第1話 独りの絶望
心──それは、人類史のある時点までは、形而上の感覚的な存在であったが、その実は"粒子"であった。
『心を込める』という言葉は、まさに『物質としての心』を対象に注入することである。
人の"心"が込められたものは、そうでないものより、得てして特別なもののように感じられるが、それは人間の感覚的なものではなく、じつは物理的にも事実であった。
すなわち、心がこめられたものは、そうでないものより、『その存在』が優位する。
人間の心によるこの能力は、のちに「鼓動」と呼ばれるようになり、「波動」、そして「律動」、これらの三つの特殊な力は戦争のあり方を変えていった。
(死にたい・・・死にたい・・・)
艦内居住区の三段ベッドの一番下、寝台と寝台に挟まれた狭い空間で、カウル=ハウンドは身を丸めて縮こまっていた。
彼の白銀の髪は、──普段さえ癖が強くぼさぼさにはねているのに──頭を抱える両の手のひらでさらにぐしゃぐしゃになり、淡い水色の瞳は、瞬きを忘ればっちりと見開かれている。
カウルが乗っている艦──『青国』海軍所属、ミズホ級一等巡洋艦"アマネ"は、敵の駆逐艦隊を撃滅するべく、敵国──『赤国』の海上交通路を目指し西へと向かっていた。
後ろに僚艦である、二等巡洋艦"サクラ"を従え、前衛として二隻の駆逐艦"カザキリ"と"シブキ"が先行する。
一兵卒のカウルには詳しい説明まではされていない。だがなにやら、敵の海上交通路を寸断すべく派遣されている自国の潜水艦が、ここ最近、敵の駆逐艦に立て続けに沈められているらしい。
この艦隊はそれを排除すべく編成された部隊であった。
もうすぐ、戦いが始まる。
カウルのいる居住区の一室は重く苦しい空気に満たされている。
実戦が近づく緊張。人による物音はない。艦の低部にある缶室が発する低い機関音だけが伝わってくる。
(死にたい・・・死にたい・・・)
カウルは絶望していた。
戦いがはじまったら、どうなるのだろう。次の瞬間、顔面を銃弾に撃たれて死ぬのだろうか?砲弾の爆発に半身を吹き飛ばされるのだろうか?
答えのない想像が終わりなく頭のなかをめぐって回り、恐怖がカウルの胸をきゅっとしめつける。
「はっ──はっ──」
息がうまくできなくて、苦しい。頭が冷たく重い。
十八歳になって、カウルはこの戦争へ徴兵された。
郷里には父と母、大切な家族がいる。しかし、戦況が悪化し、国は徴兵令を出し、心身ともに健康なカウルは兵役を強いられた。
「ううっ・・・」
身を丸め、握り合わせた両の拳に額を押し付け、カウルが呻く。その声は誰にも届かないほどに小さい。
寝ていたのか、目をつむっていただけなのか、どちらともわからない浅いまどろみのうちに時間は過ぎ、居住区に起床の時間を告げるベルが鳴った。