 小野寺雪乃はそこに居た。

 「雪乃!!!」

 「雪乃ぉ!!!」

 私達は叫び、雪乃にしがみついた。

 「ちょっと!二人とも落ち着きなよ」

 「あんた、どこ行ってたんだよぉ!入学式にも出ないでさ!」

 「いや・・・ちょっと遅れちゃってね。着いたら体育館の扉閉まってて、入り辛かったんだよね」

 全く、何考えてんだよ。と思ったが、それでも、私達はとてつもなくうれしかった。

 雪乃は小柄で華奢な身体つきだった。それは昔からだ。百五十センチ前半といった処か。制服のブレザーの肩がダブついて、袖が手を少し隠している。短く切った髪が、妙に懐かしかった。

 「いやー、七海どうしたの?こっち帰ってきたの?」

 「うん、そうだよ!」

 「久しぶりだなー!。四年振りくらいかな?」

 四年振りに雪乃との会話。懐かしさと、少しの恥ずかしさがあった。

「香苗も久しぶり、ここ受けたんだね」

 「うん、私もまさか雪乃がここ受けてるなんて、思ってなかったよ!」

 「僕も引っ越してから香苗に会ってなかったもんね」

 雪乃と香苗も再会の言葉を交わす。

 「雪乃も今から、ご飯どう?私達行くんだけど」

 「お!ご飯!行くよ~!」

雪乃も香苗も、そして私も、お互い違う所へ行き、そして、高校生になって再会する。こんな偶然は無い。

 式も終わり、校内は既に人の数が少なくなっていた。賑やかだった校庭も、今ではすっかり静かなものだ。青く澄んだ空に、所々にある白い雲。昼になり、暖かい日光が降り注ぐ中、舞い散る桜の花弁は、この学校に入学した新入生と、再開した私達三人を祝福してくれている様にも感じた。



 「これ、もう焼けてるんじゃない!?」

 「お!マジで?でも・・・何か赤くない?・・・・・・・・・まぁ、大丈夫か!」

 「いやいや、まだ焼けてないでしょ。お腹壊すよ・・・」

 雪乃と香苗が、まだ少し赤い鶏肉を転がしあって、食べれるか食べれないか?そんな会話が店内に響く。

 私達は、入学式を終え(事実上、雪乃は遅刻して入学式には参加していない)昼食の為に、少し街に出た。店はこの辺りに詳しい香苗に任せた。私はちょっとした喫茶店か、ファーストフード店だと思っていたが、雪乃が、「ガッツリとした味の濃いのが食べたい」と、その体格に似つかない言葉を発し、香苗も空腹だったのか、その言葉に賛成をし、女子三人が制服を着たまま焼き鳥専門店に行くことに話が進んで、私も賛成するしかなかった。

 そんなことを思いつつも、こうして三人で、久しぶりにワイワイと出来るのが、凄く嬉しかった。

 「七海?あんま食べてないじゃん」

 「いや、あんたらが食べすぎなんだよ」

 「何だとっ!僕らは乙女だぞ!」

 雪乃が葱間で私を指し、言い放った。まあまあ、と香苗が間に入る。自分のことを僕と言う女が何が乙女だ。

 そんな二人は既に、各三十本、いや、三十五本以上の焼き鳥を食べ、机の上では串の残骸が筒に入って溢れている。焼き鳥を食べに来た、というよりは、焼肉屋で鶏肉を食べている。そんな感じである。別に黙々と食べている訳ではない、私達三人、話をしながら食べている。私は今十五本程度だ、私は至って普通な筈なのだが、こうして見ていると、実は自分は小食なんじゃないのか?と思ってしまう。

