第3話 シーナ=スレヴィアス
「すみません!」
いきなりの怒鳴り声に、カウルが反射的に謝罪する。
「ちっ!」
これみよがしの大きな舌打ちをして、シーナ=スレヴィアスが鬱屈そうに伸びた前髪の陰から三白眼の大きな眼でじろりとカウルを睨む。
その背には、カウルが持つのと同じ小銃が掛けられている。
だが特に目を引くのは、この少年の腕にかかえられている、長大な銃器であった。
対装甲狙撃銃と呼ばれるその銃器は、全長140センチほど。シーナの半身よりずっと長いその銃は、長大な砲身と重厚な機関部をもち、弾薬は重機関銃で使われるのと同じ大型のものを使用する。
そのため、携帯できる火器でありながら、その射程と威力は小銃を遥かに上回り、装甲で守られた対象すら破壊する威力を有している。
「……」
カウルは目を伏せ、申し訳なさそうな表情で隊列に並ぶ。
シーナは体格はカウルより小柄で背も低いが、その鋭い剣幕にカウルは萎縮する。
決してカウルは、一番遅かったわけではない。カウルが並んでいる間も、同じ配置場所の他の隊員が後からやってきた。
だがカウルは、この重巡洋艦『アマネ』に乗艦して以来、この少年──シーナ=スレヴィアスに目の敵にされていた。
シーナの階級は上等兵で、新兵訓練を終えて配属されたばかりの二等兵のカウルより、二つ階級が上であった。
だが、シーナがカウルに厳しく当たるのは単に階級差のせいではなく、二人の関係性にあった。
カウルの任務は、シーナが務める『対空迎撃要員』という兵種の補佐──その給弾手であり、そのためカウルとシーナは二人一組のタッグを組まされていたのだ。
「このノロマが」
整列してもなお、シーナはカウルに毒を吐く。
シーナは、実戦経験のない未熟な二等兵であるカウルが気に入らない様子であった。
「第二分隊、整列!」
全員が揃い、整列する隊員たちの前にセーグネル=ハートクレア准尉が歩み出た。
分隊──カウルたち艦上歩兵科一個小隊は六つの分隊で小隊を構成する。
その内訳は、前甲板の一番二番主砲のある艦の正面を守備する第一分隊、右舷前方に配置される第二分隊、右舷後方の第三分隊、左舷前方を守る第四分隊、左舷後方の第五分隊、そして三番四番主砲のある艦の後方を守る第六分隊である。
カウルたちがいる第二分隊を率いるのが、このセーグネル=ハートクレア准尉である。
階級は少尉の一歩手前の准尉で、士官学校を出た士官──カウルたち一般兵を指揮する上級職である。
「教練対空戦闘用意!」
セーグネルがよく通る声で隊員たちに号令する。
艶やかな銀の髪を鉄帽のなかにまとめているが、こぼれた数条の髪が風になびく。
ぱっちりと大きい澄んだ水色の瞳をした美しい顔立ちの少女だが、訓練である今はキリッと表情を引き締めていた。
その華奢な体は、他の隊員と同じく重厚な防弾装具に身を包んでいても、シルエットは細く見える。
一見、小柄な少女に過ぎない彼女が分隊の指揮官を務めるには相応の理由があった。
人の『心』を使った特殊能力──『鼓動』。
それが、少女を指揮官たらしめている特別な力。
そしてそれは、近年になって作られたばかりの新しい兵科である『艦上歩兵科』──カウルやシーナ、その他の兵士たちも同様だった。