 焼き鳥の値段は五十円から百円と、安い店なのだが、三十本を超えると流石に結構な金額になるのではと思った。

 そして、満腹になった私はコーラを一口飲んで言った。

 「ところでさ、雪乃って引越したんだよね?」

 「ん?そだよ」

 なんとも軽く雪乃は答えた。そして、続けて香苗が質問した。

 「こっから近いの?引っ越すのいきなりだったから、詳しいこと聞いてなかったし」

 香苗が言うには、雪乃が引っ越したのはかなり突然だったらしい。中学一年の頃の夏の出来事で、これといった挨拶が出来ずに引っ越したとのことである。

 「あんまり近くは無いね。電車で一時間半程はかかるよ」

 「一時間半!?何でここにしたのよ?」

 「いや、だって小学校の頃によくあの高校の周りで遊んだじゃん!そんで『高校生になったら絶対ここに入る!』って皆言ってたよね」

 「あー・・・・・・確かに」

 言われてみれば、そんなこと言った様な記憶がある。私達三人は小学生の頃よく、あの高校の周りで遊んでいた。そして、私達は「将来、この高校に入学する」と盛り上がっていた。

 「でも、そのおかげで皆に会えたんじゃない?」

 と、香苗が言い出した。

 確かにそうである。私もここに帰ってきて、高校の数は少ないといえど、あの高校を受験したのは、心のどこかにその言葉が残っていたからなのかもしれない。

 「しかし、あの頃が懐かしいな。そういや、この前、久しぶりに帰って来たから商店街に行ったんだけど、コロッケ屋まだあったよ!覚えてる?コロッケ屋」

 「おお!あのコロッケ屋!覚えてるよ!」

 「ああ、あの店ね。一時期ヤバかったんだよぉ。潰れかけたからね」

 「え!本当に!?」

 「やっぱスーパーとかで買う人が多くなったからね。子供も減ってきたし」

 「でも、まだやってるんだよね?後で寄ってみようよ!」

 と、雪乃が言った。どれだけ食べるんだよ・・・。

 「僕ら、よく買ったよなぁ。あそこのコロッケ」

 「うん、食べながら自転車乗ったら、ハンドルがヌルヌルになったね~」

 「よく、こけそうになったよね・・・」

 「あれ結構怖いよね。またこけたら凄く痛い。骨にくるって言うか」

 「確かに・・・」

 コロッケ一つでよくもまあ、そこまで話が出来るものだ。その時、香苗が溜息をついた。常にニコニコして柔らかい表情の香苗が、少し俯いて倦怠な顔をした。

 「はぁ・・・・・・・・・」

 「どうしたの?香苗?」

 「いや、ね。何か・・・昔のこと思い出して・・・・・・・・・。楽しかったな、って思ってね」

 そんなことを言う香苗の表情は、今までと違い、大人びた雰囲気だった。

 「確かにね。小学生の時を思い出すよ」

 「私達、一年生の時から同じクラスだったもんね」

 小学一年生・・・。今から九年前か。

 私達三人が、どうやって出会ったのか?少し思い出してみた。



 小学一年生になったばかりの日だった。どれくらいだろう。多分、入学して一週間位のときだと思う。

 幼稚園から小学校に上がり、幼稚園からの知っている生徒も数人は居たが、クラスはバラバラになり、私のクラスには一人しか居なかった。

 しかも、その生徒は男子であり、一度も遊んだことは無い。

 周りは知らない子ばかりで、元々あまり積極的な性格では無かった私は、静かな毎日を過ごしていた。というよりは、つまらなく退屈な毎日を過ごしていた。また、初めての教科という物に慣れず、苦戦もしていた。

 休み時間の時だった。二時間目終了後の休み時間は二十分あり、私は退屈だった。そんな時だった。

 「かみぃしろさぁ~ん!!!」

 なんだ、なんだ、なんだ!?私の名前を呼ぶ声と共に、机が揺れた。驚いた私は飛び上がり、その拍子で椅子ごと後ろに転んでしまった。

 「うわ!こけた!」

 何を言う。お前のせいだ。

 しかし、まだ小学一年生の私だ。痛さのあまり泣いてしまった。

 「ふぇ・・・・・・う・・・・・・」

 「あ・・・・・・・・・泣いちゃった・・・・・・・・・」

 泣いちゃったじゃない。私が泣いてしまったことで、気まずそうにしている少女が目の前に居た。いかにも「やってしまった」という表情だ。

 その少女こそが、小野寺雪乃だった。

 彼女の苗字が「小野寺」で、私の苗字が「神代」というのもあり、最初は出席番号順で並んでいたので、雪乃は私の前の席だった。

 「あ・・・その・・・」

 「あう・・・・・・・・・」

 私はまだ、涙を流したままだった。

 「ごめんね!ほんとごめん!」

 「うん・・・・・・・・・大丈夫だよ・・・」

 雪乃は私に対して謝り、私はそれに対して平気だと伝えた。

 私は、ゆっくりと腰を持ち上げ、机の端を掴み立ち上がった。そして、倒れていた椅子を立て直し、彼女に言った。

 「確か・・・小野寺さんだよね?何か用?」

 まだ、目には涙が残り、鼻が詰まった声だった。

 「神代さん、休み時間になったら、いつも蹲って寝てるから・・・。どうしたのかなって思って・・・。具合でも悪いの?」

 「ううん・・・、そんなこと無いよ・・・」

 「じゃあ、どうして?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 私は俯き、黙り込んでしまった。クラスの環境に馴染めず、皆に話し掛け辛く、毎日こうして蹲っている。なんて答えるのは、恥ずかしいものがあった。ましてや社交的な性格で、友達が多く居る雪乃に言うのはなおさらである。

 「暇だから?」

 暇?確かにそうだ。暇で暇で仕方がない。早く家に帰りたいと思っていた。

 「まあ、暇・・・かな」

 私は、雪乃の言葉の「暇」をそのまま使い、誤魔化して答えた。こんな私に、折角話しかけてくれた雪乃に対し、そんな言葉でしか答えられなかった自分に対し、非常に腹が立った。

 そして、雪乃は更に私に声を掛けてくれた。

 「暇なら遊ぼうよ!外に出てさ」

 「!」

 遊ぼう。それは私にとっては、予期せぬ言葉だった。休み時間になれば、いつも机に俯き寝ている。若干ながら孤立していた存在の私に、遊ぼうと雪乃は声を掛けてくれた。私は嬉しくて、目からまた涙を流してしまった。

 「え!?ちょっと!泣かないでよ~。僕、また何かした?」

 「ううん、ごめん。大丈夫。・・・・・・いいよ、遊ぼうよ」

 「よかった、じゃあ行こう」

 雪乃は私の手を引っ張り、教室を出て行った。



 教室を出た私達は、廊下を抜け、階段を下り、校庭に出てから裏門の所へ着いた。裏門は名前の通り、裏に在り、校舎で影になっている小さな門だ。周りには小さな花壇が有り、

 「ねえ、何するの?」

 一緒に遊ぶのは良いが、一体何をして遊ぶのか?私は疑問に思い雪乃に質問した。

 「んー・・・決まってない」

 何と・・・この娘はすること決めてなくて私を誘ったのですか?

 「き、決まってないの・・・?」

 「うん」

 「じゃあ、何で誘ったの?」

 「だって、神代さんっていつも休み時間に寝てるでしょ?気分悪いのかな?って最初は思ってたけど、でも、ちゃんと毎日学校来てるし、授業中は普通にしてるからさ。もしかして、暇なのかな?って思ってね。それに、何かいつも寂しそうだったし・・・」

 雪乃は私を気遣ってくれていた様であった。

 「幼稚園一緒だった友達とかクラスに居ないの?」

 「居るけど・・・男の子だし、喋ったことも無い・・・」

 「ふーん、そうなんだ・・・・・・・・・じゃあ、僕が最初の友達かな?」

 「友達・・・・・・・・・友達に・・・・・・なってくれるの?」

 「あれ?僕はもう、友達になってたつもりだけど・・・」

 「あ!友達!私達、友達だよ!」

 私がそう言うと、雪乃は「よかった!」という表情で靴の中に入った砂を出していた。

 「じゃあ、これからもよろしくね」

 「うん、よろしく。小野寺さん」

 「いいよ、雪乃で」

 「雪・・・・・・乃・・・・・・」

 何か恥ずかしかった。本人はそう呼んでくれと言ってくれているが、やはり何か恥ずかしかった。

 「じゃあ・・・私のことも七海でいいよ」

 「わかった!七海!」

 自分で言ったにも拘らず、呼ばれてみると恥ずかしかった。

 しかし、外に来てみたのは良いが、することが無かった。雪乃も「誘ってみたけど、することが無い・・・」といった表情をしている。その時だった、とにかく何かしないと、と思ったのか雪乃は辺りに何か遊べる物が無いのかと、掃除用具の入ったロッカーを物色しだした。すると、雪乃が「あっ!」という声を発し、ロッカーの中から何かを見つけ出した。

 「七海―、良いもん見つけたよ~」

 そう言うと、雪乃はロッカーの中から何やら茶色い玉を出してきた。正直に言ってあまり綺麗な物では無かった。

 「何・・・それ?」

 「ソフトボールだよ」

 私は恐る恐る雪乃に近付き、手に持っているソフトボールを見た。確かに、ソフトボールではあるが、かなり使い古していた。サイズは二号で、私達の手には少し大きかった。

 「これでキャッチボールしようよ!」

 「これで?」

 「軽く投げるからさ」

 雪乃がそのボールを右手で左右に振りながら言った。私達は、その小汚いソフトボールを使いキャッチボールをすることになった。最初はお互い十メートル程離れ、軽く下投げでのキャッチボールだった。

 「ふりゃ!」

 「ほい!」

 変な掛け声を出し、ボールを投げ合う。その変な掛け声は、もしかするとお互いに少し、打ち解けた時なのかもしれない。

 ここには私達二人しか居なくとても静かだ。ボールを素手で捕る音と、二人の変な掛け声だけしか聞こえない。

 投げ合っている内に、次第に雪乃の球速が上がってくる。

 「ちょっ、ちょっと!少し速いよ!」

 「ははは!ごめんごめん!・・・・・・次はフライやってみようよ」

 普通に投げ合うのが飽きたのか、私達はもう少し離れてフライを投げ合った。しかし、やはりフライでも雪乃の球は速くなる。自然と二人の距離が離れる。もうフライというよりは、遠投に近い状態である。そして何を思ったのか、雪乃は私の頭の上を遥か高く越える程の遠投をした。そして、私の十メートル程後ろの草むらに入った。

 「痛っっっ!!!」

 「!?」

 「!?」

 最近の植物は喋るのか?と馬鹿げたことを思いながらも、確かに草むらからは「痛っっっ!!!」という声が聞こえた。私は驚き、雪乃の顔を見ると「今、聞こえたよな?」という顔をしていた。

 私達は恐る恐る草むらに近付いて行くと、草むらの中から葉っぱ同士の擦れる音と共に、腰を擦りながら少女が出てきた。どうやら、私達が投げていたボールが草むらの中に居た彼女の腰に直撃した様である。

 「痛たたた・・・・・・・・・」

 「あ!香苗!」

 雪乃はこの少女を知っている様だった。

 「あ~・・・雪乃ちゃん?これ雪乃ちゃんの?」

 「う、うん・・・そうだけど・・・。もしかして・・・・・・当たった」

 「うん・・・腰に直撃・・・」

 「ご・・・ごめん」

 「うん、まぁ大丈夫だけどね。これ、返すね」

 彼女は左手を差し出し、その中にはさっきまで私達が使っていたソフトボールが握り締められていた。

 「ああ、ありがと。てか、何してたの?」

 「草むらの中でツツジ見つけてね、蜜吸ってたの」

 「おい、汚いぞ」

 おいおい、その茶色く汚れた小汚いソフトボールで遊んでいた私達が言えないぞ。そう心の中で思いながら、私は彼女達の会話を聞いていた。

 「ねえ、神代さんだよね?」

 「え?うん、そうだけど」

 「私同じクラスだよ。近田香苗だよ」

 そう言われて思い出した。確かに彼女を私は教室で見たことがある。

 近田香苗は髪が長く、おっとりした顔で一見大人しそうに見えるが、実際は平気で一人でツツジの蜜を吸う様な活発な少女だった。

 「ああ、近田さんか。思い出したよ」

 「香苗でいいよ」

 「わかった・・・香苗・・・だね」

 「じゃあ、私は七海ちゃんって呼ぶね」

 「ちゃん」なんて呼ばれると少し照れくさいが悪い気はしなかったので、私はその呼び方に了承した。

 「香苗もキャッチボールする?いいよね七海?」

 「うん、私は全然いいよ」

 「ほんとに!?じゃあ、入れて貰おうかな~」

 香苗はそう言うと、ついさっき腰にボールが直撃したにも関わらず、元気に投球フォームをした。

 「あれ、香苗は左利きなの?」

 「ほんとだ。王貞治と一緒だな」

 「雪乃ちゃん、ちょっと古いよ。工藤ぐらいにしときなよ~」

 小学生の女子とは思えない会話だが、私達三人は互いに打ち解け合った。

 そして、三人はキャッチボールの楽しさに時間を忘れ、気付いた頃には休み時間終了のチャイムが鳴り終わっていた。

 「うわ!チャイム鳴っちゃったよ!」

 「ちょっ!このボールどうするの!?」

 「ロ、ロッカーの中に戻すよ!」

 「急いで急いで!」

 雪乃が乱暴にロッカーを開けると、開いた勢いと同時に中に入っていた掃除用具が盛大に倒れてきた。

 「うわわわわわ!何だ!面倒くさいな!」

 雪乃はそう言い、無造作に掃除用具を押し込んで、中のバケツにボールを入れて閉めた。

 「さ!急がないとやばい!」

 大急ぎで階段を駆け上ったが結局、私達が教室に着いた頃には既に担任が教室に着いていた。案の定、私達はこっ酷く説教をされた。

 席に着くと、雪乃、香苗と目が合い、お互いに俯きながらもクスクスと笑い合っていた。

 小学校に入ってクラスに馴染めず、そんな毎日を過ごし不安な気持ちだったが、今日の出来事で一気に吹き飛んだ。

 三時間目の後の休み時間も、私達三人で机を囲み話をした。素手でキャッチボールをしたからなのか、三人とも手が少し赤くなっていた。

 下校も途中まで三人は同じ方向に向かう為、一緒に帰った。

 雪乃は途中で木の枝を拾い、それを引きずりながら歩き、香苗はまたツツジを毟って蜜を吸いながら歩く。「もしかして、私はまだ、まともな人間じゃないのか?」と少し思い、それがまた面白く感じた。そして公園の前で別れ、それぞれの帰り道に着いた。

 「今日は本当に楽しかった」と、雪乃、香苗に私は感謝した。

 この日が私達三人が初めて出会った日である。



 「あー、確かそんな感じだったなぁ」と私は思い耽っていた。

 「おいおい、どうしたんだよ?七海までボーとしちゃって」

 「あ・・・いや、私も昔のこと思い出して。私達が初めて会った時のキャッチボールした時のことを思い出してたんだよ」

 「ああ、香苗の腰に直撃したときな」

 「あったね、そんなの」

 「そういや、あの日以来ずっと僕ら三人一緒に行動してたな」

 「そうだね、木に登ったり、虫捕まえたり」

 「色々したよね~。秘密基地も作ったよね!?」

 「やった、やった!スーパーからダンボール貰って作ったやつだよね」

 そういえば、そんなのも作った。

 あれは小学校五年生ぐらいの時だっただろうか?最初に発案したのは雪乃であった。その頃になると、私達の中では雪乃がリーダー格で、私がまとめ役。香苗が場を和ませる役であった。

 土曜日で午後の授業が休みの日、いきなり雪乃が「家帰ってからご飯食べて集合!秘密基地作ろう!」と言い出し、それに対して香苗が「それ、いいね~」という感じであり、私もそれに参加をするしか無かった。

 私は家に帰り、大急ぎで昼食のハヤシライスを平らげ、集合場所の香苗の家に向かった。香苗の家は比較的大きな家で、香苗の部屋も広かった。立派な庭があり、池があったのも覚えている。

 私が着くと、既に雪乃は到着していた。

 三人が集まると、恐らく授業中に作ったのだろう、自由帳の中には完成図があった。

 私達はその秘密基地を作る為に材料(主にダンボール)を調達した。調達した材料を近所の草むらに集め、三時間程で完成に至った。

 基地の中は三人では十分な広さで、床はレジャーシートを敷いた割と豪華なものだった。

 それ以来、私達の拠点として活用された。

 しかし、やがては梅雨の時期が来て、ダンボールにとっては天敵の雨が降り注いだ。結果的に基地は大きな被害を被ることになり終結を迎えた。

 「最後は雨に濡れてグショグショになったな・・・。結構良い感じに出来たのに」

 「・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・」

 三人の間に少し、時間が止まった。

 「何か私達・・・あまり女らしいことしてないね・・・」

 「そ・・・そうだな・・・」

 「ま、まあ・・・昔のことだし、いいんじゃない・・・?」

 少し悲しくなったが、それも良い思い出である。

 昔話に盛り上がっていると、窓からオレンジ色の光が差し込むのに気付き、時計を見ると既に四時を過ぎていた。

 「あ、もう結構な時間だね」

 「ほんとだ、そろそろ御暇しようか?」

 「うん、そうだね」

 私達はコップに残ったコーラを流し込み、席を立った。「割り勘にしよう」と雪乃が言い出し、どう考えても私が損をするのが分かっていたが、久しぶりに三人で会話が出来たことが嬉しくて、私はそれを了承した。

 店を出ると、西の方角には太陽が半分程沈み、空は一面オレンジ色に包まれて雲にもその色が映っている。

 雪乃は家が遠く電車で帰るらしいので、私達は駅まで雪乃を送ることにした。店の中で言っていたことを雪乃は覚えていて、「ちょと寄り道してコロッケ買って行こうよ」と言い出し、駅に行くには何の道商店街を通らないといけないので、私達は帰り道にコロッケを買った。

 商店街を抜けると、踏切の警報機の音が聞こえてきた。

 「お、じゃあここでいいよ」

 「うん、そいじゃまた明日ね」

 「ばいばい」

 私達がそう言うと、雪乃は財布から回数券を取り出し、改札を抜けてホームへの地下通路へと消えていった。

 「さて、私達も帰るとしますか?」

 香苗が言った。

 「そうしますか」

 私は香苗の口調を似せ、答えた。

 それから私は香苗と一緒に帰ることにした。再び商店街を通り、来た道を話しながら歩いていた。

 「でも、皆変わって無くて、安心したよ」

 香苗が言い出した。

 「そうかな?でも香苗は変わったよ。背も高くなったし、何か大人っぽくなったね。最初見た時全然分からなかった」

 「んー、まあ、背は伸びたね。でも、中身はあんま変わってないと思うよ」

 確かにそうである。外見は変わったが、香苗も、そして雪乃も久しぶりに会ったが、話をしていても昔と変わらないと感じた。それには私も安心をした。何でだろう、そう考えていると少し泣きそうになってきた。

 「・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・?」

 「あはは、七海ぃ!何考え込んだ顔してるの。明日から新しい毎日が始まるんだよ!もっと明るい顔しないと!」

 「・・・・・・・・・そうだね。元気にいかないとね!」

 「そうだよ」

 そうである、これからまた三人で過ごせるのである。

 「それじゃ、七海。私こっちだから」

 「あ、うん!また明日」

 「ばいばい!」

 香苗はそう言って、私と別れた。夕焼けの景色の中に香苗の後姿が見える。ふわふわと真直ぐな髪が揺れている。

 考えてみれば、今日最初に話を掛けてくれたのも香苗である。

 「香苗!」

 「んー?どーしたの?」

 「ありがとね!」


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